ハイエンド真空管機材を手掛けるMANLEYの現在〜エヴァンナ・マンリー氏来日インタビュー

真空管アウトボードやマイクを手掛けるアメリカン・ブランドMANLEYと、その国内輸入代理店フックアップが、パートナーシップを結んで30年を迎えた。その周年を祝うために昨年来日したMANLEYの社長エヴァンナ・マンリー氏とセールスディレクターJBリエール氏に、ここ数年の社会情勢の変化における影響やMANLEY製品について話を伺った。

コロナ禍でハイエンド製品が売れたのは”人生一度きり”だから

─ フックアップとのパートナーシップがめでたく30年を迎えました。

エヴァンナ・マンリー(以下、エヴァンナ) フックアップとは1992年からのお付き合いで、当時私は24歳でした。人生の半分以上をフックアップと共に歩んでいるんですよ。

JBリエール(以下、JB) メーカーと代理店はどこかのタイミングで別の道を歩むことが多いのですがフックアップとはずっと関係性が続いている。これは素晴らしいことだな思います。近年はコロナ禍の影響でオンライン会議がメインになりましたが、直接会ってコミュニケーションをとることも大事。ようやくこうやって日本に来ることができました。

エヴァンナ カリフォルニア州はマスクをしなくても良くなりましたが、まだ感染者が増えているので新型コロナウィルスを移さないための課題は続いています。

─ 新型コロナウィルス感染拡大によってどんな影響がありましたか?

エヴァンナ カリフォルニア州は7週間ロックダウンしてしまったので、従業員に部品を家に持ち帰って組み立ててもらったんです。組み立てた製品は再び工場へ戻してもらうんですが、曜日ごとに出社する人を変えるなど、コロナ感染防止に努めました。普段フランスに住んでいるJBとのミーティングは、オンラインに切り替えたところ細かなスケジューリングができるようになり効率が上がりましたね。

売り上げにも影響ありましたか?

エヴァンナ 売り上げはコロナ禍の前の2倍になりましたが、従業員の仕事量が増えてしまいました。私も週に80時間から100時間ほど働いていましたね。今もそれが続いていて、生活とのバランスが取りにくい状況にあります。

─ 売り上げの原因は、ホームレコーディングの需要が増えたからでしょうか?

エヴァンナ そうですね、オーケストラの人たちも家でリモートで録音していましたし、ほとんどのミュージシャンがスタジオでレコーディングできなかったので、家で使用するための需要が増えました。とにかくコロナ禍によって、プロオーディオとハイファイオーディオの両方でビジネスが膨れ上がったことは確かです。

─ 特によく売れた製品は何でしょうか?

エヴァンナ プロオーディオ製の中では、マイクは売れていますが、印象的なものだと25年作り続けているチャンネルストリップのVOXBOXです。とても高価な製品ですが、よく売れました。

MANLEY VOXBOX。同社のMono Mic Preampにコンプレッサー、3バンドのピークディップEQ、リミッター/ディエッサーを備えるチャンネル・ストリップ

JB このような製品が売れたのは、政府からの給付金を自分が好きなことに費やそうという人が増えたというのも原因のひとつかもしれません。

エヴァンナ コロナというパンデミックが起こったことで、明日何が起こるかわからない、YOLO=You Only Live Once(人生一度きり)ですから。自分の人生見直そうとして一番良いものを買おうとしたのかしらね。

エヴァンナ・マンリー社長

─ 半導体や電子部品の世界的な供給不足は影響ありましたか?

エヴァンナ はい、ありました。コロナ禍以前は発注から部品が届くまで4週間程度だったのですが、今は14週間から16週間もかかっています。主な原因はウクライナとロシアの戦争です。真空管はアメリカのメーカーと取引しているのですが、その工場はロシアにあります。今回の戦争で真空管の仕入れルートの変更を余儀なくされたため、コストが余計にかかってしまいました。同時に真空管の買い占めが始まり、世界的に価格が高騰しています。チェコや中国の真空管も2倍以上に値段が上がりました。これが我が社の2022年の2月以降の大きな問題です。

─ 製造するために十分の真空管はストックされているのでしょうか?

エヴァンナ 2022年1月頃、ニュースで戦争が始まりそうだということを知っていたので、前もって確保することができました。ほかにも中国から仕入れてチェックしてみたんですが、MANLEYのサウンドクオリティを保つことができなかったので、サウンドにかかわる部分以外の最適な場所で使うことにしました。真空管は他のパーツに比べて高価ですから、我々にとっても大きな出費になります。コロナ禍は、限られたリソースの中でやりくりするということが身につきましたね。

─ ものづくりをベースにした企業活動にとっては、大変ですね。

エヴァンナ この仕事をして33年になりますが、ちょっとした傷でもお客様からクレームが入ったりしますから、例えば「シャーシに傷を付けないように」と従業員に注意することも必要ですが、製品の表面をどう保護したら良いのか、傷が付きにくい素材はないのかなどに気を使う必要があります。こうやって毎日課題が起きるので私としては飽きることはないです。

メイド・インUSAにこだわる理由

─ 生産を中国などのアジアへ移すメーカーが多い中、MANLEYがカリフォルニアでの製造にこだわる理由は、やはり製品のクオリティを重視しているからでしょうか。

エヴァンナ まず第一にメイド・インUSAを推したいから、そしてこの地域に住む人たちを雇用することでビジネス面からサポートしたいからです。コストがかかることではありますが、社会にとって良い影響になると思うんです。家族全員がMANLEYにかかわっているスタッフもいますし。

─ まさにファミリービジネスですね。

 それに海外の工場に任せてしまうと、技術を盗まれてほかの会社に売ってしまうという危険性があります。中国に製造をすべて任せているメーカーもありますが、パーツごとに工場を分けていて情報漏洩を防いでいるようです。知的財産について大きな課題ですね。

─ コピー商品が出回る原因にもなりますからね。

エヴァンナ そうですね。誰かがMANLEYの製品を買って回路をトレースすることはそんなに難しくないと思うんです。詳しくない人は値段だけで判断して買ってしまう可能性もありますし。コピー製品をできるだけ排除することはそういったお客様を守ることにもなるので注意しなくてはいけません。

Manley Powerへのアップデートと新製品構想

─ このインタビューの場には、ここ10年以内にリリースされた製品が置かれています。

エヴァンナ アウトボードはCOREが2014年、それ以外は2015年から2016年にかけて発売されたものです。有名なオーディオデザイナー、ブエナ・プッツェイス氏がデザインしました。これらにはすべて新しいパワーサプライ“Manley Power”に対応しています。

アウトボード:(上段から)MANLEY CORE、FORCE、NU MU、ELOP+。マイク:(左から)Reference Silver、Reference Gold、Reference Cardioid

─ 今ではReference Silver以外のマイクも、すべて電源ユニットがManley Powerに対応しましたね。

エヴァンナ Reference Silverは元々Manley Powerで設計されていたのですが、2020年に残りの2つのマイク、Reference GoldとReference CardioidもManley Powerにアップデートしています。リニア電源からスイッチイング電源のManley Powerに改良するまで多くの時間がかかりました。VOXBOXとMassive Passive Stereo Tube EQもManley Power対応に昨年アップデートしています。以前のリニア電源モデルの電源スイッチは黒でしたが、Manley Powerのスイッチは赤いプッシュ式です。遠くから見ても違いが分かるように赤色にしました。マイクに関しては旧モデルが6ピン、Manley Power対応モデルが7ピンです。

Referenceシリーズのマイクに付属する新しい電源Manley Power。従来の電源より静かであらゆる電圧や周波数に対応するユニバーサル方式で世界中のどこでも動作する

─ これからしばらくはレガシー商品のManley Power対応が開発のメインになっていくのでしょうか?

エヴァンナ いいえ、これからは新しい製品開発にもフォーカスしていきますよ。アイディアはたくさんあるんですが、少数精鋭でやっているので時間はかかりますが。

─ それは楽しみですね! プロオーディオ部門の新製品として期待していいのでしょうか?

エヴァンナ そうですね。詳細はまだ言えませんが、すごく斬新なアイデアです。ここ数週間はその製品開発のためのすごく細かい作業に追われていました。健全な会社を続けるためには細かい作業も繰り返さないといけないんです。

─ エヴァンナさんは、仕事の上でどんなことにエキサイティングだと感じますか?

エヴァンナ 製品の良さを説明するとき、新製品のアイディアを出すときにエキサイティングだと感じます。小さなアイディアから商品化まで何年もかかるので、フラストレーションも溜まりますけどね。昔はアイディアから商品化まですごく短かったのですが、会社が成長するにつれてどんどん時間がかかるようになってきました、何か実現しようとするとそれだけ労働力が必要になりますし、お金が必要になる。そこのバランスを取るために長く時間がかかることもあるんです。あ、なんだか経営の授業みたいな感じになっちゃいましたね(笑)。

JB あと、エキサイティングなことといえば、日本に来ることでしょ?(笑)

エヴァンナ もちろん! 皆さんにお会いしてこうやってつながることがすごく楽しいです。

セールスディレクターJBリエール氏

─ 日本といえば、最近の円安で輸入品の値段が上がっています。

エヴァンナ うう……もう最悪ですよ。

JB どうしてこうなったんですか? アメリカは金を買うよりドルを買う人がいるくらい経済が上がっているというのに……。

エヴァンナ 我々も本当は仕入れのコストが上がっているので、製品の値上げをしたいと思っているのですが、製造工程を見直すなどしてなるべく現状の価格が維持できるように努力しています。

─ 逆に円安の影響で日本には来やすくなりますね(笑)

エヴァンナ そうですね、それはありがたいです(笑)。

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