日本人の琴線に触れる歌を軸にしつつ、メタルコアやオルタナ・ロック、ダンス・ミュージックなど多彩な意匠をまとう3人組=MUCC。そのギタリストであるミヤ(写真)は、本誌がお伝えしてきた通り、近年エンジニアとしても手腕を振るっている。そして6月にリリースされたアルバム『新世界』では、大半の楽曲をアナログ・テープで録音! スロー・チューン「いきとし」に関してはミックスまでアナログ卓で敢行するなど、現代のプロダクションとしては珍しい形となった。従来も折に触れてテープを使ってきたMUCCだが、今回はなぜ、ここまでエクストリームな手法を採ったのか? 録音の場となったaLIVE RECORDING STUDIOにて、ミヤ本人から話を聞こう。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara Cooperation:aLIVE RECORDING STUDIO
“速い低域”が得られるアナログ環境
ーどの楽曲をアナログ・テープで録音したのですか?
ミヤ 「零」と「GONER」「WORLD」の3曲はAVID Pro Toolsでレコーディングしましたが、それ以外はテープ録音です。ボーカルは、俺のスタジオのPro Toolsで録った後、テープに流し込んでからPro Toolsに戻してミックスしています。デモの素材を生かすことがあり、そこはデジタルなんですが、ここで録ったものは全部アナログなんですよ。
ーなぜアナログ・レコーディングを行ったのでしょう?
ミヤ もともと、ここまで多くをアナログでやろうとは思っていなかったんです。マッチしそうな曲が多かったものの、半分くらいアナログでやれたらいいよね、という感じで。ただ、このスタジオに10年ぶりくらいに来てみたら、思った以上にちゃんとアナログ環境が残っていて驚きました。テープ・レコーダーのコンディションからスタッフの知識まで盤石で、“この環境ならガッツリできそうだな”と思ったんですよ。で、そのときたまたま、インターネットで注文していたATR MAGNETICSの新品テープが手元に届いて。
ーフィラデルフィア近郊のテープ・ブランドですね。
ミヤ ATR MAGNETICSは、多くのメーカーがテープの生産をやめる中、今も新製品を作っているんです。15~20年くらい前にも一度、取り寄せてみたことがあったんですが、“やっぱり定番のQUANTEGYとかには勝てないな”という印象でした。でも今回、あらためて試してみたら、すごくクオリティが上がっていることに気付いて。そして何より、スタジオにあるOTARI MX-80テープ・レコーダーとの相性が抜群だった。低域のスピード感とアナログらしい奥行き、テープ・コンプレッションなどが同時に得られるので、“全部これで録ればいい”と思えたんです。
ーそれで当初の予定よりも大幅にアナログ・レコーディングの割合が増えたのですね。
ミヤ はい。OTARIを使ったのは初めてでしたが、STUDERのA80やA800などより低域がタイトなんです。国内メーカーの製品だから、やっぱり日本的なサウンドなのかな?と思っていたんですが、よく聴いてみると低域が少ないのではなくスピードが速い。一番良いと思ったのは、自分のギターの録り音を聴いたときです。まさに理想的なギター・サウンドで、ただ録音するだけでもまとまりがあり、前に出てくるんです。それがMUCCの音楽に合っていました。そして基本的に一発録りだったから、その準備としてプリプロに十分な時間をかけたのが大きかったですね。レコーディングまでに“あとは演奏するだけ”という状態にできたから。
テープの音を鮮度高くデータ化できる喜び
ーアナログ・テープでは、Pro Toolsのように自由度の高いレコーディングができないので、事前にアレンジや演奏を固めておく必要があったのでしょうか?
ミヤ そう。Pro Toolsなら録りつつアレンジを練ったりするんですけど、テープはパンチ・インがうまくいかなければ良い部分まで消えてしまう……そういうことが起こり得るから、録り直す回数を減らして、なおかつ最良の演奏を残せるようにしたかったんです。録音の方法とは裏腹に、プリプロはすごく今っぽくて、みんなで通して演奏する機会は一度もありませんでした。メンバーとサポート・メンバーが一堂に会してPro Toolsを囲み、曲をセクションごとに詰めていくというやり方で。“イントロのアレンジを固めたら次はAメロ……”みたいな感じで常に録りながら進めていったので、いわば1曲通して演奏することが曲の完成を意味する。そうやってデジタル環境で準備したものをアナログで録るっていう、時代をさかのぼるような感覚でした(笑)。
ー本番のアナログ・レコーディングは、通常のPro Toolsでのセッションと比べてみていかがでしたか?
ミヤ 録音するという行為自体は今までと変わらないわけですが、そこに向かう姿勢が違ったなと。Pro Toolsは、やっぱり何でもできるから、“こう録っておいて後でエディットしよう”って脳になりがちで。でもテープは、回して止めることしかできないので、そのシンプルな機械に対して人間がどれだけ頑張るか、マンパワーで何とかしよう、といった部分が増えたんです。テープ・サウンドもスタジオの環境も素晴らしかったけど、アナログ・レコーディングをして一番良かったのは、録音に向かう人間の立ち振る舞いが変わったこと。“こうするしかない”ってなったときの人間力が、緊張感を含めてテイクに現れたし。すごく整理された音楽を作るなら話は別ですが、今回は効果的な余白とか人間味のあるアルバムにしたかったから、アナログ・レコーディングがすごくマッチしたと思います。
ー24trでレコーディングされたということですが、それで楽曲のアレンジは完結していたのでしょうか?
ミヤ ギターのダブルまではテープで録って、そのほかのアディショナルなパートはダビングしました。まずは、最初に録音した24trをOTARIでパラアウトし、AVID HD I/Oに入力して32ビット・フロート/96kHzでPro Toolsに録音したんです。で、ダビングしたいものがあったら、テープのいずれかのトラックを上書きしながら録って、またPro Toolsに取り込む。テープ・サウンドの良さもさることながら、それを新鮮なままデジタル化できるというのが最高ですね。そして、デジタル化以降は一切D/Aしない……「いきとし」を除いてはPro Toolsでミックスしたんですが、テープから取り込んだら“アナログ出し”は絶対にやらなかったんです。
ーPro Toolsに取り込んでも、音は変わらなかった?
ミヤ 以前は、テープの音をPro Toolsに録ったら“あれ……音が変わった”と思っていたんです。それこそPro Tools|24 Mixの頃は、A/Dによる音の変化が顕著でした。でも20年以上たった今、Pro Tools|HDXシステムのインプットはすさまじいクオリティだし、テープを再生して聴く音と取り込んだ後の音がさほど変わりません。また、取り込みの際にOTARIとPro Toolsをシンクさせなかったのも良かったのかもしれません。タイム・コード・シンクさせると意図しないタイミングの揺れが生じるので、テープに録ったクリックもろともPro Toolsに取り込み、24trを全選択してからクリックの頭をPro Toolsのタイムラインの頭に手動で合わせていました。ちなみに、アルバムの制作が終わってから知ったのですが、テープ・レコーダーに録音しながら同時にPro Toolsへテープの音を記録しておくと、リアルタイムにデジタル化できますね。そうしていたら、制作のスピード感がもう少し上がったかなと思います。プレイバックしてPro Toolsに録っていく時間とか、テープを巻き戻すときの待ち時間とかも、ふとリラックスできて好きなんですけどね。
インタビュー後編に続く(会員限定)
インタビュー後編(会員限定)では、SSL SL4000Gで行ったアナログ・ミックスや、収録曲「WORLD」での1,000人分のコーラスのミックスなど、音作りについて詳しく伺います。
MUCC【Profile】逹瑯(vo/写真中央)、ミヤ(g/同右)、YUKKE(b/同左)から成るロック・バンド。叙情的なメロディを軸にしつつ、メタルコアからオルタナティブ/インディー・ロック、ダンス・ミュージックまで、多彩なサウンド・アプローチを実践してきた。国内の大規模会場/フェスはもちろん海外での活動にも積極的で、これまでに欧米、中国、南米などで計150本ものライブを敢行。アヴェンジド・セヴンフォールドやアトレイユら、海外のラウド・ロック・バンドと欧米をツアーした実績も持つ。
Release
『新世界』
MUCC
MAVERICK:MSHN-163(通常盤)
Musician:逹瑯(vo)、ミヤ(g)、YUKKE(b)、Allen “Michael” Coleman(ds、cho)、吉田トオル(p、org、k、cho)、千葉芳裕(conductor)、ゆりがおか児童合唱団(cho)、1000 MUCCER(amazing big cho)、他
Producer:MUCC
Engineer:ミヤ
Studio:aLIVE RECORDING、Baybridge、Sixinc Studio2、AVACO、Volta、Numabukuro Section9、SM Studio HKT