2001年、日本のエレクトロニック・ミュージック史上、最も重要な作品の一つが誕生した。砂原良徳の『LOVEBEAT』である。時間軸とともに表情を変えていくシンセや電子音楽愛にあふれたSEがちりばめられ、2000年代初頭のエレクトロニカ・ブームやインスト・ヒップホップ・シーンへ大きな影響を与えた。あれから20年、かのマスターピースが砂原自身の手によってリマスターだけでなく、再ミックスまで施されて『LOVEBEAT 2021 Optimized Re-Master』として発売。この作品に込めた思いを存分に語ってもらうことにしよう。
Text:Kentaro Shinozaki Photo:Miyu Terasawa
オリジナルは02Rでミックスをしたから、内蔵エフェクトを再現し直す必要があった
ー『LOVEBEAT』発売20周年おめでとうございます。
砂原 黙っていても20年たったらそうなるよね(笑)。
ー今回、リマスターを出すという選択に至った経緯は?
砂原 当時のデータがハード・ディスクに残っていることは分かっていたから、消えちゃう前にやっといた方がいいのかなと。2001年って、パソコンでマルチトラックが普通に扱えるようになって、自宅スタジオで録る人が増えたころだったと思うんです。それ以前はスタジオのレコーダーを使うのが普通だったから、マルチテープはレコード会社が面倒見ていたけど、自宅で作った曲のデータって実は失われているものが結構あるんですよね。今思うと、フィジカルからデータに移行していく、すごくぼんやりした時代だった。マスターを送るときも、わざわざCD-Rに焼いてバイク便だったでしょ?(笑)。当時のデータが消えないかずっと気にかかっていたので、20年というこのタイミングでちゃんとリマスターしておこうと思ったんです。あと、オリジナルの『LOVEBEAT』はアナログ・レコードが出ていなかったから、今回一緒に出しましょうと。
ーリマスターなのにミックスまでさかのぼって作り直したと聞きました。砂原さんらしいこだわりと言いますか……。
砂原 仕事でほかのアーティストのリマスターをやっているとき、“これ、マルチまで戻れたらもっと良くなるのにな”と思うことがたまにあるんですよ。『LOVEBEAT』もそれに該当するなと。あと、 高橋幸宏さんが昨年リリースした『Saravah Saravah!』でマスタリングをやらせてもらったんだけど、あれってオリジナルである『Saravah!』の歌だけを録り直した作品じゃないですか。すごく良くて、僕は以前の『Saravah!』よりも『Saravah Saravah!』をよく聴くようになったんです。リマスターでもミックスし直すのはアリだな、と思ったのはそれも関係しているかも。
ータイトルには“2021 Optimized(最適化)”と付いていますね。
砂原 2001年のころってDAWソフトの日も浅いから音のクオリティが低くて、実は自分自身もアナログとデジタルのどっちにアジャストしていいのか分からなかったんです。だから、当時はEMAGIC(後にAPPLEが買収)Logicで作って、YAMAHA 02Rでミックスして、最後にマスターをアナログ・ハーフに通していた。まだアナログに未練があったというか、当時のデジタルでは満足できなかったんです。でも、ここ数年でデジタル環境がだいぶ出来上がったから、今の自分に“最適化した作品”という感じです。
ーオリジナルのデータはLogicのプロジェクト・ファイルで残っていたのですか?
砂原 そうです。でもいざ開いてみたら問題がたくさんあって。まず、全部のトラックがオーディオ化されているわけじゃなくて02Rでミックスする前のものも多かったんです。しかもミックスのときにリアルタイムに鳴らした外部音源もあって、元と同じ状態にはならなかった。
ー当時の記事を見ると、ROLAND XV-3080、KORG Triton、AKAI PROFESSIONAL S3000XLなどハードウェア音源を多用していましたが、それらの音がオーディオで残っていなかったということですか?
砂原 一部だけどね。でもXV-3080やS3000XLはまだスタジオにあって、幸いにも当時の音色データもちゃんと保存してあったから、それを同じMIDIデータで鳴らして録り直しました。だから、今回は同じ音色を録り直すという作業はあったけど、音色を新たに作り直すことはしなかったんですよ。それをやっちゃうとリマスターじゃないよな、と思って。ただ、シーケンス自体がランダムになっていたものもあるから、それは当然同じにはならなかった。なので、オリジナルを何度も聴いている人からすると、“あれ、違うじゃん”って思うところがあるかもしれない。やたらテイクがたくさん残っていて、本チャンで一体どれを使ったのか分からないパートもあったし(笑)。
ーしかも02Rでミックスしていたわけですから、完ぺきな再現は難しいですよね。
砂原 そう。Logicの中で16アウトくらいにまとめて、02Rでミックスしたんだけど、一番問題だったのはエフェクトでしたね。02R内蔵のディレイでダブ・ミックスみたいなことをしていたから、それを耳コピしなきゃいけないっていう(笑)。作業前は調子に乗って“1週間くらいでできますよ”なんてレコード会社の人に言ってたんだけど、結局は1カ月半弱かかっちゃいました。
MIx 〜「LOVEBEAT 2021 DUB Mix」DAWプロジェクト画面
今回のアナログ盤に収録された「LOVEBEAT 2021 DUB Mix」(CD未収録)のPRESONUS Studio Oneプロジェクト画面。フィルターのカットオフが描かれたオートメーション・カーブを周期的ではなく、曲の流れに沿って開閉しているのが分かる。フィルター・プラグインはSUGAR BYTES Wow
ー昔のバージョンのLogicを立ち上げること自体、対応するパソコンを探すのに苦労したのでは?
砂原 それは大丈夫で、APPLE iBookっていう白いノート型あったでしょ? 貝殻タイプじゃないやつ。あれを当時のまま持っていたから、プロジェクト・データを開くこと自体は問題無かったです。ちなみにオリジナルは16ビット/44.1kHzで録られていたので、エフェクトのパフォーマンスを上げるために今回は24ビット/96kHzに変換して作業しています。
ー02Rもまだ所有しているのですか?
砂原 いや、もう無くて。ディレイに関しては、今回ミックスしたPRESONUS Studio One内蔵のもので代用できたからいいんだけど、実は02Rで好きだったのはフランジャーで、あの独特な質感はどのプラグインでも出なかったんですよ。なんかギター・ペダルっぽい感じというかね。でも、同じYAMAHAの01V96は持っていて、やっぱり同じメーカーの製品だからか似た感じだったので、何とか同じ雰囲気は出せました。ちなみに僕が子供のころ、一番最初に買ったエフェクターがBOSSのペダル型フランジャーだったんですけど、フランジャー好きというのはやっぱりYMOの影響かもしれない。
インタビュー後編(会員限定)では、 砂原自身が『LOVEBEAT 2021 Optimized Re-Master』全曲のミックス&マスタリングを詳細に解説します!
Release
『LOVEBEAT 2021 Optimized Re-Master』
砂原良徳
ソニー:MHCL-30688(通常盤)、MHCL-30686~MHCL-30687(CD+Blu-ray初回限定盤)、MHJL-190~MHJL-191(アナログ盤)
Musician:砂原良徳(all)
Producer / Engineer:砂原良徳
Studio:YSST