ヴィンセント・ギャロ 発掘interview 【後編】 ~ WARPレコーズ特集

「金さえあればビンテージ機材は買えるけど、伝統的な録音方法を理解するのはずっと難しい」 (ヴィンセント・ギャロ/2001年インタビュー)

[この記事は、サウンド&レコーディングマガジン2001年10月号のものです] Photo:Tatsuo Kusumoto Translation:Kaori Yoshida


>>前編より



ブランド名じゃなく、自分が本当に好きな音の機材を見つけなきゃいけない


■今やボーカルにピッチ補正を施すのが当たり前、という時代ですよね。


ギャロ  まったくバカげているよ。調子が外れていそうで外れていないという微妙なところが最も美しいところなのにね。すべてをきっちり調子を合わせるなんて、何の魅力もない。ピッチ補正を使ってレコーディングするなんて気がしれない。シンガーが音を探って微妙なところで歌っている、その人間的なせめぎ合いが美しいんだ。最近PJハーヴェイと仲良くさせてもらっているんだけど、彼女のニュー・アルバムに「Horses In My Dreams」という曲がある。唯一自宅の4トラックで録った曲で、この曲の彼女のボーカルは外れているんだけど、それは感情が入ってしまっているからなんだ。歌の魅力を発揮させる外れ方なんだよ。マドンナのように、常にピッチ補正を使ってレコーディングしているシンガーのアルバムなんて、全く愛着が湧かない。聴き手がその音楽の一部になることはできないんだ。


人間というのは、素晴らしくも不完全で、機械だって不完全なものもある。完璧なピッチの歌を生で聴くと確かに感動するけど、それはオーガニックなものだから。音楽というのはムードや感情を引き起こすものなんだ。それが伝わったときの衝撃は本当に大きいね。とにかく、現代の音楽業界が生み出したレコーディング文化というものが大嫌いなんだ。とても非クリエイティブで、とても非テクニカルな環境だと思う。テクノロジーというのは、機械を小型化したり、いろんな機能を凝縮したり、とにかく新しくしたりということでは無い。テクニックを理解し発展させることを意味しているんだ。


でも、1950年代に逆戻りしたいなんて思っていない。ノスタルジーにひたって人生を送りたくない。大体そのころ僕はまだ生まれていなかったし。過去はどうでもいいことなんだ。未来に生きたいんだけど、基本的な感覚を欠いた未来には生きたくない。僕は機材やツールを絶妙なバランスで使いたいんだ。簡単にできてしまう機材なんて興味無い。僕を参加させてくれるような機材しか使いたくないんだ。ロマンチックなようにも聞こえるけど、もっと奥が深いんだ。


■ただ古い機材を使うというだけでなく、伝統的なスタイルでレコーディングするということが大切なんですね。


ギャロ  その通り。昔の音を再現しようと思ってビンテージ機材を買いそろえる人がいるけど、結局、機械の問題じゃないんだ。例えば、単純な機構のテープ・マシンでも、僕は自分が求めているサウンドを作り出せる。それがどんなサウンドかを、僕自身がよく理解しているからだ。レコーディングの問題というのは、自分のサウンドを理解して聴き分けることができないという点にあると思うんだ。ちゃんと聴き分けられる耳がまず必要だ。


例えば、TELEFUNKEN ELAM 251は確かに素晴らしいマイクだ。それは間違いない。でも今回のレコーディングでは、もっとちゃちなマイクをボーカル録りに使ったりもした。適切なEQ、適切な録音レベル、適切なマイクプリ、そして適切なテープ・マシンのサウンド、そういった要素を正しく組み合わせれば、魂の込もった究極のレコーディングが実現できるんだ。もし、それが聴き分けられないのであれば、どんなコンビネーションのサウンドも聴き分けることができないだろう。


よく、特定の機材を指して音が良いとか悪いとか言っているけど、全体として何が起こっているのか理解できないでいることが多いんだ。もし、APIかNEVEかTASCAMのコンソールにEQをかけないでマイクをつないで音を出したら、どのコンソールの音か、ほとんどの人が聴き分けられないと思う。そういう聴き方を訓練してこなかったからね。だから、ブランド名につられて機材を買ってしまうんだ。雑誌のレビューを読んで買ってしまったりね。"ジョン・ボーナムが使っていた"とか"エアロスミスが使っていた"という言葉につられて、安易に買ってしまう。本当は、自分で自分の好きな音を出す機材を見つけなければいけないんだよ。


■機材やエンジニアリングに関する知識は、独学で身につけたのですか?


ギャロ  そうだね。自分であれこれレコーディングするのが好きで、これまでかなりの時間を費やしてきているからね。もちろん、人に聞いたり、本も読んだりしたけど、基本的には実践で身につけた。繰り返し音を聴いて、失敗も何度もしながら。僕は優れたテクニシャンではないから、たくさんの知識や技術を身につけるまでには相当な苦労をしてきたよ。良いテクニシャンではないかもしれないけど、僕は良いメカニックだと思っているんだ。そこでカバーしているようなものだね。


■アルバムではすべての楽器を1人で演奏したとのことですが、例えば「I Wrote This Song For The Girl Paris Hilton」で聴こえるビブラフォンも自分で演奏しているのですか?


ギャロ  あれはMellotronなんだ。ピッチ・コントローラーとボリューム・ペダルを使っているから、あまりMellotronらしく聴こえないだろう。かと言ってサンプルやループのように聴こえない、とてもオーガニックなサウンドになっている。注意深く聴いてみると、RFノイズが聴こえると思うよ。レコーディングの日にMellotronがすごくノイズを出していたからね。でも、逆に良い感じの雰囲気で録れたと思っているんだ。本物のビブラフォンも演奏できるけど、残念ながらそれほどうまくない(笑)。




演奏よりもミックスのときの方が、エモーショナルになっていたよ


■「A Picture Of Her」のドラム・サウンドは特に素晴らしいです。


ギャロ  オーバーヘッドにAKG C12を1本、バスドラの前にTELEFUNKEN ELAM 251を1本立てた。スネアの上にはタオルを敷いた。ドラム・セットは1940年代のアンティークなんだ。ヘッドフォンをかけてドラムをチューニングしたり、マイクの位置を調整したりしていた。僕は普通のドラムのたたき方はしないんだ。そんなに強くたたかないし、時々手でたたいたり、リムのところだけたたいたりする。すごく下手だよ。自分はスゴいドラマーだと想像して思うままにたたいただけだった。そしてテイクは1回だけ。


アルバムに入っている演奏はほとんどワン・テイクだ。10分くらい演奏し続けて、その中の良い部分だけを使うという感じだね。よっぽど気に入らないところがあったら、テープを切って曲ごと短くしてしまうんだ(笑)。「A Picture Of Her」のドラムも99%はクズだったけど、40秒だけいい部分があったから、そこだけミックスのときにレベルを上げた。あのプレイを再現するのは不可能だ。だからライブで期待されても困っちゃう(笑)。


■「Apple Girl」のボーカルはいかにも複数のテイクを切り張りしたような感じですが?


ギャロ  あの曲ではボーカルを3テイク別々のトラックに録って、それらを繰り返し聴いてチャートを作ったんだ。どのトラックのどの部分が一番良い歌い方をしているかを、単語ごとに区切って書き出していった。そしてミックスのときに、チャートに従って3つのトラックを入れたり切ったりしていた。その跡が結構はっきり残っている。3つのマイクともノイズのレベルが違ったし、微妙に違うEQをかけていたしね。


注意深く聴いていれば、ボーカルのノイズが少しずつ変化しているのが分かると思う。それぞれのチャンネルを切り替えるときにボリュームを上げ下げしているのもよく分かる。でもその辺がすごく気に入っているんだ。ミックスこそが僕の見せ場だね。レコーディングは特に何も気にせず、さっさと片付けた感じだったけど、ミックスにはすごく感情を込めた。曲を演奏しているときよりミックスの方がエモーショナルになったね。すごく集中したエモーショナルなミックスだよ。


■コンプやEQもミックスのときに?


ギャロ  いや、録りのときにかけることが多いね。アウトボードからテープに直接録音すると、ハーモニクスと原音のコンプレッションが自然な感じで混ざるんだ。これもEQやリバーブ、コンプの度合いを自分で見計らってやらなければならない細かい作業だけどね。でも、結果は素晴らしい。プレゼンスが高まるんだ。僕はノイズ・リダクションを使わないから、ミックスのときにノイズをカットするためにときどきEQをかけたりしていたけどね。初期のAMPEXはノイズとヒスがすごく多いんだ。それをカットするためにPULTECのEQをフィルター代わりに使うんだ。それでもオープンな印象を損なわないからすごいよね。


■音が鳴っている空間の作り方が独特な感じがするのですが、特に意識していることは?


ギャロ  それはとてもいい質問だね。レコーディングの場所にこだわる人はたくさん居る。でも実際には、音楽の歴史において良いサウンドが鳴る部屋というのは本当に数えるほどしかないと思う。僕は個人的に、マイクをすごく近付けてレコーディングするのが好き。部屋や空間を無視してしまいたい方なんだ。僕のレコーディング・テクニックは、空間を排除してしまうこと。空間というのは、音楽を演奏するのに居心地いい環境を与えるためのもので、サウンドに何か効果を与えるものでは無いと思っている。僕はマイクの音が好きなんだ。部屋の音ではなくて。


■ところであなたはビンテージ・オーディオのコレクターでもあるそうですね。日本の業者からもいろいろ買っているという話を聞いたのですが。


ギャロ  レコーディング機材に関してはアメリカにはかなり良質のものがゴロゴロしているけれど、ハイファイ・オーディオに関しては、日本は世界のトップだろうね。日本人のオーディオ・コレクターとは10代のころから付き合いがある。僕のコレクター仲間でも、一番の親友たちはみんな日本人なんだ。ニューヨークにある日本の書店で、日本のオーディオ雑誌をいつも買っていた。必ずビンテージ機材に関する広告が少し載っていて、それを見て日本のショップとコンタクトを取り、ずっと取り引きしてきているんだ。


■そして、このスタジオの録音機材も増え続けているんですね。


ギャロ  金さえあればだれだってビンテージ機材を買うことはできる。でもさっきも言ったように、伝統的な方法でのエンジニアリングやレコーディングを理解するのは、機材をただ集めることよりずっと難しいんだ。そして覚えておいてほしいのは、僕はモダンな作品を作りたいと思っているということ。モダンな感覚でね。ただ、レコーディングの作業により深く参加できるような機材を選んでいるだけなんだ。作品に対して責任と愛情を感じさせてくれるような機材をね。



When.jpgVincent Gallo 『When』


この商品を「Amazon」で買う
この商品を「iTunes」で買う