ミックスコンテスト2024題材曲「MIRAGE」の音作りを手掛けたエンジニア向啓介 × Emeraldインタビュー

ミックスコンテスト2024題材曲「MIRAGE」の音作りを手掛けたエンジニア向啓介 × Emeraldインタビュー

特に上モノは“エフェクトの緩急”でストーリーを付けていきました

同一曲を複数のエンジニアにミックスしていただき、その個性や音作りの手法を深掘りする企画“ミックスパラレルワールド”。今回の題材曲は6人組バンドEmeraldが2019年にリリースした「MIRAGE」だ。ここでは、原曲のレコーディング、ミックス、マスタリングを手掛けたエンジニアの向啓介と、Emeraldのメンバーでミックスのディレクションに関わった藤井智之(写真左)、磯野好孝(写真右)から、「MIRAGE」の音作りについて話を伺った。本企画内で実施するミックスコンテスト2024に参加する際や、各エンジニアのミックスレポートを読む際に、参考にしていただければ幸いだ。

 題材曲 

Musician:中野陽介(vo、g)、藤井智之(b、cho)、磯野好孝(g)、中村龍人(k)、高木陽(ds)、藤井健司(prog、syn)、えつこ (cho/DADARAY、katyusha)、ユースケ(g/TAMTAM)、松崎和則(ASax)
Producer:藤井健司
Engineer:向啓介
Studio:世田谷REC、プライベート

バンドサウンドに打ち込みの要素を交ぜる

——向さんがEmeraldの楽曲を初めて手掛けたのが「MIRAGE」ですね。向さんに頼もうと思ったきっかけについて教えてください。

磯野 音楽ユニットのshowmoreが「circus」という曲を向君にミックスしてもらったら、それがめちゃめちゃハマって、そこから今でも一緒にやっているという話を聞いて、紹介してもらいました。向君が作る音像が好みでしたし、人柄も良いからコミュニケーションがしやすくて、こういう関係値の人と一緒に音作りするのが一番いいんじゃないかなと思ってお願いすることにしました。

藤井 特にドラムが、自分たちが今まで作ってきたものとは全然違う音像で、スネアやハイハットが“スパーン!”とキレよく抜けてくる。音に立体感があっていいなと思ったのを覚えています。

磯野 すっきりしているけどガッツがあるんです。それまでの僕らのドラムサウンドはいわゆるバンドらしい音だったので、方向性を少し変えたかったんですよ。

 Emeraldの過去の作品がすごく好きで聴かせてもらっていたのですが、僕を起用してもらったとき、今までとは違うサウンド感を期待されているんだろうなと思って。当時は僕もバンドサウンドに、ヒップホップやネオソウルなどの要素を交ぜていくということを研究していました。いかに普通のバンドサウンドから、今録る意義があるものにしていくかっていうことが重要だと考えていたんです。「MIRAGE」のデモを聴いたときも、“打ち込んだものを生でたたいている”という印象を受けたので、そこをいかにハイブリッドなものにできるかというのは、録りの段階から意識していました。ドラムのチューニングからいろいろと提案させていただいて、ドラムを布やテープなどでミュートしたり、毛布を下に敷いたりすることで、打ち込みの“音が止まる感じ”を再現していましたね。さらに、モニターの返しでもプレイが変わると思っているので、ドラムのモニターミックスにはゲートプラグインのSoftube dyna-miteをがっつりかけて“ビートミュージックを演奏している”という意識を持ってもらえるようにしました。dyna-miteはほかのゲートよりも音楽的なかかり方をするように感じています。ミックスにおいても、キモとなるのはゲートの使い方だと思っていて、ドラム全体をdyna-miteを入れたバス、入れていないバスの両方に送り、dyna-miteを入れたバスではガッツリと余韻を切ってしまいます。この両者のフェーダーバランスで、ドラム全体の音のタイトさを調整しています。

「MIRAGE」のドラム録りのときの様子

「MIRAGE」のドラム録りのときの様子。ドラムは、Pearl MXシリーズ、YAMAHA MSD1465(スネア)を、シンバル類は、Istanbul Agop ART20 HI-HAT 14"、MINEL Byzance Extra Dry Series 19"、SABIAN B8 PRO O-Zone Crash 16"、TURKISH Millennium Series 21" Ride TU-MI21Rを使用している。キックは中をAudio Technica ATM25、外をElectro-Voice N/D868で収音し、サブキックも使用。スネアはトップ、ボトムともにSHURE SM57、タムはAKG D 112を設置している。「D 112は一般的にキックに使うマイクなのですが、タムの深さ、豊かさを録りたくてタムに使用しました」と向。ハイハット、ライド、アンビエンスはAKG C 451EB、トップにはNEUMANN U 89 iを採用している。U 89 iは落ち着いた音でなじみがよいとのこと
撮影:松尾守

ゲートプラグインのSoftube dyna-mite

ゲートプラグインのSoftube dyna-mite。画面はドラムのモニターミックスにかけたものだが、ミックスのときにも使用していて、ドラム全体を、Dynamiteを入れたバスと入れていないバスに通し、その交ぜ具合で音のキレを調整している

——完全に打ち込みでビートを作るのではなく、バンドサウンドにその要素を入れ込む必要があったのですね。

藤井 当時は特にですが、Emeraldのメンバーは基本的に生で演奏するのが好きで、バンドというアイデンティティを大事にしているんです。あくまでそこを軸に考えていくというスタンスが多いかなと思います。

 「MIRAGE」のレコーディングのときに僕が感じたのは、“人間が演奏することによる揺らぎ”みたいなものへのこだわりです。特にライブではマニュピレートも行う健司さんが特徴的だと思ったのですが、ライブのときには音を同期で流せばいいところを、わざわざ分解してAbleton Liveで演奏されるし、録音のときも、デモのシンセをクリックと一緒に流せばいいのに、毎テイクLiveで演奏されていたんですよ。これは相当めずらしいと思いましたね。

藤井 兄はそのこだわりがあるからこそEmeraldに加入したんです、過去に見てきた海外のアーティストなどのライブを見ると、パッドをたたいて演奏していることが結構多くて。生で合わせるっていうことがかっこいいんですよね。

SSL系プラグインでソフトシンセの音をなじませた

——ギターは磯野さん、中野さん、サポートメンバーのユースケさん(TAMTAM)の3本が録音されていて、シンセも入れたら上モノがかなり多いですよね。

藤井 ユースケにも演奏してもらうというのは、自分の中の決め事になっています。Emeraldのメンバーもユースケも、それぞれ別の観点を持っていて、それが合わさることでかけ算的によくなると思っているんです。

 ただ、めちゃめちゃ上モノがあるので、ミックスのときに智之さん(藤井)が取捨選択をしてくれないと困ります(笑)。いろいろな成り立ち方ができちゃう曲だから、監督をしていただかないと完成させるのは難しいです。

藤井 これまでEmeraldの楽曲のミックスに関わってくださったエンジニア、山下大輔さん、葛西俊彦さん、向君の3名全員から「これは一体何をどう出すのが正解なんだ」と言われましたね(笑)。「MIRAGE」については、縦のリズムも意識したいからギターを多めに出してほしいこと、陽介さんの歌がつぶれやすくなるから、ローを出し過ぎたくないといったことを伝えました。

 ギターにピントが合っていて、そこをシンセが埋めていくようなイメージでしたね。特に上モノは主役となるパートを入れ替えたり、サビとAメロでリバーブの送り量を変えたり、EQやパンですみ分けしたり、エフェクトの緩急でストーリーを作りました。また、健司さんはソフトシンセで音色を作るので、バンドサウンドと若干混ざりが悪くて。そこであえてUNIVERSAL AUDIO SSL 4000 E CHANNEL STRIPで−20dBのPADスイッチを押してプラグインに送るレベルを一旦下げ、それをプラグイン内でまた持ち上げてみたところ、卓を通したときのようなアナログ感のあるひずみができました。この手法はこの曲をミックスしたときに発見しましたね。

向啓介のプライベートスタジオ

向啓介のプライベートスタジオ。モニタースピーカーはAVANTONE CLA-10で、スピーカーアンプはAVANTONE CLA-100を使用している。オーディオインターフェースはAPOGEE Symphony Desktopで、DAWはAvid Pro Tools。デスク奥に見えるヘッドホンはShure SRH1840で、ヘッドホンアンプGrace m900と一緒に使用しているとのこと。写真左手前に見えるのはMIDIキーボードNative INSTRUMENTS KOMPLETE KONTROL A49で、デスク右手前に見える2台のヘッドホンはAKG K 272 HD

ボーカルの世界観を生かすための処理

——中野さんのボーカルはどんなチェインで録音して、ミックスをしたのですか?

 陽介さんの声は唯一無二で、透明感と都会の憂いを感じるんです。その世界観をできるだけ残したかったので、真空管独特のセクシーさがありながらも太くなりすぎないマイクNEUMANN M 149 TubeをMANLEYのプリアンプに通しました。ミックスのときにはチャンネルストリップのUNIVERSAL AUDIO api VISION CHANNEL STRIPを使っていて、これは音が明るくなりすぎないようにしたかったから。ほかのEQなども、同じように明るくなりすぎないものを選んでいます。また、ボーカルの質感でキモとなったのはパラレル処理です。僕はボーカルを複数のトラックに送り、そのトラックのフェーダーの上げ下げで質感を調整するのが好きで、このときは3つのプラグインでパラレル処理を行いました。1つ目は、McDSP 6050で、ボーカルを立たせるために入れています。2つ目はWAVES Doubler。倍音がちょっとずれることで、奥行きや豊かさを生み出しています。ダブラーは、メインのトラックにインサートするとなんとなく劣化する感覚があるのと、モノラルトラックがステレオトラックになってしまうので、芯がなくなってしまうように感じていて、あくまでメイントラックからセンドしてかけるというのが、僕の中ですごく大事になっています。そして、3つ目はプレートリバーブUNIVERSAL AUDIO UAD EMT 140。一般的なセンドの送り量で調整するよりも、パラレル処理をするとリバーブへの入力段でゲインが高めになるため、内部処理での解像度が上がり、音の密度も上がります。さらに少しひずみ感も足されるので、それが“つやっぽさ”につながるんです。

「MIRAGE」のボーカルは、NEUMANN M 149で収音

「MIRAGE」のボーカルは、NEUMANN M 149で収音。MANLEYのプリアンプに通し、コンプレッサーUREI 1178で軽くピークをたたいたという。写真に写るヘッドホンは、AKG K 272 HD
撮影:松尾守

ボーカルのパラレル処理に使用したプラグイン

ボーカルのパラレル処理に使用したプラグイン。左はボーカルを際立たせるためのチャンネルストリップMcDSP 6050。右上は奥行きや豊かさをもたらすWAVES Doublerで、右下はプレートリバーブUNIVERSAL AUDIO UAD EMT 140。ボーカルにまとわりつくようなリバーブで声のツヤやセクシーさを際立たせる

藤井 今回いろいろな話を聞いて思いましたが、やっぱり僕らは天才集団じゃないので、向くん含め、いろいろな人に知恵をいただいて曲を作ってますね。

磯野 そういうのが楽しいよね。DAWやプラグインが進化してきていて自分でミックスするアーティストも増えてきているけど、エンジニアの方にミックスをお願いするのって、技術や知見をいただくのはもちろん、コミュニケーションを取って一緒に曲を作っていくことが目的の一つだよね。

——ミックスはコミュニケーションも大事ですよね。

磯野 エディットとミックスって違うんでしょうね。でもどこかミックスにエディットという側面を期待するところもあって。一緒に物作りをする楽しさもあるけれど、誰かがこの曲を聴いて、受け取った感覚をそのままにエディットしたら、それはそれでめっちゃ面白いかもしれないと思う。自分が作ったものを、誰かが全く違う解釈でエディットしたらどんな世界が見られるのかっていうのも気になるので、そういう意味で、今回の企画を通してほかのエンジニアの方々や読者の方々のミックスが聴けるのは楽しみですね。

——最後に向さんから、ミックスコンテストへ参加する読者の方々に向けてへ一言お願いいたします。

 人によって異なるのが、“楽曲のストーリーをどう組み立てていくのか”という部分だと思うので、どうやって自分なりの解釈でストーリーを作るかを意識してもらいたいというのが一番ですね。後は中野さんの歌が、はかなさや繊細さ、芯の強さなど、いろいろな要素が同居しているサウンドだと思っているので、そこを引き立たせてくれるようなミックスを僕は期待しています。


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5人のエンジニアによる題材曲のミックス音源、ミックスコンテスト用の音源素材のダウンロード方法はこちらのページで!(音源ダウンロード期限:2024年3月25日まで)