牛尾憲輔『チェンソーマン』劇伴インタビュー〜田渕ひさ子の参加やAIプラグイン開発などサウンドトラック制作を語る

牛尾憲輔『チェンソーマン』劇伴インタビュー〜田渕ひさ子の参加やAIプラグイン開発などサウンドトラック制作を語る

2022年10月から放送され、話題を呼んでいるTVアニメ『チェンソーマン』。作品にさらなる躍動感や深みを感じさせるのが、ソロ・プロジェクトagraphの活動でも知られる作曲家、牛尾憲輔が作り出す劇伴の存在だ。agraphの制作にも使われている牛尾のプライベート・スタジオを訪問し、本人へインタビューを敢行。ギタリスト田渕ひさ子の参加や、TVアニメならではのミックスの苦難と挑戦、国境を越えたAIプラグインの開発に至るまで、制作の熱量を感じるエピソードが多く語られた。

About『チェンソーマン』

『チェンソーマン』ⓒ藤本タツキ/集英社・MAPPA

ⓒ藤本タツキ/集英社・MAPPA

 『チェンソーマン』は、『少年ジャンプ+』(集英社刊)で連載中の、藤本タツキ原作によるアクション漫画。“チェンソーの悪魔”ポチタと契約した主人公のデンジが、悪魔の心臓を持つ“チェンソーマン”となることで、物語が展開していく。

 2022年10月からはテレビ放送が開始し、Amazon Primeをはじめ、各種配信サービスでも見ることができる。また、オリジナル・サウンドトラック『Chainsaw Man Original Soundtrack Complete Edition - chainsaw edge fragments - 』が1月25日に発売となった。

イメージ・アルバムを作って提案した

TVアニメ『チェンソーマン』の劇伴を手掛けることとなった経緯を教えてください。

牛尾 以前劇伴を担当したTVアニメ『ピンポン』(2014年)の制作チーム経由で連絡が来たのが最初でした。まず自分にできることがあるか考えながら『チェンソーマン』の原作を拝読して、挑戦したいことがあると思ったので担当させていただくことにしました。『チェンソーマン』って、毎ページのように人が死ぬし、仲間だと思ってた奴らが主人公のことを殺そうとするし、すごく良い意味で“めちゃくちゃ”なんです。なので音楽も“めちゃくちゃ”にしようという発想から始めました。

初期段階ではどのような資料を参考に作るのですか?

牛尾 このプロジェクトでは、まず2021年6月に発表したトレーラーを作ったので、そこで“こういう作品になる”というフォーカスを音響チーム皆で合わせました。方向性としてノイジーな曲、エモい曲、戦闘曲が必要だと分かったので、“めちゃくちゃ”というコンセプトに基づいて、このトレイラー楽曲をベースにした10分くらいのイメージ・アルバムを作って“こういう感じにしたい”と提案し、それを元に進めました。

楽曲制作はどのように進めたのでしょうか?

牛尾 コンセプトに基づいて、めちゃくちゃにする手法をたくさん考えて、曲ごとに当てはめていきましたね。ディストーションを得られる機材を選んで、音楽的なひずみ方なら実機のNEVE 31102、もっとぐちゃぐちゃにする場合はIZOTOPE Trash 2のパッチを幾つか作ったり、STEINBERG Cubase付属のDaTubeやQuadrafuzz V2で作ったひずみをドラムや各楽器にかけて、さらにチョップやグリッチして、すごく細かくやる手法が一つ。あとは、入ってきた音をぐちゃぐちゃにシャッフルするCYCLING '74 Maxプラグインをプログラマーの方と一緒に作ったのが一つ。そして最後がSONY CSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)フランス・チームとのAI共同開発。ドラムとチェンソーの音を同時に学習して、その間の音を出すAIを開発しました。

STEINBERG Nuendoで作成した収録曲のプロジェクト画面の一部。トラック64以降にはエレキギターのトラックが並ぶ。その上部のトラックにはキックやスネア、シンバルなどのドラム・トラックがあり、画面下部に表示されたエディット画面を見ると、それぞれの素材を細かく切り刻んで使われているのが分かる

STEINBERG Nuendoで作成した収録曲のプロジェクト画面の一部。トラック64以降にはエレキギターのトラックが並ぶ。その上部のトラックにはキックやスネア、シンバルなどのドラム・トラックがあり、画面下部に表示されたエディット画面を見ると、それぞれの素材を細かく切り刻んで使われているのが分かる

『チェンソーマン』劇伴のためにAIを開発したんですか!

牛尾 CSLには、以前からFlow MachinesというAIプロジェクトにアドバイザーのような形で参加していたんです。チェンソーの音を使おうとすると単なる効果音になりがちだったので、CSLに相談したらサンプルを学習してドラムの音をどんどん作っていくAIを開発しているパリのチームを紹介してもらって。学習データのドラムの中に、効果音集に含まれるような何時間ものチェンソーの音を足してもらったんです。その学習データをベースにチェンソーの音だけどドラムの音になるような“ChainsawGAN”というソフトを作りました。GANは“敵対的生成ネットワーク”という意味で、1つのAIが音を作って、審判のAIが良い悪いを決め続けることで、ドラムとチェンソーの間の音を永遠に作り続けるんです。ChainsawGANは生成した音をキー・アサインできるので、グリッチしたドラム・パターンをトリガー・プラグインでMIDI化して、そのMIDIをAIで鳴らしてできるチェンソーのような音のブレイクビーツをレイヤーしていきました。

SONY CSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)フランス・チームと牛尾が共同開発したAIプラグイン、ChainsawGAN。ドラムとチェンソーの間の音を生成していく。これをキー・アサインし、レイヤーして使用したという

SONY CSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)フランス・チームと牛尾が共同開発したAIプラグイン、ChainsawGAN。ドラムとチェンソーの間の音を生成していく。これをキー・アサインし、レイヤーして使用したという

EMS Synthi Aで作るオーガニックな揺らぎ

あらためて、牛尾さんの制作環境を教えてください。

牛尾 自作のWindows機にSTEINBERG Nuendoをインストールしています。モニター・スピーカーはDSP内蔵のDUTCH & DUTCH 8Cで、オランダから取り寄せました。壁までの距離を入力し、反射を利用してウルトラカーディオイドな音場を作るので、小さいスタジオでもインストールしやすいんです。また、後ろにサブウーファーが付いていて2.2chのスピーカーになるので、映画音楽で使える低音が作れます。オーディオI/OはRME HDSPe MADI FXで、ANTELOPE AUDIO Orion32+とSOLID STATE LOGIC XLogic Alpha-Link MADI AXをMADI接続して、56chのアナログ入出力を可能にしています。エフェクト、モジュラー・シンセ、シンセが全部直でつながっていて、ハードウェア・インサートできる環境です。また、Fireface UCXをモニター・コントローラーとして使用していて、HDSPe MADI FXとAES/EBU接続し、8CへもAES/EBUでデジタル接続しています。

モニター・スピーカーはオランダから直輸入したというDSP内蔵スピーカーのDUTCH & DUTCH 8Cを採用。DAWはSTEINBERG Nuendo。ヘッドフォンはAUDIO-TECHNICA ATH-R70Xで、石野卓球とそろえ、電気グルーヴのプロダクションのときに同じモニターができるようにしているという

モニター・スピーカーはオランダから直輸入したというDSP内蔵スピーカーのDUTCH & DUTCH 8Cを採用。DAWはSTEINBERG Nuendo。ヘッドフォンはAUDIO-TECHNICA ATH-R70Xで、石野卓球とそろえ、電気グルーヴのプロダクションのときに同じモニターができるようにしているという

ラック上はパッシブEQのMANLEY Massive Passive Stereo Equalizerで、ブースト方向のEQやピアノの音作りなどに使われている。ラック2段目のアナログ・シーケンサーSND SAM-16 Sequential Analogue Memoryは、MIDIで1ステップごとにコードを入れてポリ・シーケンサーとして活用

ラック上はパッシブEQのMANLEY Massive Passive Stereo Equalizerで、ブースト方向のEQやピアノの音作りなどに使われている。ラック2段目のアナログ・シーケンサーSND SAM-16 Sequential Analogue Memoryは、MIDIで1ステップごとにコードを入れてポリ・シーケンサーとして活用

ラック内の左上がベースに使用するシンセSTUDIO ELECTRONICS MIDIMini。そのほかリバーブLEXICON PCM 70やマイクプリAUDIENCE ASP008、コンプのUNIVERSAL AUDIO 2-LA-2、UREI 1178などが並ぶ

ラック内の左上がベースに使用するシンセSTUDIO ELECTRONICS MIDIMini。そのほかリバーブLEXICON PCM 70やマイクプリAUDIENCE ASP008、コンプのUNIVERSAL AUDIO 2-LA-2、UREI 1178などが並ぶ

EQのNEVE 31102×2。低域の量感を作るほか、ひずみを付加する際にも活用した

EQのNEVE 31102×2。低域の量感を作るほか、ひずみを付加する際にも活用した

ソフト音源はどのようなものを使われましたか?

牛尾 劇伴なのでNATIVE INSTRUMENTS Kontaktとそのライブラリーは多く使っていて、HEAVYOCITYなどが多いです。シンセはREVEAL SOUND Spire、U-HE Hive 2、Repro-1、Repro-5、VENGEANCE SOUND VPS Avengerなど。ベースはMOOG系ならSOFTUBE Model 72 Synthesizer System、NATIVE INSTRUMENTS MonarkかSTUDIO ELECTRONICS MIDIMiniの実機、それ以外ならRepro-1かSEQUENTIAL Pro-Oneの実機どちらか。ドラムは基本サンプルですが、キックはD16 GROUP Punchbox / Bass Drum Synthesizerを足して使っています。

制作に使用されたソフト・シンセVENGEANCE SOUND VPS Avenger。ノコギリ波をベースとした音色作りがされているのが見て取れる

制作に使用されたソフト・シンセVENGEANCE SOUND VPS Avenger。ノコギリ波をベースとした音色作りがされているのが見て取れる

牛尾がシンセ、シンセ・ベースとして使用したU-HE Repro-1。シンセ・ベースには、実機のSEQUENTIAL Pro-Oneを使用することもあるという

牛尾がシンセ、シンセ・ベースとして使用したU-HE Repro-1。シンセ・ベースには、実機のSEQUENTIAL Pro-Oneを使用することもあるという

制作に使用したソフト・シンセの一つであるU-HE Hive 2。この画面は、GUI/サウンド・デザイナー吉松悠太氏による公式スキン“Izumo”での表示となっている

制作に使用したソフト・シンセの一つであるU-HE Hive 2。この画面は、GUI/サウンド・デザイナー吉松悠太氏による公式スキン“Izumo”での表示となっている

ハードウェアのシンセも多数お持ちですよね。

牛尾 デジタルっぽいベースやキャラクターが必要なポリフォニック・シンセの音には、WALDORF Quantumをかなり使っていますね。サンプルをインポートしてグラニュラーしたりできるので、チェンソーの音をWAVで取り込むとそれっぽいギザギザした音が出てくるんです。ノイズ・シンセはEMS Synthi A、SOMA LABORATORY Enner、FLOWER ELECTRONICS Jealous Heartですね。Synthi Aはスプリング・リバーブと内蔵スピーカーの位置が近いので、スピーカーの音量を上げるとスプリング・リバーブがフィードバックしちゃうんです。でもその音がすごく良くて、コンピューターの中だけで作るノイズ・ミュージックと全然違うオーガニックな揺らぎを作れます。音楽の下に敷いたり、キャラクターがある音を作るのにすごく良かったです。

牛尾が使用するシンセ類。右上から、SEQUENTIAL Prophet-5、WALDORF Quantum、YAMAHA S90。左には、ROLAND TR-808やSEQUENTIAL Pro-Oneがセッティングされている

牛尾が使用するシンセ類。右上から、SEQUENTIAL Prophet-5、WALDORF Quantum、YAMAHA S90。左には、ROLAND TR-808やSEQUENTIAL Pro-Oneがセッティングされている

NATIVE INSTRUMENTSの創始者ステファン・シュミットが開発した2オシレーターのデジタル・シンセNONLINEAR LABS C15。ステファン本人の面接を経て購入したといい、牛尾は主にソロ活動で使用している

NATIVE INSTRUMENTSの創始者ステファン・シュミットが開発した2オシレーターのデジタル・シンセNONLINEAR LABS C15。ステファン本人の面接を経て購入したといい、牛尾は主にソロ活動で使用している

ノイズ生成に使ったシンセ。EMS Synthi A(写真右)、FLOWER ELECTRONICS Jealous Heart(同左上)、SOMA LABORATORY Enner(同左下)

ノイズ生成に使ったシンセ。EMS Synthi A(写真右)、FLOWER ELECTRONICS Jealous Heart(同左上)、SOMA LABORATORY Enner(同左下)

ほかにハードウェアはどのようなものを?

牛尾 8話の銃撃シーンで流れるピアノ・ソロの曲は、SONYのカセット・レコーダーTCM-450を使いました。本来、高齢者の方が落語などをゆっくり聴くために再生スピードが変えられるようになっていて、内蔵マイクはセリフ用だから高域も低域もごっそり無く、小さい音を聴くためにコンプで強くつぶすので、面白い音になるんです。アレンジャーのピアニストに弾いてもらったフレーズをモニター・スピーカーで鳴らして、それをTCM-450で録って再生速度を落とすことで、音高がよれてハイも無い感じを出しました。

カセット・テープ・レコーダーSONY TCM-450。再生スピードの調整が可能なため、牛尾は本機で録音→ピッチ変更をして音高がよれてハイが無いピアノの音色を得たという

カセット・テープ・レコーダーSONY TCM-450。再生スピードの調整が可能なため、牛尾は本機で録音→ピッチ変更をして音高がよれてハイが無いピアノの音色を得たという

モジュラー・シンセ群。右端に収納されたMOOG 1630 Bode Frequency Shifterは、非常にレアなピッチ・シフターで、牛尾は2台所有

モジュラー・シンセ群。右端に収納されたMOOG 1630 Bode Frequency Shifterは、非常にレアなピッチ・シフターで、牛尾は2台所有

田渕さんのギターを細かくエディットしたリミックス

エモーショナルな曲でピアノが遠くで聴こえるような音作りも印象的でした。

牛尾 フォーカスしているのはノイズの部分です。ハンマー・ノイズを作り込むために幾つかレイヤーしたり、場面によって変えたりしながら、UNIVERSAL AUDIO UADプラグインのOcean Way Studiosとかのルーム・リバーブで少し遠ざけると、ほこりをかぶった練習室の奥にピアノがある、みたいになるんです。そういうふうに空間の奥行きがあると、チェンソーマンの悲劇的なシーンはよりエモーショナルになってくれると思いました。それは今まで培ってきたことを反映できたなと思います。

今回、田渕ひさ子さんもギターで参加されていますね。

牛尾 テーマ曲「edge of chainsaw」のメイン・メロディを田渕さんに弾いてもらいました。ミックスは渡辺高士さんです。

田渕さんへはどのような形で依頼したのですか?

牛尾 プラグインでギターを打ち込んでシミュレーションしていたデモを、田渕さんカラーを出しながらやってもらって、最後に“お好きにどうぞ”という時間を作って、めちゃくちゃフィードバック・プレイをしてもらいました。

すごく勢いがあってかっこいいサウンドですよね。

牛尾 やっぱり田渕さんは違いますね。一聴して分かる。かっこいいです。11話の最後で流れる戦闘曲「sword of hunter」は「edge of chainsaw」のリミックスで、田渕さんのギターをさらに細かくエディットしています。劇伴でのリミックスは良いですよ。シリーズの途中でノリに合うようにゼロから作るのは時間的に大変ですけど、リミックスだとできることも増えますし、効果的です。リズムやベースを作り直すリアレンジと言えるような作業ですが、僕の出自から言うと“リミックス”で、そういう仕事をしてきて良かったと思いました。

低域の量感を出すために上の帯域を細かく作る

テレビ放映用を意識したミックスはどのように?

牛尾 効果音とセリフで使う帯域があるので、それを避けたり、わざと避けなかったりしています。テレビはどうしても低域がロールオフしていくのですが、奥行きがあるハリウッド映画のようなスーパーローを鳴らせるように挑戦しました。一旦TVミックスみたいに低域を170Hzくらいまで極端にローカットして作ってみたり。制作現場で聴いてみて大丈夫そうでも、自分のスピーカーで聴くとローがスカスカで厳しかったりするので、その場合はローカットの帯域を60Hzくらいまで戻したりしました。音響チームがその挑戦を認めてくれたし、みんなそういう心意気でやってたので、面白かったです。

具体的にローはどのように出すのでしょうか?

牛尾 例えば、ハリウッド・ベースのサブローに特化したサンプル・ライブラリーがあって、それをテレビで奇麗に鳴らすにはウーファーの帯域をガッツリ切って、上の方の帯域に各種EQで存在感を作っていきます。低域の量感は実機31102やパッシブEQのMANLEY Massive Passive Stereo Equalizerで作り込んで、ローカットしても低域が量感を持つように上の帯域のEQを細かく作ることがキーでした。4kHz辺りは女性の声優の方のかわいさが出やすい帯域なので意識的に下げたり、男性の声優だともう少し下の帯域をなだらかに落としたりしています。あと、今回はブロックバスター映画で鳴り続けるようなドローン、テクスチャー・サウンドを多く使ったので、そういう全体の帯域が埋まるトラックは、セリフの入る帯域を削っています。サージカルなEQはFABFILTER Pro-Q3やSONNOX Oxford Dynamic EQをよく使いました。

空間作りはどのように?

牛尾 奥行きを出したかったのですが、ローをフォーカスしている上にガチャガチャした曲が多くて、幾つか重ねてキャラクターを立てないと全然鳴らなかったので、リバーブの作り方は苦心しました。リコールが多くなると思い、ハードウェアは使っていません。UADプラグインのOcean Way Studios、EMT 140 Classic Plate Reverberator、Lexicon 224 Digital Reverb、Lexicon 480L Digital Reverb And EffectsやLIQUID SONICS Cinematic Rooms、Cubase付属のREVerenceの中から二つぐらい重ねて、空間を作りました。豪華なリバーブの中で1個だけ汚れたモノラル・リバーブがあると映えるので、XLN AUDIO RC-20 Retro Colorで鳴らしたザラ付きのあるリムなんかはとても良かったです。

お客さんと作品の距離感を適切に保っておきたい

そのようにして制作した楽曲を、映像に当てていくのはどのような作業になるのでしょうか?

牛尾 映画だと画に合わせて曲を作るんですけど、TVアニメの場合、ギリギリまで映像の尺が出ないので曲を合わせられません。そこで使いやすそうな構成でお渡しして、選曲作業はアニメの音響制作にお任せします。ただ、早めに映像の尺だけでも出ていれば画に合わせて作ることもできるので、例えば、11話の最後の戦闘シーンは鉛筆書きの動画ファイルをNuendoに読み込んで、カットに合わせて曲のアレンジを変えていきました。具体的には、マキマさんがさっそうと帰るところからビートが始まって、シーンが移って(早川)アキ君の目線から沢渡(アカネ)の顔が見えるところでギターのフィードバックが入って……とシーンやカットに合わせてビルドアップしています。素材をフィルムに合わせてアレンジするのは効果的で、素材も絵もある状態だとTVシリーズでもそれができるんです。あとは、映像は音楽に合わせることを考えて作るわけではないので、4分の4拍子の曲でも2拍半しかない場面や、5拍ある場面などが出てくるので、そこを調整していくのが劇伴の面白く、また難しいところでもあります。

音が映像に与える影響もあると思うのですが、牛尾さんは映像と音のバランス感はどのように考えていますか?

牛尾 劇伴では、すごくパワーのある良い曲を書くことが必ずしも正解ではないんですよね。映像作品って実はものすごく音楽に頼っている部分があって、すごく大事な要素なんです。でも一方で、それは劇薬にもなる。過度に人の感情を導こうとするような泣ける美メロとかは危ないんですよね。もちろんそれが必要なシーンもあると思うんですけど、せっかく豊かな映像作品になっているのに、音楽で感情を決めつけちゃうとそれを狭めてしまう。僕は、感情を誘導する手すりみたいな曲よりは、あっちの方向は明るいから、空間があるのは分かるな、という照明みたいな曲がいいと思っています。豊かに受け取れるものがそのまま、あるいは1.1倍ぐらいになるように音楽を作ることを意識してます。具体的にはメロを書きすぎない、やりすぎない、押しつけすぎない、みたいなことです。お客さんと作品の距離感を適切に保っておきたいという気持ちがありますね。

戦闘シーンで緊迫感を出すための工夫はありますか?

牛尾 ボゥーンというゆっくりな音よりはドン!って鳴った方が攻撃的な気持ちになるように……攻撃的な音色って、実は一音で分かると思うんです。音色のセレクトである程度の指向性を持たせておくだけで示せることがあるので、メロを書きすぎないで済みます。戦闘曲は戦闘曲と一音で分かる方が僕は好きですね。「edge of chainsaw」は明らかにテンポが速いし、ドラムをドカスカやってて、めちゃくちゃなのは多分田渕さんのギターを抜いても分かると思います。ステム納品していて、ギター抜きでドラムだけで使われたりもするので、これだけが正解ではないと思うのですが、僕はそういうポジションを心がけるようにしています。

最後にサントラのお薦めの楽しみ方を教えてください。

牛尾 劇中では曲の要素を削って鳴らしたり、ほかの曲とくっついたりしているので、サントラでは、曲として100%の状態で受け取ってもらえたらうれしいです。シーンや作品を思い出して楽しんでもらえたらいいですね。いろいろ仕込んだことも分かるし、単体で聴いていい曲になるようにも作っているので、あなたの生活のサウンドトラックにぜひどうぞ。

Release

『Chainsaw Man Original Soundtrack Complete Edition - chainsaw edge fragments -』
牛尾憲輔
Sony Music Labels:KSCL-3346〜3347

Musician:牛尾憲輔(all)、田渕ひさ子(g)
Producer:牛尾憲輔
Engineer:牛尾憲輔、渡部高士(Disc1 M❶)
Studio:プライベート

関連記事