意識しているのは自分のライフスタイルを反映した音楽を制作すること
今回登場するのは、DJ兼ビート・メイカーのMars89だ。DJとして14年以上のキャリアを持ち、楽曲制作は7年前からスタート。インダストリアル・テクノやグライムなどを独特の感性で昇華したベース・ミュージックを制作する。UNDERCOVERの2019〜20年秋冬メンズ・コレクションでは音楽担当に抜擢。またトム・ヨークから自身のプレイリストに選ばれ、さらにルイ・ヴィトンやアディダスのCM音楽も制作するなど国内外で一目置かれる存在となっている。
【Profile】東京を拠点に活動するDJ/コンポーザー。東京のアンダーグラウンド・クラブ・シーンで最もユニークでエキサイティングな存在として知られる。UKダブ・ステップ全盛期のサブベースや、ブリストルの特徴的なベース・ミュージックにおける突然変異したリズムなどから影響を受けている。
Release
『Visions』
Mars89
(Bedouin Records)
Maschineの制作システムはアイディアをすぐ音にできるので気に入っています
■スタジオ
マンションの一角にある4畳程のスペースを、スタジオとして使用しています。半分がDJをするためのエリアで、もう半分が曲を作るための場所という使い分けです。また最上階の角部屋に住んでいるので、日中はガンガン音出しができます。下の階に音が響かないように、スピーカーの下にはブロックやゴム・マットを敷いて工夫していますね。
■DAW
コンピューターはAPPLE MacBook Proで、DAWはAPPLE Logic Proですが、Logic Pro上にNATIVE INSTRUMENTS Maschineソフトウェアを立ち上げて曲を作ることがほとんどです。Logic Proは手ごろな価格なので導入しやすいですし、膨大なサンプルが付属しているのもポイントでした。APPLE製品同士なので、安定性の面においても安心感があります。
■NATIVE INSTRUMENTS Maschineの制作システム
2016年頃からビート・メイキングを始めたのですが、そのときにMaschineを手に入れました。ビートを作るならAKAI PROFESSIONAL MPCシリーズのような“パッドの付いたハードウェアが欲しい”と思っていて、当時選んだのがMaschineだったんです。事前に友人の家で触ってみて良い印象を受けたので、セールのタイミングで購入しました。ダンス・ミュージックのようにグリッドに沿った音楽を作る際はMaschine&Maschineソフトウェアで、もっと実験的な音楽を作るときには、曲の全体像が眺めやすいのでLogic Proで作業することが大半です。Maschineの制作システムは直感的に扱え、アイディアをすぐ形にできるため気に入っています。
■モニター・スピーカー
メインのモニターには、KRK Rokit 6を使用しています。コスト・パフォーマンスに優れている点と、自分の作る音楽にとって重要なローエンドがしっかりと出る点、そしてバスレフ・ポートが前面にある点が魅力です。バスレフ・ポートが前面にあることでスピーカーを壁に近づけて配置できるため、狭いスペースでも設置可能になります。またRokit 6の上にはFOSTEX PM0.4Nを置いていて、これは主にDJプレイ中のモニターとして使用しています。
■モニター・ヘッドフォン
モニター・スピーカーでざっくりと音を作った後は、数種類のヘッドフォンとスピーカーを併用して細かいミックスを行います。ミックス時に使用するのはワイアレス・タイプのAIAIAI TMA-2 Studio Wireless+です。音像が見やすいのはもちろん、ワイアレスなので家の中を歩きながらミックスを確認できるところも気に入っています。AIAIAIのヘッドフォンはもう一台あって、こちらは各パーツを自分でカスタマイズしたオリジナル仕様のモデル。主に低域からローエンドのチェックに用いることが多いです。イア・パッドはYAXI製のものを採用していて、耳にピタッとくっつくので高い遮音性が確保できます。ちなみに上記2つのヘッドフォンはダンス・フロア向けの音楽を作るとき用で、リスニング向けの音楽を作るときにはKOSS PortaProでモニターしています。
音が持つ湿度やザラつきといったテクスチャーの部分に一番こだわります
■ビート・メイキングの手順
ドラムから始めます。細かい部分にこだわらずにリズムを作ることが大事で、これは身体性を意識しながら素早く形に落とし込むことが重要だと考えているからです。次にドラムの音質やテクスチャーを作り込み、バランスをある程度整えます。ここでサブベースも打ち込みます。それから上モノを加えたり、リズム隊を微調整したり、ループを展開して曲全体の構成を決めたりします。もともと影響を受けたのがサウンド・システム系の音楽だったこともあり、“サブベースが入るところ=一番盛り上がる”という認識なので、そこまでいかに音を抜いて展開していくのかを考えます。
■ビート・メイキングのこだわり
自分のライフ・スタイルが反映された音楽というのを意識しています。例えばコロナ禍の初めに制作したEP『2020』は、渋谷の再開発など身の回りの出来事を意識して作りました。またロックダウン時には、街の音をAPPLE iPhoneのボイス・メモ機能でフィールド・レコーディングしたこともあります。iPhoneのマイクは、声の帯域にフォーカスされている感じがするので使い勝手が良いです。一番こだわるのは、音が持つ湿度やザラつきといったテクスチャーの部分で、これはXLN AUDIO RC-20 Retro Colorで処理したり、ノイズをレイヤーしたりして表現しています。
■ソフト音源/プラグイン・エフェクト
Logic Pro付属のものか、NATIVE INSTRUMENTS Kompleteのものがメインです。最近だとKontaktライブラリー音源のAshlightやPharlight、Straylightといったシネマティック系3種類のプリセットが好印象でした。
■サブベース・テクニック
クラブでサブベースが鳴ったときの高域に感じる圧迫感を再現したいと思って考案したテクニックです。やり方は簡単で、例えばボーカルとサブベースをバスにまとめ、そこにコンプとサチュレーションをインサート。ダッキング効果と音質の変化が得られたらローカットしてサブベースの成分を取り除き、別のトラックで元のサブベースを追加しなおせば完成です。こうすることで、単純なサイド・チェインとは違った独特のザラつきや圧縮感をボーカルに施すことができます。
■今欲しい機材/プラグイン
最近はディレイ・エフェクトのERICA SYNTHS Zen Delayが気になっています。ライブに取り入れてみたいですね。
Mars89を形成する3枚
「Release」
P・A・L
(ant-zen)
「レーベルBokeh Versionsの設立者、マイルズから薦めてもらったのがきっかけ。ひずんだドラムのパワーと、積み重なるループの推進力が気に入っています」
「Untrue (Bonus Tracks Version)」
Burial
(Hyperdub)
「さまざまなソースをコラージュ的に組み合わせるサンプリング手法と、ドライな音色で作り上げるエモーショナルな展開などに影響を受けています」
「Ike Yard」
Ike Yard
(Superior Viaduct)
「音の質感、ミニマルなトラック作り、音像の隙間具合、ドラム主体の構成などにインスパイアされています。特にスネアの響きや、タムとスネアの絡み方などは理想」