エルトン・ジョン プロダクション・レポート【前編】〜デュア・リパ参加の「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」制作背景

エルトン・ジョン プロダクション・レポート【前編】〜デュア・リパ参加の「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」制作背景

新型コロナ・ウィルスの影響によるロックダウンの中で制作されたエルトン・ジョン『ロックダウン・セッションズ』。ゴリラズ、リル・ナズ・X、 マイリー・サイラス、ニッキー・ミナージュ、スティーヴィー・ワンダーなど、数多くのアーティストとコラボした16曲を収録している。その中の1曲、デュア・リパ参加の「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」は3人組エレクトロニック・ダンス・グループ、プナウが制作しており、エルトン・ジョンの過去曲からサンプリングした音を使って楽曲を構成していることが注目された。プナウのメンバー、ピーター・メイズにどのように制作していったのか語ってもらおう。

エルトン・ジョンの4曲を使って曲を構成

 新型コロナ・ウィルスのパンデミックとそれに伴うロックダウンなどの措置が多くの人々にとって非常に大変な試練であることは間違いないが、この状況下でも非常に大きな成功を収めることができた人が少ないながら居るのも確かだ。恐らく彼ら自身も予想していなかった成功であることが多いのではないだろうか。プナウもこうした人々のうちの一組と言ってよいだろう。

プナウのメンバー。左からピーター・メイズ、ニック・ラティモア、サム・ラティモア

プナウのメンバー。左からピーター・メイズ、ニック・ラティモア、サム・ラティモア

 2021年3月、オーストラリア人のエレクトロニック・ミュージック・グループであるプナウのメンバーはそれぞれの家やスタジオにこもることを余儀なくされ、何をしたら良いのかも分からず、将来に不安を抱えて日々を過ごしていた。メンバーの一人、コンピューターとプロダクションをこなすオールラウンダーのピーター・メイズが、プナウのメイン・シンガー兼ソングライターであるニック・ラティモアから幾つかのファイルを受け取ったのはそんなときのことだった。メイズはこう回想する。

 「ニックが渡してきたものは、エルトン・ジョンの曲「サクリファイス」のサビのボーカルをカットして、それにビートとコードを当てはめたものでした。僕はさらに音を加える作業を始めたんですが、すぐに皆がノってくれるようなものができましたね。エルトンもとても気に入ってくれて、デュア・リパに歌ってもらうための調整もしてくれました」

 そうして出来上がった曲、「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」がリリースされたのは2021年の8月。この曲は2021年のビッグ・ヒットの一つとなった。「コールドハート(プナウ・リミックス)」は十数カ国でチャートの上位にランクインし、プナウにとっては初となるオーストラリア、ニュージーランド、イギリスでのナンバー・ワンを獲得する。「コールドハート(プナウ・リミックス)」はエルトン・ジョンの4曲分のマッシュアップだが、なんとエルトン・ジョンの伝説的な歴代シングルの数々の中でも上位に位置するセールスを記録。デュア・リパにとっては3度目となる全英No.1で、オーストラリアとニュージーランドでのNo.1は彼女にとっても初の快挙となった。

 「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」は2021年10月にリリースされた『ロックダウン・セッションズ』にもリード・シングルとして収録されることとなった。チャーリー・プース、エディ・ヴェダー、ニッキー・ミナージュ、スティーヴィー・ニックスなどのアーティストが参加しており、リモートやアクリル板などでの感染対策を徹底した上で共作された曲を集めたアルバムになる。「コールド・ハート(プナウ・リミックス)」の大成功にけん引され、このアルバムも多くの国でヒットを記録することとなった。

波形編集でサンプルのテンポを合わせる

 43年前、メイズはシドニーにて音楽に非常に理解のある両親の下に生を受けた。3歳からクラシック・ピアノのレッスンを受け、7歳のころにはギターも始めたという。

 「ニックと友人になったのは13歳、高校で出会いました。どちらも音楽にのめり込んでいましたよ。ROLAND SH-101を買ったのが1993年のことで、ニックの家の物置小屋でギター・アンプやキーボード・アンプを使って変なサウンドを出しながらそれをカセット・テープに録音していました。その次に手に入れたのはROLAND TR-808とTB-303、JX-3Pでした。僕たちが通っていた学校にはスタジオがあったので、そこにあったMACKIE.のミキサーとTASCAM DA-88を2台使って曲を作っていましたね」

 それからメイズはニックとプナウというバンドを組むこととなる。ペキンダックという名前の小さなインディーズ・レーベルと契約を交わした彼らは、高校を卒業した後の数年間音楽ショップで働きつつプナウの活動をしていった。

 「最初のアルバム『サンバノヴァ』をリリースしたのが1999年で、これがきっかけでワーナーミュージックと契約できました。おかげでライブもたくさんできて、オーストラリアでも知られた存在になれたんです。結果的にARIAアワードの最優秀ダンス・アルバムを受賞しましたよ! 残念ながらレーベルがサンプルの権利周りをクリアにしておらず、大量のサンプルを活用した『サンバノヴァ』はARIAアワードを受賞したその日にCDショップから撤去されてしまいました。サンプルを使ったことはオープンにしていたんですが、当時のオーストラリアのレーベルにとってサンプルの権利関係は未知の問題だったんです」

 このサンプリングにまつわる問題にもかかわらず、プナウはオーストラリアでもトップ・クラスの人気を誇るエレクトロニック・ミュージック・グループとなった。2003年には2ndアルバム『アゲイン』をリリース。2007年の3rd『プナウ』ではニックの兄、サム・ラティモアがコプロデューサー兼コライターとして本格的に参加した。この『プナウ』がヒットし、エルトン・ジョンの目に留まるきっかけとなる。

 「エルトンは僕らのアルバムを100枚分も買ってくれて、それを友人に配って回ったそうです。その後、僕たちは彼のマネージメント会社と契約を交わすことになり、そうしてロンドンに移住しました。ロンドンでエルトンに初めて会ったとき、まず彼は自身の全アルバムのマルチトラックを僕たちにくれて、“好きなようにしてくれていいよ。音楽を作ってくれ”と言ってくれたんです」

 このエルトン・ジョンの言葉をそのまま受け取り、2012年の全英No.1アルバム『グッド・モーニング・トゥ・ザ・ナイト』が誕生した。“エルトン・ジョン vs プナウ”というアーティスト名でリリースされたこのアルバムは全8曲で構成されていて、すべてがエルトン・ジョンのさまざまな曲をサンプリングして制作されている。中には9曲分のサンプリングを活用して作られた曲もあり、アルバム全体を合わせると40曲以上ものエルトン・ジョンの曲が使われているという。

 「サンプリングに使ったエルトンの楽曲は、ほぼすべてクリックを使わずにさまざまなテンポで録られたものばかりなので、アルバムの制作には年単位の時間がかかりました。僕はタイム・ストレッチが嫌いなので、オーディオ・スライスなどの手作業で元の曲のテンポやターゲット先の曲にフィットするように調整しているんです。大体の場合はヒット作よりもよりマイナーな曲を使うことが多いですね」

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、 ピーター・メイズが相当な手間を掛けたというラフ・ミックスについて、ボーカル、マスターで使用したプラグインとその設定を詳しく解説します。

Release

『ロックダウン・セッションズ』
エルトン・ジョン
ユニバーサル:UICY-16027

Musician:エルトン・ジョン(vo、p)、デュア・リパ(vo)、ヤング・サグ(vo)、ニッキー・ミナージュ(vo)、サーフェシズ(vo)、チャーリー・プース(vo、k)、リナ・サワヤマ(vo)、ゴリラズ(vo、ds、p、k、b)、ブラック(vo)、イヤーズ&イヤーズ(vo)、マイリー・サイラス(vo)、アンドリュー・ワット(g)、ヨーヨー・マ(vc)、ロバート・トゥルヒーヨ(b)、チャド・スミス(ds)、SGルイス(ds、syn、k、b、prog)、ブランディ・カーライル(vo)、ジミー・アレン(vo)、リル・ナズ・X(vo)、エディ・ヴェダー(vo)、スティーヴィー・ワンダー(vo、p)、他
Producer:プナウ、アンドリュー・ワット、ルイス・ベル、サーフェシズ、チャーリー・プース、ダニー・L・ハール、ゴリラズ、スチュアート・プライス、他
Engineer:ジョシュ・ガドウィン、マニー・マロクィン、クリス・ガラント、アレックス・サッコ、ルーク・スワースキー、チャーリー・プース、ティム・ローキンス、ステファン・セジウィック、スチュアート・プライス、アラン・モウルダー、ポール・ラマルファ、テイラー・バード、サーバン・ゲネア、他
Studio:ララビー、ロケット、スタジオ13、トラック、アサルト&バッテリー、ゴールド・トゥース・ミュージック、ミックススター、他

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