スティーヴ・ライヒの新譜はこの数年だけでも、立て続けにリリースされている。今年に入っても、ミヴォス・カルテットによる弦楽四重奏曲集『Steve Reich: The String Quartets』のリリースがあったばかりだ。現在86歳のライヒが自身のディスコグラフィーを振り返るインタビューが最近公開されたのだが、それは“録音が役に立たないと言う人は、その音楽がひどいか、うそつきだ”という言葉で始まる(※1)。リチャード・マックスフィールド、ポーリン・オリヴェロスとのオムニバス盤『New Sounds in Electronic Music』(1967年)が最初の商業的なリリースだった膨大なディスコグラフィーを振り返ると、ライヒの活動は録音と音楽レーベルとともにあったと改めて分かる。レーベルも多岐にわたり、その中には、アルバート・アイラーやサン・ラーをリリースしたフランスの伝説的なインディー・レーベルShandarもあれば、ドイツのECMも含まれる。
(※1)https://tidal.com/magazine/article/steve-reich-backstory/1-89237
『Steve Reich: The String Quartets』Steve Reich、MIVOS Quartet(Deutsche Grammophon)
バルトークに影響を受けた「Triple Quartet」、アメリカ同時多発テロを題材とする「WTC 9/11」など3作品を収録
ジャズ・レーベルのECMから『Music For 18 Musicians』がリリースされることにライヒ自身は当初懐疑的だったが、このアルバムは大きな成功をもたらした。ライヒによれば、これは当初Deutsche Grammophonの新レーベルからリリースされる予定で、ライヒのほかに、シュトックハウゼン、チック・コリア、バリの音楽がリストアップされていたという。Deutsche Grammophonでシュトックハウゼンを手掛けていたプロデューサーのルドルフ・ヴェルナーのたっての希望で『Music For 18 Musicians』の録音は行われた。ところが一向に新レーベルはスタートせず、ヴェルナーが音源をECMに売り込んだというのがどうやら真相のようだ。実際、『Music For 18 Musicians』のプロデュースにはECMのマンフレート・アイヒャーは関わっていない。このリリース当時、ライヒは世界的に知られる作曲家ではあったが、リリース作品を残すことには苦戦していた。
『The ECM Recordings』Steve Reich(ECM New Series)
ライヒが1976年から1981年にかけて録音した作品のボックス・セット。プロデューサーはECMのマンフレート・アイヒャー
結果的に、『Music For 18 Musicians』は初年度に10万枚以上のセールスとなった。動きが多い和声と異なるリズム・パターンからなるアンサンブルは、アコースティック楽器がメインのサウンドにもかかわらず(一部の声楽と楽器のマイクにエレクトロニクスが使われた)、同時代のロックやジャズのリスナーにもアピールする音楽だった。その魅力も、作品としてリリースされたからこそ伝わったことだった。
その後、ライヒはアイヒャーのプロデュースでECMに2作品の録音を残した。ライヒのリリースの成功がきっかけとなって、ECMはジャズとは別のラインの、現代音楽、クラシック音楽、古楽などにフォーカスしたNew Seriesを1984年にスタートさせた。しかし、ライヒ自身はNonesuchに活動の場を移した。そして、現在に至るまでライヒの多くの作品をリリースしてきたNonesuchでは、ライヒとプロデューサー、エンジニアとのチームが生まれることになった。その中心がジュディス・シャーマンとジョン・キルゴアだった。
シャーマンは現代音楽、クラシック音楽のエンジニアとして1970年代から活動をし、グラミーを幾度も受賞しているが、ライヒの録音にはNonesuchの初期の代表作である『Drumming』や『Different Trains / Electric Counterpoint』からプロデューサーとして関わった。キルゴアは、フランク・ザッパの初期の録音にアシスタント兼コーラスとして参加し、Vanguardのスタッフ・エンジニアなどを経て、ブロードウェイの舞台を手掛ける老舗の音響会社Masque Sound & Recordingのレコーディング・ディレクターを長らく務めた。ライヒはこの2人について、先のインタビューでこう述べている。
「ジョンとジュディはチームだった。ジョンがエンジニアリングを担当し、ジュディがレコードをプロデュースしていた。いわば、ガラスの両脇にいたようなものだ。でも、ジュディと私は一緒に仕事をし、私が演奏、彼女がプロデュース、そして2人で編集した。だから、素晴らしかった。ジュディには、魅力的にムチを打つ方法があったんだ(笑)」
大胆なサンプリングを導入した「City Life」の収録された『City Life / Proverb / Nagoya Marimbas』(1996年)やECMの再演である『Music For 18 Musicians』(1998年)から、このチームの存在がクレジットに確認できる。その後もNonesuchからリリースされた、弦楽四重奏とテープのための『Triple Quartet』、コーラスとオーケストラによるリズミカルなアンサンブル作品『You Are(Variations)』、2本のエレクトリック・ギターを使った「2x5」を含む『Double Sextet / 2x5』、クロノス・クァルテットの委嘱によって書かれた弦楽四重奏曲集『WTC 9/11』などが、このチームで制作された。2018年リリースの『Pulse / Quartet』がクレジット上ではおそらく最後の作品になる。
『City Life / Proverb / Nagoya Marimbas』Steve Reich(Nonesuch)
ライヒによる3作品を1枚に収録。「City Life」では、NYの路上でサンプリングした音源とオーケストラを組み合わせている
『You Are(Variations)』Steve Reich(Nonesuch)
4つのパートからなる組曲とチェロをフィーチャーした楽曲で構成されたアルバム。2005年にハリウッドのキャピトル・スタジオでレコーディングされた
『Double Sextet / 2x5』Steve Reich(Nonesuch)
2010年作。「Double Sextet」でライヒは、ピューリッツァー賞音楽部門を受賞。ライヒの最高傑作と評するメディアもある
これらには、Nonesuch以外からのリリース作品と比べて、より多くのリスナーを引き付けるものがある。それはプロダクションによるところが大きかった。特に1990年代後半から2000年代前半にかけての作品は、編集やミックスが作品の一部として欠くことができないものとして機能しており、同時代のポピュラー音楽の動向と決して無関係ではなかったことを示している。
一方で、ブライアン・イーノはライヒの録音に関して、こんな発言を残している(※2)。
「『Drumming』のような作品を録音しようとすると、オーケストラのドラムを使い、硬い演奏とひどい録音になってしまう。彼(ライヒ)は、レコード音楽の歴史から何も学んでいない。ポップス界が録音でやっていることを見てみたらどうだろう。素晴らしいミュージシャンが、自分の演奏を本当に感じて、信じられないようなサウンドを作り出している」
(※2)https://www.theguardian.com/music/2010/jan/17/brian-eno-interview-paul-morley
イーノは、ライヒの初期のテープ作品や、ミュージシャンおのおのに異なるスピードで曲を演奏させて同期を崩させる手法などに多大な影響を受けたと認めている。実験的な音楽のプロセスやシステムを好むとともに、イーノはポップスの世界にある“効果”に対する姿勢も好む。例えば、ザ・ナショナルのブライス・デスナーのギターをフィーチャーした「2x5」の平坦な録音にはイーノと同じような感想を抱かざるを得ないのだが、しかし、ライヒの『Drumming』以降のNonesuchの作品に表れているのは、イーノが“ポップスは完全に結果重視で、非常に強いフィードバック・ループがある”という世界と無縁ではない音楽に感じられるのだ。ポップスのように、リリースごとにうまく行ったか否か、売れたか否かがストレートに問われないにせよ、ある種の現実的な緊張感の上に成立していた音楽だ。だから、作曲や演奏のみならず、自らミックス、編集、プロデュースの一部を担ったのだとも思う。ライヒは、フィリップ・グラスのように映画や舞台と積極的にクロスオーバーすることはなく、ラ・モンテ・ヤングのようにストイックに沈黙を貫くこともない。ただ、リリースを途切れさせずに継続した。その背景を改めて興味深く感じているのだ。
原 雅明
【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』