生形真一(Nothing's Carved In Stone)× 細井智史インタビュー【後編】〜『ANSWER』のギターの音作りとミックス

生形真一(Nothing's Carved In Stone)× 細井智史インタビュー【後編】〜『ANSWER』のギターの音作りとミックス

ストイックなライブ・パフォーマンスとアグレッシブで鋭い音が魅力のバンドNothing's Carved In Stoneが11thアルバム『ANSWER』をリリース。前作の『By Your Side』からミックスをしているエンジニアの細井智史氏(KURID)がどのようにバンドにサウンド面での革新をもたらしたのか? 後編は生形と細井氏に、ギターの音作りやミックスのこだわりをさらに深掘りする。

Text:Mizuki Sikano Photo:Chika Suzuki

インタビュー前編はこちら:

低域がすごいMARSHALL Major、細井さん以外使えない

エフェクターはどういったものを?

生形 アナログ・ディレイのELECTRO-HARMONIX Deluxe Memory Manをずっと使っていたんですがちょっと飽きてきて、今回テープ・エコーのROLAND RE-201をメインで使いました。ディレイは音色もすごく変えると思うんですけど、RE-201は意外にもそこまで癖が無くて使いやすいんだなぁって感じましたね。

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上から「ほんのりかけて奥行きが欲しいときに使う」というMAESTRO Phase Shifterと「意外にもそこまで癖が無くて使いやすい」と生形が語るテープ・エコーのROLAND RE-201。『ANSWER』制作時に新たに購入したもの

アンプも新しく買いましたか?

生形 そうですね。MARSHALL Majorっていうかなり古いやつで、低域がすごいから細井さんじゃないと使いこなせない。細井さんにいじってもらうと良い音になるんですよね。200Wのアンプだから全然ひずまないんですよ。エフェクトでひずませてもクリーンな感じが残ってるんですよね。

細井 良いオーディオ・アンプで、全部ちゃんと出すしレスポンスが速いので、下手な人が弾けないアンプだよね。うぶさん(生形)の右手のニュアンスがめちゃくちゃ出る。

生形 ほかにはMATCHLESS DC-30を使いました。きらびやかで奇麗な音のアンプです。

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200WのアンプMARSHALL Major。「200Wのアンプだからひずまず、エフェクトでひずませてもクリーンな感じが残る」と生方は魅力を語る

アンプにはどのようなマイクを立てましたか?

細井 DC-30には、COLES 4038を1本で30cmぐらい離して録りました。Majorには5本使っています。SHURE SM57×2でハイミッドを作って、NEUMANN KM 84、SOUNDELUX USA U195でミッドとローをオンマイクで、NEUMANN U87でアンビエンスを録りました。

生形 その後細井さんにコンプ通してもらうんですけど、それで雰囲気が一気に細井さんの音に変わります。

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MARSHALL Majorに施したマイキングを細井氏が再現してくれたもの。SHURE SM57×2でハイミッドを、NEUMANN KM 84とSOUNDELUX USA U195でミッドとローをオンマイクで収音している

ギターにはどのようなコンプを?

細井 全曲でUNIVERSAL AUDIO LA-3Aを通しています。ちなみに、俺がミックスで何かギターにディレイやリバーブなどの空間系エフェクトなどをかけたりは一切していなくて、うぶさんが作ったままです。リバーブが欲しいときはコンパクト・エフェクターを使ってかけ録りします。

生形 リバーブでよく使ったのは、真空管が入ったFENDER Vintage Reissue '63 Reverb UnitとMR.BLACK Eternaですね。Eternaは高域の倍音成分とかが奇麗に出てくれる。

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中段は全曲の生形のギターに通しているというUNIVERSAL AUDIO LA-3A×2。その上にあるAPI 550A(左上)でEQ処理を行ったと細井氏は言う

細井さんの作る天井の高い音場と空間成分は何でできているんですか?

細井 要るもの以外を鳴らさないことですね。各パートで結構整理して、とにかくすき間を作っていく。特にギターはすき間で聴かせるために、パンニングやマスキングするところを削いでいますね。

SPL MixDreamを使いステレオ・イメージをコントロール

上に開けた透明感のある音像のドラムが全体の雰囲気を作っているように思います。

細井 ドラムに関してはレンジが広くないと、俺は嫌なんですよ。作業フローとしては、耳が疲れるのでボーカル・ミックスから始めます。その次はドラムで額縁を作り、その中にベース、ギター、鍵盤楽器などをいろいろと入れていきます。要はドラムありきのミックスです。

 

スネアはウォームかつ速さがあって、太めに響いてきますよね。

細井 スネアはかけ録りでSPLのTransient Designerを使い、ちょっとだけアタックを強めたりしています。基本的にキックとスネアをよく聴かせたいので、いろいろな楽器にサイド・チェイン・コンプを使っています。スネアとギターがかぶるのでギターを少しコンプでたたいて、キックのタイミングでベースを下げています。

 

「We’re Still Dreaming」など打ち込みの多い曲では分離感が際立っていて、「Deeper,Deeper」などハード・ロックでは一体感が重視されている印象です。

細井 使っている機材はどの曲もほぼ同じだから、フェーダー・バランスとか……本当に感覚ですね。プラグインはミックスの補正程度でしか使わないです。

 

各音の最終補正はプラグインで?

細井 新しく買い足したレゾナンス・サプレッサー・プラグインのOEKSOUND Soothe2は、各パートにかなり使いました。EQ感覚で使えるディエッサーのような感じで、非常に使いやすいです。音の輪郭を整えるEQには、WAVES CLA MixHubとFABFILTER Pro-Q3をほぼ全部の楽器で使っています。CLA MixHubは上や下などを足す用途。もっと細かくカットするためにPro-Q3を使っていて、分離感を強めるときに活躍します。

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各パートのレゾナンスをコントロールするために使われたOEKSOUND Soothe2。ここではQ幅2.2で、エレキギターの2.5kHz辺りのレゾナンスを6.5dB程度抑える目的で使われている

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音の輪郭を整えるEQとして使われたWAVES CLA MixHub。画面はドラム・パートに使用されたもの。CLA MixHubで処理した後、さらに分離感を強めるためにFABFILTER Pro-Q3を使うという

全体をクリアかつナチュラルなワイドさで聴かせるステレオ・イメージはどのように作りますか?

細井 これは一通りミックスし終わった最終段階で、2ミックスにSPL MixDreamでステレオ・エンハンスを少し行っています。ワイドさや奥行きもこの段階でのMixDreamで操作しているのがほとんどです。それ以外にも2ミックスにNEVE 33609やMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressorなどマスタリング用コンプ、DANGEROUS MUSIC Bax EQ、BETTERMAKER Mastering Equalizerなどでより透明度を高めていくんです。

生形 ナッシングスは音数も多いし大変だと思うけど、本当にクリアに仕上げてくれますよね。細井さんはロック・バンドの作品をたくさん手掛けているから、ロックのプレイヤーへの理解も深い。俺も機材を買っているけど、細井さんも会うたびに違う機材持ってくるんですよね(笑)。常に新しい機材を持ってきて“これ試す”って言ってるからそういうのって信頼できる。あとナッシングスは古いことやりたくないっていうのがあるから、細井さんが海外ポップスなどの新しい音を追ってくれているのはありがたいです。

細井 海外のどういう音を日本のロック・バンドに落とし込めるかは常に考えています。

重心を落とすべくベースには低域をかなり足している

ギター・アレンジで海外のポップスから影響を受けることはありますか?

生形 ポップスで聴く要素をギターに取り入れることはよくします。あとはケミカル・ブラザーズとかのエレクトロニックなダンス・ミュージックを聴いていると、鳴っているひずみ系のシンセとかをギターで弾いたらめちゃくちゃ格好良いだろうなとか思うんですよね。そういうシンセでよく弾かれそうなフレーズをギターで演奏してみるということは多いです。

 

今はあらゆるロック・バンドが、ある意味今までやってこなかったダンサブルなアレンジやミックスを積極的に取り入れて制作をしていると思うのですが、細井さんが思う最新のロックで肝になるのはどこだと考えますか?

細井 以前はそんなに重要視されなかった部分だと、ロー感ですね。ROLAND TR-808ベースとか打ち込みとか海外ポップスでドーンと多く太く入れているのが、若い子たちの耳ではスタンダードになっている。『ANSWER』も全曲にわたりかなり低域を足して重心を落としています。キックには音を重ねていないけれど、ベースは全楽器を録った後、ミックス前にDBX 510で下処理をしていますね。

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『ANSWER』全曲にわたり重心を落とすために「ベースは全楽器録った後、ミックス前にDBX 510で低域を足している」と細井氏

「Walk」などでのシンセ・ベースっぽい響きのものは?

生形 あれはひなっち(日向秀和)がベース・シンセサイザーのPANDAMIDI SOLUTIONS Future Impactを使って弾いている音です。それをダブルで録りました。上モノのシンセは佐瀬(貴志)君にお願いしています。今回は俺とひなっちで曲を作ることが多かったんですけど、曲作りの段階から佐瀬君にも参加してもらいました。

細井 ほかの送ってもらったシンセなどの素材はソフト音源が多かった印象です。『By Your Side』ではそのまま使ったんですけど、今回はリズム・パートの重心をかなり下げたので、打ち込みのソフトの音をそのまま乗せようとしたら腰高で浮いちゃったんですよ。だから全部サウンドクルーでアナログ・コンソールのSSL SL4000Gを通して、EQやコンプ処理をしました。

 

『ANSWER』では音楽性のアップデートもあったと思いますが、次はどんなモードを目指していきますか?

生形 もっと良い音、もっと良いプレイに尽きますね。俺はずっとギターを弾いてバンドをやってきたから、こういう曲にはこういうギターが合うとか、必要な機材も何となく分かってきました。それでどんどん機材が増えているけれど、自分の好みを理解できてきたんです。そして細井さんが俺が使うアンプの音の特徴とか、こだわる部分をよく分かってくれている。やっぱりエンジニアとミュージシャンの関係性は大事ですよね。

 

新しく機材を試したり、新しいアレンジに挑戦していくために細井さんの存在が重要、といった感じですね。

生形 俺も低音が主流なのは何となく分かるけど、エンジニアじゃないから低音のどの部分を出せばいいか分からないわけですよね。でも、そういう中で細井さんが“AMPHIONのサブウーファーを買った”って聴かせてくれたりする。これは信頼関係があるからこそ言えることですが、俺は基本的にはミュージシャンは音楽だけ作ればよくて、ミックスはエンジニアというプロに任せたらいいと思っているんです。今では細井さんのミックスを想像しながら曲を作れるようになったので、今後も新しい音楽をどんどんやっていきたいです。

 

インタビュー前編では、 エンジニア細井氏との出会いや、前作からの制作面の変化について話を聞きました。

Release

『ANSWER』
Nothing's Carved In Stone
(Silver Sun Records/SPACE SHOWER MUSIC:初回限定版DDCZ-9071、通常盤DDCZ-9072)

Musician:生形真一(g)、日向秀和(b)、村松 拓(vo、g)、大喜多崇規(g)、佐瀬貴志(prog)
Producer:Nothing's Carved In Stone
Engineer:細井智史
Studio:サウンドクルー

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