『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2のサウンドトラック座談会。後編は、フィルム・スコアリングなる作曲の方法について、戸田信子×陣内一真の作曲家チームがテクニカルな話題を披露。神山健治と荒牧伸志の両監督とともに臨んだファイナル・ダビングの工程まで、詳しく振り返っていただこう。
Text:Tsuji. Taichi Photo:Hiroki Obara
インタビュー前編はこちら:
まず“画のどこにどんな音楽が必要か”を考案
ー監督お二方からは、既に完成した映像を戸田さんと陣内さんへ送っていたのですか?
神山 尺はフィックスしているものの、アニメーションがまだ完全でないものを送っていました。
荒牧 カットの流れは決まっていて声も入っていたので、画の中で何が起こっているのかは分かるけれど、人物に表情のディテールなどが入っていない状態ですね。アップデートがあったら反映して、その都度お渡ししていましたが。
ー送られてきた映像はDAWにインポートして、作曲しながら視聴できるようにしていたのですか?
戸田 私たちの制作方法は、まず映像をAVID Pro ToolsなどのDAWにインポートし、私の方で“ここに音楽が必要だろう”という部分に音楽を置いてみるんです。どんな音楽が必要なのかを示す見取り図のようなもので、それぞれの曲調やテンポを決めておきます。また、インとアウトのタイミングも重要なのでマーカーを付けておく。その見取り図ができたら、2人で協議します。“ここでこういうふうに聴かせたい”とか“こんなジャンルの音楽にしたい”とか言いながら。
荒牧 映像に対して“置く”とおっしゃった音楽は、その段階で既に音楽らしくなっているんですか?
戸田 スケッチのような状態ですが、音楽になっています。例えば、冒頭のアンビエント音がこれだけの小節数あって、次にメロディがダウンビートとともに入ってくる。アンビエントからメロディまでの持って行き方はこんな感じで……という設計を、具体的に音にして陣内君と共有しています。
陣内 戸田さんが見取り図を構築した時点で、僕も既に映像を確認しているので、想像を膨らませた上で協議できるんです。今回は、双方のイメージが割と近いところにあったんですが、ところどころ違う部分に関しては“こういうアイディアもあるんだけど……”って話をしたり。
戸田 そのアイディアを実際に音楽にして、聴かせ合ったりね。“作ってみるから、ちょっと待って”と。
陣内 なのでメロディや音色、アレンジのアイディアを共有し、セッションしながら作っていった感じです。
戸田 フィルム・スコアリングなので、一話ずつ、すべての曲を作っていきました。
ー全12という話数を考えると、膨大な制作量ですね……どのようなスケジュールだったのですか?
戸田 毎回、2話分の映像をもらって作るというやり方で、かける時間は2週間くらいでした。それが1カ月に1回あるようなサイクルで。また、シーズン2は公安9課がカムバックして活躍するという内容ですし、重要なエピソードが幾つかあるので、シーンに合わせた劇中歌を配置したいと考えていました。歌が入った曲は、フィルム・スコアリングとは別に制作していて、新しい映像を待っている間に歌入れしたり、陣内君がアレンジのシンセシスとかラフ・ミックスを詰めてくれたりするような感じでした。
劇伴制作でのソフト音源選びのポイント
ー『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2の音楽/音声には、Dolby Atmosによる立体音響のミックスが施されています。作編曲の段階からDolby Atmosでの聴こえ方を見越して作業していた部分は、ありましたか?
戸田 それは考えていました。詳しくお話しすると、私たちはサラウンドやAtmosでのミックスが、音楽にとって必ずしも必須とは考えていないところがあって。今回、音楽は基本的に5.1chをベースとして構成しました。それは効果音などが同時に鳴ることを見越していたからで、例えば天井のスピーカーから音を降らせるようなことばかり考えて音楽を作ると、物語を進行させていく上で説明が非常に難しくなってしまう個所が出てきたりする。Atmosを使って、いわゆるアーティスト作品を作るのであれば、すべてのオブジェクトを利用した表現も可能でしょうが、劇伴においては映像のサウンド全体を見て判断する方がいいと思っています。
ー音楽制作の段階で効果音も聴いていたのですか?
戸田 はい。サウンド・デザイナーの高木創さんから効果音のデモをいただいて、それを聴きながら音楽を付けていく作業を繰り返していました。ただ、声優の方の吐息を加工して使っている曲があり、その音については上から聴こえた方がいいとエンジニアの方からご提案いただいて。女性の敵が出てくるシーンの音楽で、そのキャラクターの奇妙な感じを音楽でも演出するために天井の方へ定位させたんです。
陣内 吐息の素材をソフト・サンプラーに割り当て、MIDI鍵盤でいろんな吐息を鳴らせる状態にしてリズムを作るとか、そういうことをやっていたんです。生音を加工して取り入れると、音楽の表情を豊かにしやすいと感じていて。
ーサンプラーは、どのようなものをお使いでしょう?
陣内 リズムにはNATIVE INSTRUMENTS Batteryで、メロディックなパートにはKontaktとか。自らサンプリングする場合はAPPLE Logic ProのAuto Samplerが便利なので、カスタム・サンプルは大抵それで鳴らしています。
ー事前に見せてもらった使用ソフトのスクリーンショットには、SPITFIRE AUDIOのストリングス音源BBC Symphony Orchestra Professionalなどが映っていましたが、普段どのように音源を選んでいるのですか?
戸田 例えばAtmosミックスを見越すと、Atmosを前提とした音作りができる、というのが一番なんです。だから音源選びに際しては、アウトプット・チャンネルやマイク・ポジションの数、ミックスのしやすさ、音をいかに広げられるかといったところに焦点を当てます。
陣内 僕は曲を作るとき、少なくともクアッドで音源を立ち上げ、メインL/RとリアL/Rのスピーカーでモニタリングしているんですが、マイク・ポジションの数が少なかったりすると、大規模な編成の曲もサラウンドの中では大規模に聴こえないんです。
戸田 最近は、大規模なストリングス・サウンドを作るために、ソフト音源がシンセ・ストリングス的に活用される場合が多くて。だから、幅広で太い音色のものが求められるんだと思います。実際に100人の奏者を集めてオーケストラを編成しても、それだけで太い音が得られるとは限りません。また、低音を大きく聴かせたいならティンパニーやコントラバスを増やせばいいとか、低音楽器の音量を上げてみてはどうかと言われがちですが、目的の低音域とそれ以外の音域の関係性を意識して音作りしないと、いわゆるエピックなサウンドは得られないんです。あとはシネマティックな音色……つまり、立ち上がりの良いストリングスの音が入っているかどうかも重要で。いろいろなオーケストラ音源を試してきましたが、今回のアクション・シーンに当てはまるような、気の利いた音が得られる音源って意外と少ないんです。
ースクリーンショットの中にアナログ・シンセ、MODAL ELECTRONICS 008Rのコントロール・ソフトがあったのも興味深いポイントです。
陣内 008Rは異色かもしれません。周りで所有している人をあまり見かけないので。8つのオシレーターのトランジスターがそれぞれ独立していて、絶対にチューニングがそろわないので、デフォルトでコーラスをかけたような音がするんです。だから用途を選ぶべきですが、今回はストリングスとブラスの中間みたいな音価の短い音だったり、シンセ・パッドの音色などにマッチして、むしろ使いやすかったです。
その映像作品のためのオンリー・ワンを作る
ー今回は、画と音声素材を合わせるファイナル・ダビングの作業に、とても時間をかけたと伺っています。
荒牧 ファイナル・ダビングへ入る前に、セリフや音楽、効果音などを全部まとめた状態で見せてもらって、そこでいろいろとリクエストしてからの本番、という段取りでした。
神山 僕にとって、音楽や効果音は“自分以外の何か”を入れたい部分なので、最後まであまりあれこれ言うことは無かったんですよ。監督には大きく分けて2種類の考え方があると思っていて、一つは“こういう音楽を聴くと自分はこんな気持ちになるから、そういうのを作ってほしい”というもの。もう一つは“このシーンをこういう気分に持って行きたいので、そのための音楽が欲しい”という考え方。僕は後者なんです。前者は強烈なイメージを残す可能性があるけれど、全員が同じように感じるかどうかは分からないんですよ。一方で僕は、そのシーンの気分にダイレクトに持って行ってほしいとか、場面に寄り添うとトゥー・マッチもしくは相殺されるから、引き算しようか足し算しようか?みたいなことを考えています。で、いったんお任せしたら僕以外の何かが入ってくればいいので、あまり細かく注文したことは無い……はず。でも分からないな、忘れているだけで(笑)。
荒牧 神山さんと自分に共通していると思うのは、初見が大事という考えです。視聴者は、皆さん初見ですよね。でも作り手は、その初見の方々の気持ちが、何度も聴き返すうちに分からなくなってくるんです。なので初見の印象だけでリクエストして、それ以上はやらないという感じ。修正後にきちんとクリアされているかどうかが重要であって、2回目に聴いたときは、自分は1回目に戻れないわけですからね。
戸田 お二方は、私たち音楽の立場から見ても的確なリクエストをされるので、すごくやりやすかったんですが、その一方で私たちは民主的でないというか……誰もが求めるものを作れば正解、ではなく、“この作品のためのオンリー・ワンを作りたい”という気持ちがあって。誰にもこびることなく、監督にもこびていないと思います。だから、もしかすると大きくハズすことがあるかもしれませんし、“こんな曲誰も聴かないよ。でも画には、すごく合っているね”みたいなところにも挑んでしまうわけです。それを回答として出したとき、監督のお二方に良しとしてもらえるのか、作品のカラーとして“もう少しこっちですね”といったことが発生するかは、私たちにとってチャレンジのようなところでもありました。
神山 戸田さんと陣内さんとは『ULTRAMAN』のときから始めて、すごいセッションしたなという感があるし、曲が送られてくる楽しみもあります。本来なら、もう少し顔を突き合わせてコミュニケーションを取った方が良い場合もあるかもしれませんが、そこはもうお互いにアドリブで“そりゃ!”と。実際にご一緒するときに楽しもうという感じで。危ないんですけどね(笑)。でも結果的に楽しかったし、仕上がりについてはものすごく満足感のあるものになっています。
インタビュー前編(会員限定)では、本作のテーマやCGでアニメーション作った理由、そして作曲の秘けつについて語っていただきました。
Release
『攻殻機動隊 SAC_2045 O.S.T.2』
戸田信子×陣内一真
フライングドッグ:VTCL-60564
6/22発売(※上は先行配信されたEP)
※『攻殻機動隊 SAC_2045』シーズン2は、Netflixにて全世界独占配信中
Musician:戸田信子(prog)、陣内一真(g、syn、prog)、アーネスト・ティブス(b)、吉池千秋(b)、國田大輔(g)、サイモン・フィリップス(ds)、臼井かつみ(ds)、佐々木史郎(tp)、鹿討奏(tb)、本間将人(sax)、金子昌憲(concertmaster)、村田晃歌(vln)、金子由衣(vln)、若林知怜(vln)、波多江真里菜(vln)、野尻弥史矢(vln)、高宮城凌(vln)、小林万理能(vln)、石井優梨菜(vln)、青木志帆(vln)、福田勝大(vln)、久保田有造(vln)、 篠崎紀音(vln)、飯顕(viola)、今井凛(viola)、松本麗(viola)、荒木開(viola)、渡辺伸啓(viola)、中島伊代(viola)、秋津瑞貴(vc)、大宮理人(vc)、江口友理香(vc)、井上崇(vc)、中川優(vc)
Producer:戸田信子×陣内一真
Engineer:ジェイソン・マリアーニ、ニラジ・カジャンチ、鈴木浩二、マロンド・ケー、ピーター・アンダーソン
Studio:BROTHERYN、NK SOUND TOKYO、Sony Music Studios Tokyo、Remote Control Productions、FILM SCORE STUDIO ONE