ビッケブランカ インタビュー 〜『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』収録曲からこれまでの制作スタイルを振り返る

ビッケブランカ インタビュー 〜『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』収録曲からこれまでの制作スタイルを振り返る

ビッケブランカがメジャー・デビュー5周年を記念した『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』をリリース。2016年から現在に至るまでの楽曲が、ファンの人気投票で選出されて収録された。今回はビッケブランカの新たなプライベート・スタジオでインタビューを行い、これまでの制作スタイルを振り返りながら話を聞いた。

Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki

自分の声を周波数としてとらえる

『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』が発売するということで、今回はこのアルバムを通してビッケさんの現在に至るまでの制作方法を振り返ることができたらと思います。このアルバムを順番に聴いていくと、音楽性から音作り、作曲工程の軌跡が感じられます。

ビッケブランカ 音楽性は変わったけど振り返るとやってきたことは特に変わらないなぁって思っていて、メロディを作って、歌詞を考えて、一番ベストな状態の喉で歌う、っていう。その基本的なことを俺は5年間ずっとやってきたなと思います。

 

『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』を聴いて、本作はシンガー・ソングライターからトラック・メイクも行う音楽プロデューサーへと進化したビッケさんの成長過程そのものだと感じたのですが、ご自身ではいかがですか?

ビッケブランカ 音がそういう印象を与えますよね。成長を言うなら、作曲に取り組むときに、楽曲展開、メロディ、歌詞、サウンドといった要素など、より分解して構造的にとらえられるようになったなとは思います。昔は自分の音楽は少ない音と基本的な楽器だけで作る、という主義に則って作っていたんです。例えば『Slave of Love』(2016年)ならば“オペラ・ロックをやる”という主義がまずあった。それが今は、良い意味で主義が無くて意味を重視するようになり、その結果宅録もするし、自分で打ち込む割合も増えて、もっとテクニカルかつ自由な視点を軸とするスタイルに変わっていったんです。

 

作曲にDAWでの打ち込みが定着したことで、音楽のテーマよりも、音や言葉、それら録音物など、素材そのものにこだわるようになった部分はありますか?

ビッケブランカ そうですね。音を周波数でとらえられるようになったのが大きいです。例えばエンジニアの(渡辺)省二郎さんには“お前の声は高いところから低いところまで倍音がしっかり鳴っている太い声で、それが魅力でもある”って言われてきたけど、俺はそれが自分の声の嫌な部分だった。でもそれって視点を変えるだけで改善できることなんだって気付いて……つまり、自分の声質や発声方法に問題があると考えるのではなく、単純に録音素材の周波数バランスを整えれば自分の好みで曲にも合う声にできる、と考えるようになったんです。だから、俺にとっての嫌な部分だった中低域の量を削れば良くなるんだ!っていう、EQすればいいってだけの話だと気付けました。

 

その気付きのきっかけはありましたか?

ビッケブランカ 自分の楽曲やJポップを聴いていて“海外のプロダクトのような抜けの良いダイナミックさが無く、音がモコモコしているのはなぜだろう”とずっと悩んできたんです。『FATE』(2021年)を作るにあたって本格的に洋楽とJポップを比較していたときに、イコライジングやアレンジのさじ加減で改善できることに気付き始めて。『Slave of Love』を作っていたときはそういう調整はズルだと思っていたので生音しか使ってないんだけど、今ではそういうサウンド・メイクにおける工夫が、Jポップじゃなく世界に通用するダンス・ミュージックの重大な要素だって解釈できるようになったんですよね。

 

EQはどのように勉強したんですか?

ビッケブランカ とにかくいろいろな人の作業を見続けることでした。省二郎さんのEQもこっそり見続けて、方法やプラグインまで、まねできるものはまねしました。ただ結局EQもセンスなので本職の方には絶対に敵わない。どの部分を削ぐかというのを耳で判断するのは本当に難しいと感じます。ただギターとかぶる帯域を削るとか、型のようなことは学びました。

ビッケブランカが2022年に新しく作ったプライベート・スタジオ

ビッケブランカが2022年に新しく作ったプライベート・スタジオ。オーディオ・ケーブル類はすべてACOUSTIC REVIVEの製品で、ディスプレイ後方には超低周波発生装置のRR-888も置かれている。ボーカル録音用のマイク・ケーブルはマイクとともに防湿庫で保管されていた。2台のディスプレイに映し出されたDAWはIMAGE-LINE FL Studio 20、モニター・スピーカーはYAMAHA HS5。USBマイクのNZXT Capsuleがセットされており、デスクの上にはチャンネル・ストリップRUPERT NEVE DESIGNS Shelford Channel、コンプのEMPIRICAL LABS Distressor EL8、オーディオI/OのPRISM SOUND Lyra1などを用意

音への取り組み方が以前からかなり変化したのですね。『Slave of Love』の時期の主な制作ツールは何でしたか?

ビッケブランカ DAWはAVID Pro Toolsを使っていて、スタジオ・レコーディングで演奏者に共有するためのデモ作りに使っていました。ピアノ音源はVIENNA SYMPHONIC LIBRARY Vienna Imperialで、これは今でも使っています。BÖSENDORFERのピアノをサンプリングした音源で、ベロシティが100段階もあり、タッチのニュアンスをかなり繊細に表現できるのが魅力です。そのときは特にバラードやピアノから始まる楽曲が多かったので、それぐらい繊細に表現できる音源でないといけなかったんです。

 

M❼「Want You Back」やM❽「Stray Cat」を収録する『FEARLESS』(2017年)辺りからは、生ドラムだけでなく打ち込みのビートも出てきますよね。

ビッケブランカ この辺りで知り合いに薦められて、カシミアの作ったサンプル・パック『Sound of KSHMR Vol. 1』を購入したんです。俺が作るビートは全部この音です。

 

リズム系のソフト音源には興味はなかったのですね。

ビッケブランカ 一応SPECTRASONICSのリズム&グルーブ音源のStylus RMXを持っていました。でもMIDIでループを作って音源を鳴らすとか、音源の中のループを使うとか、その発想のものは要らないんですよね。自分でワンショットを並べ替えながらループを生み出す方が作業的にも速いなぁと。今ではある程度ミックスをするようになり、最初からオーディオ・ファイルを並べている方がその後EQをかけるのも楽だと思っています。

 

「Want You Back」や「Stray Cat」辺りから、シンセ・リード/コードも多く登場してくるようになりますね。

ビッケブランカ SPECTRASONICSのシンセOmnisphere 1を使っていたんですよ。懐かしいなぁ、また使いたい! デモ作りにずっと使っていたのですが、Omnisphere 1で打ち込んだ鍵盤のメロディとかを弾き直さずに残すようになっていった結果、「Stray Cat」とかができた感じです。アウトロのコンッコンッコンッコンッココンッていう音はOmnisphere 1を使って自分で作った記憶があります。リリースを切ってアタックを強めにタイトに鳴らした音です。

 

「夏の夢」では初めてエレピが登場しますね。

ビッケブランカ そう、あれは初挑戦でスタジオにあったRHODESを一発録りした音だけど、日本で一番エレピを生かせていない楽曲だと思います。

 

と言いますと?

ビッケブランカ エレピは3和音の上に7thが乗ってこそ生きてくるのに、このときの俺は3和音しか知らないんですよね。和音を増やすとどんどんピアノ伴奏っぽくなって周囲のパートに埋もれていくから、あまり複雑なことをする必要性は無いと考えていたのもあるんですけど。

「いずれDJをやろうと思って練習してる」と言い、128BPM前後のEDMでDJプレイを披露してくれたビッケブラン

「いずれDJをやろうと思って練習してる」と言い、128BPM前後のEDMでDJプレイを披露してくれた。DJセットはPIONEER DJ XDJ-1000MK2×2と2chのDJミキサーDJM-450を使用。ヘッドフォンはBANG&OLUFSEN Beoplay H9 3rd Gen

DJセットの音はSONYのポータブル・スピーカーSRS-XP500から出力。その下にはスピーカーSONY SMS-3も置かれている

DJセットの音はSONYのポータブル・スピーカーSRS-XP500から出力。その下にはスピーカーSONY SMS-3も置かれている

EDMを聴き始めて世界標準を意識

確かにコードはシンプルなものが多いですね。この辺りでエレクトロニックなM⓲「キロン」を作ったきっかけは?

ビッケブランカ アラン・ウォーカーとか、聴く音楽がEDMに変わったことが発端ですね。

 

でも、もともとサンプル・パックを持っていたカシミアなどは聴いていたのではないですか?

ビッケブランカ いや、聴いてないんですよ。だって俺KSHMRってサンプル・パックの会社だと思ってたから(笑)。KSHMRが “カシミアさん”ってアーティストだと気付いたのは、この時期にEDMを聴くようになったのがきっかけでした。投票では選ばれなかったけど「Smash(Right This Way)」は国外のリスナーを意識してトラック・メイクをして、歌詞も英語で書いたんです。世界標準の音を目指していたけれど、今聴くと音が丸くてガツガツしたアタック感とかが足りないのが反省ポイントですね。

 

そして2枚目のM❷「Ca Va?」などを収録する3rd『Devil』(2020年)では、またアンサンブルを重視した作風に変わっていますよね。これにも理由はありますか?

ビッケブランカ 「Ca Va?」では、サビで拍子が半分になったり、サウンドじゃなくて構成作りの方にテコ入れし始めた時期です。当時「Ca Va?」は生音で作るのが良いだろうと言ったのはマネージャーで、俺は打ち込みで行きたかったからやや揉めた記憶があります。だからサウンド的にも、ある意味過渡期だったなと思いますね。

 

「Ca Va?」はアレンジや構成にダンス・ミュージックや打ち込みの影響が色濃いのに、音が生楽器に置き換わっているのが独特ですね。

ビッケブランカ アレンジで俺が担当する部分はこの辺りからかなり増えていったんですよね。部分的な“カカドンッ!”みたいなリズムだけを自分で打ち込んだりとかしてます。電子音のキックも部分的に重ねて強調させたりとか。あと、この辺りで初めて宅録用マイクNEUMANN U87AIやLEWITT LCT 550を買って、コーラスとかを家で録って本チャンに混ぜてもらったりもするようになったんです。

 

そして4thアルバム『FATE』を作ることになりプラグインなどを購入した?

ビッケブランカ そうですね。各音の抜け感を引き出すアレンジやミックスにしていこうという、アルバムの方向性が定まったので、結果的にがっつり打ち込みになりました。DAWをIMAGE-LINE FL Studio 20にして、FABFILTER Pro-Q3とかEDM制作向きのプラグインはこの辺りでダウンロードしました。あと「蒼天のヴァンパイア」を作るために購入したのがピアノ音源の4FRONT TruePianosです。これは生音らしさよりもダンス・ミュージックになじむ尖った雰囲気が欲しいときに使っているのですが、もっと早く知っていたら「キロン」や「Smash(Right This Way)」で使いたかったなと思いますね。

 

『FATE』を作るにあたって、制作方法がかなり変化した感じですね。

ビッケブランカ そうですね。「夢醒めSunset」がドラム、ピアノを1小節先に録ってから、それをひたすらコピーして切り刻んで作るっていう方法で。ダイナミクスも整えながら……いわゆるトラック・メイクなんですけど、俺にとっては初めてでした。アコギはライン録りで宅録だったのですが、“マイクで生音を録らなくてもいい”って思ったこと自体初めてでしたね。以前はスタジオで録ったもの以外、CDにしちゃいけないと思ってたので。

 

優先させるところがクリーンな音の響きになっていったのですね。

ビッケブランカ そうですね、俺だけじゃなく世界全体がそういう考え方だったので。あと自分で楽器を録ったりすると作曲しながら調整しないといけなかったので、シンセなどと組み合わせやすい音にそろえていったのもあります。

楽曲制作でピアノの音色を用いるときには、スタジオでピアノ・レコーディングを行うか、生音らしいソフト音源のVIENNA SYMPHONIC LIBRARY Vienna Imperial、もしくはダンス・ミュージックになじみやすい4FRONT TruePianosの3通りを曲に合わせて選択しているという

現在楽曲制作でピアノの音色を用いるときには、スタジオでピアノ・レコーディングを行うか、生音らしいソフト音源のVIENNA SYMPHONIC LIBRARY Vienna Imperial、もしくはダンス・ミュージックになじみやすい4FRONT TruePianosの3通りを曲に合わせて選択しているという。TruePianosは「蒼天のヴァンパイア」制作のために導入された

5年間の成長はEQに尽きる

振り返ってみていかがですか?

ビッケブランカ こう振り返ってみると音楽性が年ごとに結構変わってますね(笑)。ただ知識欲があるし、変化していきたいとも思ってたから、目指すべき進化だったと思います。

 

この5年間の一番の成長は何ですか?

ビッケブランカ マジでEQに尽きますね。『FATE』でイコライジングできるようになってから、自分でできることの割合が増えたっていうのはあるので。

 

『FATE』以降だとシングルで「北斗七星」と「アイライキュー」が出ていますね。

ビッケブランカ どちらもピアノを使った楽曲なんですけど、「北斗七星」はオーソドックスなバラードだからピアノやストリングスは生音で録っていて、「アイライキュー」はサイドチェイン・コンプNICKY ROMERO Kickstart のかかったTruePianosを使っています。

 

最近作っている楽曲はどんな雰囲気なのでしょう?

ビッケブランカ ベスト・アルバムとは別でこれから発表になるのですが、ある作品のために書いた楽曲があります。

 

少し聴かせてもらいましたが、楽曲構成もアレンジに関してもシンプルそうに見えて、ビッケさんのこの5年間のアプローチすべてを集約したような多彩な雰囲気を感じます。

ビッケブランカ 多様性っていうのが大事な作品だったので、いろいろなスタイルの楽曲を作ってきたことが功を奏したのはありますね。いろいろと去年辺りからテクいことをやってきたし、今回どういう曲を書くかは結構悩んだんだけど、自分でも“最終的にこの感じになるんだ”って思うような決着の仕方をしていて……ある意味回帰しているんですよね。だから俺も久しぶりにこの感じ好き、って思う。早く皆にも聴いてもらいたいです。

 

シンプルな楽器の構成だからこそ素朴な旨味も感じられる上に、サビではアンサンブルの壮大さ、間奏のアレンジはギミックも効いていて面白いです。

ビッケブランカ 間奏は1980年代リバイバルとフランス歌謡のムードを掛け合わせたアレンジになっています。俺はBメロの歌の、振り回すような旋律が一番好きなんだよな。

 

高低差のあるロマンティックな旋律や熱量を感じるバラードはビッケさんらしい作風ですよね。

ビッケブランカ そう、しんみりも脱力もせず歌い上げる感じね。前にも作ってきたバラードのスタイルを、表現の幅が広がった今、自分にとって最新の形で完成できたと思います。

Release

『BEST ALBUM SUPERVILLAIN』
ビッケブランカ
(エイベックス)

Musician:Junya Yamaike(vo、all)、他
Producer:Junya Yamaike、本間昭光、横山裕章
Engineer:Junya Yamaike、渡辺省二郎、Josh Cumbee、神戸円、他
Studio:プライベート、Elephant、POWER BOX、Endhits、他

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