安部勇磨 インタビュー【後編】〜LinnDrumやWURLITZERなどビンテージ機材が活躍したソロ・アルバム『Fantasia』の制作を振り返る

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分からないなりに自分でやれるだけやってみる
その結果が経験豊富な人と違う音になったら面白いかなと

 “ネバヤン”の愛称で親しまれるバンド、never young beachのボーカリスト/ギタリストである安部勇磨がソロ・デビュー。12曲入りのアルバム『Fantasia』を6月30日にリリースした。フォーキーな歌とバンド・サウンドから成る音像は、ネバヤンに通じるウォームな質感ながら、よりパーソナルでハンドメイド・フィールな印象。収録曲のうち4曲を細野晴臣が、8曲を安部本人がミックスしている。ホーム・スタジオでアルバムの制作について聞いた。

Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara

 

インタビュー前半はこちら:

 

“欲しいときに買わないと意味が無い”
機材を購入する際の持論です

本チャンのレコーディングにはゲスト・ミュージシャンを迎えたと聞いていますが、デモ制作はご自身だけで?

安部 はい、基本的には。

 

ドラムなどは打ち込みで賄っていたのですか?

安部 リズム・マシンを使いました。LINN LM-2で簡単な8ビートなどを打ち込み、“本チャンではここにゴーストを入れたいな”とか想像しつつやっていて。健ちゃん(編注:ネバヤンのドラマー=鈴木健人)に打ち込みを手伝ってもらうこともありましたね。LM-2はeBayで40万円くらいしたんですけど、その半年とか1年後くらいにヤフオク!で22万円で落札されているのを見て、めちゃくちゃ落ち込んだんです。でも“欲しいときに買わないと意味が無い”っていう持論があって、そのときの熱量みたいなのを大切にしたいから、見付けるとすぐに買ってしまいます。

 

数あるリズム・マシンの中から、なぜLM-2を?

安部 数々の名曲に使われているのは何となく知っていたのですが、細野さんが何かのインタビューで“昔はデモとかによくLinnDrumを使っていた”と話しているのを見て。あとマック・デマルコの自宅映像にもLM-2があったので、触ってみたいという思いで購入しました。実機を精密に再現した音源もあるとは思うんですけど、まずはオリジナルを使ってみたくて。まだ習熟できていませんが、使い込んでいくと“シミュレートしたものには、こういう利点があるのか”といった発見ができるでしょうし、機材に対する理解が深まるんじゃないかと。

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写真中央のLINN LM-2や傍らに置いたBEHRINGER RD-8は、デモ制作などに活用中のリズム・マシン。RD-8の上にはリズム・ボックスのROLAND CR-78を置く

デモ制作にはアウトボードも使用したのですか?

安部 はい、録音のときとかに。DBXの160やUNIVERSAL AUDIOのTeletronix LA-2Aなどを使っていました。でも感覚的というか、音を入れてツマミを回して、このくらいがいいかな?みたいな使い方でしたけど(笑)。池田さんに教えてもらったんですが、なかなか飲み込めなくて。ただ、数値をにらんだりするよりは、とりあえずツマミを回して耳で判断する方が自分には向いているような気がするんです。シンセにしても同様で、オケを聴きながら鍵盤を触ってみて、“このフレーズなら合っている気がするな”とか思いながら録音していく感じでした。

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アウトボードは、上からUNIVERSAL AUDIO Teletronix LA-2A、RUPERT NEVE DESIGNS 5024、音源モジュールROLAND JV-2080を挟み、DBX 160×2と165A

あっさりとした抜け感が欲しくて
PELUSOのマイクで歌を録りました

本チャンのレコーディングはどちらで?

安部 下北沢にあったころのhmc studioです(編注:現在は梅ヶ丘に移転)。池田さんのスタジオですね。

 

そこで録った音を持ち帰って、安部さんの方でポストプロダクションを行ったのですか?

安部 そうですね。池田さんに録っていただいた音をパラでもらって、使う音とそうでないものを取捨選択した上で作業しました。ゲスト・ミュージシャンの演奏は、当然ながら生かすようにしていたんですが、やむなくデモの音に戻すこともあって……。例えば「おまえも」のふわっとしたシンセとか。スタジオでは(香田)悠真君に違うフレーズを弾いてもらったんですけど、デモのテイクの感じが忘れられず差し替えることにしたんです。あと、歌録りもhmcで済ませて池田さんにピッチ補正までしてもらっていたものの、個人的なこだわりから家で録り直すことにしました。

 

自宅では、どのようなボーカル・マイクを?

安部 PELUSO 22 47 LEを使いました。hmcには3年くらい前に買ったRCA 44BXを持ち込みましたが、あれは音がしっかりしてるというか重く感じて、曲によってはマッチするんですけど、もう少しあっさり抜ける感じが欲しくて。吐息感みたいなものや軽やかさについてはPELUSOに分があると思ったので、録り直すことにしたんです。

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アルバムの歌録りに使ったPELUSO 22 47 LE。抜け感やさわやかさのある音色がマッチしたそう

それにしても44BXを所有しているとは驚きです。

安部 デジマートで買ったんです……50万円くらいで。これも細野さんが使っていたからで、なおかつ“録音ではマイクが一番大事”とも教わっていたから思い切って購入しました。見た目も面白いですよね。妙にゴツいし、何なんだこれは?って感じで(笑)。あと、滅多なことでは人とかぶらなさそうなところもポイントです。

 

アルバムには、ホーム・レコーディングした素材も数多く採用されているようですね。

安部 「おたより」のWURLITZER 214とかも家で録ったもので。TASCAM 388という古いMTRのプリアンプを通して録ったんですけど、何でこんな音になっているんだ?と思ったら、知らないうちにゲインが上がっていて。その感じがスタジオで録ったROLAND Juno-60よりも良かったんです。

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オープン・リールMTRのTASCAM 388。1980年代中盤のもので、発売当時の価格は65万円。アルバム制作ではライン・アンプとして使ったという。右奥にあるのはカセットMTRのTASCAM 244

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アナログ・シンセのYAMAHA CS-60

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MOOG Moog One、YAMAHA DX7、ROLAND Juno-60といったシンセ。ソフト・シンセではなく実機でそろえるところに気合いが感じられる

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「おたより」に使ったというWURLITZER 214。録音時の増幅は、388の内蔵プリアンプで行ったそう

ミックスでは、どのような作業を?

安部 Logicでボリューム・オートメーションを描いたり、スネアのレイヤーのバランスを調整したり。主に音量のコントロールですね。ほかのことに手を出し過ぎるとパニックになりそうだったから(笑)。あと、池田さんが録りのときにかけてくれたエフェクトで十分な気もして。やり過ぎると曲のポテンシャルを殺すことになるかもしれないと感じていましたが、その反面、正解なんて無いとも思っていたので、途中からは振り切って作業していました。

 

今後もソロ活動を続けていくのでしょうか?

安部 そうですね。自分の中で線引きがあるんですよ。“これはバンドでやった方がいい曲だろうな”とか“この曲はバンドじゃないな”とか。ソロをやったことで精神的にも落ち着いてきたので、続けた方がいいような気がしています。

 

サンレコとしては、ビンテージ・リズム・マシンを前面に押し出した作品なども聴いてみたいところです。

安部 LM-2のタムの音とか良いですもんね。僕も、ああいうのはどこかで効果的に使ってみたいと思っています。実は既に新しい曲を作っているんですよ。今回のアルバムを踏まえて“もっとこうしてみようかな”という部分が見付かったので、引き続き新しい表現にチャレンジしていきたいです。

 

インタビュー前編では、初めて挑戦したミックスの感想や作業の裏側、コロナ禍でのソロ・アルバム制作のきっかけについて伺いました。

 

Release

『Fantasia』
安部勇磨
Thaian:POCS-23012

Musician:安部勇磨(vo、g、p、syn)、香田悠真(k、syn)、嘉本康平(ds、g)、市川仁也(b)、デヴェンドラ・バンハート(g)
Producer:安部勇磨
Engineer:池田洋、安部勇磨、細野晴臣
Studio:プライベート、hmc