20代の頃に表現しきれなかったことを今の能力で本来あるべき最高の形にできた
LUNA SEAの『MOTHER』(1994年)、『STYLE』(1996年)と言えば、当時ロックキッズだった人にとって忘れられないアルバムだろう。この2枚のセルフカバー版が2023年11月に発表された。制作の端緒は、メジャーデビュー・アルバム『IMAGE』とメジャー2nd『EDEN』のツアーを再現した2018年のさいたまスーパーアリーナ公演。それらの感触が良かったことから『MOTHER』『STYLE』のツアーを再現する『LUNA SEA DUAL ARENA TOUR 2023』が発案~実施され、“置き土産”として今回のセルフカバー・アルバムが作られた。レコーディングはサウンド・ダリやサウンドクルーを中心にメンバー各自のプライベートスタジオでも行い、『CROSS』(2019年)でタッグを組んだスティーヴ・リリーホワイトがミキシングを担当。ライブでの演奏をほうふつさせるストレートかつアグレシッブな音に仕上がっている。SUGIZO(g、vln)へのインタビューで制作プロセスを紐解きつつ、リリーホワイトにも取材することができたので、ここにお届けしよう。
RYUICHIの無我夢中が良い方向に作用した
——30年近く前のアルバムをセルフカバーして録音作品にするにあたって、どのような視座が必要でしたか?
SUGIZO ずっとツアーでやってきた曲は今の感覚で演奏してパックするべきだったから、ある意味ライブの延長のようで、録音のプロセス自体は全く大変ではなかったんです。むしろストレートなライブ感が身体に染みついていて、あらためてレコーディング的に作り込むことに違和感を覚えたというのもあります。一方で「FAKE」や「AURORA」など、ほとんど演奏してこなかった曲を“全く新しい曲”と捉えて、大幅にリアレンジする場合もありました。1990年代の僕らには、今回の新しい「FAKE」や「AURORA」のような表現ができなかったんです。ツアーでも何回かやってみて、断念していますし。未熟だったのは、演奏力よりもグルーブの捉え方。要はリズムに対するアプローチだったと思います。だから今の僕らの経験値と能力で、あの2枚のアルバムを本来あるべきベストな形にできたのは、すごくありがたいことです。
——仕上がりを聴いていると、特にRYUICHIさんの歌声に1990年代のLUNA SEAのような“攻撃性”を感じます。
SUGIZO 今回、RYUICHIは最も苦しんだと思います。声帯の手術の後、コンディションの調整とともにレコーディングを始めることになったので、以前みたいに1~2回でスマートに録り終える、というわけにはいかなかったんです。彼は自身の喉について“新しい楽器を得たようで、その楽器に慣れようとしている”と言います。だから今の喉に対して初心のはずですし、歌い込んできたベテランの余裕ではなく、無我夢中で歌うことになった。それがロック的なスリルやダイナミズムという点で、良い方向に作用したのではないかと思います。そしてRYUICHIの声にかかるスティーヴ・リリーホワイトの“魔法”が素晴らしくて。『CROSS』の制作時に痛感したのは、スティーヴがミックスするとRYUICHIの声が若返るんです。また、彼は録り音の一部を切り取って、別の位置に貼りつけるようなこともする。そういうアイディアを信頼して楽しみにしているから、納得のいくように録ったものを“好きにして”って提示する感じです。
——今回、録音はどのような手順で進めましたか?
SUGIZO 『MOTHER』以降、LUNA SEAのマニピュレートを担当してくれている菊地(大輔)君に頼んで、まずはデモを作ってもらいました。そのデモは、主に近年のライブ録音から厳選したマルチを組み合わせたものが中心で、メンバーが各自の音を差し替えていくような感覚でレコーディングを進めました。ちなみに“せーの”で音を出すことは、結果的に一度もなかったんです。すべてオーバーダビングで、ドラムから録りはじめましたが、その後ベースにいくかギターにいくかは曲によりけりでした。例えばギターリフ主体の曲は、ドラムの次にギターを録る方が効率的です。ベースがグルーブをリードする曲は、もちろんベースから入れた方がいい。オリジナル版を録った頃は、ドラムとベースをせーのでやるのが基本でしたけどね。当時はドラムとベースを川奈のサウンドスカイで録音して、ほかのパートは中野のサウンドスカイで録ることが多かったです。
「TRUE BLUE」のあのキメも、キックが命
——当時は、どのような機材で録っていたのでしょう?
SUGIZO メインのレコーダーはSONY PCM-3348で、ドラムはSTUDERのテープレコーダーを使って録っていました。マイクやアウトボードは、近年サウンド・ダリで使用しているようなものと大きな差はありません。当時と明らかに違うのは、おこがましいですけど僕らの“腕”だと思います。鳴らす音のスピードやパンチ、深さ、広さなどが20代半ばの若造とは違って当然なので、今の自分たちのタッチで、今の自分たちが求める質感に録音できれば、今回のような仕上がりになるんです。昔は良い演奏をすること、良い音を出すことに必死で、それこそ“アタマが合わせられない”といった部分でもつまずいていましたし。
——それは、もしかして「TRUE BLUE」のイントロのキメのことでしょうか?
SUGIZO そう。当時は“ビタっと合わせられないとカッコ悪い”みたいな強迫観念があったから、みんなしてジャストのタイミングを意識していたんですが、別にそんなことしなくていいんです。ズレていてもカッコ良く聴こえればOKだし、近年はそういうジャッジができるようになりました。あと、各メンバーのグルーブの捉え方が、はっきりしてきたんです。例えば僕は後ろノリで、INORANの方が前に突っ込む。キックさえバシっと中心にいてくれれば、個々のリズムの揺らぎが合わさってバンドのカラーになります。「TRUE BLUE」のあのキメも、キックが命なんですよ。キックにまとわりついて、ほかの楽器がある。まとわりつくものは、完全に同じ位置である必要はないんです。
——真矢さんのグルーブも、かつてとは違うのですか?
SUGIZO 違いますね。よく言えば自由、悪く言えばワガママになりました(笑)。そもそも“人につられたくない”って言って、せーのを嫌がるようになったのは真矢だし、リズムの揺れもすごいんです。それに合わせるのは、ダビングの際には大変なんですが、みんなの音が重なるとLUNA SEAのグルーブになる。例えば、村上“ポンタ”秀一さんのドラムはものすごく揺れていましたが、だからこそたまらなくカッコ良かったんです。あの尋常じゃないセクシーさ、えも言われぬ唯一無二のグルーブは、リズムの揺れやうねりから来ていたはず。真矢はポンタさんにすごくかわいがってもらって、影響も受けているので、ジャストでたたこうとはハナから思っていないはずです。
“大人に触らせたくない”に拘泥した若き日
——ミックス~マスターの音像はボトムヘビーで、オリジナル版にも増してエネルギッシュな印象です。
SUGIZO スティーヴによるところが大きいと思います。僕らに聴こえていないものが、彼には聴こえているんでしょうね。機材やソフトの問題ではなく、そもそも何が聴こえていて、どこをプッシュしたいかという感覚が違う。
——1990年代は、なぜあれだけ低域をタイトに作っていたのでしょうか?
SUGIZO その理由は当時のエンジニアに聞いてみないと分かりませんが、良い音でギターを録ってもミックスのときに下をカットされて、細い音になっていたんです。だから戦っていましたね……“なぜ、こんなに音が違うんですか?”と。先ほど触れた通り、当時はリズム隊を録ってからギターをダビングしていました。ダビングのためにエンジニアがリズム隊のラフミックスを作るんですが、今思うにそれが毎回ざっくりとし過ぎていたんです。僕らは、ざっくりとミックスされたリズム隊に対して真剣にギターの音を作って録っていたんですけど、本番のミックスでドラムの音がイチから作り直しになるものだから、せっかく作ったギターの音がかみ合わなくなったり、余分な帯域だと言われてカットされたりする。だから“初めにきちんとリズム隊の音を作ってほしい。これじゃあギターを乗せられない”と抗議していました。思い返すと、レコーディングのプロセスがずさんだったんです。でも当時の僕らは、そのプロセスに詳しくなかったし、エンジニアの言うことについていくしかなかった。一番のネックは、プロセスをコントロールしてくれるサウンドプロデューサーがいなかったこと……LUNA SEAの最大の判断ミスは、若かりし日にサウンド面における師を持たず、拒否したこと。“大人に触らせたくない。人にコントロールさせたくない”って。
——制作を客観視する人をつけなかったのですね。
SUGIZO 甘かったです、負けん気だけが強くて。20代そこそこでレコーディングの経験にも乏しいわけだし、表現したいイメージがたくさんあっても上手にまとめられず、破綻するわけですよね。自分たちだけで全部作るんだ!という姿勢を貫いて学んだものは多かったし、楽曲もアレンジもアイディアも非常に素晴らしかったと思いますが、当時の作品は録音物として心残りです。だからこそ今回、2023年の自分たちが過去の自分たちを引き上げるようなアルバムができて本当に良かった。曲が生まれたのは30年近く前だけど、その表現の仕方、あるいは表現する側の能力や経験値によっては時代を超えるんだなと実感しました。
——オリジナル版を作った頃の自分たちが今回のセルフカバー版を聴いたら、どう感じると思いますか?
SUGIZO 土下座すると思いますね。“おみそれしました、かないません”って。とは言え、負けん気だけが強かったりプライドだけが高かったりした反面、とにかく誰も作ったことのない音楽を生み出したいと思って、結果的に良い音楽を残してこられたことについては、当時の自分たちを褒めてあげたいです。25歳前後の自分が目の前にいたら、思い切り拍手してあげたいですね。よくやってるよ、って。
——セルフカバーに対しては“オリジナル版の方が良い”と評されることがありがちだと思いますが、新しい『MOTHER』と『STYLE』には何の違和感も覚えません。
SUGIZO 当時の作品を正しい形にすることで救ってあげられたと思っています。セルフカバーやリメイクは、リスナーを失望させてしまうケースが多いと思うけれど、僕らは今の能力やスキルで最高の形にして世に出したかった。当時とそう変わらない曲もあれば、全く違うものもある。今の自分たちが直感や本能で最も正しいと思う形にできたし、それをスティーヴが肯定してくれたことも重要でしたね。
Interview about the mixing|スティーヴ・リリーホワイト
U2やピーター・ガブリエル、ザ・ローリング・ストーンズ、トーキング・ヘッズなど、数多くのビッグネームをプロデュースしてきたスティーヴ・リリーホワイト。彼にE-Mailインタビューを試み、『MOTHER』『STYLE』のミックスを振り返っていただいた。
——LUNA SEAに、どのような印象をお持ちですか?
リリーホワイト 彼らの優れた点は、どの曲においても多彩で絵画的な音を描けるところです。そして彼らのミュージシャンシップは、私がこれまで仕事してきた人の中で最高のクオリティなんです。
——『MOTHER』と『STYLE』の中で、特にお気に入りの曲を教えてください。
リリーホワイト どちらのアルバムも本当に全曲大好きですが、特に「GENESIS OF MIND ~夢の彼方へ~」はメンバーみんなが星のように輝く、素晴らしい音楽の旅と言えます。また「IN SILENCE」も好みですね。ギターの音や曲の雰囲気が、とても気に入っています。
——今回のミックスは、どのような方針で行いましたか?
リリーホワイト 私は自分の仕事にルールを設けないことにしています。アーティストの楽曲が最も重要であり、自分の仕事はそれを可能な限りブラッシュアップすることと心得ているからです。LUNA SEAの各メンバーの音は等しく重要で、私はそのすべてをより良くする必要がありました。今回はセルフカバー・アルバムだったので、オリジナル版がテンプレートのように存在していたと思いますが、彼らは自分たちだけでも十分により良いものを作ってきました!
——ミックスは『CROSS』の制作時と同様に、エンジニアのケラナ・ハリムさんとの共同作業だったのですか?
リリーホワイト そうですね。彼も私と同じくLUNA SEAの大ファンなので、グレイトなミックスにすべく、とても親密に作業しました。彼の専門知識なしには、今回のような仕上がりにはできなかったと思います。
——音作りには、どのようなツールを?
リリーホワイト DAWはAvid Pro Toolsで、オーディオI/OはAntelope Audio Discrete 4 Synergy Core、モニタースピーカーはDYNAUDIO LYD 7を使いました。音作りにはさまざまなプラグインを使用し、Pro Toolsの標準搭載品やSlate Digital、WAVESの各種製品、SoundtoysのDecapitator、JSTのClip、Plugin AllianceのMäag Audio EQ4、FabFilterのPro-Q 3やPro-MBなど多岐に渡ります。
——アルバムの仕上がりは、いかがですか?
リリーホワイト あらためて、LUNA SEAは日本で最もグレイトなロックバンドだと思える出来栄えです。私はものすごく彼らを誇りに思っています。熟すほどに良くなっていくワインのようだし、とっても大好きなバンドです!
◎続いては…「水素燃料電池」とは? SUGIZOが語る音楽への恩恵
Release
『MOTHER』
LUNA SEA
エイベックス:AVCD-63513/B(初回限定盤A)、AVCD-63514/B(初回限定盤B)、AVCD-63515(通常盤)
『STYLE』
LUNA SEA
エイベックス:AVCD-63520/B(初回限定盤A)、AVCD-63521/B(初回限定盤B)、AVCD-63522(通常盤)