ザ・キッド・ラロイ【前編】アルバムのミックスを手掛けたクリント・ギブス氏が語るローエンドの役割とは?

ザ・キッド・ラロイ【前編】アルバムのミックスを手掛けたクリント・ギブス氏が語るローエンドの役割とは?

2003年生まれの新たなヒップホップ・スター
全米3位を記録したアルバムをミックス・エンジニアが語る

マイリー・サイラスをゲストに迎えた「ウィズアウト・ユー(マイリー・サイラス・リミックス)」が全世界で大ヒット中のザ・キッド・ラロイ。2020年11月にリリースした『ファック・ラヴ(サヴェージ)』はビルボード200で3位を記録している。エルトン・ジョンから熱いラブ・コールを受けるなど、いま最もホットな17歳と言えるだろう。今回取り上げる収録曲「ゴー」のミックス・エンジニアはクリント・ギブス氏。近年高い評価を受けている彼のミックスは、強力で確固としたローエンド・サウンドが特徴的だ。実際に使用されたプラグインを中心に、そのミックス・テクニックを掘り下げていこう。

Text:Paul Tingen Translation:Takuto Kaneko

 

メイン・モニターのPMC Twotwo.6は
特有のパンチがあるサウンド

 オーストラリア出身、現在17歳のザ・キッド・ラロイは2020年に初のミックス・テープ『ファック・ラヴ』をリリースした。本作はオーストラリアをはじめ、北ヨーロッパの数カ国のチャートで1位を獲得。ニュージーランドでは2位、アメリカのビルボード・チャートで3位、イギリスでは10位と世界的な成功を収めている。『ファック・ラヴ』の大成功により、ラロイはAustralian Recording Industry Association(ARIA)のアルバム・セールスで1位を獲得した最年少の人物となった。本作以外にもラロイのシングル17曲がARIAセールスのトップ50以内にランク・インしており、その中でも「ゴー」「ソー・ドーン」「ウィズアウト・ユー」は特に高い順位に位置している。これまでイギー・アゼリアを除き世界の音楽シーンでほとんど注目を集めることがなかったオーストラリアのヒップホップ界にとって、ラロイのブレイクは重大な出来事と言えるだろう。

 

 今作に含まれる楽曲は多くのソングライターやプロデューサーによる共作となっており、ラロイのメインの共同制作者でグラミー4度受賞を誇るプロデューサー、ハレド・ローハイムもその中の一人だ。そのほかにもベニー・ブランコやカシミア・キャット、スターゲイトなど著名なソングライターやプロデューサーが参加。2020年11月には7曲が追加されたデラックス版『ファック・ラヴ(サヴェージ)』がリリースされている。

 

 ラロイの世界的な大成功につながるキーとなった人物の一人が、ミックス・エンジニアのクリント・ギブス氏。伝説的なポップ・ソングライター/プロデューサーであり、今作ではマシン・ガン・ケリーをゲストに迎えた「ファック・ユー、グッド・バイ」のプロデュースを行ったドクター・ルーク(ルーカス・ゴットワルド)のミックス・エンジニア/チーフ・エンジニアを務める人物だ。今回ミックスを行ったのはLAにある彼のホーム・スタジオで、昨年のパンデミック以来、このスタジオに絞って仕事を行っている。それ以前はこのホーム・スタジオとドクター・ルークのスタジオ、それからルークの音楽プロダクションであるプレスクリプション・ソングスのいずれかに居ることが多かったという。「オリジナル盤『ファック・ラヴ』の10曲をミックスしているとき、基本的にはほぼお任せの状態でしたね」とギブス氏は回想する。

 

 「“やりたいようにやってくれ”という感じでした。コンセプトについて議論をすることもあまり無かったです。ラフ・ミックスを聴いている段階で大体どうしたいのかは判断できていました。どの曲もほぼ完成に近いレベルでしたが、幾つかの曲で多少のケアと仕上げが必要といった状態でしたね」

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ミックス・エンジニアのクリント・ギブス氏。後ろに写っているスピーカーはドクター・ルークのスタジオにあるPMC QB1 XBD-A。3ウェイのQB1に低域拡張キャビネットを追加したモデルだ

 ドクター・ルークが自身の作品のミックスを長年依頼していたのは、世界トップ・クラスのスター・エンジニアであるサーバン・ゲネア氏だが、最近ではギブス氏もその存在感を増してきており、ドージャ・キャットの「セイ・ソー」といったメジャーな楽曲においても彼がミックスを担当する機会が増えてきている。「セイ・ソー」は2020年を通じたヒット曲の一つで、2021年のグラミー最優秀レコード賞と最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞にノミネートされた佳作だ。ルークやその事務所との仕事に加え、ほかにもイザベラ・マーセドやスウィーティーなどの作品でもその名を見ることができる。

 

 ギブス氏がホーム・スタジオでの作業にシフトしていったのは数年前のことで、その自宅スタジオはTHREE3ONE7と名付けられている。

 

 「スピーカーは、メイン・モニターのPMC Twotwo.6とTwotwo Sub2の組み合わせです。スモールのニアフィールドにはGENELEC 8020を使っていて、リファレンス用としてポータブル・スピーカーのBEATS BY DR.DRE Beats Pillも使っています。ルークのスタジオではTwotwo.8を使うこともありますが、Twotwo.6には特有のパンチがあって、それが私にはマッチしているんです。8020はボーカルのレベル・チェックと耳障りなポイントを探すときにだけ使っています。ヘッドフォンはSENNHEISER HD 650です。そのほかに使っている機材としてはモニター・コントローラーのGRACE DESIGN M905、ボーカルのフェーダー・オートメーションを描くためのPRESONUS FaderPort、オーディオ・インターフェースのUNIVERSAL AUDIO Apollo 8P、それからAPPLE Mighty Mouseを使っているくらいですかね。今作はAPPLE MacBook Proでミックスしましたが、数カ月前にAPPLE Mac Miniに環境を移行したところです。AVID Pro Toolsを使っていてCPUエラーが発生することも無いですし、とても気に入っていますよ。ANTARES Auto-Tuneを15tr分も使うとノート・パソコンだとなかなか厳しいですし、最近はCPUパワーを要求するプラグインも増えてきましたが、Mac Miniには十分なパワーがあります」

 

必要なのは強力なローエンド
ボーカルを輝かせるためにドラムからミックス

 近ごろのミックスでは、準備の段階で2つほど大きな問題があるとギブスは語っている。まずはラップにおいて、多くの場合がステレオのビートによるラフ・ミックスを使って録音されていて、それぞれのビートのマルチトラック・データやステムを用意してもらうのが困難なこと。それと、現時点でAuto-Tune Proの互換性に問題が多いことだという。

 

 「今のところAuto-Tuneには3つの異なるバージョンがあるんですが、例えば誰かが別のバージョンのプラグインを使ってトラックを送ってきた場合、本来とは違うキーにセットされてしまったり、全音下がった状態になってしまったり、あるいは何かおかしなセッティングになることがあります。ANTARESも把握していることですが、アーティストが欲しているエフェクトを確実に再現することが困難になるので本当に困った問題です。そこで、オリジナルのAuto-Tuneのスクリーンショットを送ってもらい、それを見ながら手元のセッションを同じ状態にしました。中にはAuto-Tuneを使った状態のオーディオ・トラックを書き出して渡してくれる人もいますが、シンプルで素晴らしい方法だと思います。むしろミックス・エンジニアとしてはボーカルのチューニングにまで深入りしたくないので、こちらの方が好ましいかもしれませんね」

 

 こうしてすべてのファイルがそろいAuto-Tuneやそのほかのプラグインを確認し、テンプレート・トラックが用意された後、ようやくギブス氏はミックスに取りかかれるようになる。

 

 「まず行うことはラフ・ミックスを聴き込むこと。これがスタート地点です。現状のセッションにラフ・ミックスと違う個所があったらまずはラフ・ミックスに限りなく近い状態になるようにし、それからほかのことをするようにします。ミックス・エンジニアとしてまずはプロデューサーがやってきたことをすべて取り込み、そこからさらに上を目指すようにするんです」

 

 ミックスをする中で、一番好きなジャンルはヒップホップかもしれないとも語るギブス氏。最近のミックスにおけるローエンドの役割とは何なのだろうか。

 

 「今ではポップスもヒップホップも強力で確固としたローエンドが必要なのは変わりません。ドラムは強力なビートを刻む必要がありますし、ベースにはビッグなサウンドが求められます。リスナーを椅子からたたき落とすくらいじゃないとね。ボーカルを除けばこれがミックスで一番大事なことです。私のミックスではドラムが全体のボリュームを決めることが多いので、ミックスをする際にはまずドラムから始めることがほとんどですね。その後にボーカルを足していきます。ボーカルが確実に輝きを放つようにしたいですからね。それからようやくほかの楽器類を足していくんです」

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、 アルバム収録曲「ゴー」のPro Toolsセッション画面と実際に使用したプラグインを公開! 各パートのミックス作業をギブス氏に詳しく聞いていきます。

 

Release

『ファック・ラヴ(サヴェージ)』
ザ・キッド・ラロイ
ソニー

Musician:ザ・キッド・ラロイ(vo、rap)、ヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲイン(rap)、タズ・テイラー(rap)、マシン・ガン・ケリー(rap)、コービン(rap)、リル・モジー(rap)、ジュース・ワールド(rap)、他
Producer:ハレド・ローハイム、オマー・フェディ、ドクター・ルーク、マシュメロ、ベニー・ブランコ、他
Engineer:クリント・ギブス、ジョン・カステリ、ドン・ロブ、他
Studio:THREE3ONE7、ザ・ギフト・ショップ、メイト、インターネット・マネー、他