ダンスで音を“可視化”する~『OVER』に見るダンスと音楽の相互関係
シンガーでありダンサー、何より表現者として、抜群のセンスと圧倒的な実力を持つ三浦大知。彼の7年ぶりのオリジナルアルバム『OVER』は、さまざまなプロデューサーやアーティストの個性が“三浦大知”というプラットフォーム上で遺憾なく発揮された、挑戦的で充実した内容となっている。三浦大知が語る“音とダンスの関係性”や収録曲との向き合い方、そして先行曲のプロデューサー&トップライナーが明かす制作テクニックから、『OVER』の魅力をより深くご理解いただければ幸いだ。ここでは、三浦大知本人へのインタビューをお届けしよう。
ダンスと音楽は“相思相愛”であるべき
——三浦さんの大きな魅力の一つとして、ダンスがありますよね。シンガーソングライターなら、自分の歌が美しく聴こえるような音域、節回しで曲を作ることがあると思いますが、三浦さんはご自身のダンスを魅力的に見せるために楽曲制作に臨むことはありますか?
三浦 『OVER』を“踊りたくなるアルバムにしたい”という意識はありましたが、ダンスは表現の手法の一つだと思っているので、ダンスを良く見せるという感覚は正直なくて。ダンスがあるからこそ、その音楽がより豊かに聴こえたり、音楽があるからダンスが輝いたり。そこが相思相愛であるべきだと思っています。
——曲が完成してからダンスを付けていくのでしょうか?
三浦 そうですね。1回だけNaoさん(Nao’ymt)に、ダンスを元にインストを作ってもらったことはありますが、基本的にはその順番です。
——三浦さんのダンスは、表拍に合わせてバシッと決める部分、ビートではなく上モノの音に合わせて動く部分、ボーカルのメロディにシンクロする部分……いろいろな振り付けの仕方があると思います。
三浦 振り付けは、自分が一番表現したいと思った音、歌詞、パートによって決めています。例えば“メロディラインを可視化したい”と思ったら、そこに合わせて振りを作るという感じですね。“その音をダンスによって粒立てることで、楽曲の世界がより豊かになるだろう”という、自分の感覚に導かれて決めています。音だけ聴いているときにはあまり印象がないパートも、ダンスの振りを付けることによってその音が自分の中に飛び込んできて、曲全体がより豊かに聴こえてくる、ということがあるんですよ。“こういうリズムの取り方をしたら面白いだろう”みたいな、テクニカルなことはあまり考えていません。“踊らない”というのも選択肢にある中で、その音をどう表現するのが正解なのかを突き詰めて考えています。
——そうしてできた振りを組み合わせて、展開を作っていくわけですね。
三浦 そうですね。ビートを取っていると思ったら一度止まって、次動き出すときはメロディを取るみたいなストーリーは、振り付けを作りながら感覚的に決めていきます。
——例えばギタリストであれば、ギターの音色によって生まれるフレーズが変わることがあると思うのですが、ダンスにも“こういう音を聴くと、こういうダンスをしたくなる”というのはあるのでしょうか?
三浦 それはやっぱりあるんじゃないですかね。ダンスにもいろいろなジャンルがありますし、それが音楽にひも付いている部分が大きいので。“4つ打ちだったら、ハウスステップっぽいものがハマりやすいかな”とか“隙間が空いていて一つ一つのビートが長めのものなら、ポッピン(体をパッとはじくようなダンス)のエッセンスが入っていた方が合うのかな”みたいに、自分がダンスを使って表現する者として生きてきた経験の中で、音に引っ張られていろいろなジャンルのダンスが出てくることはあります。ただ、そのダンスが曲の世界観と合っていなかったら意味がありません。例えば、歌詞はすごく切ないのに、たくさんステップを踏んでいるというのが、曲によって合う場合と合わない場合があるじゃないですか。振りをどのように付けるかは、ジャンルだけでなく曲全体の世界観がどんなものなのかによると思いますね。
——「Pixelated World」の場合、どこから振り付けのインスピレーションを得たのでしょうか?
三浦 最初に浮かんだのは、“Let me go……Let me go home”の肩を揺らすところです。ここは、レコーディングをしているときから “不安や苦しいものが蔓延しているこの世界で、自分の魂だけは守り切る”という覚悟を決めている人々が、徐々に隊列を成して未来に向かっていく映像が見えていました。この映像からこの動きが生まれて、さらに全体の振りを付けていきました。
——“Let me go……”の部分は、楽曲の中でもより緊迫感が伝わってくるような場所ですよね。
三浦 そうですね。楽曲が持つストーリーの中でも、音的にすごく重要な場所だと感じていました。
——そこからの展開はどのように?
三浦 この曲の世界の中で、ダンサーは何人くらいで、どういうフォーメーションで踊るのが正解なのか、というのをずっと考えるという感じです。「Pixelated World」は、イントロの後すぐにサビなので、僕を含めダンサーたちがぎゅっと集まった状態で、その崩れない魂を表現するのがいいだろうと思って。細かいフレーズを付けるというよりは、シンプルな動きで一つ一つに魂を込めて踊ることにしました。
——一方で「能動」は、「Pixelated World」とまた曲調がガラッと変わってビートを刻む音が多いですね。
三浦 曲が変わっても、振りを付けていく上での考え方は同じです。「能動」の場合は、自己との闘い……自分自身と対峙していく感じにしたくて、ダンサーが集まってフォーメーションを組んで踊るシーンは作らないようにしました。
音に合っていれば“仕草”さえダンス
——ダンスの振り付けが複数浮かんで、それらを比較してどれを採用するか検討することはありますか?
三浦 アイディアが何個も浮かぶということはあまりないですね。“ここにハマるはずの、既に存在するピース”みたいなものを、ずっと試行錯誤しながら探しているんです。つまり、ピースの形は自分の中ですでに決まっているんですよ。“こっちの形でもいいよね”みたいなことはあまりないです。これは、トラックを作るのにも似ていると思いますね。頭の中で鳴っている音があって、その音を再現するために、いろいろな音源やプラグインを使って試行錯誤するじゃないですか。なんとなくの正解が自分の中にあって、なんとかそれにピントを合わせていく作業なのかなと思います。
——実際に体を動かして試行錯誤されるのですか?
三浦 最初の段階は、頭で考える時間が長いです。頭の中で小さい自分が踊っているのをイメージして、その自分がいろいろ動いたり、ときには増えてフォーメーションを組んだりして。そこでなんとなくピントが合ってきたら、スタジオに入って実際に動いてみて、違うなと思ったら振り出しに戻ります。この感じでいけそうだなと思ったら、そこから微調整などをしつつ決めていきます。
——曲調的に、踊りやすい曲、踊りにくい曲、ダンスを付けるのに難航した曲というのはあるのでしょうか?
三浦 僕は結構どんな曲でも踊ってしまうので、スローだから踊りにくいみたいなことはあまりないんですけど、過去にリリースした「EXCITE」という曲は、ダンスよりもクラブで盛り上がっている景色が先に見えてしまって、振り付けを考えるのが大変でした。ただこの楽曲を聴いて、三浦大知がどう踊るのかを楽しみにしてくれている人もいるだろうから、踊った方が面白いだろうなと思ったんです。このときは、浮かんだ景色をいかにダンスに置き換えて表現するかを考えましたね。もちろんトリッキーなビートは踊るのが難しくはなりますが、一概にこの曲が踊りやすい、踊りにくいという話はできなくて、楽曲が持つ雰囲気や世界観的な部分によるのかなと思います。
——「Sheep」は音数が少なくて、ファルセットでなめらかに歌われる楽曲ですが、すぐに振り付けが思い浮かんでいたのでしょうか?
三浦 目をつむって踊るみたいな、寝ているのか寝ていないのか分からない状態で踊っている自分をイメージしていました。シーツや枕、掛け布団、そういった寝具の化身、妖精みたいなものにダンサーになってもらって、実際にその寝具を使って踊ったら面白いんじゃないかと考えましたね。
——ビートが少ないと振りを付けるにも工夫が要るということはないのですね。
三浦 あんまりないですね。ダンスの枠組みってすごく広くて。ステップを踏むだけじゃなくて、例えばコップを持つみたいな動作も、音に合っていたらダンスだと思うんです。立ち上がるという動き一つ取っても、ピッと立ち上がるのか、ふわっと立ち上がるのかで表現のニュアンスが変わってきます。すべての仕草が、自分の中でダンスという表現の一つですね。
——やはり三浦さんにとってのダンスとは、音楽をより立体的に見せていくための一つの手段なのですね。
三浦 そうだといいなって思います。ダンスが好きな人なら分かると思うのですが、自分の好きなダンサーが曲に合わせてパフォーマンスしているのを見たときに、曲だけ聴いていたときと、音楽の印象が少し変わることってあるじゃないですか。裏拍のハイハットの音を取るような振り付けだったとして、音だけ聴いているときはそんなに気にしていなくても、ダンサーがみんなそこに合わせて動くことで“そのハイハットの音を取るのって気持ちいいな”と気づき、その後で曲だけを聴いたときにも、そのハイハットがすごくよく聴こえてくる。僕はこういう音楽とダンスの関係性が、すごく素敵だと思っているんですよ。ダンスがあるからこそ音の世界がより豊かに聴こえて、音だけに戻ったときにもその音がより立体的に自分に飛び込んでくる。それができるのが、ダンスの大きな魅力だと思うんです。
——どの音に対して振りを付けるか悩むことはないのですか?
三浦 あんまりないかもしれないですね。ただ、同じ曲でもダンサーによって振り付けは全然違うと思います。“その音を取って踊るんだ!”という発見もあるので、ダンサーによって聴こえている音が違うのかもしれませんね。
——音楽に対するその方の視点がすごく現れるのですね。
三浦 本当にそうだと思います。それが自分の感覚と近いから気持ち良く感じるというときもあるし、最初は“え、そこ取るの?ムズ!”って、思うこともあるんですけど、振り付けを覚えて曲となじんでくると“確かに気持ちいいかもしれないな”という気づきを得ることもあります。僕は小さいスネアのゴーストノートなんかを聴くとぞくっとして、いいなと思うのですが、これがベースの人もいれば、ギターリフの人もいるわけです。
——三浦さんは16分裏などの細かい音に対して敏感なのかもしれませんね。
三浦 “もっとここが聴こえてきたら気持ちいいだろうな”というところをダンスで可視化するという感覚があるので、隠れている音を探しに行きたくなるのかもしれないです。
——そういった細かい音は聴き逃しやすいと思うのですが、普段は何を使って振りを付ける音楽を聴きますか?
三浦 Apple AirPods Maxや、SHUREのモニターヘッドホンSRH1540も使います。AirPods Maxは見た目の印象の割に、音にあまり脚色がない感じがしていて個人的に好きです。楽曲に対するリスペクトを持っているので、できるだけ作られた音をそのまま聴きたいですね。スピーカーは一時期、エンジニアのD.O.I.さんに薦められたPELONIS Model 42を使っていました。最近はヘッドホンやイヤホンで聴くことが多いですけど、Model 42も色づけが少ない感じがして好きでしたね。
コラボによる“かけ算”が物作りとして面白い
——三浦さんはライブの演出などでAbleton Liveを使っていらっしゃいますよね。楽曲制作の際にもDAWでスケッチを作って、トラックメイカーやプロデューサーに共有することはあるのですか?
三浦 昔トライしたこともあったのですが、どうしても自分の頭の中の音を再現できなくて。僕は周りの方にとても恵まれているので、例えばUTAさんに“こんな感じにしたいんですよね”と伝えて提案してもらった方が、自分が思い描いていた音とピッタリ重なったり、もしくはその正解の何倍にもなって戻ってきたりするんです。曲作りのときにはリファレンスを設定することもありますが、その曲に近づけすぎてしまうのは避けたいので、“この曲のこのテンションがいいんですけど、もうちょっとシリアスな感じにした方がいいですね”みたいに、抽象的な言語で伝えています。
——UTAさんは、『OVER』の先行曲の中では「Sheep」を手掛けていますね。
三浦 「Sheep」もUTAさんと話をしている中で生まれました。UTAさんはトラックを生み出すスピードがすごく速いんですよ。何万着も入っている音のクローゼットから、コーディネートが無数に出てくるんです。ちょっと話をしただけで、30秒くらいでサビのコードができてしまうこともあります。だから僕が要望を伝えているように見えて、実際はUTAさんが作ってくれたものが起点になっていることも多い気がしますね。UTAさんがトラックを作る後ろで僕は鼻歌を歌いながら、“こんなのどうですかね”“もっとこうしたら”というようにコミュニケーションを取って曲ができていきます。僕の方が悩んでしまってUTAさんを待たせてしまうこともありますけど、こういうのが楽しいですよね。
——悩んだときにそれを打開する方法は?
三浦 一旦やめるか、千本ノックかのどっちかです(笑)。一回寝かせることで新しいものが生まれることもあるし、とにかく歌いまくってできることもある。その場では違うと思っていたアイディアも、後日聴いてみたら良かったということもありますね。ちゃんと向き合っていれば何かが生まれるというのは感覚で分かっているので頑張れます。
——いいなと思うのは、自分の頭の中のものと一致したときなのか、自分が予想していなかったものが偶発的に生まれたときなのか、どちらでしょう?
三浦 どっちもあると思います。“それです!それです!”っていう気持ち良さもあれば、“そういうのもあるのか、確かにいいな”と思うこともある。そういう意味で、実は自分はやりたいことを形にしたいというスタンスではあまりないんですよ。どちらかというと、三浦大知というプラットフォームにいろいろなダンサーやプロデューサーが遊びに来て、ここで一緒に作品を作ると、かけ算的に2人とも知らなかったものが生まれる、みたいなことの方が、物作りとして面白いなと思っているんです。
——「能動」はどのように制作されたのでしょうか?
三浦 トラックメイカーのTOMOKO(TOMOKO IDA)は、これまでクラブのイベントなどで一緒になることが多かったのですが、音楽でがっつり絡んだことはなくて。でもいつかTOMOKOの作ったトラックで歌えたらいいなというのはずっと思っていました。今回『OVER』というアルバムを作るにあたって、今までのラインを超えて新しい人と一緒に作品を作れたらいいなと思っていたのですが、ここで最初に思いついたのがTOMOKOだったんです。TOMOKOが彼女自身のEPに入れてもいいと思えるようなトラックにメロディをつけたいという思いがありました。トラックだけで成立するくらいにガンガンに攻めたものを作ってほしくて、そこに自分がどう乗っかるかというのをやってみたいと伝えたんです。結果的にTOMOKOと三浦大知チームにしか生み出せない曲が作れたのかなと思っています。
——先行曲の3曲のうち、「能動」、「Sheep」には三浦さんの名前がクレジットされていますが、「Pixelated World」は歌詞も曲もNao’ymtさんの名前のみですね。
三浦 Naoさんと一緒に制作するときはUTAさんと逆のやり方をするのが面白いと思っています。Naoさんが仕立てたスーツを表現者としてどう着こなすかに注力したいんです。“裾をちょっと伸ばしてほしいです”みたいな話はしたくないですね。Naoさんの世界をどう表現するのかを考えるのが面白いんですよ。一度Naoさんにどうやって曲を作っているのか聞いたことがあるのですが、“全部音が同時に出てくるんです”という話をしていて、愚問だったなと思って。多分Naoさんには最初から景色が見えていて、そこにもう音楽が鳴っているんですよ。そしてそれを形にするために、すごい熱量で作業されているんです。Naoさんの作品の中で生きるということの贅沢さがあるなと思っています。
全部がシングル曲、という意味ではない“強い10曲”
——アルバムというフォーマットが聴かれにくい世の中ですが、三浦さんはアルバムをどういうものだと捉えていますか?
三浦 ここ最近は、収録されたすべての曲がないと成立しない作品として、アルバムを作る方が多いと思うんですよ。曲数がものすごく多かったり、間にスキットみたいなものが組み込まれていたり。これは“自分で好きなようにプレイリストを組める時代に、アルバムを作る意味とは何か”を模索した結果だと思うんです。『OVER』は、まず“強い10曲を作る”というのが前提にあって、それをアニメやドラマの1話分くらいの30分ちょっとでくるっと1周できるようにしたくて。ちなみに“強い10曲”というのは、決して全部がシングル曲ということではありません。全部がこのアルバムに向けて作られた曲で、それぞれのトーンは全然違うけれど、この10曲が集まったときに“一つの曲を聴いているみたいな感覚”になるアルバムにできたらいいなと思っていました。だから曲間はめっちゃ短くしていて、前の曲のテンポで数えて2小節後に次の曲が始まるようにしています。前の曲のテンポが頭に残っている間に次の曲に切り替わるので、ある種つながって聴こえるんですよ。体を揺らしたくなるようなアルバムにしたかったので、ずっとぐるぐる聴いていて気持ちのよい作品になったらいいなと思っていました。
——『OVER』は三浦さんにとって新たなスタート地点とも言えるアルバムなのですよね。これからどんなことに挑戦していきたいですか?
三浦 時代の流れによっていろいろな音楽やパフォーマンスが生まれていくと思うので、その時々によって挑戦したいことは変わるんだろうと思います。でも三浦大知チームだからこそ生まれる曲を追求し続けることが、一番重要だと思っていますね。あとは、行ったことのない場所にパフォーマンスしに行きたいです。今は言語関係なく世界でいろいろな音楽の聴かれ方がされていると思うので、三浦大知チームの音楽を知らない人たちにどうやって届けるかというのは、いろいろチャレンジしていきたいですね。
三浦大知による『OVER』全曲解説もチェック!(会員限定)
三浦大知による『OVER』全曲解説(会員限定)では、 『OVER』に収録された全10曲について三浦大知本人が語ります。
Release
『OVER』
三浦大知
SONIC GROOVE:AVCD-98157 発売中
Musician:三浦大知(vo)、KREVA(rap)、Furui Riho(vo)、Nao'ymt(prog)、TOMOKO IDA(prog)、TSUGUMI(prog)、XANSEI(prog)、Seann Bowe(prog)、Adio Marchant(prog)、Grant Boutin(prog)、Will Jay(prog)、okaerio(prog、all)、Coleton Rubin(prog)、Nate Cyphert(prog)、Seiho(prog)、UTA(prog)
Producer:Nao'ymt、TOMOKO IDA、XANSEI、Grant Boutin、okaerio、U-Key zone、Seiho、UTA
Engineer:D.O.I.、Neeraj Khajanchi、松井敦史、Masato Kamata
Studio:Daimonion Recordings、NK SOUND TOKYO、他