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イベント「TOKYO KANKYO」から振り返る環境音楽の“環境”とこれからのリスニングについて 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.155

イベント「TOKYO KANKYO」から振り返る環境音楽の“環境”とこれからのリスニングについて 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.155

 東京の千代田区に九段ハウス(旧山口萬吉邸)という、1927(昭和2)年に建てられた地上3階地下1階の鉄筋コンクリート造りの洋館がある。財界人の私邸だったが、強固な耐震性の構造とスパニッシュ様式を採り入れた意匠が歴史的価値を持つと認められ、国の登録有形文化財として登録されている。2022年12月にこの九段ハウスにおいて、「TOKYO KANKYO」という環境と音についてのプロジェクトの立ち上げイベントが行われた(※1)。九段ハウスの管理、運営を担っている東邦レオは都市緑化や省エネ事業を手掛ける会社で、LA発のネット・ラジオdublab.jpと組んで都市のランドスケープにおける音の問題に取り組もうとしている。そのキックオフの企画として、1980年代の日本の環境音楽やサウンドスケープの取り組みを振り返るトークと九段ハウスの環境を生かしたリスニングのイベントが開催された。トークには、1980年代の環境音楽の現場に関わった作曲家、プロデューサーの尾島由郎、音を社会に実装するサウンドスケープ・デザイナーとして活動してきた庄野泰子、フィールド・レコーディングを音作りに反映させている音楽家、プロデューサーのYosi Horikawaの3氏に登壇いただいた。僕もdublab.jpのメンバーとしてトークに参加した。

※1TOKYO KANKYO:β(22.12.16) - dublab.jp

「TOKYO KANKYO」の会場となった東京都千代田区にある九段ハウス Photo:anna fujiwara

「TOKYO KANKYO」の会場となった東京都千代田区にある九段ハウス
Photo:anna fujiwara

トーク・セッションの模様。左から尾島由郎氏、Yosi Horikawa氏、筆者

トーク・セッションの模様。左から尾島由郎氏、Yosi Horikawa氏、筆者

サウンドスケープ・デザイナーの庄野泰子氏(写真中央)

サウンドスケープ・デザイナーの庄野泰子氏(写真中央)

当日はDJ KENSEIによるリスニング・イベントも行われた

当日はDJ KENSEIによるリスニング・イベントも行われた

 2019年にアメリカ、シアトルのレーベルLight In The Atticがリリースした日本の環境音楽のコンピ『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980–1990』(以下『Kankyō Ongaku』)は、グラミー賞の最優秀ヒストリカル・アルバム部門にノミネートされて世界的な注目を集めた。このコンピのコンパイラーであるビジブル・クロークスのスペンサー・ドーランがDJとして熱心に日本の音楽を発掘し、紹介してきたことが背景にあった。同じくLight In The Atticからリリースされた日本のシティ・ポップのコンピ『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR And Boogie 1976-1986』は、LAのdublabの創設者であるフロスティことマーク・マクニールがコンパイラーを務めたが、彼も以前から環境音楽に関心を持ち、それにインスパイアされてdublabではLAのさまざまな場所で音を扱う活動も行ってきた。

 

『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』V.A.(Light In The Attic)
清水靖晃、吉村弘、尾島由郎らが1980年代に作った楽曲をコンピレーションしたアルバム

 

 こうした海外からのアプローチによって、芦川聡『Still Way(Wave Notation 2)』、吉村弘『Music For Nine Post Cards』、尾島由郎『Une Collection Des Chainons I: Music For Spiral』、広瀬豊『Nova』など、環境音楽の代表作のリイシューも進んだ。しかし、音楽的な再評価が進む一方で、環境音楽の“環境”はあまり振り返られることはなかった。尾島さんが音楽を制作した複合文化施設スパイラル(※2)は現在も東京の南青山にあるが、1980年代に環境音楽が実際に流れていた商業施設のほとんどは、今は存在しない。だから、環境と切り離された音楽として環境音楽は聴かれてもいる。

※2スパイラル SPIRAL|東京 青山 表参道の複合文化施設

 今回のトークでは、スパイラルにおいて環境音楽がどのように実装されていったのかについての説明もあった。それは僕自身のスパイラルの記憶をたどる話でもあった。スパイラルホールやレストランのCAYで開催される音楽イベントに幾度となく通い、やがてはイベントの企画をする側にも周り、1階の入り口にあったレコード・ショップ(フロスティのお気に入りだった)に自分で作ったレコードを納品しに行ったことも思い出した。日常的に利用されるカフェもそこにあり、展覧会、演劇、ダンス、ファッション・ショーなども催されるまさに複合文化施設だが、僕にとっては建物全体が音楽の記憶と結びついている希少な場所でもある。そして、環境音楽も自然に存在していた。ホールに向かう階段を登りながら、そこにかすかに鳴っていた音を特段気には留めていなかったが、『Une Collection Des Chainons I: Music For Spiral』を聴いていると不意に何かを思い出すことがある。環境音楽は積極的な聴取を促さないが、記憶の片隅にあり、感情や思考と共に残ることもあるのだ。

 

『Une Collection Des Chainons I: Music For Spiral』尾島由郎(WRWTFWW)
尾島が作曲、演奏、録音、ミックスを手がけた1988年作。スイスのレーベル、WRWTFWWが2019年にリイシュー盤を発売

 

『Serenitatem』Visible Cloaks, Yoshio Ojima & Satsuki Shibano(インパートメント/RVNG intl.)
尾島のファンだったというビジブル・クロークスが連絡を取り、音源の交換と来日時のレコーディングで完成させた作品

 

 トークの前に、庄野さんが編著者として名を連ねる『波の記譜法 環境音楽とは何か』を読み返していた。1986年に出版された書籍で、当時注目されていた環境音楽についての音楽家や研究者たちのさまざまなテキストをまとめたものだ。サウンドスケープの提唱者であるレーモンド・マリー・シェーファーが序文を寄せ、環境音楽の第一人者で1983年に亡くなった芦川聡の遺稿集が第一部を構成していた。彼は環境音楽について、“人の生活の中で風景となる音、日常の中で人間との密接な関係を作る音楽”であり、“環境の音楽と言っても、特定のジャンルの話ではなく、ライフスタイルや生活の態度の問題を音を通して捉えなおそうという発想”だと述べた。アンビエント・ミュージックの流れもくみつつ、環境により密接に結びついた音にフォーカスした。それは、環境に溶け込み、風景となればなるほど、音は個人の中に在り続けるということを明かそうとしていたようにも思う。

 1980年代に環境音楽はちょっとしたブームになっていた。西武百貨店や無印良品、スパイラルを運営するワコール・アートセンターなどが環境音楽を採り入れたのは、個人のライフスタイルが尊重され始めた時代の流れもあったからだ。『Kankyō Ongaku』のライナーノーツを執筆したドーランは、環境音楽が商業的な利益と結びついていたことも正しく指摘している。資本主義、消費社会の文化として存在したが故に、1990年代初頭のバブル崩壊と共にシーンも消滅した。環境音楽がKankyō Ongakuとして再パッケージ化されるまでの間に行われてきたことには、今回のトークでは時間が足りずに残念ながら触れることができなかった。

 バブル崩壊以降もさまざまな商業施設の環境音楽を手掛けてきた尾島さんにも、環境音楽の制作には向かわずに音風景(サウンドスケープ)のデザインから公共空間や都市計画の在り方に関わった庄野さんにも伺いたいことはまだたくさんある。また庄野さんの元で働いたこともあるYosiさんには環境音のフィールド・レコーディングを使った制作依頼がある背景も詳しく伺いたいと思う。環境音楽には、作家性を排除しようとする音と、それでも現れる作家性を帯びた音が折り重なっている。『Kankyō Ongaku』としてまとめられた音を聴いて改めて感じたのはそのことだ。環境音楽には消すに消せない個の表現が強く現れてくることを尾島さんも指摘していたが、それは海外が再発見して評価する日本特有の表現の本質にあるものなのかもしれない。そう捉えるならば、環境音楽が環境から離れて純粋に音楽として聴かれることは、ポジティブに捉えていいのかもしれない。

 いずれにせよ、こうした聴取体験の変化も踏まえた上で、これからの環境と音について考えていくのが「TOKYO KANKYO」というプロジェクトである。そして、九段ハウスの石造りの地下スペースを活かすようにTAGUCHIのスピーカーを配して、DJ KENSEIさんが作り出したリスニング空間が今後の可能性を示唆していたことも書き添えておきたい。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって

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