ラップのかっこよさをどうポップスにしていくか、ビート作りにも歌い方にもヒップホップの影響は強いです
2020年、Adoに楽曲提供を行った「うっせぇわ」が大ヒットした、ボカロP/シンガー・ソングライターのsyudou。独特な魅力を持つダークな世界観で多くの支持を集める彼が、6月28日に初めて自身の歌唱のみを収録した1stアルバム『露骨』をリリースした。TVアニメ『チェンソーマン』第5話のEDテーマ「インザバックルーム」など、これまでに発表した楽曲に加え、新曲も含む全14曲を収録。その制作手法や普段の制作環境について、詳しく話を伺った。
ループから膨らませて作曲する
——1stアルバムとなる今作『露骨』は、既に発表されている楽曲と新曲が合わさった、まさにsyudouさんの現在の集大成とも言える作品です。制作期間としてはいつ頃から?
syudou リリース順とは異なるんですが、最初に作ったのは「ギャンブル」だったと思います。2020年の秋なので、大体2年半~3年ぐらいかかったかなという感じです。
——1曲の制作にかかる時間はどのくらいでしょうか?
syudou 平均すると1カ月弱くらいです。どこで出そうとかもあまり考えず、コンスタントに作り続けてはいるはずなのですが、そう考えてみると遅いですね。3年あれば36曲はできているはずなんですけど、なぜか足りてない(笑)。楽曲提供も行ってはいますが、体感ほど曲ができてないかもしれないです。
——コンスタントに作り続けられるのは、ソングライターだからこそと感じます。
syudou 元々は、“音楽で食っていこう”みたいな感じの人間ではなかったんです。ずっと趣味で作り続けているという感覚もあって。癖みたいな感じなんだと思います。
——syudouさんの書く歌詞はパンキッシュな印象があり、多くの曲がマイナー調なのも相まって、暗さがありつつも高揚感があるという独自の世界観が構築されていると感じています。こういった曲調は意識的に作り出しているのですか?
syudou いろいろな思いはありますが、シンプルにそういった曲が好みなので作りやすいんです。2018年に「邪魔」という曲をリリースしたところ、多くの方々に聴いていただいて。それからは思っていることをちゃんと曲にするというのが軸になっていて、それが今も続いています。
——そもそも音楽に興味を持ち始めてから、最初に演奏するようになった楽器は何なのでしょうか?
syudou 最初はドラムです。家族が音楽好きだったので家に楽器はあったんですが、中学のときに吹奏楽部でドラムをやることになってから楽器を触るようになりました。ドラムをやってみたらほかの楽器にも興味が出て、家にあったアコギとかを触るようになったという感じです。
——音楽一家だったんですね。
syudou 昔はそれが嫌で。その環境で音楽やっちゃったら親が敷いたレールをまんま進む、みたいに考えていたんですけど、結果家族で一番音楽やってます。
——その考えがやはりパンク的だと思います。
syudou 本当は違うことをやりたかったんですが……。向いているとは思わないですけど、やっていて無理がないっていうのは正直なところです。後悔はないですが、別に音楽で食っていくことが正しいことだっていう考えはないです。恵まれていると思います。
——作曲のスタートはどこから?
syudou ギターの弾き語りから始めることも多いですが、あまりそれだけでもよくないなと。メロディでも何でもいいので種となるようなループをまず作って、それを膨らませて作っていることも多いです。歌詞は後から付けますが、その時点でも何となく出てくる。何となく出てきたものは極力生かすようにしています。
本チャンのボーカルはC-800Gで録音
——制作はプライベート・スタジオで?
syudou かっこよく言うとそうなんですが(笑)。自宅の一室って感じです。今の部屋には1年半ほど前に引っ越してきました。
——DAWは何を使っていますか?
syudou STEINBERG Cubaseです。周りで使用しているユーザーも多くて、何より使いやすい。ショートカットが完全に手になじんでいるので、今後も乗り換えないと思います。コンピューターはAPPLE iMacですね。
——オーディオ・インターフェースは?
syudou RME Babyface Pro FSを使っています。ボカロPのNeruさんがとても機材に詳しいので、機材のことはめっちゃ相談してます。コンパクトでシンプルなデザインなのが気に入っていますが、正直言って音の解像度的なところはあまり分かってないんです。自分自身、サウンドについてマニアックな人間ではないと思っていて、そういう人間からするとノー・ストレスなことを一番求めている。ストレスなく作れる環境があるからこそ、音色選びや曲作りをもっと磨こうとなりますからね。モニター・スピーカーのGENELEC 8330Aも同じで、全く不満がないです。
——制作時はスピーカーでのリスニングがメインですか?
syudou どれか1つの環境で作っちゃうのは危険だなと思っているので、8330A、APPLE iPhone純正のイアフォン、あとヘッドフォンのFOCAL Clear MG Proを併用しています。Clear MG Proは開放型なので、ヘッドフォンでもスピーカーで聴いている感覚がある。輪郭がはっきりとしたサウンドで気に入っています。基本的に曲の組み立てはiPhone純正イアフォンで、作業が進んでバランスを取るときには8330AとClear MG Proを使っています。
——マイクは何を?
syudou AUDIO-TECHNICA AT2020を、5年ほど使ってます。ボーカルの本チャンはさすがにスタジオで録り直していますが、仮歌はこれで録っちゃってますね。“ガヤ”みたいな叫んだりする部分はこれで録って、同じニュアンスが出せないとなったら本チャンでも使用しています。レコーディングを行うビクタースタジオで本チャンを録るときのマイクは、大体SONY C-800Gです。自分の声質的にもこれだろうと。C-800Gがなぜ多くの人に使われているマイクなのかを考えると、恐らく癖がなくて音作りの自由度が高いからだと思っていて。あんまり機材で色を出そうという考えはないので、録りの段階で軸を作って、あとは自分の好みにしていこうと。
——ボーカルという点では、今作に収録する2021年の楽曲「へべれけジャンキー」が、ご自身で歌唱するオリジナル楽曲として初めて発表した楽曲と聞きました。それまで歌っていなかったのがもったいないと思うほど、歌唱力や表現力の豊かさを感じます。ご自身で歌おうと思ったのには理由があるのでしょうか?
syudou 自分は歌いたいタイプの人間では全然ないんです。YAMAHA Vocaloidはもちろん大好きなんですけど、いろんなジャンルの音楽が好きで入ったので、これまで聴いてきたような歌ものも表現したいと考えたときに、一番手っ取り早いのは自分で歌を乗せることだなと。そもそも“音楽”と“歌”って近い存在であると同時に、全く違うものであるとも感じています。自分にとって歌は神聖なものなので、とても自分のことを歌手と呼べる気がしないです。
——音声合成ソフトで行うにはなかなか難しい歌唱法だと思います。
syudou それはそうかもしれない。Vocaloidで済むところはやっちゃって、歌うなら自分にしかできない歌い方をしようという意識は高いです。好きなことをやれる限りやりたいので、どちらかに専念するという考えは全くありません。
TR-808のカウベルは不思議な音
——クレジットを見ると、多くの曲はsyudouさんご自身の演奏によるものです。楽器についても伺っていきたいのですが、まずギターは何を使用していますか?
syudou アコギはGIBSON Hummingbirdです。ジャキジャキした音が気に入っているのと、鳥が好きなのでピックガードにハチドリがいてかわいい(笑)。エレキはFENDER Telecasterです。高校生の頃に買ったもので、ライブでも曲作りでも使っています。アルカラがすごく好きで、ボーカルの稲村さんが弾いているのを見て買いました。「うっせぇわ」のギターもこの音ですよ。あと、去年買ったのがエレアコのFENDER Acoustasonic Telecaster。ライブに向けて去年の夏に買いました。これも小さくてかわいい(笑)。ネックが細いので、エレキと同じ感覚で弾けるんです。
——ギターの録音はどのように?
syudou エレキはBabyface Pro FSに直挿しで、NATIVE INSTRUMENTS Guitar Rigか、CubaseのVST Amp Rackで音を作っています。あとベースも持ってはいますが、ソフト音源のSPECTRASONICS Trilianを使うことの方が多いです。最近は本チャンをミュージシャンの方に演奏してもらうこともありますね。
——ミュージシャンの方とはどのようなやり取りを?
syudou ほかの方にアレンジや演奏をしてもらうときも、人に聴かせられるレベルまで曲を作ってお渡ししています。ボーカルと同様、仮で録った演奏のニュアンスがなかなか出せないときは、そのままエディットして本チャンで用いることもあります。
——ほかにどのような音源を使っていますか?
syudou XFER RECORDS SerumはROLAND TR-808系のベースや上ものも含めてよく使っていて、NATIVE INSTRUMENTS Massiveも音色作りがしやすいので重宝しています。生音系のドラムは、XLN AUDIO Addictive Drums 2。スネアの“パーン”と跳ねてくる音があって好きなんです。最近はSpliceで見つけたサンプルを使っていて、たとえループ・サンプルだったとしても、カットアップして使うことが増えましたね。一から音色を作るんだったら、気に入った素材を見つけて即使っちゃおうよみたいな。ヒップホップをよく聴くこともあって、サンプリング文化的なバイブスのビート作りを意識してます。ピアノはNATIVE INSTRUMENTSのThe GrandeurかThe Maverickです。
——ピアノが登場する割合も多いです。
syudou 実は鍵盤が一番下手なのですが、不思議と好きなんです。自分で打ち込むときは、リアルタイム演奏とマウスで細かく打ち込んでいくのと半々ですね。
——「アタシ」のイントロのように、細かく連打するピアノがさまざまな楽曲で使われています。
syudou あまり弾けないので、フレーズが浮かばなくてそうやっている部分もあります(笑)。でも、やっぱり勢いが出る。立体的な和音も好みですが、難しいことは自分より得意な方がたくさんいますからね。初期衝動的なノリで、ドラムも“ドッパンドッパン”の方が分かりやすくてキャッチーだと思います。
——シグネチャー・サウンドという点ですと、TR-808のカウベルの音もほとんどの楽曲に登場しています。
syudou それもヒップホップの影響です。どんなジャンルのどこに入れても、バツバツでもう何の楽器も入らないようなトラックでも、あのカウベルだけはやたら抜けてくる。不思議な音で、本当に発明だと思います。音源はNATIVE INSTRUMENTS Kompleteの中に入っているキットか、Spliceのサンプルです。どんな曲でも極力入れるようにしています。
——syudouさんの音楽性の中に、ヒップホップはかなり浸透しているのですね。
syudou 曲作りの面では、すごく影響を受けていますね。ボーカルの場合、トラップ以降の譜割りが現代的な乗せ方になっていて、語尾を上げるフロウとか、特にKポップはうまいと思うし参考にしています。これは自分だけの話じゃなくて、今のミュージシャンが取り組んでいる課題でもあります。ポップスをやるってなったときに、どう考えてもラップはかっこいい。でもそのまま持ってくるにはえぐみが強すぎる。それをどうバランスよくポップスにするか。YOASOBIさんの「アイドル」もまさにそういう部分が表れていると思います。もちろん日本語で曲を作っているので、Jポップの要素にも影響を受けて取り入れてます。
——リファレンスとするヒップホップのミュージシャンはいるのでしょうか?
syudou その都度ですが、リファレンスは結構あるタイプかなと。1つ例を挙げると、「ギンギラギン」は、ラッパーのZORNさんを意識した歌い方になっていると思います。
“歌”はフィジカルなもの
——「爆笑」はお笑いコンビ、マヂカルラブリーのことを歌っているとメディアで拝見しました。確かにイントロから『M-1グランプリ』の出ばやし、ファットボーイ・スリム「Because We Can」風に刻んだボーカルになっています。
syudou あれは自宅で、AT2020で録った素材を編集しています。ああいう“ガヤ”系はスタジオで録ると奇麗になりすぎてしまいますからね。
——手順としてはどこから制作を?
syudou 「爆笑」はサビからですね。サビ頭のリフに何がハマるかいろいろ考えていたときにマヂラブさんを見て、“こうなりてえな”みたいな。こういうバイブスいいなあと思って曲にしていきました。
——2:05辺りから三拍子になる展開も面白く、ボーカルのリバーブが深くかかって印象もガラッと変わります。エフェクトはエンジニアの方によるものですか?
syudou そうですね。エンジニアの福井昌彦さんにやってもらっています。パラデータをお渡しする際に、仮歌の段階でエフェクトをかけたデータと外したデータも一緒に渡して、リファレンスのようにしていただいています。
——福井さんは「ギャンブル」を除く13曲のミックスを手掛けていますね。
syudou コロナ禍が落ち着いた今もAudiomoversを使いながらリモートでやり取りしていて、スムーズに意思疎通できています。自宅人間なのでスタジオで聴くことに慣れていないというか、いい環境で聴くと何を聴いてもいいと思っちゃうので、自宅でいつも聴いている音の方が判断しやすいんです。
——福井さんにデータを渡す前の段階では、どういったプラグインを使ってミックスしているのでしょうか?
syudou Cubase付属のものが多いです。EQはStudio EQで、もっとカットしたいときにはCurve EQも使います。リバーブはRoomworks SEで、コンプも付属のCompressorか、XFER RECORDS OTTも挿します。そのほかだと、M/S処理を行うWAVES Center。イアフォンで聴いたときのパンニング感が強くなるのでマスターに挿したり、ギターにかけたりもしています。
——「アタシ」の肉体的でカオスな冒頭部分はどのように作っているのでしょうか?
syudou クオンタイズをなくして、鍵盤をぐしゃっと弾きました。気に入ったテイクが録れるまで20回ぐらい試しています。パキッとした打ち込みの音楽にあらがいたいというか、ああいうぐしゃっとした音が入ってると打ち込み感が少し和らぐんです。
——「インザバックルーム」の妙なサウンドとフレーズのリフが、とても耳に残ります。
syudou Cubaseのオーディオ素材管理機能、MediaBayにデフォルトで入っているサンプルで、Cubaseを使っている人なら誰でも使える素材です(笑)。昔作った「ビターチョコデコレーション」にも同じものが入っています。楽器が何でもできるわけじゃないので、自分のイメージの外で曲を作るために、ループ素材からスタートして広げていく。バンドでセッションする感覚と同じなのかもしれないです。
——『露骨』リリースに伴い、ライブも予定されています。今後はライブも精力的に行っていくのでしょうか?
syudou そうしようとは考えています。一度しかない人生なので、いろんな景色を見られた方が楽しいかな、ぐらいの気持ちです。ライブに向けてずっと筋トレもしてますよ。やっぱり“歌”って、フィジカルでしかないですからね。
Release
『露骨』
syudou
syudou商店
Musician:syudou(vo、prog、all)、渡辺裕太(g、sitar、bouzouki、mandolin)、Naoki Itai(g、prog)、Kuboty(g)、サトウカツシロ(g)、櫻井陸来(b)、長島涼平(b)、malo(b)、西村奈央(p)、モチヅキヤスノリ(k)、ホリエマム(ds)、すりぃ(all)
Producer:syudou
Engineer:福井昌彦、高桑秋朝
Studio:プライベート、ビクター