ポール・ブライアンとジェフ・パーカーが開拓するLAジャズ・シーンの制作スタイル 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.162

繰り返し持続する音がもたらす“ディスクリート(控えめで思慮深い)”な感覚 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.161

 ポール・ブライアンは日本ではあまり知られていないプロデューサーかもしれない。だが、彼とその周辺のミュージシャンたちが作り出すサウンドは、魅力的で際立っている。作曲家、ベーシストでもある彼は、シンガー・ソングライターのエイミー・マンのアルバム『Mental Illness』(2017年)のプロデューサーとしてグラミーを受賞した。最優秀フォーク・アルバムに輝いた本作の他、彼女の現在のところの最新作『Queens of the Summer Hotel』(2021年)までの計5作のプロデュースを手掛けてきた。彼女の音楽は、以前はジョン・ブライオンやジョー・ヘンリーがプロデューサーを務めていたが、2000年代半ば以降は、バンド・メンバーでもあるブライアンと共に作り上げてきたものだ。

 パンク、ニューウェーブのルーツからオルタナティブ・ロックを経て、1970年代のシンガー・ソングライターをさかのぼり、ブルース、カントリー、フォークの世界を掘り下げて、独自の表現に至ったエイミー・マンの音楽は、特に10枚目のスタジオ・アルバム『Queens of the Summer Hotel』において一つの完成形を見た。ブライアンは洗練されたオーケストレーションを手掛けて、彼女の歌をより豊かなサウンドに仕上げてみせた。このアルバムは、ブライアンだけではなく、ベーシストのアンナ・バタースやキーボーディストのリー・パルディーニも参加していた。ブライアンの周辺にはLAのジャズ・シーンで注目されるミュージシャンたちがいて、そのコミュニティとも言える関係性の中から、興味深いサウンドが生み出されている。

 

『Queens of the Summer Hotel』Aimee Mann(SuperEgo Records)
エイミー・マンの長年のコラボレーターであるポール・ブライアンがオーケストレーションを担当した作品

 

 ブライアンは、ギタリストのジェフ・パーカーのアルバム『The New Breed』(2016年)のプロデュースを手掛けたことでも知られる。そして、本作のベーシストとしてパーカーのライブにも参加している。『The New Breed』はジャズ・ギターとパーカー自らが組み立てたドラム・シーケンスやループが有機的に重ねられている。ジャズとヒップホップのつながりを象徴するアルバムの一つであり、パーカーの代表作だ。このアルバムに注目が集まり、多くのリスナーを獲得したのは、パーカーの独自の音楽性はもちろんのこと、これまでの彼のプロダクションより少しカラフルなサウンドとハーモニックで有機的な響きを持っていたのも要因で、それにはブライアンの関与が大きかったのではないだろうか。

 

『The New Breed』Jeff Parker(rings/International Anthem)
トータスのメンバーでもある、ジェフ・パーカーのジャズとヒップホップが調和した一作

 

 ブライアンのプロデュース作ではないが、彼によるオーケストラのアレンジが全面にフィーチャーされ、高い評価を受けたアルバムに、LA出身のフォーク系シンガー・ソングライター、ニーナ・ナスタシアの『Outlaster』(2010年)がある。スティーヴ・アルビニが見出し、レコーディングした彼女の歌には独特のゴシック的な陰りを感じるが、このアルバムでは弦楽と木管のカルテットの中でこれまでとは異なる響きを帯びた。レコーディングにはパーカーも参加していた。彼によれば、ブライアンは大学(バークリー)時代からの友人だという。プロデューサーとしてのブライアンは、シンガーの仕事を手掛けることが多かったが、『The New Breed』以降はインストゥルメンタルの音楽にも積極的に関わり、パーカーやパルディーニが参加したソロ・アルバム『Cri$el Gems』(2020年)も制作して、LAのジャズ・ミュージシャンとの関係も深まった。そして、そのコミュニティ的な関係性の中で、シンガーや歌もののプロダクションにも影響を与えるような動きが、特にこの数年、具体的に見えてきたように感じている。パーカーやバタース、パルディーニの他に、サックス奏者でミシェル・ンデゲオチェロの新作『The Omnichord Real Book』をプロデュースしたジョシュ・ジョンソン、ブレイク・ミルズやピノ・パラディーノとの共演で知られるドラマーのエイブ・ラウンズもそのコミュニティの一員だ。

 

『Outlaster』Nina Nastasia(Fat Cat Records)
LA出身のシンガー・ソングライター、ニーナ・ナスタシアの2010年作。プロデューサーはスティーヴ・アルビニ

 

『Cri$el Gems』Paul Bryan(self release)
ジェフ・パーカーやリー・パルディーニらが参加したポール・ブライアンの2020年作

 

 『The New Breed』の続編といえる『Suite for Max Brown』(2020年)の制作背景を語ったパーカーとブライアンのインタビュー※1によれば、ブライアンが持つ天井の広いホーム・スタジオで、2人はこの数年一緒に仕事をしてきたという。それ以外にもブライアンのスタジオが数カ所あり、パーカーのホーム・スタジオを含めて、各所で個別で録音した素材の編集から『Suite for Max Brown』は制作された。それなのに、まるでジャズのセッションの録音のように聴こえる仕上がりについての、2人の話がとても興味深い。

※1https://paulbryan.us/page-11/index.html

 「これは、ジャズや即興音楽全般に言えることだけど、多くのミュージシャンにとって、このような状況に対処するのはとても不安なことだ。通常、ほとんどのジャズや即興音楽は、ミュージシャン同士が近くにいて、視覚的な合図に頼っている。ポールの家では、すべてを完全に隔離することができるんだ」(パーカー)

 「バランスが難しいけどね。オーバー・ダビングに慣れていたり、快適に感じる人ほど柔軟だ。ジャズ・ミュージシャンは一緒に即興演奏するのが得意だから、常にほかの人とコミュニケーションを取りながら演奏するのが精神の一部なんだ。ジェフはどちらの世界でも素晴らしいし、僕も間違いなくどちらの世界でも快適にやっていけるようになった。レコーディングの面では、特にジェフのようなユニークなプロセスを持っている人とは、常にその両方を手に入れようとしている」(ブライアン)

 他者とコミュニケーションを取って成立する即興演奏と、オーバー・ダビングのような編集プロセスとの関係は、本連載で以前取り上げたシドニー・ベシェやレニー・トリスターノの時代から綿々と続くことであるが※2、パーカーとブライアンたちはそれを更新している。上記のインタビューでパーカーは、『The New Breed』の「Jrifted」という曲を例に挙げて、即興演奏とシーケンスの関係を具体的に説明している。

※2https://www.snrec.jp/entry/column/tciy132

 それによれば、この曲ではREASON STUDIOS Reasonでシーケンスを組んだ、パーカッシブではないがグリッド上にあるループに沿って即興で演奏し、そこでは時間に対して柔軟に対応したという。「Jrifted」には人の声や管楽器などのループが鳴っているシーケンスを確認できる。“それが即興演奏と混ざり合うことで、抽象的なサウンドになり、時間が伸縮自在のように聴こえる。それがあの音楽で実現しようとしたことだ”とパーカーは語っている。ループが背景にあっても、有機的でジャズに感じられる演奏がこうして実現した。

 このパーカーのやり方を、ブライアンは“型破りでとても楽しい”と称賛する。『The New Breed』を一緒に作り上げたことで、パーカーの音楽をより深く理解するとともに、そのやり方を自分の音楽やプロデュース作品に反映させるようになった。それは、彼らの周辺のミュージシャンたちにも共有されている。パーカーも参加した『The Omnichord Real Book』も、そして、ブライアンがプロデュースしたパルディーニの新作『August Scorched Earth』もそうだ。彼らが作り出す音楽と制作スタイルは、現在着実にフィールドを広げていると感じる。

 

『August Scorched Earth』Lee Pardini(GroundUP Music/Core Port)
LAのフォーク・ロック・バンド、ドーズのキーボード奏者リー・パルディーニの最新作。プロデューサーはポール・ブライアン

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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