松武秀樹『TECHNASMA』 〜僕がシンセサイザーにおいて大事だと思うのは自ら発想して音を組み立てる行為なんです

“第4のYMO 冨田勲の一番弟子”と呼ばれたシンセサイザー・プログラマーの草分け、松武秀樹

“第4のYMO 冨田勲の一番弟子”と呼ばれたシンセサイザー・プログラマーの草分け、松武秀樹がソロ・プロジェクトLogic System 名義で約12年ぶりのアルバム『TECHNASMA』を発表した。同作は松武が長年愛用するMOOGのモジュラー・シンセIIICから、最新のハードウェア・シンセ、そしてソフト・シンセに至るまで、新旧勢ぞろいのシンセサイザーを広く深く堪能できる一枚になっている。今回は松武にインタビューを行い、自宅スタジオでの作業の様子を振り返りながらシンセサイザーへの思いを語ってもらった。

現代のモジュラー・シーンを
少し静観してみたかったんです

ー約12年ぶりのアルバム作品ですが、このタイミングでの発売に至った経緯を教えてください。

松武  スタッフからは何年も前から“作りましょう”と言われていましたが、気持ちが吹っ切れなかったんです。アイディアが無かったわけではないんですけどね。

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『TECHNASMA』制作のために松武の自宅リビングに設けられた作業スペース。左中央には、MOOG Mother-32が3台と、その下にはROLAND SDE-3000、SIMMONS SDS-Vが置かれている。右にはMIDI 制御のオルゴールCANADEON PW40も設置

ー機が熟すのを待っていたのでしょうか?

松武  ここ数年でモジュラー・シンセを使用する人口が増えたことは、僕にとってとても大きな出来事でした。まだ冨田勲先生がご存命だったころにユーロラック・モジュラーがはやり始めて、“東京モジュラーフェスティバル”も開催されましたよね。先生がそこに集まる方たちに“君たちは良い時代に生まれたね”と伝えたとおっしゃっていました。先生や僕が購入していた時代に比べるととても安い値段で手に入りますからね。先生は会うたびにこの話をしていて、現代をうらやましいと感じていたようです。僕もDOEPFERのモジュラー・シンセは持っていたのでユーロラック・モジュラー自体に抵抗は無いのですが、MOOGなどとは違う次元の製品だと思うんです。若い方たちは現代のモジュラー・シンセを使って、それぞれいろいろな考えを持って演奏活動をしているだろうと思います。僕はこの期間で、現代のモジュラー・シーンを少し静観してみたかったんです。それを経て、やっと制作に踏み切ることができました。

 

ー作業はどのように進めていきましたか?

松武  2019年の11月に「Contact」の骨組みを考え始めたのがスタートでした。まずは設計図のようなものを書いて、どんな曲にするかを考えます。このアルバムのコンセプトは“現状のLogic Systemが考える音色作りとは何か”というのを伝えること。アナログとデジタルとサンプリングをLogic Systemがどのように使いこなしているかを聴いてもらいたかったんです。そのために考えていたのが、さまざまなシンセによる実験的な音作りと聴者が覚えやすいようなキャッチーなメロディを共存させることでした。これを念頭に、楽曲構成や音作りに取り組んできました。

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APPLE MacBook ProにはDAWのMOTU Digital Performerが開かれている。その後ろには、上からオーディオ・インターフェースのRME ADI-2 Pro、ROLAND Studio-Capture、ディレイのSDE-2000、ステレオ・フランジャーのSBF-325、MIDI 音源モジュールのYAMAHA MU2000やROLAND SC-88Pro、Integra-7を設置。モニター・スピーカーYAMAHA MSP5 Studioを縦に置き、この状態で全体をふかんするのが松武のスタイルだそう

ー近年、松武さんと再コラボレーションしている山口美央子さんがメインのコンポーザーとして参加されていますね。

松武  はい。彼女にはメロディアスな明るい要素を主に担当してもらいました。彼女はシンガー・ソングライターなので、事前に作曲方法についての論議はしましたね。インストと歌モノは作曲方法が違いますから。インストは幾らメロディが良くても、起承転結させるための骨組みやアレンジがしっかりしていないと成立しないんです。

 

ーおっしゃるように、『TECHNASMA』はそのキャッチーなメロディと浮遊しているようなアブストラクトなサウンドのコントラストがポイントなのではないかと感じました。

松武  すべてにピントが合っている写真よりも、後ろがぼやけている方が引き込まれるじゃないですか? 背景のシンセ・サウンドはもちろんのこと、よっぽど注意して聴かないと通り過ぎてしまう2~3秒の音までかなり気を使って音色作りをしています。マニアはきっと細かいところを聴いて反応してくれるはずだと思っているので。

 

ー「Contact」は『TECHNASMA』の中でも特別アブストラクトなサウンドが多い印象です。

松武  そうですね、僕が頭に思い描いているLogic Systemの音がまさにこの曲で……“人類がコロナ・ウィルスからコンタクトを受けている”ということをシンセで表現しているんです。アルバムの全体像が見えてきたのは2020年の2月ぐらいで、日本国内で新型コロナ・ウィルスの影響が出始めたときでした。僕が勝手に考えたストーリーですが、ウィルスは僕らに何か警告をしているのではないかと思ったんです。途中の展開部は“人間が悔い改めなければならない部分もある”というイメージを表しています。しゃべっている音が2種類ありますが、英語の音声は月から地球に通信していたアポロ11号の乗組員の声をサンプリングしたものです。もう一つはSEQUENTIAL Pro3で、コロナ・ウィルスの声を作りました。人間として一番大事なことは、平和の歴史です。“Contact”を怠ると戦争も起こってくるということを表現したかったのです。

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リードやシンセ・ベースに使用されたモジュラー・シンセMOOG IIICや、ほとんどのシンセ・ベースに使用したというSEQUENTIAL Pro3、MOOG Minimoog Voyager Performer Editionが並ぶ

ーPro3のような新製品も使われているのですね。

松武  NAMM Show 2020で発表されているのを見て、即注文しました。SEQUENTIALのシンセはProphet-5から常に刺激を与えてくれています。同社のPro-Oneのベースの音もめちゃくちゃ良かったですし、かなうものは無いシリーズという印象です。Pro3はハイブリッドとはいえアナログの音がしますし、すぐひずませられます。今一番気に入っているシンセで、本作でも大体のシンセ・ベースに使用しています。最初にどの曲もベースはPro3で弾いてみて、気に入らないなと思えばMOOG Mother-32で弾いたりしたんです。

 

ー同じSEQUENTIALでも、往年のProphet-5ではPro3のような音は出せないのですか?

松武  出ないんですよ! 同じベースの作り方をしても絶対に一緒にはならないんです。オシレーターの回路に違いがあるのではないですかね……。

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デスク脇に置かれたSEQUENTIAL Prophet-5、YAMAHA Montage 6。さらにその下にはドラムに使用したROLAND TR-8も設置。右にはミキサーのMACKIE. 1202-VLZが見える

ー「妖踊」で鳴っているディストーション・ギターのようなサウンドはどうやって作ったのですか?

松武  これもPro3で作っています。内蔵のディストーションが良いんです。ギター用ペダルのディストーションにシンセを通すと強くかかり過ぎますが、それよりももう少しソフトにかかってくれるのが良いですね。

SPECTRASONICS Omnisphere は
ソフト・シンセのイメージを覆す音でした

ーほかに新しく導入しているシンセはありますか?

松武  ROLAND Jupiter-XMです。往年の名機の音がたくさん入っているので、それを一部手直ししてかなり使っています。特にシンセ・リードはROLANDらしいサウンドなので、使用したいと思っていました。あとはソフト・シンセですね。SPECTRASONICS Omnisphereを聴かせてもらったら、ソフト・シンセに抱いていたイメージを覆すサウンドだったんです。本作では「Golden Ratio」のリズム・ループやSE、効果音などメロディの無い音で随所に使用しています。「Golden Ratio」の冒頭の音はプリセットを加工した音です。あの音は見つけた瞬間に“やったぁ!”って思いましたよ(笑)。今までは自分でどこかにサンプリングしに行くか、素材を集めるしかなくて苦労していたので、Omnisphereは自分の思い浮かんだイメージをすぐ探し出して見付けることができて便利だなと思います。Logic Systemに新しい息吹を与えてくれました。

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『TECHNASMA』の制作で新しく導入されたソフト・シンセのSPECTRASONICS Omnisphereのパッケージと、モデリング・シンセサイザーのROLAND Jupiter-XM

ー本当にたくさんの機材を投入していますよね。

松武  そうですね。自宅のスタジオではスペースが足りなくなってしまったので、リビングを占領して作業していたんです。モジュラーは……MOOG IIICよりもセミモジュラーのMother-32の活躍が多かったですね。3台あって、同じ音を3つ作って重ねるとポリシンセのユニゾン効果のような揺れた音が作れるんです。でもポリシンセで出す音と、自分で微調整して作った音は全然違う……生きているような音に感じます。

 

ーIIICはどのように使ったのでしょうか?

松武  主にリードやシンセ・ベースに使用しています。例えば「Closing // Glassworks」という曲でピアノの裏に隠れているリードの音がIIIC。メインで鳴っているピアノの裏に、一つだけIIICの音を入れたりして使っています。ピアノを邪魔しないで支えるにはMOOGのフィルターで作った方がなじんだので、それを結構利用しましたね。どちらかというとIIICは隠れた主役。ほかには「Golden Ratio」の冒頭の音はIIICのサイン波で高い音と低い音を鳴らして、コンプレッションをかけてドーンと響かせた音です。

 

ー「Closing // Glassworks」はフィリップ・グラスの「Closing」を土橋安騎夫さんと編曲したものですね。

松武  楽器フェアでSYNTH FESTというコーナーがあって、そこで土橋くんに「Closing」をやってみたらどうかと相談されて、皆が知っている曲だから良いと思ったんですよ。それで土橋くんのアレンジを聴いたらダンサブルでめちゃくちゃ格好良くて……彼のアレンジをお借りして、少しずつ変えながら完成させました。もともとフィリップ・グラスはよく聴いていて学ぶところが多かったので、いつかやりたかったんです。『TECHNASMA』の中では一番、アナログとデジタルとサンプリングを駆使できた自信作になっています。

 

ー積極的に最新のシンセを取り入れていることが影響しているからかもしれませんが、音楽やシンセの歴史の厚みを感じると共に新鮮味も強く現れていると感じました。

松武  ほんの少しですが、冨田先生のことを考えながら作った部分があります。冨田先生の音として知っている人が多いのは“口笛”の音だと思ったんです。「Mondrian's Square」の冒頭と後半など随所で口笛の音を入れているんですよ。8小節しかないフレーズですが、先生とそっくりの音を作るためにIIICで1日丸々作業をしました。研究した結果、音をしゃくり上げる部分をピッチ・ベンダーではなくエンベロープ・ジェネレーターで細かく調整するのがポイントだと分かったんです。ディレイ・ビブラートはディレイのかかり具合を電圧で制御できるので、冨田先生の音を何回も聴きながら作りましたが、先生が今もご存命でしたら“うーん、松武くん違うね!”と言ってくれるんじゃないでしょうか(笑)。

新しいシンセサイザーには
ワクワク感と理解する喜びが詰まっています

ーリズム・パートではドラムよりもパーカッシブなサウンドが多く見受けられます。

松武  当初は極力サンプリングを使うのはやめようと考えていました。できれば、すべてをIIICで作りたいくらい。でもIIICだけだと支えきれないので、ROLAND TR-8、TR-808などを使って重ねています。でもどちらも使用頻度は3曲ずつぐらいです。「Revive」ではSIMMONS SDS-Ⅴのスネアだけトリガーで鳴らして使い、下で支えているローエンドはIIICのサイン波で作っています。昔懐かしい音と“この音なんだ?”と思わせるサウンドを聴かせたいので、録音してからも加工を重ねました。録音したオーディオをIIICのフィルターに通したり、WAVESプラグインで加工したものもありましたね。

 

ーそうした複数のシンセのレイヤーはどのように行っているのですか?

松武  同じシーケンスをそれぞれのシンセにトリガーしてすべて録音してから、波形編集をしていきます。素材となるものはとりあえず先に録音をして、ヘッドフォンやスピーカーで聴いて、使うかどうかを判断するんです。ドラムやパーカッションの音はLogic Systemの命だと思っています。リズムがきちんとしていないと、上に幾ら良い音を重ねたところで支え切れなくなってしまいますから。

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『TECHNASMA』でドラムの音を作る際に使用したというMOOG DFAM。その後ろにはSEなどに使用したEMS VCS3も置かれている。松武はブラスバンド経験があり、ポケット・トランペットも置かれていた

1990年代の機材を久しぶりに使って
MIDIの素晴らしさを再確認しました

ー松武さんといえども、今回初めて触れるシンセもたくさんあったと思うので、時間がかかったのでは?

松武  やってみないと分からないことも多いので、トライ&エラーの繰り返しです。冨田先生の教えでもありますが、失敗を糧に次のことをやってみるのが大事ですね。新製品は早く音作りをするための学習作業が必要になりますが、僕はその時間が好きなんです。新しいもののワクワク感と触って理解する喜びが詰まっています。今まで経験してきた音作りのことが一気に頭の中に蘇ってきて“SEQUENTIALのデイヴ・スミスさんはいろいろなことを考えてPro3を作ったんだな”というのが理解できるんです。かねてより持っているシンセでも、よっぽどのことが無い限り、以前作った音を同じように使うことはしません。

 

ーROLAND SC-88ProやYAMAHA MU2000など1990年代のGS/XG音源も使用されたとお聞きしました。

松武  デモ作りから使っていて、MIDIの素晴らしさを再確認できた気がします。現代の機材と比較すると音の密度やクオリティは高くありませんが、だからこそ特徴ある音質感だなと感じるシーンもありました。MIDIエクスクルーシブで数値をどう変えると瞬発的に音を操作できるのかを知ったら感動もあると思うんです。今シンセを弾いている若い方たちが、MIDIのポテンシャルを深く知れるきっかけになればうれしいです。

 

ーデスクには大きなMIDIオルゴールもありますが、これも『TECHNASMA』で使われたのですか?

松武  僕がプロジェクトをプロデュースしているMIDIオルゴールのCANADEON PW40で、「Overture」で使いました。MIDIでオルゴールが鳴るという仕組みがもう、Logic Systemの音とも合うはずだという確信がありましたね。今の年齢になったことで、新しい発見をしたときの感動がすごく大きく感じられるようになったんです。

 

ーその様子だと、シンセが発展する限り松武さんも新しい音楽が作れそうですね。

松武  来年、僕もユーロラック・モジュラーを始めているかもしれないですね。でも僕の原点は、設計図を書いて音作りをするところにあります。ですので、今のシンセは膨大なプリセットがあって刺激が多過ぎると思う部分もあるんです。僕がシンセにおいて大事だと思うのは、自分で発想して音を組み立てる行為なんですよね。だからもはや、脳波で音楽が作れたらいいなと、そんな期待もしています。

Release  

Logic System『TECHNASMA』のジャケットは製作中

『TECHNASMA』
Logic System

(pinewaves)
9月末発売予定

    1. Overture
    2. Crisis
    3. Time Seeds
    4. Mondrian's Square
    5. Closing // Glassworks
    6. Golden Ratio
    7. Aqua Aura
    8. 妖踊
    9. Contact
    10. Revive
    11. Silence Is Betrayal*

*=ボーナス・トラック

Musicians :松武秀樹(prog、syn、compose)、山口美央子(compose)
Producers :松武秀樹
Engineers :松武秀樹
Studios :LOGIC

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