【第6回】カセットを選ぶ中で発見した自らの音楽的趣味 〜ビーピーエムは、Night Tempo

【第6回】カセットを選ぶ中で発見した自らの音楽的趣味 〜ビーピーエムは、Night Tempo

ニュー・アルバム『Neo Standard』が絶好調の韓国人プロデューサー/DJのNight Tempoさん。11月1日(水)にレトロ・ポップ・ユニットFANCYLABOのシングル「Brand New World」のリリース、11月4日(土)には日比谷公園大音楽堂でのイベント『ザ・ナイトテン 4』を控え、ますます時めいています。今回は連載のフィナーレ。カセットの録音作品を集めはじめた理由から、マニアックな話がスタートします。

中古カセット&プレーヤーを大量購入

 僕が小学生だった1990年代、カセットの録音作品は当時の韓国の賃金水準に対して、やや高かった印象です。日本円に置き換えると、そこそこ稼ぐ人の月給が10〜15万円で、カセットは300〜400円だったはず。気軽に買ってもらえるものではなかったので、大人になったらたくさん購入したいと思っていました。高校に入ってからは、自分のお金で洋楽や韓国の音楽のカセットを集めていましたが、日本のものはフリマで演歌を見かけるくらいで入手困難でした。しかし2000年代の半ば、韓国から日本に留学する人が増えると、日本の中古品を代理で購入して送ってくれるようになったんです。僕はインターネットで連絡を取り、何でもいいから日本のカセットが欲しいと頼んで送ってもらっていました。そうしたら、プラスチックのケースに入った中古カセットが“量り売り”みたいな状態で大量に届くんです。もちろんジャンルもアーティストも一緒くた。50〜100本あったとすれば、好きな作品は2〜3本くらいだったから聴かないものは手放しましたが、残ったものだけでも相当な数になりました。

 そのコレクションは、いわば“自分が選び抜いたもの”です。聴き返してみると結構、趣味が偏っているわけですが、だからこそ“僕はこういう音楽が好きなんだな”と自覚できたし、“Night Tempoという人のライブラリー”にもなりました。当時は、それが仕事につながるとは思っていなかったけど、いろんなものがアルゴリズムでお薦めされる昨今とは違う道のりで新しい音楽と出会ってきたんです。

Night Tempoのカセット・コレクションの一例。菊池桃子がボーカルを務めたバンド=RA MU(ラ・ムー)の1988年作『Thanks Giving』だ。抒情的な80’sサウンドは今、ストリーミングで聴いても胸キュン

Night Tempoのカセット・コレクションの一例。菊池桃子がボーカルを務めたバンド=RA MU(ラ・ムー)の1988年作『Thanks Giving』だ。抒情的な80’sサウンドは今、ストリーミングで聴いても胸キュン

和田加奈子の1987年作『KANA』は、鳥山雄司がメインでアレンジを手掛けた傑作だ。「PARTY TOWN 〜What Can I Do For You〜」「誕生日はマイナス1」「SUNDAY BRUNCH」など、THEアーバンな世界観の応酬

和田加奈子の1987年作『KANA』は、鳥山雄司がメインでアレンジを手掛けた傑作だ。「PARTY TOWN 〜What Can I Do For You〜」「誕生日はマイナス1」「SUNDAY BRUNCH」など、THEアーバンな世界観の応酬

 カセットは、プレーヤーによっても音が違って聴こえるので、かつてはプレーヤーのメーカーにファンがついていました。僕が中学の頃、韓国で評判だったのはSONYのウォークマンWM-EX2000(2000年発売)です。今も2台、所有していて、背面のシャッターをスライドさせると、基本的な操作のためのジョグレバーが出現します。この設計がかっこいい。ジョグレバーは、押すと再生や停止、左右に動かすと早送りや巻き戻しができるマルチファンクション仕様です。プラスチック製だから、あまり力を込めて使うと故障の原因になるため注意が必要ですが。

2000年に発売され、韓国でも人気を博したという高音質ウォークマンSONY WM-EX2000。好きな曲を頭出しできるオートミュージックセンサーを搭載。Night Tempoは現在も2台、所有している

2000年に発売され、韓国でも人気を博したという高音質ウォークマンSONY WM-EX2000。好きな曲を頭出しできるオートミュージックセンサーを搭載。Night Tempoは現在も2台、所有している

“ポケッタブル・カセットボーイ”と銘打たれ、1983年に24,900円で発売されたAIWA HS-P5。Night Tempoの愛用機の1つだ

“ポケッタブル・カセットボーイ”と銘打たれ、1983年に24,900円で発売されたAIWA HS-P5。Night Tempoの愛用機の1つだ

給料日はカセットにつぎ込む日

 故障と言えば、ソウルのチョンゲチョンというエリアにはカセット・プレーヤーを直してくれる小さなお店があって、修理済みの中古品を安くで売ってもいたので通い詰めたものです。“給料日はカセットにつぎ込む日”だったから、一帯のお店に計200万円は投じたはず(笑)。でも最近、カセット人気が再燃して中古品が高騰し、お店の人から“あのとき安く売るんじゃなかった”などと言われるようになりました。イラッとしますよね。それに修理の質が落ちたので、“ネットで調べたら自分にもできるのでは”と思いはじめて。YouTubeで検索したところ、専門家の方々が修理に関する動画を上げていて、勉強するうちにできるようになりました。修理を通して、SONYやAIWAなど日本のブランドの製品クオリティをより一層、痛感しています。大抵はゴム・ベルトを交換するだけで、きちんと誤差なく、動くようになりますからね。

 僕の連載は今回で最後。サンレコらしい専門的な話題というよりは、オタクとして音楽の話ができて楽しかったです。僕は、さまざまなカルチャーの橋渡しをするプロデューサーになりたいので、サンレコを通してライトな音楽ファン層の方々に“音楽制作や機材って、実は興味深いものなんですよ”というのを少しでも伝えられたんじゃないかと思っています。ご愛読いただき、ありがとうございました。

最新オリジナル・アルバム『Neo Standard』のカセット・テープ版。10月11日に発売されたばかりで、3,300円の生産限定盤となっている。アルバムの制作手法については、本誌2023年11月号の巻頭インタビューに詳しい。限定ステッカーも付属している!

最新オリジナル・アルバム『Neo Standard』のカセット・テープ版。10月11日に発売されたばかりで、3,300円の生産限定盤となっている。アルバムの制作手法については、本誌2023年11月号の巻頭インタビューに詳しい。限定ステッカーも付属している!

プロデュースを手掛けるレトロ・ポップ・ユニット=FANCYLABOのニュー・シングル『Brand New World』。11月 1日(水)に配信リリースされる予定だ

プロデュースを手掛けるレトロ・ポップ・ユニット=FANCYLABOのニュー・シングル『Brand New World』。11月1日(水)に配信リリースされる予定だ

 

Night Tempo

Night Tempo
80’sの日本のポップスをダンス・ミュージックに再構築した“フューチャー・ファンク”のシーンから登場した韓国人プロデューサー/DJ。アメリカと日本を中心に活動する。昭和ポップスを現代的にアップデートする『昭和グルーヴ』シリーズを2019年に始動。Wink、杏里、松原みき、秋元薫らの楽曲を素材にこれまで18タイトルを発表し、最新作は早見優。2023年9月にオリジナル曲を収めた2ndアルバム『Neo Standard』をメジャー・リリースした。

祝・日比谷野音100周年 J-WAVE & Night Tempo present ザ・ナイトテン・4

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