Premium Studio Live Vol.5 青葉市子+内橋和久 with special guest 小山田圭吾 レポート

レコーディング・スタジオでの一発録りをライブとして公開し、DSDで収録した音源をDSDファイルのまま配信するという本誌主催の企画、Premium Studio Live。第5回は、即興音楽の分野で世界的な活躍を見せる一方、UAやくるりのプロデュースでも手腕を発揮してきたギタリスト/作編曲家の内橋和久と、2009年の活動開始以来、著名アーティストからも高い評価を受けるシンガー・ソングライター青葉市子が登場。さらにCorneliusこと小山田圭吾もスペシャル・ゲストとして参加し、多彩な音楽性の融合を見ることができた。11月22日に行われたセッションの様子をレポートしていく。


[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2012年1月号の記事をWeb用に編集したものです]


4台のMR-2000Sを同期させた
DSDによる8trマルチ録音


今回のセッションが行われた会場は、東京都新宿区に立地するレコーディング・スペース、スタジオサウンドバレイのA Studio。60畳ほどのライブ・エリアは6.2mの高さを持つ吹き抜け空間と、その半分ほどの天井高を備えたスペースに大きく分かれており、前者をステージ、後者を50名の観客席としてセッティングが進められた。


収音ソースは青葉のボーカル&ガット・ギター、内橋のエレキギター&ダクソフォン、小山田のボーカル&アコースティック/エレキギター、そしてステージと客席それぞれのアンビエンスだ。内橋が使った"ダクソフォン"とはドイツのギタリスト、ハンス・ライヒェルが開発した特殊楽器。弓やハンマーを用い、動物の鳴き声のような音から打楽器的な音まで奏でられる。ピックアップを内蔵するため、当日はDIに接続された。


今回の録音を手掛けたのは溝口紘美氏。関西でPAエンジニアとしてキャリアをスタートさせた氏は現在都内に拠点を移し、PAだけでなくレコーディングにも取り組む気鋭のエンジニアだ。


「PAを行うときは、その会場のサウンドを担ってきたマイクで収音するようにしているんです。常設機材は責任者の方が場の環境や使われ方を考えて選んできたものでしょうから、その空間にマッチしていると思うんですね。今回、スタジオサウンドバレイの機材リストの中で目に留まったのは、オールドのNEUMANN U67でした。このマイクの型番を聞いて、まず青葉さんの顔が浮かんだのですが、2本用意されていたので小山田さんの歌にも立てることができました。ギター・アンプにU87を設置したのは、マイク自体の周波数レンジが広いため、演奏者が聴いている響きに近い音質で録れそうだと思ったからですね」


このほか青葉/小山田のアコースティック・ギターは、「ハイゲインで、コンデンサー・マイクより自然な高域が得られる」というリボン・マイクAUDIO-TECHNICA AT4081で収音された。さらに、約3mの高さからステージと客席を個別に狙うアンビエンス・マイクを設置。これらの信号はコントロール・ルームに送信された。録音のルーティングについて、溝口氏に尋ねた。


「まずは、信号をマイクプリに通しました。青葉さんの歌とギター、内橋さんのギターとダクソフォンにSYM・PROCEED SP-MP4を、それら以外にはYAMAHA HA8を使いましたね。SP-MP4はDSDとの相性が良いと思います。ゲインの上がり方が滑らかで、自然な感じの音質なんです。青葉さんと小山田さんの歌はTUBE-TECH CL 1Bでコンプレッションしつつ、全信号をアナログ卓のSSL SL4000G+に入力し、バス経由で8tr分を4台のKORG MR-2000Sに録音しました。内訳は1台目が青葉さんの歌とギター、2台目が内橋さんのギターとダクソフォン、3台目が小山田さんの歌とギター、4台目がアンビエンスです。録音時のサンプリング・レートは5.6MHzでしたね」


準備がスムーズに進んだこともあり、初顔合わせのアーティストたちは十分なリハーサルを行えた模様。合間にはインプロビゼーションが演奏される場面も見られた。即興とは思えないほどに曲想的な構成は、本番への期待感を高めた。


PSL5-report-1.jpg


▲スタジオサウンドバレイ A Studioのライブ・エリアは、天井高によって大きく2つのスペースに分かれている。本セッションでは、写真奧に写る吹き抜け空間をステージに設定。天井高の低い手前のスペースを観客席とした


PSL5-report-2.jpg


▲KORGのDSDレコーダーMR-2000Sを4台同期させ、1ビット/5.6MHzでマルチ録音。青葉のボーカル/ガット・ギター、内橋のエレキギ ター/ダクソフォン、小山田のエレキギター/アコースティック・ギター(同時に演奏されることがなかったため、同じトラックに入力)/ボーカル、そして2 種類のアンビエンスといったモノラル8系統の信号がレコーディングされた


カバーや即興を含む多彩な演目
オーディエンスも演奏に参加


時刻は本番開演へ。静寂に包まれた会場で内橋のダクソフォンが響き出した。そこに青葉がガット・ギターによるアルペジオを重ねる。青葉の作品「不和リン」だ。間を持たせた歌を縫うようなダクソフォンが、曲の情緒を引き立てた。
さらに2人は、大貫妙子&坂本龍一「3びきのくま」をカバー。内橋によるアルペジオと青葉の声が原曲の厳かなムードを和らげ、曲調の持つ優しい側面を押し出す仕上がりとなった。
当日のために用意された「火のこ」は青葉が作詞を、内橋が作曲を手掛けた共作だ。聴衆が事前に配られたエアー・キャップを割ることで演奏に参加。プチプチという無数の破裂音は、タイトルから連想される"火の粉"を喚起させた。


第一部が終了すると、小山田が加わる編成での第二部が幕を開けた。インプロビゼーションの「大統領を起こそう」では、内橋が多彩なひずみ音色を繰り出す中、小山田がFENDER JazzmasterのサウンドをDIGITECH Whammy Pedalで積極的にエフェクトし応戦。ここに青葉が呪術的なスキャットや奔放な歌を乗せ、目くるめく展開を見せた。続く青葉の作品「日時計」でも、3人によるスリリングな演奏を披露。
そしてラストでは、小山田がプロデュースを手掛けたSalyu×Salyu「続きを」のカバー。青葉のガット・ギターと小山田の弾くアコースティック・ギターTAYLOR Baby Taylorが絡み、原曲がボサノバ・テイストに生まれ変わった。
休憩を挟み2時間にわたったセッションは、当日に初めて合奏されたとは思えないほどの一体感を提示。余韻をとどめつつ幕を閉じた。


PSL5-report-3.jpg


▲内橋のセクション。写真手前に映る楽器は先日急逝したドイツのギタリスト、ハンス・ライヒェルが開発したダクソフォンだ。右側にバリエーションが用意さ れた木製の薄い板を、三脚に設置したサウンド・ボックスに取り付け、弓やハンマーで演奏することで音が出せる。ダクソフォンの向こうには3本のエレキギ ターが並んでおり、左からGIBSON SG、GODIN LGX、FENDER Telecaster。エレキギターはFENDER Twin Reverbに接続され、NEUMANN U87で収音された。さらに、ペダル群では多彩な音作りが行われた。ルーパーのBOSS RC-30やディレイのELECTRO-HARMONIX 16 Second Digital Delay、リバーブのTC ELECTRONIC NR-1、ディストーションのXOTIC BB Plusなどがそろう


PSL5-report-4.jpg


▲青葉のガット・ギターYAMAHA CS40Jは、AUDIO-TECHNICAのプリアンプ内蔵型リボン・マイク、AT4081で収音。ボーカル録りにはNEUMANN U67が使用された


PSL5-report-5.jpg


▲小山田はFENDER Jazzmasterと小型のアコギ、TAYLOR Baby Taylorを使用。JazzmasterはFENDER Blues-Deluxe Reissueに接続され、NEUMANN U87で収音。またBaby TaylorはAT4081で収められた。足元には写真左からボリューム・ペダルのERNIE BALL Volume Pedal、マルチエフェクターのLINE 6 M13、DIGITECH Whammy Pedal WH 1が並ぶ


弦の揺れる音までキャッチ
録り音はアナログ卓でミックス


終演後、コントロール・ルームではプレイバックが行われた。「ちょっとした息遣いまで拾えているね」と言う内橋に続き、青葉も「生々しいですね。ごまかしが効かない(笑)」と、特に声を評価。さらに小山田からは、「楽器の数が少ないほど、音の良さが伝わりやすいと思う」とのコメントが聞けた。溝口氏は 「DSDでの録り音は単に鮮明であることを超え、写実性が極めて高いですね。アンビエンスには、内橋さんのギターの切りっぱなしの弦が揺れる音まで記録されたくらいです」と、録音を振り返る。


MR-2000Sにレコーディングされた素材は後日、溝口氏がST-ROBOでミックス。各トラックがアナログ卓のSSL AWS 900に立ち上げられ、2ミックスはMR-1000に録音された。


「作業中は終始卓のフェーダーを触り、青葉さんの歌や内橋さんのギターなどダイナミクスが大きいソースの音量調整を行っていました。DAWでのミックスならボリューム・オートメーションを書けますが、DSDにはその便利さが無い分、より集中して音を聴けるんです」


§


セッションで演奏された11曲から、編集部は配信アルバムの収録曲として8曲を選出。音源には、当日の演奏が臨場感とともにパッケージされている。青葉の歌声からはたっぷりと含まれた倍音が聴き取れるほか、細かい息遣いも感じられる。内橋のダクソフォンは、弓と本体がこすれる音から楽器の素材感までが伝わる。ギターも特にひずみ音色はザラつきが手に取れるくらい質感豊かだ。ぜひDSD音源をダウンロードし、細かいニュアンスまで堪能してほしい。


PSL5-report-6.jpg


▲4台のKORG MR-2000Sに記録されたモノラル8系統のパラ素材は、ST-ROBOに常設のアナログ卓、SSL AWS900に立ち上げてミックスされた


青葉市子+内橋和久『火のこ』


PSL5-report-jkt.jpg



  1. 不和リン

  2. レースのむこう

  3. 3びきのくま

  4. 重たい睫毛

  5. 火のこ

  6. 大統領を起こそう

  7. 日時計

  8. 続きを


※ファイル・フォーマットは下記の3種類、2つのパッケージでの配信となります。



  • 24ビット/48kHzのWAV

  • 1ビット/2.8MHz DSFとMP3のバンドル


いずれもアルバムのみの販売で価格は1,000円


購入はOTOTOYのサイトから!