SOFTUBEから、1980年代に大ヒットしたポリシンセをモデリングしたソフト音源=Model 84 Polyphonic Synthesizer(以下Model 84)が発売されました。同社はアウトボードやギター・アンプなどのモデリングに定評があり、1970年代の伝説的シンセをモデリングしたModel 72 Polyphonic Synthesizerでもアナログの豊かさを見事に表現していたので、今回の期待も大きいです。
実機が持つ端正なオシレーターと
粘りのあるフィルターをリアルに再現
モデリング元の実機は1984年発売。6音ポリで1ボイスあたり1DCO+1EG、エンベロープはVCA/VCF共用とモジュレーションもシンプルで複雑な音作りができるわけではありませんでした。しかし、波形はノコギリ波とパルス・ワイズ・モジュレーションに加えて、サブオシレーターで分厚い音にも対応。レゾナンス無しのハイパス・フィルターやコーラス・エフェクトを内蔵するなど、独特の工夫が凝らされた上で、価格も当時のポリフォニック・シンセサイザーとしてはかなりリーズナブルだったことから、プロ/アマ問わず大変普及した機種です。音作りの幅が狭いことは逆にイメージする音に到達しやすい明確さにつながり、楽器としてのシンセサイザーの明快さや使いやすさが特徴になったとも言えます。この機種の親しみやすさがソフト・シンセとして帰ってくることは、筆者にとっても懐かしさとうれしさが大きいものです。
立ち上げたときのウィンドウはほぼ実機そのもので、新たに付け加えられたような機能はとりあえず見当たりません。実機の分かりやすいパネル構成から、なじみのある方も初めて使う方も何も迷うことなく音作りに向かうことができそうです。
当時の実機の音の印象としては、デジタル・コントロールされたオシレーターの端正さと粘りのあるフィルターの淡くにじむ感じ。ハイパス・フィルターを通した音では、オケにさりげなくなじむような明るい軽さがありました。ユニゾン・モードのシンセ・ベースでは6音ユニゾンの太いコシと、レゾナンスを効かせたエグみがちょうど良い感じに。Model 84ではそういった実機の特徴が実にリアルに再現されています。
特徴的な内蔵コーラスを使って粘り気と粗さが同居して左右に漂うようなダークなパッドなどは得意なところ。フィルターを開きめで派手な音色にしたときにコーラス・エフェクトがひずみっぽくなる感じは、何とも言えない懐かしさと再現度の高さを感じました。実機で“HPF” と表記されていたフィルターは、Model 84では“EQ”とされています。実機同様、0の位置で低域が持ち上がり、程良く太いベースに向くサウンドに。主張し過ぎないでアナログ感を出しつつ、豊かに低域を響かせたいベースにはとても使いやすいと思います。
ModularとAmp Roomで
Model 84のモジュールを使用可能
画面の右側をクリックすると、ベロシティとアフタータッチの設定、ユニゾン・モードでのデチューンの調節、トータル・チューンとコーラス・エフェクトのステレオ/モノの切り替えなどが行えるパネルが現れます。実機に対して新たに加えられた機能はこれだけ。あくまで忠実に実機を再現したいという哲学のようなものを感じました。
シンプルなプリセット選択画面とは別にブラウザーが用意されており、プリセットから音探しをしたいユーザーにも分かりやすいと思います。実機には無いパラメーターを使ったプリセットを立ち上げると、自動で前述の設定パネルが開き、音作りに使われたパラメーターが全部見渡せるようになります。些細なことですが、ユーザーへの思いやりを感じますね。
また、フィジカル・コントローラーなどで操作したい場合、MIDI CCリンク・モードを使って簡単にパラメーターへMIDI CCを割り当てることができます。コントローラーを使って積極的に音へ変化を付けることも可能です。
さらに、SOFTUBEのソフトウェア・モジュラー・システム=Modularでは、Model 84のCHORUS/DCO/ENV/LFO/NOISE/VCA/LPFを単体のモジュールとして使うこともできます。また、ギター&ベース・アンプのシミュレーター、Amp RoomでもCHORUSを使用可能。実機のコーラス・エフェクトは当時も評価が高かったので楽しい付加価値と言えます。
昨今のソフト・シンセは多彩な波形と機能を持ち、モジュレーションやエフェクトを駆使した複雑なサウンドや、アルペジエイターによるパターンやテクスチャーをプリセットから簡単に呼び出せるようなものが多いですが、その複雑な構成ゆえにシンプルな音作りを楽しめないもどかしさがあるのも事実。私自身も苦戦した挙句に結局実機を引っ張り出すことも多いのです。伝説的な名機が時代を越えて評価されている理由の一つとして“音を作る楽しさにたどり着きやすいシンプルな機能とよく練られたパネル構成”が大きいのだということを、今回あらためて感じることになりました。膨大なプリセットから好みの音を探すのも発見がありますが、Model 84は地道にスライダーやつまみをいじって音を作り出す楽しさを、パソコン上でも感じられる魅力的な音源です。
冨田謙
【Profile】鍵盤奏者/アレンジャー/プロデューサー。1993年、Small Circle of Friendsに参加。ソロのほか、ORIGINAL LOVE、NONA REEVES、一十三十一などのサポート、CM曲制作で活躍。
SOFTUBE Model 84 Polyphonic Synthesizer
オープン・プライス
(市場予想価格:15,900円前後)
REQUIREMENTS
▪Mac:macOS X 10.13以降、AAX/AU/VST/VST3対応のホスト・アプリケーション
▪Windows:Windows 10(64ビット)、AAX/VST/VST3対応のホスト・アプリケーション
▪共通項目:INTEL Core 2 Duo、AMD Athlon 64 X2または最新のプロセッサー、1,280×800以上の画面解像度、8GB RAM以上、8GB以上のドライブ・スペース、SOFTUBEアカウント、iLok License Manager、インストーラーのダウンロードおよびライセンス登録のためのインターネット環境