あくまで使いやすさを追求した8chデジタル・ミキサー+8tr HDR

KORGD888

最近では数多くのコンパクトなハード・ディスク・レコーダーが発売されていますが、大体どの機種も機能を豊富にしてオールインワン機器としての位置付けを狙っている傾向があるようです。確かに便利な機能が追加されるのはありがたいのですが、設定ページの階層が増えたりして、ちょっと使いたいときに意外と分かりにくかったり、初心者に優しくなかったりすることも少なくありません。今回紹介するD888は、非常にシンプルで使いやすいハード・ディスク・レコーダーとのこと。果たしてどこまで使いやすいのか、早速チェックしてみることにしましょう。

バンドの一発録音などに便利な
XLR端子での8ch同時入力/録音


まず、外見はまるでアナログ・ミキサーのようにシンプルなので取っ付きやすそうなイメージがありますが、基本的な仕様を見てみましょう。
●16ビット/44.1kHz非圧縮形式の8trレコーダー(それぞれのトラックに8つのバーチャル・トラックもあり)
●XLR&TRSフォーン入力×8を備え、8chインプットのデジタル・ミキサーとしても使用可能
●最終的な2ミックスの作成に便利なステレオ仕様のマスター・トラックを装備
●録音したトラックをパラアウトできる8つのインディビジュアル出力を装備
●USBケーブルでコンピューターとのWAVファイルの送受信が可能
●11タイプのエフェクトを1系統内蔵
●テンポ確認に便利な簡易メトロノーム内蔵内部はデジタル処理ですが、見た目はアナログ・ミキサーで、それがハード・ディスク・レコーダーと一体型になっているという感覚でとらえると分かりやすいのではないでしょうか。低価格帯のハード・ディスク・レコーダーにしては珍しく、XLR入力が8ch分あるのはスタジオでバンドの一発録音にも使えるのでうれしいところです。スペック的に16ビット/44.1kHzというのが、最近のハイビット、ハイサンプリング・レートへと向かう時代の流れとは逆行しているように感じると思いますが、D888の中で作られた最終的な2ミックスをそのままコンピューターに送って、ほかのビット数やサンプリング・レートに変換することなく、オーディオCDを作ることができるという利点があります。また、これは筆者のエンジニアとしての経験からですが、ビット数やサンプリング周波数が上がれば上がるほど録音やミックスの最終的な整合性を取るのは難しくなっていきます。もしかすると、メーカーの意図としては初心者にも扱いやすいスペックとしてこの数値を選んだのかも。また、このスペックならハード・ディスク容量の節約にもなりますしね。ミキサー部の入力に関しては、Hi-Z入力などのパッシブ・ギターやベース用のダイレクト入力が無いので、インピーダンスの高い楽器を入力するときにはインピーダンス変換のために何かしらのエフェクターを挟んで接続する方がよいでしょう。出力では、本機の特徴の1つでもあるフェーダーを通らない8chインディビジュアル出力があります。通常この出力の1〜4までは、ステレオでモニター出力、マスター出力として使われていますが、OUTPUT ASSIGNキーを押すことによりレコーダーのトラック1〜4に対応した出力に変わります。この部分は注意していないと、“あれ?音が出ない”ということにもなりかねません。5〜8の出力は常にトラック5〜8に対応した出力です。また、モニター出力にはレベル・コントロールのツマミが付いていますが、インディビジュアル出力として使用する際には、このレベルをフルにしておかないとほかのトラックと同じレベルになりません。つまり、フルにした状態でOUTPUT ASSIGNを切り替えると、モニターから爆音が出ることになりますので、これも注意しましょう。実際、筆者はやっちゃいました。ライブなどの現場では、このインディビジュアル出力を活用してクリックとほかの音を分けるなどの使用方法が考えられます。こういったサイズの機材でパラアウトが付いている機種は少ないので重宝しそうです。さらに、状況に合わせたリバーブやエコーを選べる11種類のエフェクターが1系統用意されています。これはミキサー部のエフェクト・センドからかけることが可能。パラメーターの調整もツマミ1つだけと簡単なのもうれしいところ。このパラメーターの値はディスプレイで見ることもでき、リバーブの長さなどを調整することが可能です。また、ヘッドフォン・アウトが2つあるのも意外と便利! エンジニア担当の人とプレイヤーとで独立した出力レベルに設定して作業を行えます。

初心者でも簡単に理解できる
非常にシンプルな信号の流れ


では、実際に録音してみましょう。本機では信号の流れが非常にシンプルですが、一般的なハード・ディスク・レコーダーとはちょっと違っています。入力から出力までを順に見ていくと、外部入力→トリム→レコーダー(録音&再生)→3バンドEQ→インディビジュアル出力→フェーダー→エフェクト・センド→パン→ステレオ・マスター・フェーダー→マスター・トラック・レコーダー→モニター&マスター出力という流れになっているのです。こういう流れが8トラックすべて同じになっています。トリムの後にレコーダーとなっていますので、録音の際のレベル調整はフェーダーではなくトリムで行います。EQやフェーダーはモニター上でしか効かないということです。特にEQやエフェクトなどを録音の際にかけているように感じても、実際に録音されている音は入力されただけのダイレクト音ということになります。なお、インディビジュアル出力に関しては、EQ後の信号が送られるようになっています。このように、シンプルになっている分、通常のミキサーとレコーダーの関係とは違うものになっていますので慣れが必要です。ただ、先入観無しに使う初心者には流れが一直線で寄り道がないので分かりやすいのではないでしょうか。では、肝心の録音した音の印象ですが、デジタル感が控え目でよくまとまった音というイメージでした。まろやかで扱いやすい音だと思います。逆に高域、中域、低域の3バンドが用意されたEQのかかり具合は、ざっくりした感じで、音作ってます!という印象です。欲を言えば中域の周波数帯の変更ができればな、という感じはありますが、この方がEQとしては分かりやすいのかもしれません。なお、見た目は普通のミキサーのようになっていますが、レコーダー部分を使わない通常のミキサー的な使い方をしたい場合は、REC/PLAYキーを点灯させてからフェーダーの上にあるチャンネル・キーでそれぞれのトラックのRECをオンにしないと音が出ません。単純にミキサーとしてつなぎっぱなしにしておけるわけではないので、この点は少し惜しいと思いました。

簡単操作でトラックをまとめる
使いやすいバウンス機能


次に、既に録音された複数のトラックをミックスしてほかのチャンネルにまとめて録音するバウンス機能を見てみましょう。本機では専用ボタンがあるので簡単にバウンスを行うことができます。必要な手順はミックスしたいトラックと、それが録音されるトラックを選ぶだけ。まずch6のパン・ノブの下にあるCH ONキーを点灯させてから、ミックスしたいトラックのチャンネル・キーをオンにしておきます。EQやパン、レベルなどを調整したら、今度はCH ONキーの隣にあるBOUNCEキーを点灯させて、録音する先のトラックを選ぶだけで準備は完了。後は通常の録音の手順でバウンスが実行されます。なお、バウンスはステレオ・ペアで行われるので注意が必要。バウンスして録音する先のトラックが奇数、偶数トラックのステレオで選択されている場合には問題ないのですが、モノラルで録音したい場合には奇数トラックにバウンスするならばパンはL側に、偶数トラックにバウンスするならばR側に振り切っておかなければ、音量が正しく録音されません。8トラックすべて録音されて、トラックが埋まっていてもバウンスすることは可能ですが、録音済みのトラックに上書きされてしまいます。8つあるバーチャル・トラックとコピーを使ってうまく元トラックを逃がすとよいでしょう。また、ミキサーの設定(EQ、パン、フェーダーなど)は、保存することが可能。ただ、呼び出してもフェーダーやつまみが動いてくれるわけではないので、呼び出してすぐは、見た目と出音が合わないことがあります。

ステレオ・マスター・トラックで
バージョン違いの2ミックスも作成可能


本機にはステレオ・マスター・トラックがミキサー部と対応した8トラックとは別に用意されていて、録音したトラックをまとめた最終的な2ミックスはここに録音することになります。このマスター・トラックへ録音された音は自動的にWAVファイルとして保存され、さらにその2ミックスはハード・ディスクの容量が許すだけテイクを作れるので、思い付く限りのバージョン違いも気軽に試すことができるのです。作成した2ミックスをオーディオCDにしたいときには外部のコンピューターへ転送する必要があります。本機はUSB接続でWAVファイルを手軽に送ったり受け取ったりできるので、単にD888で作った2ミックスをオーディオCDにするだけでなく、より高度なDAWシステムなどを使ってさらに発展させていくことも可能。USBは2.0対応なので、コンピューター側が対応していれば転送スピードは全く気にはならないと思います。この数日間実際に使ってみて、とても簡単にマルチでの録音/再生ができる機材だとしみじみ思いました。機能的な点では見劣りする部分が正直あると思いますが、それを超えるシンプルな使いやすさや階層の少ない操作性は、いろんな現場で本領を発揮しそうです。マニュアルを見ずとも使えるこの感じは機械音痴の方でも大丈夫。ぜひ店頭でその気軽さを試してみてください。

▲トップ・パネル上部に集められた入出力端子。左上からチャンネル1〜8入力(XLR×8/ファンタム電源対応、TRSフォーン×8)。その右は出力部でモニター出力×2、マスター出力×2(モニターおよびマスター出力はチャンネル1〜4のインディビジュアル出力と兼用)、チャンネル5〜8のインディビジュアル出力、ヘッドフォン端子×2(すべてTRSフォーン)となっている



▲リア・パネル。左からUSB、MIDI OUT、S/P DIF オプティカル・アウト、電源スイッチ、電源インレット

KORG
D888
69,825円

SPECIFICATIONS

レコーダー部
■録音フォーマット/16ビット(非圧縮)、44.1kHz
■同時再生トラック数/8
■同時録音トラック数/8
ミキサー部
■内部処理/40ビット、44.1kHz
■入力チャンネル数/8ch
その他の仕様
■周波数特性/10Hz〜20kHz(+1/ー2dB)
■内蔵ハード・ディスク/40GB
■外形寸法/375(W)×110(H)×331(D)mm
■重量/4.4kg