ここでは、ザ・キッド・ラロイをフィーチャリングした「Wind」のミックスポイントを解説。ミックスエンジニアのデヴィッド・ペンサドから学んだというパラレル処理も絡めて、コーエン・ヘルデンスから詳細を聞いた。パラレル処理は、特にヒップホップやR&Bで求められるローエンド処理の助けになるという。
Pick up Track|「Wind」from『A Love Letter To You 5』
Release
『A Love Letter To You 5』
トリッピー・レッド
Musician:トリッピー・レッド(vo)、コービン(vo)、ザ・キッド・ラロイ(vo)、リル・ウェイン(vo)、ロディ・リッチ(vo)、スカイ・モラールズ(vo)、トミー・リー・スパルタ(vo)、ブライソン・ティラー(vo)、他
Producer:イゴール・マメット、他
Engineer:コーエン・ヘルデンス、イゴール・マメット、他
Studio:クライテリア・スタジオ、他
Drums|パラレル処理は元の音響バランスを崩さずに帯域を補強できる
キックに関してはプロデューサーが選んだものとRoland TR-808のサンプルに丁度良いウェイトがあり、サブベースの追加や、パラレル処理は不要であったそうだ。トランジェント調整プラグインWAVES Trans-Xのみが使われている。
スネアとクラップにはAUXトラックでパラレル処理がなされている。「パラレル処理についてはデヴィッド・ペンサドから学びました。元の音響バランスを崩さずに特定の帯域を補強できるんです」とヘルデンス。WAVES dbx 160をかけ、WAVES api 550Aで200Hzをベルカーブで4dBブースト、眼前に迫るようなサウンドにするため1.5kHzもブーストし、10kHzをシェルビングで2dBカットしている。
ハイハットとパーカッションは、fabfilter Pro-DSでとがったところを少し抑えている。加えてヘルデンスは、「トラップミュージックの場合、クローズハイハットが必ず音場の真ん中にくるのですが、これだとボーカルの主な帯域とかぶってしまうんですよね。こういうとき、どちらかを左か右に少し振ってやると、驚くほどボーカルがクリアになって前に出てくるんですよ」と解説する。
Vocal(トリッピー・レッド)|CLA-76 Blueyはひずませやすく良い質感を足してくれる
トリッピー・レッドのボーカルエフェクトは、イゴール・マメットが作ったものをほぼすべてそのまま残しているが、ローエンドは後にパラレル処理を行うWAVES CLA-76 Blueyに影響を及ぼさないようにいくらかカットしており、「約3〜6dBくらいリダクションに影響を与えていたと思います」とヘルデンス。
それから、くもった感じやレコーディング中に出たであろうハイエンドのピリついた音を軽減するためfabfilter Pro-MBを使用し、低域の突発的なピークや鼻が詰まったように感じる帯域を除去するためにfabfilter Pro-Q 3を使用した。
その後マメットがWAVES Renaissance Compressorでコンプをかけている。そして、「一呼吸置いて後から聴いたときに、まだちょっとトリッピーのボーカルが耳につく感じがしたので、それまで使ったプラグイン類をいじる代わりにWAVES C1をサイドチェインでかけて、その感じを軽減しました」とヘルデンスは話す。
さらにリードボーカルにはCLA-76 Blueyでパラレルコンプをかけている。アルバムのほかの数曲でも同様の処理が行われており、「ひずませやすく、良い感じの質感を足してくれるんです。アタックはミディアム〜スロー、リリースは最速に設定し、10dB程度のリダクションがかかるようにしました」とヘルデンス。その後にはWAVES PUIGTEC EQP-1Aを挿し、100Hzを4〜5dB程度持ち上げつつ、5kHzより上をカット。この一連のパラレル処理で、リードボーカルを良い感じに持ち上げ、前に持ってくることができるという。
Vocal(ザ・キッド・ラロイ)|レコーディング時のエフェクトを取り込みEQで微調整
ザ・キッド・ラロイのボーカルは、メルボルンでレコーディングされた。ヘルデンスは、「最初はドライのデータをもらったものの、ラフと同じバイブスやフィールが作り出せていないような気がしてきて、オーストラリアにいる担当のレコーディングエンジニアから元のセッションをもらいました」と話す。そのセッションから、エフェクト、オートメーションをそっくりそのまま取り込み、微妙な補正用のfabfilter Pro-Q 3をかけている。ここで使用されていた主なプラグインはPro-DS、WAVES Renaissance Compressor、Solid State Logic G-Channel、DeEsser、iZotope Neutron 4 Exciter、VALHALLA Valhalla VintageVerb。
Beat|かつてEventide H3000で多用されたテクニックを再現
ビートの中には“H-3000”というトラックへのセンドが使われているものが多くあり、これはかつてEventideのハーモナイザーH3000を使って多用されたテクニックを再現するためのもの。Lchをフラット(♭)に、Rchをシャープ(♯)に少しデチューンし、広がりを出すという効果を模倣している。ここではWAVES DoublerとS1 Stereo Imagerを使用。全体をほんの少しワイドに聴かせつつ、リードボーカルをセンターにガッチリと据えさせる効果があるそうで、ビートのほかにアドリブやバックボーカルでも使用している。
Instruments|Maximizerでリファレンスのローファイ感を演出
楽器類はすべて“INSTトラック”に送り、iZotope Ozone 10をインサート。Ozone 10内では、EQでローエンドを足しつつハイミッドを若干抑え、Exciterでサチュレーションを少々足し、マルチバンドコンプでリファレンスのポンピング効果を再現。
そのほかImagerでほんの少しステレオイメージを広げ、Maximizerで大量のソフトクリップを加えることでリファレンスにあったローファイ感も再現している。
この後段にはfabfilter Pro-L2を使用。ここであらかじめリミッターをかけることで、最終段のリミッターでヘビーなリミッティングがかかるのを防止している。
Master|テープマシンを通してローミッドにウォームな膨らみを付加
ヘルデンスがマスタートラックで使用したのはWAVES G-MASTER BUSS COMPRESSORのみ。その後ファイナルミックスをテープマシンSTUDER A820に通したという。ヘルデンスいわく、「ひずむギリギリのところまで攻めました。テープに通すことで良いつやが出ましたね。ミックス全体を、いわば柔かな毛布でほど良く包み込んだような効果を生み出してくれたんです。100〜300Hzくらいのローミッドにウォームな膨らみを与え、さらに良い倍音も足してくれています。これはプラグインやEQでは再現できないんですよ」とのこと。
アルバム全体は−10LUFS程度にマスタリングされている。「ヒップホップ、R&Bというジャンルの楽曲ではあるのですが、テープを通したことでローエンドを攻めきれなかったんです。テープからDAWに戻した後、もう3dBくらいは稼げると思ったんですが、不思議なことにそうするとテープの魔法が失われてしまいました。アルバム自体が穏やかな性質なので、ラウドさを競わない方が良いんだろうなと思ったものです」とヘルデンスは語る。
◎こちらもチェック…トリッピー・レッド『A Love Letter To You 5』のミックスエンジニアが明かすヒット曲の音作り