エルトン・ジョン プロダクション・レポート【後編】〜「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」の使用プラグインを詳しく解説

エルトン・ジョン プロダクション・レポート【後編】〜「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」の使用プラグインを詳しく解説

新型コロナ・ウィルスの影響によるロックダウンの中で制作されたエルトン・ジョン『ロックダウン・セッションズ』。ゴリラズ、リル・ナズ・X、 マイリー・サイラス、ニッキー・ミナージュ、スティーヴィー・ワンダーなど、数多くのアーティストとコラボした16曲を収録している。その中の1曲、デュア・リパ参加の「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」は3人組エレクトロニック・ダンス・グループ、プナウが制作しており、エルトン・ジョンの過去曲からサンプリングした音を使って楽曲を構成していることが注目された。プナウのメンバー、ピーター・メイズにどのように制作していったのか語ってもらおう。

インタビュー前編はこちら:

原曲の別バージョンにはしたくなかった

 『グッド・モーニング・トゥ・ザ・ナイト』制作後、メイズとニックはLAへと移住した。「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」もこのスタジオで制作されている。

 「『グッド・モーニング・トゥ・ザ・ナイト』ではエルトンの黄金時代と言える1970年代の作品にフォーカスしました。そこで今回は1980〜90年代の作品でやってみようと考えたんです。以前にエルトンの曲で作業をしたときにはまだデジタル化されていないマルチトラックもあったんですが、2021年までにはすべてのマルチトラックをAVID Pro Toolsのセッションもしくはデジタル・データにコピーし終わっていましたね。ニックがカットした「サクリファイス」のサビのボーカル・データをもらったわけですが、この曲を単純な「サクリファイス」の別バージョンにはしたくなかったので、同じようなキーのボーカルを探しました。そこで見つけたのが「ロケットマン」で、そのサビ部分を使って「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」の大サビを作ったんです」

 ここからメイズはサビをさらに広げるため、「キス・ザ・ブライド」や「愛しのシェラー」からサンプリングした音を使用した。それからドラムやストリングス、ベル、ギターといったサウンドを加え、曲の盛り上がりや空間の演出をしていったそうだ。メイズによれば、曲を組み立てていく中で直面した大きな問題の一つが、すべてのサンプリング素材を116BPMに合わせることだったという。

 「先にも言った通りタイム・ストレッチが嫌いなんです。ループを使うときは、細かくカットしてテンポに合うようにタイムライン上に並べて使います。ドラムの場合、この方法は簡単ですが、ボーカルであっても音節ごとにカットして使うんです。タイム・ストレッチは本当に最後の手段で、時には頼らざるを得ないこともあります。エルトンの歌はあまりにテンポの幅が広いですから。彼のキャリアを見渡せば下は50BPMから上は180BPMまでと幅広く、しかも曲中でテンポが揺れることもしばしばです。「ロケットマン」はもともともっと速くて、オリジナルはほぼ倍のテンポでした。なので相当ゆっくりにする必要があったんです」

メイズのスタジオ全景

メイズのスタジオ全景。大量のビンテージ・シンセやキーボード、ギター、アウトボードがそろっている。「通常、僕たちはDAW内で作業をしますが、プラグインでは得られない何かしらを足してくれるアナログやデジタルのアウトボード類も使っています」とメイズは語る

メイズのデスク。モニター・スピーカーはYAMAHA NS-10M Studioのほか、FOCAL Twin6 BEも使用している

メイズのデスク。モニター・スピーカーはYAMAHA NS-10M Studioのほか、FOCAL Twin6 BEも使用している。アウトボード類はENSONIQ DP/4+やEVENTIDE DSP4500、H3000-D/SE、PUBLISON Infernal Machine 90のほか、TC ELECTRONIC M・One、NEVE 33115×2のノックダウンと思しきモデル、COLEMAN AUDIO M3PH MKII、API 500互換モジュールなどをデスクに組み込んでいる

Saturnでトーンとダイナミクスを調整

 最終的なミックスをしたのはジョシュ・ガドウィンだが、彼にデータを送る前のラフ・ミックスにメイズは相当な手間をかけていた。特にエルトンのボーカルを21世紀にふさわしいサウンドにし、そしてエレクトロニック・ディスコ/ダンス・ポップ・スタイルのアレンジにフィットさせる作業には相当の注意を払ったそうだ。

 「僕のミックス技術も相応に進化してきたと思いたいですね。本能に従って、オリジナルでクリエイティブでいることが大事です。技術的には間違った方向に進んでいるかもしれませんが、何かを感じ取ってバイブスを追い求めることがすべてなんですよ。最初のラフ・ミックスをエルトンに送って聴いてもらったんですが、とても気に入ってもらえました。BANDIVE The Great British SpringやEVENTIDE DSP4500、ENSONIQ DP/4+などのアウトボードのエフェクトを使って仕上げています」

「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」のラフ・ミックスのセッションの一部

「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」のラフ・ミックスのセッションの一部。上からコーラス、「サクリファイス」のボーカル、「ロケットマン」のボーカル、「キス・ザ・プライド」のボーカル、エフェクトAUXトラックが並んでいる

 ラフ・ミックスのPro Toolsセッションには、マスター・トラックのほか、ドラムが15tr、ベース、キーボードが22tr、ストリングス、ベル、コーラスが16tr、「愛しのシェラー」からサンプリングしたエルトン・ジョンのアドリブが3tr、ニックがエディットした「サクリファイス」のボーカル、「ロケットマン」のボーカルが7tr、「キス・ザ・ブライド」のボーカルが3tr、そしてエフェクトAUXトラックが6trある。特筆すべきは、ドラムで頻繁に使われているFABFILTER Saturnなどのひずみ系プラグインと、ボーカル・トラックの大量のプラグイン類、そしてマスター・トラックに使われた5つのプラグインだろう。FABFILTERのプラグインについて、メイズはこう語る。

 「僕はFABFILTERの大ファンで、特にSaturnが大好きです。チャンネル・ストリップとして使うことが多いんですよ。ダイナミクスのパラメーターがとても良くて、例えばクラップのサンプルにルーム成分が多過ぎるとき、このダイナミクスをエキスパンダーのように使うことで音楽的にルーム成分をカットすることができるんです。帯域ごとのひずみをコントロールするためのEQも付いているんですが、サチュレーション目的よりもマルチバンドのトーンとダイナミクスのコントロール目的で使っています。極端なセッティングにしてトーンやコンプレッションをコントロールすることも多いです。簡単で素早く使えてレイテンシーも無く、ドラムだけでなくベースやキーボードにも素晴らしい効果を発揮してくれますよ」

 続けて、ボーカルに使われたプラグインの解説をメイズがしてくれた。

 「このボーカルのセッティングは僕のスタンダードと言っていいですね。EQはFABFILTER Pro-QもしくはUNIVERSAL AUDIO Precision EQのどちらかを主に使います。「サクリファイス」のボーカルで使っているPrecision EQでは30Hz以下をカットし、17kHzで1dBブーストしました。ANTARES Auto-Tune Evoもとても便利なプラグインです。エルトンのボーカルにチューニングはほぼ必要無いのですが、モダンなサウンドにするためにこのプラグインが役立ちます。彼の声にもとても合うんです。普段は非常にスロー・スピードで使うんですが、「サクリファイス」のボーカルではかなり速めにかかるようにしています。ほかの2曲からサンプリングしたボーカルではスローに設定しました。Auto-Tuneの後はWAVES Renaissance Voxです。6dB以上のリダクションをすることはないですね。その次がPro-Qで、95Hz以下をカットし、UNIVERSAL AUDIO 1176に入る前にサブベースをカットしています。1176のレシオ8:1にしました。普段は20:1にするんですが、エルトンのボーカルは録音時にうまく処理されていたと思いますし、あまりクランチーな感じにもしたくなかったのでこうしました。1176の後にはWAVES L2を使うことが多く、大体は非常にスロー・リリースにして数dBだけリダクションがかかるようにしています」

エンジニアに可能なだけ選択肢を提示する

 マスターにインサートされた5つのプラグインは同じ組み合わせを長い間使っているという。“多くのプラグインをほんの少しだけ効かせる”というのがコツで、アナログ・コンソールでやっていたことを再現しようとしているようだ。

 「最初に使っているのはWAVES SSL G-Master Buss Compressorで、キックとスネアのヒットのたびに8dBのコンプレッションをするようにしています。やり過ぎに見えますよね(笑)。通常レシオは4:1、アタックは最遅、リリースは最速で使いますが、今回は普段と違って2:1にしました。この方がグルーブ感のサポートに役立ったんです。100〜130BPMくらいのミディアム・テンポの場合、大き過ぎるトランジェントを抑えてミックス全体がグルーブにフィットする助けになるんですよ。キックの音の長ささえ適切になっていれば、リリースは常に最速にしておくのが一番適切にグルーブ感を演出してくれます。その次はIK MULTIMEDIA T-Racks 3 Classic Clipperで、なだらかなスロープで1.5dBのソフト・クリップをしました。クランチーにするのではなく角を取って丸くするためですね。これはドラムに対してだけヒットさせます。ほかの楽器のアタックにまで反応するとやり過ぎで、サウンドもひどいものになっているでしょう。これも同じく全体のグルーブをまとめるためのものです。続くT-Racks 3 Classic Compressorはステレオ幅の調整で使っています。ステレオ感をワイドにするたぐいのプラグインはどれも位相が変わり過ぎ、もしくはベース感を損なうものが多いですが、T-Racks 3 Classic CompressorのSTEREO ENHANCEMENTはトーンを変えることなくサイド成分を上手に持ち上げてくれている印象です。コンプレッサーとしてはレシオは最低、アタックは最遅、リリースは最速でわずかにリダクションがかかるように設定しています。T-Racks 3 Classic Multiband Limiterでは1dBだけ持ち上げました。ビルトインのEQを使って中域と高域を少しだけ持ち上げ、少々盛り上がり感を足すこともしています。最後に使っているのはSONNOX Oxford Limiterです。ドラムの印象を変えないようにアタックをキープしてくれるのが好きですね。ドラム・サウンドのフロントにあたる部分はOxford Limiterが担ってくれるので、リリース部分はほかのコンプレッサーを使ってコントロールし、すべてが一体となってグルーブさせるのが僕の究極の目標です」

マスター・トラックにインサートしているプラグイン。WAVES SSL G-Master Buss Compressorでは8dBほどコンプレッションする設定にしている

マスター・トラックにインサートしているプラグイン。WAVES SSL G-Master Buss Compressorでは8dBほどコンプレッションする設定にしている。リリースは最速にすることがグルーブをキープする秘けつだそうだ。IK MULTIMEDIA T-Racks 3 Classic Clipperはドラムにだけかかるようなソフトな設定。T-Racks Classic CompressorはSTEREO ENHANCEMENTでステレオ幅を調整することをメインとして使用している

マスター・トラックに挿している残りのプラグイン。T-Racks Classic Multiband Limiterは少しだけ音圧を上げ、内蔵のEQで中域と高域を調整している

マスター・トラックに挿している残りのプラグイン。T-Racks Classic Multiband Limiterは少しだけ音圧を上げ、内蔵のEQで中域と高域を調整している。SONNOX Oxford Limiterはメイズのお気に入りで、ドラム・サウンドの印象を変えないようにアタックをキープしてくれるとのことだ

 メイズが作り込んだラフ・ミックスは、ミックス・エンジニアのガドウィンへと送られた。ガドウィンはメイズの意図をしっかりと汲み取ってくれたようだ。

 「全体を奇麗に整えてレンダーし、全く新しいセッションにしてジョシュに送りました。ほぼすべてのエフェクトは別のトラックに分けておき、使うかどうかはジョシュに委ねましたね。これまで何度かマニー・マロクィンやサーバン・ゲネアといったビッグ・ネームにミックスを依頼する機会があり、その経験からミックス・エンジニアには可能なだけ選択肢を提供することが重要だと学んだんです。今回ジョシュは僕のエフェクトのほとんどを使ってくれたみたいですね。結果出来上がったサウンドは僕が意図した通りのグルーブでしたよ!」

 このパンデミックという悲劇の中、数え切れないほどの人々が何かしら良い知らせを求めていたのは間違いない。「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」は結果的にプナウのキャリアのみならず、世界中を明るく照らした。

 

インタビュー前編では、 『ロックダウン・セッションズ』のヒットに大きく貢献したデュア・リパ参加の「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」の制作経緯をプナウのピーター・メイズが語ります。

Release

『ロックダウン・セッションズ』
エルトン・ジョン
ユニバーサル:UICY-16027

Musician:エルトン・ジョン(vo、p)、デュア・リパ(vo)、ヤング・サグ(vo)、ニッキー・ミナージュ(vo)、サーフェシズ(vo)、チャーリー・プース(vo、k)、リナ・サワヤマ(vo)、ゴリラズ(vo、ds、p、k、b)、ブラック(vo)、イヤーズ&イヤーズ(vo)、マイリー・サイラス(vo)、アンドリュー・ワット(g)、ヨーヨー・マ(vc)、ロバート・トゥルヒーヨ(b)、チャド・スミス(ds)、SGルイス(ds、syn、k、b、prog)、ブランディ・カーライル(vo)、ジミー・アレン(vo)、リル・ナズ・X(vo)、エディ・ヴェダー(vo)、スティーヴィー・ワンダー(vo、p)、他
Producer:プナウ、アンドリュー・ワット、ルイス・ベル、サーフェシズ、チャーリー・プース、ダニー・L・ハール、ゴリラズ、スチュアート・プライス、他
Engineer:ジョシュ・ガドウィン、マニー・マロクィン、クリス・ガラント、アレックス・サッコ、ルーク・スワースキー、チャーリー・プース、ティム・ローキンス、ステファン・セジウィック、スチュアート・プライス、アラン・モウルダー、ポール・ラマルファ、テイラー・バード、サーバン・ゲネア、他
Studio:ララビー、ロケット、スタジオ13、トラック、アサルト&バッテリー、ゴールド・トゥース・ミュージック、ミックススター、他

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