音楽制作をアップデートするSTAXイヤースピーカー 〜TeddyLoid × 星野誠 Special Talk

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 昭和光音工業の名で1938年に創業し、1963年にブランド・ローンチを果たしたSTAX。“イヤースピーカー”と銘打ったコンデンサー型ヘッドホンと“ドライバー・ユニット”なる専用ヘッドホン・アンプを主力とし、日本国内はもちろん欧米からも評価されている。さまざまなグレードの製品をそろえるが、ここではフラッグシップのイヤースピーカーSR-009Sとエントリー・システムのSRS-3100をピックアップ。初めてSTAXの製品を本格的に試したという音楽プロデューサーTeddyLoid、SR-009Sを自ら購入し愛用中のレコーディング・エンジニア星野誠氏に対談していただき、音楽制作における有用性を探った。

Photo:Hiroki Obara

 

TeddyLoid
キックとサブベースがきちんと分かれて見えるから
スピーカーを鳴らし切れない自宅環境にも有利です

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m-flo、中田ヤスタカ、ゆず、HIKAKIN & SEIKIN、DAOKO、アイナ・ジ・エンド(BiSH)など、さまざまなアーティストとのコラボレーションやプロデュースを展開。DJとしては2017~18年にワールド・ツアーを敢行し、国内外から注目を集めている

星野誠
心地良いサウンドながらソースをシビアに再現する
そこが“仕事用のモニター”として信頼できるところ

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ビクタースタジオを経て、現在はフリーで活動するレコーディング・エンジニア。クラムボンの楽曲を多数手掛けたことで知られ、近年もsumika、FLYING KIDS、竹内アンナ、the chef cooks me、toconomaなど一線のアーティストの作品に携わる

圧倒的な原音再現力のSR-009S
立ち上がりが速くダイレクトに聴こえる

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STAX SR-009S:460,000円 / SRM-T8000:595,000円

SR-009S(写真左):STAXイヤースピーカーの最高峰。コンデンサー型のオープン・エア・ヘッドホンで、新世代の多層固定電極“MLER2”を採用。振動膜が発する音波をよりスムーズに外へ伝えるという。またMLER2には金メッキ加工が施され、低共振でロスの少ない伝送が魅力。ハウジングなどにも注力し、原音の3次元的な再現を標ぼうしている。写真内で設置に使用しているスタンドはHPS-2(5,500円)。

SRM-T8000(同右):イヤースピーカーを鳴らすにはSTAXのドライバー・ユニット(ヘッドホン・アンプ)が必要。そのフラッグシップが本機で、初段に低ノイズの双三極管6922を搭載。電源部の大型トロイダル・トランスでも低ノイズなどを図っている。

 

ーTeddyさんは、事前の製品試用を通して、どのような印象を持ちましたか?

Teddy 実は以前、量販店でSR-009Sを試したことがあって、そのときの印象と同じでした。とにかく“すごい”。この一言に尽きますね。僕はヘッドホンやイヤホンが大好きで、いろいろな機種を使ってきたのですが、SR-009Sには今まで体験したことのない解像度の高さや空間再現力を感じます。特に、管弦楽曲のリスニングで実感しました。そしてSRM-T8000(別売の専用アンプ)も手伝ってか、音の立ち上がりが非常に速い。換言すると、膜一枚を隔てたような感じがせず、ダイレクトに聴こえるんです。曲作りやミキシングに使ってみて、あらためてそこに驚きましたね。

 

星野 立ち上がりに関して言えば、確かに僕もピークの処理やコンプを使ったアタックのコントロールがやりやすくなりました。ただ個人的には、音に酔えるような聴き心地の良さが一番です。もう掛け値なしに感動できるレベルで。

 

ーTeddyさんの“すごい”という所感にも通じますね。

星野  はい。でも、これははっきりと言っておきたいんですが、何でもかんでも良く聴こえるわけではありません。僕はSR-009Sを買うにあたって、自分が手掛けたインディー・バンドの作品を聴いてみたんです。限られた予算で、あれこれ工夫しながら録ったものだったのですが、SR-009Sを通して聴くと、その感じが如実に伝わってきて甘酸っぱい気持ちになってしまった(笑)。裏を返せば、盤石の布陣で作られた作品からはプロダクションの質の高さが見えてくるわけで、ポール・マッカートニーのジャズ・アルバム『キス・オン・ザ・ボトム』などは好例です。卓越したミュージシャンらがアビイ・ロードやキャピトルといった素晴らしいスタジオで演奏し、それをアル・シュミットが録っているということ……つまり“超一流のチームで作った”というのが、きちんと分かる。正真正銘、その音がするんです。

 

ー具体的に、どのような部分から原音再現性の高さが分かるのでしょう?

星野  例えば、録音に使われた部屋の音響特性まで見えてくるところです。ライブな部屋なのかドライなのか、はたまた中低域に特徴が出やすいのか、といった部分もきちんと分かる。もちろん楽器とマイクの距離感、リバーブであればアルゴリズムの違いなども克明に再現されますが、それが顕微鏡で見るようなセンシティブさではなく、音楽的な気持ち良さをもって楽しく聴けるのが素晴らしいと思います。また、圧縮音源なのかハイレゾ音源なのかというファイル形式の違いやDAコンバーターの差まで分かってしまう。パソコンの内蔵出力をインプットするのと、業務用オーディオ・インターフェースの出力を取るのとでは雲泥の差で、そういう違いがシビアに再現されるところが“仕事用のモニター機器”として信頼できるんです。

 

良い録音とそうでないものの差が
明確に分かるから“買うしかない”と

ー制作環境のグレードから入力ソースの品質まで忠実に再現されるのですね。

星野  良い録音とそうでないものの差がしっかりと分かるようになるので、自分のミックスをポールのアルバムのようなクオリティへ近付けるためにも“買うしかないな”と。

 

Teddy ミックスと言えば、SR-009Sは低域の再現にも優れていて、キックとサブベースがきちんと分かれて見えるんです。その点だけでも使う価値があるほどで、EDMはもちろんトラップの制作にもバッチリだと思います。特にトラップは、キックとサブベースの合わせ方がキモなので、それぞれの周波数的なすみ分けやディケイの調整を経験則に頼ることなく行えるのはありがたい。スペクトラム・アナライザーを使って視覚的に判断する手もありますが、SR-009Sなら純粋に音でジャッジできるから、スピーカーを十分な音量で鳴らせない自宅スタジオなどにも有利だと思います。

 

星野 僕も購入の理由に“低域を自宅で判断できる”というのがありました。高価なスピーカーを買っても家だと性能を生かし切れないし、聴こえ方が部屋の音響特性に左右されてしまいます。その結果、低域やリバーブの処理がところどころあいまいになってしまうのだと思うんですが、SR-009Sでは低音のうねりや量感がよく分かるため、的確にジャッジできる。実際に僕は、ベースとキックのかぶり具合や余韻の調整をSR-009Sで行って、土台を作ってからミキシングを始めています。中域のバランスなどはスピーカーで取っていくものの、扱う音の数が増えたときの全体像やノイズのチェックなどにもSR-009Sを使っていますね。

 

Teddy 音以外の美点としては、セットアップの簡単さも挙げられます。特に、若い世代の方はヘッドホン・アンプというものになじみが無いでしょうし、ヘッドホンとの接続に難しいイメージを持ってしまうかもしれません。でも実は非常に簡単で、SRS-3100に至っては両者がセットになっているため、買ったそばから使い始められるのもうれしい。しかも音がむちゃくちゃ良いんです。

 

パンチーな音で可搬性が高いSRS-3100
高域についてはシルキーで疲れにくい

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ATAX SRS-3100:67,500円

イヤースピーカーのエントリー機SR-L300(写真右)とドライバー・ユニットSRM-252S(同左)をセットにした製品。SR-L300は、STAXの名機SR-Λの系譜にあるコンデンサー型のオープン・エア・ヘッドホン。単体では40,000円で発売されている。SRM-252Sは、このセットのために開発されたICベースのモデル。入出力や機能をミニマムに抑え、132(W)×38(H)×132(D)mm/重量540gというコンパクトなボディを実現している。SR-009S+SRM-T8000の組み合わせよりも可搬性に富み、外出先などへ持ち運びやすい。価格もリーズナブルなので、イヤースピーカーへの入門にうってつけだ。

 

ーそのSRS-3100は、エントリー・モデルのヘッドホンSR-L300とコンパクトなアンプSRM-252Sから成る製品ですが、SR-009S+SRM-T8000の組み合わせに比べて、どのような特徴があると思いますか?

Teddy 音が近くパンチがあって、ガッツのあるサウンドなので好みです。空間再現については比較的コンパクトですが、縮まってしまって良くないということでは決してなく、モニター・サウンドとして十分な情報量だと思います。正直“この価格でこの音だったら、エントリー・モデルとは言っても全然良いな”と感じました。

 

星野 僕もそう。普段からSR-009Sを使っているので、最初は比べ物にならないだろうと思っていたのですが、いざ試してみると“これはこれで良いぞ……”と。ボーカルの帯域が強めで、SR-009Sだとやや遠くに聴こえる音が近付いて見えるイメージです。キックやベース・ラインなども前に出るし、同じ音量で聴き比べるとSR-L300の方が少し大きく感じられます。価格を伏せて、純粋に音の好みで選びましょうと言えば、こちらを選択する人も居るでしょう。どちらが上か下かというより、キャラクターが分かれている印象です。

 

Teddy 僕はツアー中にホテルで制作することも多いんですが、SRS-3100はそういう場面にも向くなと。ニアフィールドの小型スピーカーをペアで持ち運ぶよりも断然楽だし、行き先が海外ならなおさらです。あとSR-009Sよりもずっと軽いので、制作中にノリ良く体を揺らしたりしても重く感じられない。長時間の装着にも耐えると思います。

 

星野 “疲れにくさ”という点では、高域のシルキーな質感も耳に痛くなくて良いですね。それにシルキーに聴こえていても、ロールオフしているのではなく十分に出ているので、仕上げたミックスの高域がトゥー・マッチになってしまうことも無い。これはSR-009Sにも共通する魅力です。

 

ー67,500円という価格から考えても、かなりコスト・パフォーマンスに優れた製品ですね。

Teddy まさに。管弦楽曲などの再現はSR-009Sに分があると思いますが、ポップスをはじめ、ヒップホップやダブステップなどにも向くと思います。

 

星野 STAXと言えばピュア・オーディオやクラシックのイメージが強いかもしれないけど、ビート・ミュージックなどにも合うと思うんです。もう本当に皆さんに体験してもらいたい。SR-009Sなどの高級機は、お店でもスタッフの方にお願いしてから試聴することになると思いますが、もしショウ・ケースの中で迫力満点に見えても、勇気を出して尋ねてみてほしいです。音を聴けば心底、感動できると思うので。

 

Lecture 〜STAXイヤースピーカーの発音メカニズム

 対談ではイヤースピーカーのサウンドに追ったが、コンデンサー型というユニークな仕様に“?”を浮かべている方も居るだろう。ここでは、その構造について解説したい。

 世の中の大半のヘッドホンはユニット(=発音部)に永久磁石やボイス・コイルを用い、磁力を利用して振動板を動かすことで、音を鳴らす仕組みとなっている。一方、イヤースピーカーのユニットは“振動膜”という極薄プラスティック・フィルムをステンレスの固定電極2枚で挟んだもの【1】。磁力ではなく“静電気”の力で振動膜を動かし、その振動でもって音を再生する仕組みだ【2】 。これがコンデンサー型(=静電型)と呼ばれるゆえんである。

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ユニットの主要パーツ。中央が振動膜で、左右が固定電極だ。高価格帯の製品にはより薄くて高剛性の振動膜を使い、応答速度を高めている。また、電極も切削加工などが高精度に

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発音の仕組みを模式化。図では左の固定電極からのプラス電圧で振動膜が動き発音している。振動膜が発した音は固定極の開口部を通過し耳に届く。プッシュプルの発音原理上、振動膜は左右の電極で挟む必要があり、発音時には左右方向に等しく音が発生するため、耳とは反対側の固定極方向にも音が通過する。このためイヤースピーカーはすべて開放型を採用している

 振動膜は一枚の平面で、固定電極から均一に電圧がかかるよう設計されているため、例えば膜の中央部と周縁部で振動の仕方(波長や振幅)が大きく異なってしまうようなことが起こりにくい。その結果、原音の周波数ないし位相特性に乱れが生じにくく、再現性を高められるという。ここがミキシングなどの音楽制作に有利な点と言えるだろう。

 

製品情報

stax.co.jp

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STAX SR-009S / SRM-T8000

価格:460,000円(SR-009S)、595,000円(SRM-T8000)

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stax.co.jp

STAX SRS-3100

価格:67,500円

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