皆さんは“トラップ・ミュージック”と聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか? あまりピンと来ない方でも、カーディ・B、ミーゴス、ポスト・マローン、トラヴィス・スコット、XXXテンタシオン、リル・パンプと言えば大体どんな音楽なのかイメージできるかもしれない。ROLANDが生んだリズム・マシンTR-808のドラム・キットを軸にしたトラップ・サウンドは、昨今のヒット・チャートで“聴かない日は無い”と言ってもいいくらいだろう。国内でもその余波は大きく、KOHHやBAD HOP、JP THE WAVY、YENTOWNなどのアーティストが話題を集めている。本特集では、このようなアーティストのサウンドを担うビート・メイカーを“トラップ・メイカー”と称し、彼らの制作ツールはもちろんのこと、トラップ・ミュージック独自の制作スタイルやマインドなどものぞいてみよう。
Text:Susumu Nakagawa Photo:Hiroki Obara 撮影協力:CRYSTAL SOUND 協力:HVMR from SURE BIZ INC.
INTRODUCTION:トラップ・ミュージックとは?
国内のトラップ・メイカーたちに注目する前に、まずはトラップ・ミュージックの生誕地=アメリカでの流れをおさらいしたい。トラップ・ミュージックがどのようにして、現在のメインストリームにおける重要な音楽ジャンルの一つとなったのかが分かるだろう。
2000年代初頭にアトランタで生まれたトラップ・ミュージック
ヒップホップのサブジャンルの一つとしてカテゴライズされるトラップ・ミュージックは、冒頭でも触れたように今やメインストリームの中心的な存在となっている。そもそもトラップの起源となるサウンドは、2000年代初頭にアトランタで生まれたという説が最有力候補で、当時はサザン・ヒップホップやダーティ・サウス、クランクという音楽ジャンル名で呼ばれていたという。
これらの代表作としては、2002年にリル・ジョン&ザ・イースト・サイド・ボーイズがリリースした「ゲット・ロウ feat.イン・ヤン・トゥインズ」のほか、2003年のT.I.「24'ズ」(『トラップ・ミュージック』収録)、そしてグッチ・メインによる2005年の『Trap House』や2007年の『Trap-A-Thon』などが挙げられる。これらの楽曲を聴くと、既にROLAND TR-808系のドラムやシンセサイザーなどを用いた上モノがトラックに使われていることが分かるだろう。このドラム・サウンドの起源は、同年代にヤング・ジージーやグッチ・メインのプロデューサーとして活動していたショーティ・レッドにあると言われている。
2010年代前半になると、デヴィッド・ゲッタやスクリレックス、アヴィーチー、マーティン・ギャリックスなどアッパーなサウンドを得意とするEDMアーティスト/DJが台頭し、トラップ・ミュージック寄りのヒップホップはメインストリームからやや遠ざかったように見える。しかしトラップ・ミュージックは、実は別の形に変化して生き延びていたとも考えられるのだ。
その理由となり得るのが、2012年に大ヒットした「ハーレム・シェイク」。アメリカ出身のベース・ミュージック・プロデューサー、バウアーによるこの楽曲もまた“トラップ・ミュージック”と呼ばれており、EDM風のシンセ・リードを用いてはいるものの、そのビート感は2010年代中盤にメインストリームへと返り咲く“ヒップホップを土台としたトラップ・ミュージック”の雰囲気をまとっているように感じられる。
スターたちがこぞってトラップ・ミュージックを取り入れはじめた
この“ヒップホップを土台としたトラップ・ミュージック”を再びメインストリームに持ち込む機会を与えた楽曲の一つが、2014年にリリースされたフェティ・ワップのデビュー・シングル「Trap Queen」だろう。第58回グラミー賞においては、ベスト・ラップ・パフォーマンスとベスト・ラップ・ソングの2部門にノミネートするほど話題となった楽曲だ。
そして2010年代中盤のトラップ・ミュージック・シーンを語る上で重要なのが、クエイヴォ、オフセット、テイクオフからなるアトランタ出身の3人組ヒップホップ・グループ=ミーゴスだ。彼らは2015年にデビュー・アルバム『Yung Rich Nation』を、2017年には2作目となる『カルチャー』をリリース。後者はアルバム/EPの売り上げが上位200のチャート“ビルボード200”において初登場1位を獲得した。また同作のリード曲「バッド・アンド・ブージー feat. リル・ウージー・ヴァート」は全米1位を記録する大ヒットとなり、アメリカにおけるトラップ・ミュージック・ブームにさらに拍車をかけることになる。
2010年代後半になると、ドレイクや、アリアナ・グランデなどのビッグ・スターたちがこぞってトラップ・サウンドを取り入れ、トラップ・ミュージック・シーンのラッパーとフィーチャリングするアーティストも急増する。さらにリル・ピープやXXXテンタシオン、リル・パンプ、シックスナイン(元Tekashi 69)などの若手ラッパー勢の人気もあり、近年トラップ・ミュージックはメインストリームにおいて動かぬ地位を築き上げたのである。
REAL TALK: 国内で活躍する3人のTRAP BEAT MAKERが日本のトラップ・ミュージック・ヒストリーを語る
Introductionではトラップ・ミュージックの本場アメリカでの流れをかけ足で見てきたが、ここからは国内のシーンを振り返ってみよう。協力いただくのは、2000年代後半からダーティ・サウスやクランク(トラップ・ミュージックの前身となる音楽ジャンル)のアーティストとしても活動してきたベテランのLil'Yukichiをはじめ、全米ビルボード・チャート“トップR&B/ヒップホップ・アルバム”部門1位に輝いたリル・ダーク「The Voice」を手掛けるTRILL DYNASTY。そしてJP THE WAVYなどの作品に携わりながらも、LAのマネジメント・レーベルと契約して世界に活動の幅を広げる現役大学生のPulp Kという、世代の異なる3名のビート・メイカーたちだ。それぞれの記憶をたどりながら、国内シーンの歴史についてリアルな話を聞いてみよう。
あまり日本ではウケなかったサウス系
ーまずは、トラップ・ミュージックの草創期とも言える2000年代の印象からお願いします。
Lil'Yukichi 2003年、僕はまだ中学3年生なのですが、そのときにアトランタ出身のボーン・クラッシャーやT.I.など、ダーティ・サウス(以下、サウス系)の曲を聴き始めました。サウス系は1990年代末からあったそうですが、2003年に発売されたT.I.「24'ズ」は、トラップ・ミュージックのルーツとなった曲だと言われています。
ーそのころ、国内ではどのような様子でした?
Lil'Yukichi メジャー/アンダーグラウンドともにサウス系のラッパーはほとんど居ませんでした。ただ、TWIGYの『セヴン・ディメンションズ』(2000年)や餓鬼レンジャーの『UPPER JAM』(2001年)では、サウス系のサウンドを取り入れたような楽曲が幾つか入っていたように思います。
ー2000年代中ごろからは、ご自身も都内を中心にグループで活動し始めますが、似たような音楽性を持つ国内のラッパーやビート・メイカーはほかにも居ましたか?
Lil'Yukichi 2008年にリリースされたAK-69『TRIUMPHANT RETURN -Redsta iz Back-』には、サウス系のビートが数曲入っていました。本格的に活動していたのはDirty R.A.Yというラッパーくらいで、ほかにはほぼ居なかったです。自分たちがライブをすると“なんなんだこれ”みたいな反応をされていて、毎回皆にサウス系のノリを教えているような感じでした(笑)。ビート・メイカーとしては、LIL'OGIやDJ☆GO、ZETTONが居ましたね。
ー当時のヒップホップDJたちは、クラブでどのような音楽をかけていたのでしょうか?
Lil'Yukichi カニエ・ウェストや50セントなどニューヨークのヒップホップが中心で、サウス系の曲をかけるDJは少数派でした。ウェッサイやニューヨーク系ヒップホップは硬派でシリアスな歌詞も多い印象ですが、当時のサウス系ヒップホップはふざけたような内容の曲がダントツに多いイメージ。恐らくそういった理由から、日本ではあまりウケなかったんじゃないかなと思います(笑)。
今の若い子たちは恵まれた環境で音楽ができる
数年後には大化けすることでしょう ー Lil'Yukichi
【PROFILE】ビート・メイカー/シンガー・ソングライター/DJ。2007年よりトラップを軸とした音楽制作を始め、これまでにKOHHやBAD HOP、CrazyBoy、SALU、あいみょんなどの楽曲を手掛ける。
2016年辺りからシーンが一気に活発に
ー2010年代に突入すると、何か変化はありましたか?
Lil'Yukichi ラッパーではAKLOやSALU、MINT(現在はMinchanbaby)などがシーンに居ました。2010年には僕がCherry Brown名義で「I'm 沢尻エリカ」を、2013年にはKOHHが「JUNJI TAKADA」をリリース。後者のビートは理貴が手掛けています。このころになると、周りでは既に“トラップ”という言葉を使っていました。T-Pablowによるコンピレーション・アルバム『BAD HOP ERA』(2014年)や、KOHHも参加し話題となったキース・エイプ「It G Ma」(2015年)も必聴ですね。
TRILL DYNASTY 2015年ごろ僕は茨城でイベントを開催していたのですが、そのときに出会ったラッパーCz TIGERの影響も強いかなと。彼が出した「LONG WAY」(2016年)は、本場アトランタの雰囲気を日本に持ってきました。
Pulp K 自分が国内のトラップ・ミュージックを聴き始めたのは2016年ですが、それこそChaki Zuluが総合プロデューサーを務めるYENTOWNやkiLLaが人気でした。後にゆるふわギャングのメンバーとしてデビューする、Ryugo Ishidaのアルバム『EverydayIsFlyday』(2016年)や、MONYPETZJNKMN 『磊』(2017年)も聴いていましたね。
TRILL DYNASTY Ryugo Ishidaは、茨城のスターですね! BAD HOPも忘れてはいけません。「Life Style」(2016年)は、メンバーのT-Pablowが当時レギュラー出演していたテレビ番組『フリースタイルダンジョン』において、自身の登場曲に使用していたこともあり話題となりました。
Pulp K この番組はトラップ・ミュージックだけじゃなく、国内におけるヒップホップの認知度にも貢献したと思います。あと、国内のトラップ・ミュージックを語る上で外せないのが、JP THE WAVYのヒット曲「Cho Wavy De Gomenne」(2017年)ですね!
TRILL DYNASTY こうやって見ると、2016年辺りを境にして、一気にトラップ・ミュージック・シーンが活発になっていますよね。Awich「WHORU? feat. ANARCHY」(2017年)とか、めちゃくちゃ格好良かったもんなあ。
年々サブジャンルが増えていくのは
トラップがはやっている証拠だと思います ー TRILL DYNASTY
【PROFILE】元DJの経歴を持つ、茨城出身のビート/ループ・メイカー/プロデューサー。自身が手掛けたリル・ダーク「The Voice」で全米ビルボード1位を獲得する。国内ではCz TIGERや¥ellow Bucksなどに楽曲提供。
国内のトラップは大阪がヤバい
ー近年のトラップ・シーンについては、いかがでしょうか。
Pulp K 僕自身、2019年からビート・メイキングを始めたのですが、InstagramのDMでデモを送ってくる人も多くなり、トラップ・ミュージックの競技人口が増えたなと思います。またティーンに大きな影響を与えた一人として、LEX君の存在も大きい。SoundCloudでじわじわ人気が出てメジャーに行くパターンは、アメリカの流れと共通しています。“SoundCloudラッパー”という言葉も生まれましたよね。
Lil'Yukichi その流れだとLeon Fanourakisも居ます。
Pulp K 彼のビートを作っているYamieZimmerは衝撃でした。XXXテンタシオンの曲で聴くような“激しくひずんだキック・ベース”が特徴のトラップを国内でやった人です。
Lil'Yukichi 地域で言えば、トラップ・ミュージックは大阪がヤバい。Jin Dogg、Young Coco、Young Yujiroなど、HIBRID ENTERTAINMENT周辺をはじめたくさん居ます。
Pulp K 個人的には、大阪のアーティストたちはすごく激しいトラップ・ミュージックをやっていて、ライブでは必ずモッシュするようなイメージがありますね。
TRILL DYNASTY 大阪や京都など、関西には印象に残るアーティストがいっぱい居る。まだまだ日本のトラップは成長していくでしょう。一方、トラップ・ミュージックがファッション的に取り入れられるのは正直悲しいですけれど。
Lil'Yukichi トラップ・シーンの土台は既にできているし、DAWや録音機材も進化している。そういった意味でも、恵まれた環境の中で今の若い子たちがトラップ・ミュージック/ヒップホップできるのは、とても良いことだと思います。数年後には彼らが大化けすることでしょう。今後も楽しみですね。
SoundCloudで人気が出てメジャーに行くパターンは
アメリカの流れと共通しています ー Pulp K
【PROFILE】1997年生まれ。千葉出身のビート/ループ・メイカー。LAのマネジメント・レーベルと契約し、ティンバランド主宰の招待制プラットフォームBeatclubのVIPメンバーになるなど、海外でも活動の幅を広げている。
ートラップ・ミュージックの制作について、思うことはありますか?
Pulp K 消費が速い音楽だなとは思います。ビートは1時間あれば作れますし、ラッパーも歌詞を書かずに即興で録る人が多い。これがトラップ・ミュージックの“スタイル”なんでしょうね。
TRILL DYNASTY もう、遊びの延長線上みたいな感じだよね、正直(笑)。あと年々サブジャンルが増えていくのは、はやっている証拠だと思いますね。
Pulp K エモ・ラップ、ロック/パンク系、ハイパー・ポップなど枝分かれし過ぎて、ひとくくりにするのが難しくなってきたという感じです。というか、どんな上モノにもTR-808系のドラムを乗せればトラップ・ミュージックになっちゃうので、そういった意味ではトラップ・ミュージックっていろんな音楽を吸収していけるジャンルだからすごいなと思います。
Lil'Yukichi 最近は、プラグイン一つでかなりアレンジできるエフェクトが増えましたよね。制作ペースが早いのは良いことですが、個性を大切にしたビート・メイキングを心手掛けたいです。