プロ・スタジオ向けのコンソールだけでなく、近年はアウトボードのほか、オーディオ・インターフェースやプラグインといったホーム・スタジオ向け製品も展開するSOLID STATE LOGIC(以下、SSL)。今回は、2019年に発表されたアナログ・インライン・コンソールOriginの実力をエンジニアの星野誠氏に解説していただこう。後半では、変態紳士クラブのプロデューサーGeGと彼のスタジオ専属エンジニアの村井勇斗氏に、Originの魅力をインタビューした。
Origin Overview
こんにちは、星野誠です。SSL Originは、32モノラル・インライン・チャンネル、16トラック・バス、8ステレオ・グループ・バスを搭載するフル・アナログ・コンソール。外形寸法は1,869(W)×984(H)×1,078(D)mmです。インライン・コンソールとは、1本のチャンネル・モジュール内に録音用/モニター用という2系統の信号回路を備え、さらにこれらを操作するためのスモール・フェーダー/ラージ・フェーダーを搭載したコンソールのこと。そのため操作も若干複雑になりますが、使い方によっては32ch仕様のOriginでも最大64トラックのミックスが行えるようになります。ここに4ステレオ・リターン、8ステレオ・グループ・バスを合わせると、合計88トラックのミックスが可能に。かなりの省スペース化が実現できるでしょう。
Channel Strip
各モノラル・インライン・チャンネルには、上からOrigin独自のPureDriveマイクプリ/入力ゲイン・ノブ/倍音増幅が可能なDRIVEボタンなどを備えたCHANセクション①があり、続いてTRIMノブを備えたMONセクション②、スモール・フェーダー/ラージ・フェーダーへのシグナル・パスを切り替えるDIRECT OUTセクション③、ステレオ・キュー・センドを搭載したST CUE A&ST CUE Bセクション④、モノラルAUXセンドを内蔵したAUX1/2/3/4セクション⑤、ハイパス・フィルターを担うHPFセクションとSL4000Eシリーズ伝統である242タイプの4バンド・パラメトリックEQを搭載したEQセクション⑥、バスへのルーティングをつかさどるBUSESセクション⑦、スモール・フェーダーのSFセクション⑧、そしてパンニングやソロ・ボタン、ラージ・フェーダーなどを備えるLFセクション⑨が並んでいます。
新しいPureDriveマイクプリは、これまでのSSLマイクプリを踏襲しつつも、DRIVEボタンでオン/オフできるDRIVE回路を搭載。まずは素の状態でアコギ弾き語りを録音してみましたが、良い意味で繊細すぎず適度に前に張り出す傾向で、癖もなく扱いやすいサウンドが録れます。特に音数が多いポップスで活躍するでしょう。DRIVEボタンをオンにすると、声を張ったときに分かりやすくひずみが増し、トランジェント・ピークがつぶれます。ドラム録音におけるピークの管理や倍音付加、汚しといったサウンド・メイクにも一役買ってくれそうです。
4バンド・パラメトリックEQも非常に分かりやすい効き具合。この点が、筆者がSSLコンソールを好きな理由の一つでもあります。EQセクションが手前側にレイアウトされている点にも注目です。一見地味ですが、スムーズに手を伸ばせるので作業効率化に一役買っていると言えるでしょう。また、各ラージ・フェーダーには“0dB”ボタンが備わっており、オンにすることで信号をバイパスできます。ユニティ・ゲインとなるので、サミングする際やDAW側でレベルを設定している際に便利です。ここも細かい部分ですが、現代的なワークフローを意識した仕様になっているのは非常に感心すべき点だと言えます。
Master Control Section
Originのセンター・フレームに位置するマスター・コントロール・セクション。左上には16系統のトラック・バスにおけるルーティング・アサイン・スイッチを備えるBUS MASTERS TRIM AND ROUTINGセクション⑩、この下にはステレオ・リターン入力用のSTEREO RETURN 1/2/3/4セクション⑪、この右側にはモニター・レベル1&2のレベルやL/Rのミュート、位相反転などを制御するMONITOR LEVELSセクション⑫のほか、3系統の外部ステレオ・ソース+フロント・パネル上に設置されたライン入力を切り替えるMON SOURCEセクション⑬、メイン・モニターと3系統のモニターを切り替えるMON SELECTセクション⑭があります。
続いて、SSLロゴの上部にはトークバック用のマイク入力を備えたTALKBACK&LISTENセクション⑮があり、ロゴの右側には外部ライン入力を備えるSSLの伝統を受け継ぎつつもコンプレッション・レシオやサイド・チェイン・フィルター機能を強化したバス・コンプをセット(BUS COMPRESSORセクション⑯)。この右側には外部ライン入力を備える400HzのOSCILLATORセクション⑰や、オート・スリープ機能をつかさどるMISCセクション⑱、ラージ/スモール・フェーダーなどのソロにおいて包括的なコントロールが行えるSOLO MASTERセクション⑲、ピーク・モードの切り替えやDIMスイッチを備えるMETERSセクション⑳を搭載しています。
BUS COMPRESSORセクションの下部には、100mmのマスター・フェーダーを装備したMIX BUSセクション㉑、トークバック機能を制御するCOMMUNICATIONSセクション㉒、STEREO CUE A/BおよびAUX1/2/3/4のAFL(After Fader Listening)を切り替えるCUES AND AUX MASTERSセクション㉓を採用。なおマスター・コントロール・セクション下段には、8系統のステレオ・グループ・バスを備えたST GRPセクション㉔があります。
筆者はモニター回路のサウンドがお気に入りです。中域の解像度は、まさにSSLの音そのもの。またモニターやトークバック周りはマトリクスが組めるのも便利です。ステレオ・キューが2系統あるので、録音時のモニター・バランスの細かな要求に柔軟に対応できるなど、さまざまな場面で役に立つでしょう。Originのセンター・フレーム上部には、6Uサイズのラック・マウント・スペースが用意されているので、好きなアウトボードを自由にレイアウトできる点もユニーク。筆者はここにSSL UF8コントローラーをマウントしたいですね。
Originは、イン・ザ・ボックスでのミックス全盛の現代に求められる“アナログ・サウンドのニュアンス”や“ワークフロー”といった部分にフォーカスしたコンソール。基本的なミキサーの知識があれば、クリエイターの方でも臆することなくすぐに使いこなすことができるでしょう。
星野誠
【Profile】ビクタースタジオを経てフリーで活動するエンジニア。クラムボンの楽曲を多数手掛けたことで知られ、近年はsumika、toconoma、reGretGirlなど一線のアーティストに携わる。
GeG & エンジニア村井勇斗が語るOrigin
変態紳士クラブの音楽プロデューサーとして知られるGeGが主宰するG.B.'s Studio。同スタジオのコントロール・ルームにはSSL Originが鎮座する。ここではGeGと専属エンジニアの村井勇斗氏に、Originの導入理由や使用感を伺ってみよう。
「このスタジオは自分がプロデュースするアーティストの制作はもちろん、ほかのアーティストのレコーディングやミックスも行うのですが、録音時に“なるべくピュアな音で録りたい”と考えた結果、このOriginがいいなと思ったんです」と語るのはGeG。続けて村井氏がこう話す。
「マイクからオーディオ・インターフェースに入るまでの動線上にプロセスが一つでも多く増えると音質劣化につながります。その点、Originはダイレクト・アウトする位置をフェーダーの前と後で切り替えられるので便利なんですよ」
さらに村井氏は、各ラージ・フェーダーに備わる“0dB”ボタンの有用性についてこう述べる。
「Originでアナログ・ミックスした後の信号を、そのままDAWに送るじゃないですか。その後、再度DAWを開いたときに“そのミックス・バランスをOriginでどう再現するのか”というのが問題になってくると思います。そんなときにこの“0dB”ボタンを押せば、DAW側で設定したレベルがそのままOriginを通って再現されるんです。この機能はリコールの際に非常に有用だと思います。Originはリコール性を持ちながら、アナログ・コンソール特有の細かいミックス……つまり0.1dB以下の繊細な調整も行える。こんなに素晴らしいコンソールなら、もうOriginを導入するしかないなと」
GeGは「音楽は感覚が大切。それを十分に表現できるのがOriginのいいところです」と話してくれた。村井氏は続けてこう説明する。
「DAWの画面上にあるフェーダーをマウスでちまちま操作するより、コンソール上にあるフェーダーを直接指で触る方が断然感覚的。なおかつ、先ほどお伝えしたようにデジタル・コンソールよりもアナログ・コンソールの方が、より繊細なミックスが行えます。そういった意味でも、Originは数ある選択肢から外せませんでしたね」
最後にGeGが、Originについてこうまとめてくれた。
「DAWでミックスするのが一般的な現代に求められるリコールへの対応力、アナログ卓が持つ直感的な操作性と繊細さ、それらがすべて同居したのがOriginなんです!」
GeG
【Profile】音楽プロデューサー。プロデュースした楽曲の総ストリーミング再生数は6億回を超える。変態紳士クラブのプロデューサーとしての活動だけにとどまらず、自身が代表を務める音楽制作事務所Goosebumps Musicを発足するなど多岐にわたって活躍している。
村井勇斗
【Profile】ミックス&レコーディング・エンジニア/プロデューサー。MIXER'S LABでのアシスタント経験を経て個人で活動後、2022年からG.B.'s Studioに所属。これまでに変態紳士クラブ、SIRUP、guca owl、Soulflexなどの作品に携わる。