「WHORU? ft. ANARCHY」などを収録したアルバム『8』で国内外のヒップホップ・シーンから注目を集め、2020年にメジャー・デビューしたラッパー/シンガーのAwich。近年はAI、KIRINJI、RADWIMPSともコラボする彼女が、3月4日に話題曲「口に出して」「GILA GILA feat. JP THE WAVY, YZERR」などを収録する最新アルバム『Queendom』をリリースした。今回はAwich本人へインタビューするとともに、後半では長年アルバムの総合プロデュース/楽曲制作を担うChaki Zulu氏へ話を伺ってみよう。
Text:Susumu Nakagawa Photo:AmonRyu(メイン画像を除く)
“光と影”の感情を音楽で表現している
ーChaki Zuluさんは、メジャー・デビュー前のアルバム『8』から、Awichさんの制作に携わっていますよね?
Awich 懐かしいですね(笑)。『8』では、全体的にモイストな(湿り気のある)感じを音楽で表現しようとしていました。
ー最新作『Queendom』では?
Awich アルバム・タイトルにもあるとおり、クイーンダム(女王国)というのがコンセプトになります。壮大さ、強さ、そして内面の不安や恐怖といった感情を音楽で表現しているんです。“光と影”が同居しているような作品ですね。ただ、影の部分を表現するためには、普段見ないようにしている自分の弱さや過去のつらい出来事と向き合わないといけません。この作業が一番きつかった。振り返ることで思い出す感情を一つ一つ整理し、曲にしたのが『Queendom』なんです。
ーもともと『Queendom』はEPとして制作されていたそうですが、急遽延期してアルバムになった理由は?
Awich どの曲を入れる/入れないというところで何度も迷っていて……その間、並行して曲を作っていくうちにたくさんストックがたまってきたんです。そこで、あと数曲作ればとても密度の濃い作品になる!と思い、アルバムとして発売することにしました。時間が無い中、勇気の要る決断でしたね。
ー収録された13曲のうち11曲はChaki Zuluさん、残りはZOT on the WAVEさんとJIGGさんが1曲ずつビートを手掛けられています。
Awich どれも素晴らしいビートですね。ZOTさんは、YZERRから紹介されました。「口に出して」は、川崎にあるBAD HOPのスタジオで一緒に作ったんです。最初はYZERRとビートを選んでいたのですがピンとくるのが見つからず、“ZOTさんに電話してみよう!”とひらめいて……夜中の2時くらいにスタジオに来てくれましたね(笑)。
ー資料には、この曲のプロデューサーとしてYZERRさんの名前が記載されているのですが、具体的にどのようなことをされたのですか?
Awich 彼は作曲とかアレンジには携わっていませんが、曲全体の方向性についてアドバイスをくれたんです。「口に出して」はもともとさわやかな曲だったんですが、“こうやったら絶対ヒットするよ!”って言ってくれて。それで歌詞とビートを作り直して、今回のようなダブル・ミーニングの曲になったんです。さわやかなバージョンの「口に出して」は、また別の機会に出すかもしれません(笑)。
歌い方一つ変えるだけで曲にメリハリが付く
ーAwichさんはリリック以外の部分、例えばビートのアレンジやミックスについて細かいオーダーをすることはあるのでしょうか?
Awich 基本的には、ラップを乗せるAメロやイントロ/アウトロなどの小節数を調整するくらいです。
ー長年Chakiさんとは制作をともにされていますが、Awichさんから見て、彼の持ち味は何だと思いますか?
Awich たくさんあり過ぎるのですが、トレンドはもちろんさまざまな国の音楽を知っていたり、音色や選びやミックスについてセンスが優れているところかな。あと、ボーカルのディレクションがとても上手だと思います。
ー例を挙げると、どのようなところでしょうか?
Awich 例えば「どれにしようかな」では、“女は女らしくとか うるせえんだよ Shut the fuck up”という歌詞があるんですけど、前半の“女は女らしくとか”はもっとぶりっ子っぽく、後半の“うるせえんだよ〜”はオラオラした口調で歌ってみて?という感じ。歌い方一つ変えるだけでメリハリが付くので、曲が一段と良くなったと思います。
ー3月14日には日本武道館ライブを控えていますね。(インタビューを行ったのは2月21日)
Awich 武道館ライブは一つの目標だったのでうれしいです。今後は世界進出も見据えた活動をしていくので、楽しみにしていてください!
曲のコンセプトを明確にすることが大事
ーChakiさんは、今作でも総合プロデューサーとしてクレジットされています。Awichさんは、収録曲で悩んだと話していました。
Chaki Zulu 最初は歌モノの曲が多く並んでいたので、これでは“ラッパーとしてのAwich像”が薄いように感じたんです。そこで、バランスを取るためにゴリゴリしたヒップホップ・ビートの曲を幾つか追加しました。
ー総合プロデューサーとして、Chakiさんはどのようなところを見ていたのでしょうか?
Chaki Zulu 曲のコンセプトや音楽性に一番気を使いました。何度もAwichと話し合って、歌詞と曲を作り直したんです。例えば「どれにしようかな」はもともとラップがメインでしたが、歌モノの方が合うと思ったので、すべてやり直しました。「Queendom」では、トラップやインド風などさまざまなアレンジを作り、歌詞もふざけたものからセクシー系までいろいろ試してみたんですが、最終的にはAwichがストリートから武道館ライブにたどり着くまでの道筋をほうふつさせるような曲、というコンセプトにまとまったので、シリアスな歌詞に壮大なアレンジを組み合わせたんです。結局大事なのは曲全体のコンセプト。それが明確であれば、アレンジやミックスなどもスムーズに行きやすいんです。
ーアルバム後半の楽曲群は、どちらかというとトロピカルやラテン系のアレンジになっている印象です。
Chaki Zulu 「どれにしようかな」「Follow me」「Revenge」辺りですよね。そもそもAwichが沖縄出身ということで、トロピカル・アレンジの楽曲はこれまでのアルバムにも必ず入れている要素だと思います。
ー「Link Up feat. KEIJU、¥ellow Bucks」のビートは90'sニューヨーク・ヒップホップのような、サンプリング使いの楽曲で新鮮でした。
Chaki Zulu この曲、実は単曲のサンプリングじゃないんです。全く別のところから持ってきた、バラバラなサンプル同士のキーを合わせてレイヤーし、あたかもレコードからサンプリングした上モノのように聴かせているんですよ。Spliceは便利なので活用しまくっています。
同じ空間で作業する方が良い曲ができる
ーAwichさんとの曲作りは、どのような流れで進んでいくのでしょうか?
Chaki Zulu まずスタジオで“こういう曲作ろう”っていうコンセプトが決まったら、Awichが歌詞を、自分が曲を同時に作り始めるという流れです。ある程度ビートができたら、Awichに“こんな感じでどう?”と言って聴かせて、OKだったらさらに作り込みます。歌詞においても、ある程度固まったらすぐにラップや歌を仮録りし、さらに煮詰めていくという感じですね。お互いスケジュールが合わないときは、宿題としてそれぞれ持ち帰ることもありますが、大体はスタジオで一緒に制作しています。同じ空間で一緒に作業する方が、良い曲ができると思うからです。
ー曲や歌詞先行ではなく、コライティング式なんですね。
Chaki Zulu オケはボーカルに対して意味のあるものでないとだめで、逆も然り。お互いが相互作用する関係のものにしたいんです。例えばよくあるのが、単純にラッパーがビートにインスピレーションを受けて作っただけの曲。これだと一方通行なので、あまり好きではありません。コライティングだと互いに影響し合いながら進むため、こういったことが起こりにくいんです。途中で聴いて良くなかったら、何が原因かを追及する。改善されたら、次のステップへ進むということがリアルタイムにできるんです。
ーAwichさんからは、Chakiさんのボーカル・ディレクションやアドバイスがすごいという話でした。
Chaki Zulu 結局どんなに良い音で録りができたとしても、歌い回しが悪かったらだめだと思います。どんな表情で歌っているのか、それがリスナーに伝わらないと気持ちも伝わらないんです。だから、歌詞をデフォルメして歌うようにアドバイスすることがありますね。
ーAwichさんのレコーディングは、どのような環境で?
Chaki Zulu コンデンサー・マイクのNEUMANN U87AIを使い、そのままSTEINBERG UR824のマイクプリを通してSTEINBERG Cubase内で処理しています。
ーボーカル処理にはどのようなプラグインを?
Chaki Zulu UNIVERSAL AUDIO UADプラグインではAvalon VT-737 Tube Channel StripとUA 1176AE、WAVESではSSL E-Channel、CLA Vocals、Renaissance Compressor、H-Delay、IZOTOPEではNector 3やRX Breath Controlを用います。ほかにはCubase付属のDeEsserも活用していますね。もう長年Awichのレコーディングをやっているので、これらのプラグインをまとめた彼女用のテンプレート・ファイルがあるんです。
相対的にキック・ベースを大きく聴かせるコツ
ー今作ではほとんどの曲をミックスしていますが、今回どういったところに一番気を使いましたか?
Chaki Zulu ボーカルやラップが一語一句、奇麗に聴き取れるようにしたところです。これまで以上に、この部分に気を遣っています。今、世界で一番使われている音楽再生デバイスって、APPLE iPhoneの内蔵スピーカーだと思うんです。なので、それで曲を流したときにボーカルが何を言っているかがよく分かるようにし、オケの音量もボーカルに対して丁度良いバランスになるように調整したんですよ。ちなみに近年、オケの音量は下がってきている傾向にあります。
ー年々、オケの音量が小さくなっている……?
Chaki Zulu はい。例えば最近のジェイ・コールの作品や、プレイボーイ・カーティの最新作『Whole Lotta Red』などがそうなんですが、この理由はスマホの内蔵スピーカーで聴かれることを想定しているからだと思います。試しに過去の音楽をiPhone内蔵スピーカーで鳴らしてみると、何を言っているのか分かりにくいんです。だからと言ってスマホ側でボリュームを上げると、すぐに音が割れちゃうんですよ。なのでボーカルを一番聴き取りやすいミックス・バランスにするのが近年はやってきているんだと、僕はそう思いますね。
ーそうなんですね。例えば「Revenge」のボーカルにはリバーブが深くかかっていますが、とても明りょうに聴こえます。この秘けつは?
Chaki Zulu 答えは、ボーカルにリバーブをほぼかけていないからです。これは僕の作戦勝ちですね(笑)。
ーえっ! ボーカルはほぼドライなのですか?
Chaki Zulu そうなんです。オケはしっとり、だけどボーカルはドライ……これが“おしゃれなミックス”だと思うんです。僕はボーカルに空間系エフェクトがたっぷりかかっているのは“おしゃれじゃない”と考えているので、あえて上モノ楽器にしっかりかけたり、コード楽器の演奏で白玉を多用したりするんですね。要はボーカル以外の音に空間的な響きを持たせることによって、ふわっと広がるような印象かつ、明りょうなボーカルを演出することができるんですよ。
ーこれは参りました! 一方、ROLAND TR-808系キック・ベースなどのローエンドを迫力あるように聴かせるコツは何でしょう。
Chaki Zulu 僕の場合、キック・ベースの音量はそこまで大きく出していないんです。40Hz以下をローカットすることもあります。迫力があるように聴こえるのは、対象となる楽器のバランスに気を付けているから。具体的にはスネアとハイハットの音量をうまく調整することによって、相対的にキック・ベースを大きく聴かせているんですよ。ちなみにドラムは、毎回Spliceでイメージに合うサンプル素材をダウンロードすることが多いです。
ー合理的かつ、洗練された音作りは勉強になります。
Chaki Zulu 純粋に良い曲を作りたいんです。そして、一日も長く音楽で飯を食っていきたいなと思いますね(笑)。
Release
『Queendom』
Awich
(ユニバーサル)
Musician:Awich(vo)、JP THE WAVY(vo)、YZERR(vo)、ANARCHY(vo)、KEIJU(vo)、¥ellow Bucks(vo)、Chaki Zulu(prog)、JIGG(prog)、ZOT on the WAVE(prog)
Producer:Chaki Zulu、YZERR、JIGG
Engineer:Chaki Zulu、JIGG、ZOT on the WAVE、The Anticipation Illicit Tsuboi、中林純也
Studio:Husky、SelfMade、Rinky Dink、aLIVE、etc.