夢ノ結唱 × 中野雅之(THE SPELLBOUND / BOOM BOOM SATELLITES)〜Synthesizer V版 POPY/ROSEを用いた楽曲制作を語る

夢ノ結唱 × 中野雅之(THE SPELLBOUND / BOOM BOOM SATELLITES)〜Synthesizer V版 POPY/ROSEを用いた楽曲制作を語る

歌のダイナミクスをきちんと表現できる。自分の表現を拡張してくれる存在だと思います

1997年にBOOM BOOM SATELLITESとしてデビューし、現在はTHE NOVEMBERSの小林祐介と結成したロックバンド、THE SPELLBOUNDとして活動する中野雅之。今回彼が夢ノ結唱のためにプロデュースとTHE SPELLBOUNDとして楽曲提供をしたのが、POPYが歌う「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」と、ROSEが歌う「マルカリアンチェイン」の2曲だ。迫力のあるロック/エレクトロニックサウンドがドラマティックな展開を作り上げ、その中でPOPYとROSEの歌が輝きを放っている。音声合成ソフトをボーカルに据えた楽曲は中野にとっても初めての試みだったとのことで、その制作がどのように行われたのかを詳しく伺った。

『世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて』
夢ノ結唱 POPY
(ブシロードミュージック)

『マルカリアンチェイン』
夢ノ結唱 ROSE
(ブシロードミュージック)

作詞/作曲:THE SPELLBOUND ※両曲とも

あえて人間が出せない音域を

——中野さんはこれまでBOOM BOOM SATELLITES、THE SPELLBOUNDとして長く活動されていますが、音声合成ソフトを使われたことはあるのでしょうか?

中野 制作で扱ったことはないです。OSに標準で付属するテキストスピーチのようなソフトに読ませたものを楽曲に組み込んだり、ヒップホップのようにサンプリングしたり、Spliceなどから持ってきたサンプルを貼り付けたりと、ネタとして使うことがほとんどでした。もちろん音声合成ソフトをボーカリストとして扱った音楽は耳にしてきましたが、これまでは自分で何かをやってみようというモチベーションを持ったことはなかったので、今回が初めてです。

——実際にSynthesizer VのPOPYとROSEの歌声を聴いてみた印象はいかがでしたか?

中野 最初にデモを見せてもらったときに、音声合成ソフトによって制作された楽曲達が、生身のボーカリストと楽曲を売り出すのと全く同じようにヒットチャートに押し上げられるようなことも今後出てくる……実存しないアーティストに感情移入するようなファンダムが生まれる、よりポピュラリティを獲得するような印象を持ちました。

——確かに音声合成ソフトとしては、これまで以上にリアルな歌声を実現しているかと思います。

中野 僕はやっぱり音楽クリエイターなので、良いツールに触れたときには、それを使ってどんな音楽が作れるのか、すぐ手を動かして制作したい衝動に駆られるんです。細かなボーカル表現の調整は必要でしたが、それでも十分な表現力の高さがあったので、Synthesizer V、POPYとROSEを使えば人間以上の表現も可能だなとも感じました。

——それはどういった点ですか?

中野 例えば息継ぎをしなくてもいいし、極端に低い声から高い声まで一曲の中で扱える。自然に歌わせることもできるけれど、それだけだと歌わせた意味が見いだせないようにも感じて。今回の楽曲では、あえて人間には出せないであろう音域の幅で歌わせてみました。

中野のプライベート・スタジオ、Tangerine House

中野のプライベート・スタジオ、Tangerine House。メインのDAWはsteinberg Nuendo、モニタースピーカーはECLIPSE TD712Z MK2、amphion Two18+Bass One25、AURATONE 5Cを用意している。モニターコントローラーのGRACE DESIGN m905、MIDIキーボードのStudiologic SL73 STUDIOのほか、Native Instruments Maschine MK3の姿も見える。写真右のシンセ類は上から、moog Sub Phatty、behringer 2600 Gray Meanie、moog Matriarch、SEQUENTIAL Prophet-6

Synthesizer Vの歌でどんな景色が見えてくるのか

——「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」「マルカリアンチェイン」それぞれのボーカルは、楽曲に合わせて選んでいるのでしょうか?

中野 そうですね。POPYとROSE、それぞれ合う方を選んでいます。POPYの場合、アイドルとオルタナティブパンク・ミュージックが混在しているようなエネルギッシュで攻撃的な声が印象的だったので、「世界中に響く~」で畳み掛けていくような疾走感を表現してみました。「マルカリアンチェイン」の方は、たおやかな表現や歌い上げていく感じ、あとは歌い出しの語りかけるような歌唱において、より深みのある表現力や包容力みたいなものがある歌手の方がより合うのではないかと思い、ROSEを選びました。

——制作はどのように進めていきましたか?

中野 日頃から作っているものと書き下ろした部分をかけ合わせているような感じでした。作詞は小林(祐介)君なので、まず小林君で仮歌を入れて、それを元にPOPYとROSEのボーカルを起こしていき、歌のテイクが完成したら声に合わせてトラックを調整していきました。表現の調整幅が無限にあって、テイクのバリエーションが無数にできてしまったので、それらのテイクをシーンごとに切り替えながら、さらにオクターブ上やシャドーになるものをレイヤーしていくことで、奥行き感や表現の幅を出したり、いろいろと試していきました。

——POPYが歌う「世界中に響く~」は、言葉がたくさん詰め込まれている印象があります。歌としてかなり難しそうにも思いましたが、小林さんが仮歌として歌っているときからあの歌は出来上がっていたのですか?

中野 もちろんです。THE SPELLBOUNDで追求している言葉の情報量と、それによって想起されるビジュアルイメージ……以前は英語詞のバンドをやってきたので、日本語でどれくらい表現を拡張できるのかが今のバンド活動の軸の一つになっています。それをSynthesizer Vに歌わせたときにどんな景色が見えてくるのかにとても興味がありましたね。

——仮歌を経て、出来上がったPOPYの歌声を聴いて、どのような印象を持ちましたか?

中野 すごく手応えがありました。それと同時にやっぱり調声したい部分もたくさん出てきて。人間のボーカリストでレコーディングする際、“ちょっと違ったかな”“もう1テイク録ろう”となるのと同じようにディレクションしていかなければいけなかったです。

——実際のレコーディングと同じような形でボーカルディレクションを行ったのですね。

中野 でも最近は録音後のエディットの精度が格段に上がってきているので、ボーカル録音の時間ってすごく圧縮されています。2、3テイク録ってお疲れさまでした、という現場は実際多いです。ボーカル録音の重みみたいなものはだんだんなくなってきていると感じるんですが、音楽の中心に据えられるものですから、できることなら画一的に修正するより、なるべく生々しいものをそのまま残しておきたいという考えです。その点Synthesizer Vは、やろうと思えばどこまでも追求できるので、果てしなく終わりがない。基準もないので、結構沼な作業かと思います(笑)。

——今回実際の調声作業は外部の方にお願いされたと聞いていますが、どのような指示を出されましたか?

中野 デフォルトのままだとすごくパワフルなんです。音符頭の“グイっ”とベンドするピッチの動きとか、昨今のJポップにおける旨味みたいなものが最初からかなり効いているんですよね。ビブラートの幅も大きいです。僕のイメージでは、両曲ともAメロを抑制の効いた感じにするのが重要でした。

——あえて抑えるようにすると。

中野 パワフルなところは大体そのままで大丈夫だったけど、いかに静かに、表現力豊かに歌わせるか。構成として前半のテンションを下げているからこそ後半が生きてくる。かつての音声合成ソフトはダイナミクスが狭くて、抑揚がないことが一番引かれない部分でした。ダイナミクスがないと音楽の感動はなかなか生まれてこないので、やや物足りないところがあったかな。Synthesizer Vはハイレベルな表現ができるので、自分の中にダイナミックレンジのイメージを持っている人だったらより深く使いこなせるでしょうね。記号的な音階で算数のように音楽を作るのではなくて、歌声という一番複雑なテクスチャーを音楽表現としてしっかりコントロールできる、自分の表現を拡張してくれるような存在だと思います。

——ここ数年で、音声合成ソフトでできることが大幅に増えているのですね。

中野 ボーカロイドは一つの文化を作ったと捉えています。ポップミュージックの歴史の中で、そういったアイコン的な表現って残るじゃないですか。例えば1970年代のソウルミュージックのボコーダーという楽器も、今の音声合成技術から見るとシンプルなものだけど、音楽スタイルとして残って、現代のポップミュージックに完全に組み込まれています。ボーカロイドもそういうふうに、日本の音楽シーンの中で一つのポジションを作って、ずっと存在し続けるんじゃないかな。でもSynthesizer Vはまたちょっとそれとは別の軸というか。

——別と言うと?

中野 異なるジャンルのゲームという感じがしますね。人が作ってない音楽がSpotifyでものすごい再生回数をたたき出しているなんてことも既に起きていて、それが一つのビジネスモデルにもなっている。実際には存在しないボーカリストが、アンセムを作って稼ぎ出していくっていうことは、すぐ現実になるだろうとも感じています。それが良いことなのか悪いことなのかを判断することに意味はなくて、作り手も聴き手も音楽を楽しむ選択肢が増えていくこと自体は、エキサイティングなことなんじゃないかなと感じています。

Synthesizer V POPY「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」

POPYが歌う「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」のSynthesizer Vプロジェクト画面の一部

POPYが歌う「世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて」のSynthesizer Vプロジェクト画面の一部。最上段のメインを中心に、オクターブ、ファルセット、ハモリパートなどが重ねられ、ブリッジ部分のコーラスも何層にもわたってレイヤーされている。最終的にはここからさらにボーカルのダブルを追加するなど、細かなアレンジが加えられた

サチュレーションで倍音成分を付加

——レイヤーしたハモリやオクターブ上のパートなども、Synthesizer Vの中で加工しているのでしょうか?

中野 Synthesizer Vが基本です。あとはエフェクトとして、少し広がりを持たせるために、ボコーダーを挿したりした部分もあります。

——「マルカリアンチェイン」は息を吸う音から始まるのが、人間なのかソフトなのか、一瞬混乱してしまう部分でもありました。Synthesizer Vはブレスも入力できるので、それがうまく活用されていると感じる部分です。

中野 唐突に歌が始まることの効果もあるんですけど、息継ぎを聴くことで、曲や歌声を待つっていう効果もあるんです。最近は息継ぎもそうだし、曲の最後のシンバルの余韻もすぐフェードをかけて切ってしまうっていう曲が多いですけど、僕はシンバルの余韻とかは読後感を味わっているようで好きです。みんな忙しいのかな(笑)。どんどん表現がコンパクトになっていきますよね。僕はかろうじてアナログで、アルバムをAB面で聴くような世代でもありますし、音楽を楽しむことに対してぜいたくに時間を使ってきた世代です。ブレスにはそこに人がいるかのような気配……足音が“コン”って鳴ってから歌いだしたり、オーケストラが最初にガチャガチャとチューニングを始めたり、ああいう雰囲気も好きなんです。今回はしっかり聴き応えのあるブレスが入っているなと思って、きちんと使わせていただきました。むしろコンプレッションして、ブレスが少し前に来るようにしています。

——ミックスにおいて、人間のボーカルと変えている部分はありますか?

中野 人間と同じ色気みたいなものを求めるのはまだ難しい部分があって。ソフトフェアの技術的にはこれから先のことだと思うんですけど、“あー”と伸ばした後半にだけ出てくるノイズ……喉鳴りの倍音成分が突いても出てこなくて。fabfilter Saturn、WAVES Vitaminなどサチュレーション系のプラグインをありったけ試しました。帯域ごとにひずみのキャラクターを変えられるsteinberg quadrafuzzや、Plugin Alliance noveltech CHARACTERで歌を前に出したりもしています。それらにオートメーションを書いて声を連続的に変化させる。音符単位で加工していきました。

——「マルカリアンチェイン」の後半には男性の声が重なってきますが、あれは?

中野 小林君の声が混ざっています。ROSEと問題なく混在できましたね。

Synthesizer V ROSE「マルカリアンチェイン」

ROSEが歌う「マルカリアンチェイン」のサビ部分のSynthesizer Vプロジェクト画面

ROSEが歌う「マルカリアンチェイン」のサビ部分のSynthesizer Vプロジェクト画面。画面下のパラメータ部分は、ボーカルスタイル“Powerful”の値を示しており、サビに入った瞬間から付加されるように設定されている。中野が「僕はやっぱり昔の人間なので、ちゃんと最後までストーリーが続いていく音楽が好きですね」と語るように、展開によって歌声の強さを変えることで、抑揚が表現されている

仮歌から作ったことが大きかった

——言葉の量の多さという点で、打ち込みでニュアンスを作り上げていくのもかなり大変なのではないかと感じました。

中野 恐らく、1回人間が歌っているからできた部分も大きいかと思います。ピアノロールに音符を連打していく感覚でやっても、後からデュレーションの調節に悩みそうですよね。でも1回人間が歌ってみることで、言葉の伝わりやすさが分かる。例えば“現れては消えて”というフレーズで、最後の“て”をスタッカートで切るか伸ばすかどうかで、言葉に対する聴き手の認知のスピードが変わってきます。人間はそれらを自動的に調整しながら話したり歌ったりしている生き物なんですよね。口を動かして言語化する作業をしないままピアノロールで打ち込むと、どうやって歌うのが正解なのか、すごく難しい調声が必要になると思います。そのいびつさ自体が表現と言うこともできますけど、今回はモデルとして仮歌を作ったところが、結構大きかったですね。

——もしかしたらそういった発想をお持ちでないクリエイターの方も多いように思います。

中野 ボカロPの場合、まず歌手がいないところから制作をスタートするケースが多いと思いますが、そこが立脚点の違うところなのかなっていうのは感じています。どちらの制作方法が正解というわけではありませんが、人が歌った歌は自然だという事実はありますよね。AIという言葉がたくさん使われているけど、基本的にはアルゴリズムとデータの集積なので、そこから自分の意思でより良い選択をして、一人の表現者としてリスナーを楽しませたいんです。

——ポップミュージックにおいてはボーカルが音楽の要だからこそ、表現が重要ということでしょうか?

中野 人の声自体がものすごい情報量を内包している、あらゆる芸術表現の中でも最も複雑で解き明かせない謎の多いものだというふうに僕は認識しているんです。ある人間がどのような人生を過ごしたか、その時間と質の分だけ倍音という深さや色が声に現れてくるものなんですよね。今回それに一歩近づいた面というのもあるんだけど、表現自体はやっぱり手を動かすクリエイターが構築していかないといけなくて、今日の時点ではまだそれは人間の手に委ねられている状態にあるということが分かりました。もう本気でコンピューターやソフトウェアが歌いたいって勝手に自己主張と自己表現を始めたときには、あらゆる意味で人類存亡の危機になってくるんじゃないかな(笑)。だからボーカルは最後の聖域なんじゃないかなって思います。やっぱり一番個性が表れる部分ですから。

——そのボーカルをこれだけリアルに作ることができるというのは革新的なことですね。

中野 これからSynthesizer Vのようなツールがあることで、自分だけのバンドやボーカルユニットを作れたりとかするわけじゃないですか。そのクリエイターの熱量や技術で、まだ聴いたことがない音楽が生まれていくんじゃないかと思うと本当に楽しみです。今回POPYとROSEを使って楽曲を作ったことで、とても面白い、興味深い体験をさせていただきました。まだまだこれからやってみたいことがたくさんあります。

中野雅之

ブレスなどの歌の余韻を大事にしています。そこに人がいるかのような気配が好きなんです

Release

『世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて』
夢ノ結唱 POPY
(ブシロードミュージック)

『マルカリアンチェイン』
夢ノ結唱 ROSE
(ブシロードミュージック)

作詞/作曲:THE SPELLBOUND ※両曲とも

【特集】夢ノ結唱 BanG Dream! × Dreamtonics Synthesizer V

製品情報

関連記事