マルチユニットのスピーカーによるクリアな拡声
JR高崎駅から徒歩5分ほどのところに位置する高崎芸術劇場。60年近くの歴史を持つ群馬音楽センターの精神を継承しながらも、現代の多様な公演に対応すべく2019年9月20日に開館したばかりの劇場だ。最大の特徴は、コンセプトの異なる3つのホールを有していること。2,027席を擁し幅広い演目が行える大劇場、7間舞台から平土間まで柔軟にレイアウト可能なスタジオシアター、生音の響きにこだわった音楽ホールの3つだ。今回は大劇場とスタジオシアターを中心に見ていこう。
まずは高崎芸術劇場の顔とも言える大劇場。オペラや歌舞伎なども行えるが、群馬交響楽団の本拠地としてふさわしい響きを有することが大きな条件の一つだったと、高崎芸術劇場の和南城広幸氏は言う。
「大劇場は響きを豊かにし、オーケストラの演奏をサポートするような音響にしたいということになりました。そのため、建築音響の段階からこだわったんです」
理想とするサウンドを音響設備の面からも追求すべく、メイン・スピーカーにはD&B AUDIOTECHNIK製のものが採用された。プロセニアム中央にはV8が6基、V12が2基、サブウーファーのV-Subが1基ずつ、サイドにはそれぞれV8が8基、V12が2基、V-Subが2基ずつフライングされている。V-Seriesを採用した理由をYSSの神谷康平氏が語る。
「マルチユニットのスピーカーを採用することで混変調ひずみを減らし、よりクリアな出音を目指しました。その考えにマッチしたのが3ウェイのV-Seriesだったんです。また、迫力のある音を届けるため高出力であることも欠かせません。そして、普段はスピーカーの性能を最大限に発揮するため露出させますが、持ち込みのスピーカーがある際には格納する必要があるので、フライングで設置することも重要な要素でした」
V-Subに加え、サブウーファーのJ-Subを片側につき3基ずつステージ上に設置することもあるという。迫力のある低域が必要な公演の増加が、導入の理由だと神谷氏は説明する。
「音楽であればロックであったり、演劇では雷のような効果音など、どのような低域であっても十分な迫力が演出できるようなシステムを組んでいます。低域不足とは言われない設備だと思いますね」
さらに、メイン・スピーカーのほかに、効果音再生用として集中シーリング・スピーカーとウォール・スピーカーが客席側に埋め込まれている。集中シーリング・スピーカーは、D&B AUDIOTECHNIK E12が7基、BI6-Subが1基という構成で、こちらも低域に重きを置いた組み合わせだ。主に演劇での効果音再生を目的として、シーリング・スピーカーにもサブウーファーを組み込み低域を補強することが増えてきたとYSSの佐川清達氏は言う。
「頭上からの豊かな低域の響きも非常に重要になってきています。飛行機が飛び去る効果音などの臨場感が増すため、シーリングのサブウーファーが活躍するんです」
一方、コンソールはYAMAHA RIVAGE PM7が採用されている。システム全体のサンプリング周波数を96kHzで構築し、入出力をDanteで接続できる点が大きなポイントだったと神谷氏が説明してくれた。
「ほかのシステムがDanteネットワークで構成されていたので、コンソールも含めてすべてをDante接続にした方が構築しやすいだろうということで採用しました。乗り込みのPAエンジニアの方がDante対応機材を持ち込んだ際にも、容易に接続できるという利点もありますね」
こうして組み上げられた大劇場の音響設備から送り出されるサウンドは明りょう度が高く、来場者からも好評だと高崎芸術劇場の小見直樹氏は言う。
「出音は非常にクリアですし、補助のスピーカーも多数設置されているため、どこの席に座っても遜色(そんしょく)無く聴こえます。演劇では2階席だと声が届きにくいというようなことも懸念されますが、客席各所にある補助スピーカーのおかげでセリフもはっきりと聴こえるんです。お客様からも大迫力なサウンドだと評価いただいていますよ」
V-Seriesによるライブ・ハウスに匹敵する音圧
続いて、座席を格納することでスタンディングにも対応するスタジオシアターを見てみよう。客席だけでなくステージの規模も演目に合わせて調整でき、黒を基調とした内装などライブ・ハウスを思わせる雰囲気が漂う。そこには高崎ならではの理由があると和南城氏が解説する。
「高崎市はBOØWYやBUCK-TICKを輩出した街ということもあり、公設のレコーディング・スタジオがあったりとバンド活動が盛んなんです。そこでスタジオシアターは小劇場的な利用に加え、スタンディングのライブにも対応するホールにしようということになりました」
こちらもスピーカーはD&B AUDIOTECHNIKで統一。左右それぞれV8を5基、V12を3基ずつフライングしている。サブウーファーはステージ上に片側につきJ-Subを3基設置。さらにセンターには演劇のセリフやアナウンス用にE12-Dを1基、E8を2基設置している。大劇場よりも小規模な空間ながら、それとほぼ同等のスピーカー構成にしているわけを神谷氏が解説してくれた。
「コンセプトの一つがライブ・ハウスだったため、常設設備でありながら、ライブで使用できる迫力でなければということで、V-Seriesを採用しました。ロックのライブなどでは低域も非常に重視されるので、サブウーファーも大劇場と同じJ-Subを導入しています。来場者の方々からも、ダイナミックな音像だという感想をいただいていると伺っていますよ」
スタジオシアターではライブや演劇に加え、月に1回ほど映画の上映会も行っているという。高崎市は2019年で33回目を迎える高崎映画祭が開催されたりと映画にもゆかりのある街だ。映画館に匹敵するような鑑賞環境を整えるべく、7.1chでの再生に対応したと佐川氏は言う。
「フロントのL/Rchはフライングのものを使っていますが、それ以外は仮設のスピーカーを使用しています。こちらもすべてD&B AUDIOTECHNIK製で、E8、E12、E12Dを上映会の規模に合わせて適切な場所に設置しているんです」
このように、各ホールのコンセプトに合わせ最適な音響設備を構築したYSS。和南城氏も非常に満足しているという。
「YSSにはタイトな工期の中で、最大限の設備を手掛けていただけたと思います。今後もお客様の要望を聞き改善していく予定なので、末長くお付き合いいただきたいです」
小見氏もこれからの運用に期待を寄せている。
「YSSに組んでいただいたシステムにより、ホールの可能性が広がったように感じます。まだ開催されたことのないさまざまな公演にも対応できるだろうと思うので、楽しみです」
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