[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2011年8月号の記事をWeb用に編集したものです]
Photo:Takashi Yashima(STUDER 962を除く)
MR-2000Sを4台使って
本格的なDSDマルチ録音を敢行
今回のセッション会場となるのは、東京は港区にあるサウンド・シティのA studio。フル・オーケストラにも対応する開放感あふれるスペースが選択の理由で、高い天井と石造りの空間が適度に自然な響きを生み出すスタジオだ。今回のパート分けとしては、アート・リンゼイがボーカル&ギター、マイア・バルーがボーカル&ギターに加え、フルートや拡声器、ループ・マシン、パンデイロを担当。ブース奥に2人が横並びになるように機材を設置し、50名の観客が相対する。PAシステムとしては、2本のGENELEC 8030Aをアーティスト脇に観客の方を向けてセッティング。さらに2人を取り囲むようにGENELEC 1029A×4をスタンドで高い位置に設置し、エフェクト再生用とした。
今回のレコーディング/ミックスを担当するのは奥田泰次氏。いち早くDSDの音質に目を付け、grooveman Spotや土岐麻子などのセッションでそのポテンシャルを発揮させるべく、さまざまな試みを重ねてきた気鋭のエンジニアだ。まずは奥田氏に、今回のセッションのルーティングについて聞いてみた。
「マイアさんのボーカル・マイクはマイクプリAPI 312AからUREI 1176LNを経由した後、API 550を通った音がコントロール・ルームのSSL SL6064Gに立ち上がっています。アートさんも同様のルーティングですが、ギター・アンプに立てたSENNHEISER E609のマイクプリのみALTEC 1567Aにしています。ほかにアンビエンス用としてリボン・マイクRCA 77-BX×2をフロアの中程、T.H.E. AUDIO BS-3Dを高さ2.5mのあたりにセットしました」
コントロール・ルームの奥田氏の手元にはLEXICON 480Aなどの空間系エフェクトがセッティングされ、状況に応じてリバーブなどが足される予定だという。
「マイクからの音やエフェクトをSL6064Gでまとめ、4台のKORG MR-2000Sを使い5.6MHzのDSDでマルチ録音します。その内訳は1台目がマイアさんのボーカルと楽器、2台目はアートさんのボーカルと楽器、3台目がアンビエンスで4台目はエフェクトです」
つまり今回の録音は、本企画で初となるDSDでの本格的なマルチトラック・レコーディングとなる。ミックス・ダウンは後日、奥田氏の手によって行われることとなった。
初めて2人で音を合わせた
リハーサルのテイクもレコーディング
アートとマイアは事前の打ち合わせで、お互いの持ち曲を3曲ずつ演奏することになっていたが、実際に楽器を手にして音を合わせるのはこの日のリハーサルが初めて。曲ごとにお互いの役割分担を確認していく際、アートがかなり具体的な指示を出していたのが印象的だった。対するマイアも憶することなく自身のアイディアをぶつけ、クリエイティブな雰囲気の中リハーサルは進められた。2人のやることが決まると通して一曲演奏してみるのだが、アートの提案によりこのリハーサルの模様ももれなくDSDレコーディングされていた。
50名の観客を前にした本番の1曲目はマイアの持ち曲「Ma Bohème」。フルートのフレーズをループさせた上にポエトリー・リーディングやフルートの生演奏が乗るという、ユニークな構造の一曲だ。アートはマイアの演奏に合わせてピッキング・ノイズを奏でていたが、突如スイッチが入ったかのように空間を切り裂くギター音を出し、場内の空気を一変させてみせる。そしてアートがボーカルをとる「Reentry」ではマイアがパンデイロでリズムを刻みながらブース内を自在に歩き回り、ワイルドな雰囲気を演出。アートも観客に向かって"Welcome to the zoo!"とおどけてみせる。その後もマイアの「ポプリ1」やボサノバ曲「Até Quem Sabe」などバラエティ豊かな曲を披露。途中完全即興も交えつつ1時間弱でレコーディングはいったん終了したが、鳴りやまない観客の拍手に呼ばれて再度「Ma Bohème」を演奏するなど、収録は終始和やかな空気のもと終了した。
4台のMR-2000Sの出音を
完全アナログ領域でミックス
リハーサル/本番を合わせて2時間を上回るファイルを吟味した結果、編集部は4曲をリハーサル、2曲を本番のテイクより選出。いよいよミックス・ダウンへと入っていく。作業は奥田氏のホームグラウンドであるstudio MSRで行われた。そのセッティングは、シンクした4台のMR-2000Sの音をアナログ出ししてビンテージ・ミキサーSTUDER 962に立ち上げ、ミックスした音をさらにもう1台用意したマスター用のMR-2000Sに2.8MHzのDSDで録音するというもの。
ミックス作業おおむねスムーズに進んだが、「Ma Bohème」についてはアートがリハで"フルートがループになったと同時にオートパンをかけてほしい"とリクエストしたのに応えるべく若干難儀。ここは962のパンポッドを編集部員がリアルタイムで操作することで事なきを得た。作業後の奥田氏は次のように語る。
「DSDのプレイバックを聴くと、サウンド・シティの天井の高さや石の響きがよく出ているように感じました。特に「Até Quem Sabe」はその傾向が顕著ですね。曲によってドライだったり遠かったりと音像にバラエティがありますが、別日にミックスすることによって各曲のキャラクターを強調できたので、聴いていてより楽しいものになっていると思います」
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特にアートがゆるく張ったギターの弦で出す低域の臨場感は、まるで目の前で弾いているかのよう。空間の表現力/ローの柔らかさは、やはりDSDならではのものと言えるだろう。
▲ロシア大使館のそばにあるサウンド・シティのA studio。227㎡あるレコーディング・ブースはフルオーケストラにも対応。高い天井と石造りの空間により、自然なルーム・アコースティックが得られるという。マイア・バルーとアート・リンゼイは横並びで演奏を行い、観客席は若干距離を置いて設置。余裕あるスペースには2組のアンビエンス用マイクが立てられている
▲アート・リンゼイのセクション。トレード・マークとも言える12弦ギターDANELECTRO Hawk、足元にはDIGITECH Whammy、PROCO Rat-2、Z.VEX Fuzz Factoryがセッティングされていた
▲マイア・バルーはフルートやエレアコGIBSON Chet Atkins CEのほか、パンデイロなど多彩な楽器を演奏。ほかにおもちゃの拡声器やでんでん太鼓も持参。手前はループ・マシンBOSS RC-20XL
▲ミキシングはstudio MSRにてシンクした4台のMR-2000Sの出力をアナログ・ミキサーSTUDER 962に立ち上げて敢行。2系統あるAUXはLEXICON 480L、EVENTIDE Time Factor(ディレイ)がアサインされており、楽曲に応じてボーカルやギターなどにエフェクト音が付加されている
マイア・バルー+アート・リンゼイ 『ambia』
1.Até Quem Sabe 2.生きる[VIVRE] 3.Reentry 4.ポプリ1 5.Invoke 6.Ma Bohème
*ファイル・フォーマットは下記の3種類、2つのパッケージでの配信となります。
●24ビット/48kHz WAV
●1ビット/2.8MHz DSFとMP3のバンドル
いずれもアルバムのみの販売で価格は1,000円。