ソニー 360 Virtual Mixing Environment 〜立体音響のスタジオ制作環境をヘッドホンで高精度に再現

ソニー 360 Virtual Mixing Environment 〜立体音響のスタジオ制作環境をヘッドホンで高精度に再現

立体音響制作のためのマルチスピーカー音場をヘッドホンで高精度に再現するための“プロファイル・データ”が得られるソニーのサービス、360 Virtual Mixing Environment。プロファイル・データは、個人の聴覚に最適化されるよう測定して作られるもので、従来の立体音響のヘッドホン・レンダリングとは一線を画すクオリティでミックス作業時のモニタリングが可能になるという。さらに、ソニー 360 Reality AudioやDolby Atmosなど、さまざまな立体音響に対応。今回、360 Virtual Mixing Environmentの測定を手掛けるメディア・インテグレーション運営のMIL Studioを訪ね、スタッフの前田洋介氏に取材することができた。そのお話の内容を元に、ユーザー・メリットやサービスの受け方についてまとめたので、ここにレポートする。

Photo:Hiroki Obara

マルチスピーカーの音場を持ち帰れる

 360 Virtual Mixing Environment(360VME)は、立体音響の制作やミキシングを行うプロフェッショナルに向けて、マルチスピーカー環境での聴こえ方をヘッドホンで再現する“個人最適化されたプロファイル・データ”を提供するサービス。希望者は東京のMIL Studioに出向き、測定を受けた後、プロファイルを購入できる。例えば、360 Reality Audioの制作ソフトAUDIO FUTURES 360 WalkMix Creator™もヘッドホンでバイノーラル・モニタリングするための機能を有するが、360VMEの測定サービスで作成したプロファイルを使えば個人の聴覚に合った、より正確性の高い音場が得られる。その証拠に、プロファイルを試したエンジニア諸氏からは“これならきちんと仕込めるね”と、絶賛の声が寄せられているそうだ。

 360VMEのプロファイルは“.vme”という拡張子のデータで、ユーザー個人のHRTF(頭部伝達関数)、MIL Studioのルーム・アコースティックやスピーカーの特性、測定に使ったヘッドホンの特性などを情報として含んでいる。“この角度(位置)のスピーカーは、あなたにはこう聴こえている”といったプロファイルがチャンネルごとに割り当てられるので、まさにMIL Studioのマルチスピーカー音場をヘッドホンに閉じ込めて持ち帰れるサービスと言えよう。

360 Virtual Mixing Environment

1プロファイル測定:68,000円(税別)
追加の測定:1プロファイルにつき20,000円(税別)

360 Virtual Mixing Environment

立体音響制作のために、マルチスピーカーの音場環境をヘッドホンで再現するための“プロファイル・データ”が得られるサービス。プロファイルは、個人の聴覚に最適化されるよう測定して作られる。その測定は、国内では東京のMIL Studio(写真)が受け付け、360 Reality AudioやDolby Atmosなどの制作用のプロファイルを作成する。同スタジオの設備は、FOCAL CI 1000シリーズのラウド・スピーカーを中心とするもので、最大62.2chに対応。立体音響のあらゆるフォーマットをサポートする

MIL Studioのスタッフで前田洋介氏

MIL Studioのスタッフで、今回の取材に応じてくれた前田洋介氏

さまざまな立体音響に対応

 希望者は、メディア・インテグレーションのWebサイトのフォームから測定を申し込める

360VME測定サービスの申し込みフォーム

360VME測定サービスの申し込みフォーム。MIL Studioの運営元=メディア・インテグレーションのWebサイトからアクセスすることができる

 フォームを見てみると下記3種類のプロファイルが用意されており、好きなものを選べるほか、複数選択も可能だ。

  1. 360 Reality Audio用の5.5.5ch+1センター・トップ
  2. 360 Reality Audio用の7.4.4ch+1センター・トップ
  3. Dolby Atmos用の9.1.6ch

※センター・トップとは、天井中央頭上に位置するスピーカーのこと

 360VMEは、立体音響スタジオのスピーカーが再生する音場をヘッドホンで再現する技術。そのため、特定のフォーマットに依存せず、開発元であるソニーの360 Reality Audioだけでなく、さまざまな立体音響の推奨レイアウトをサポートする。これはプロファイルの読み込みに使う360 Virtual Mixing Environmentソフトウェア(360VMEソフトウェア)が、Core Audioでマルチスピーカー・アウトを送出できる、あらゆるソフトに対応するため。Dolby Atmos用のDolby Atmos Rendererをはじめ、AUDIOKINETIC WwiseやUNITY TECHNOLOGIES Unity Proなどゲーム開発用のものも含め、Core Audioおよびマルチスピーカー向けの出力が可能なソフトウェアであれば、仕組み上は接続可能。MIL Studioに相談すれば、先の3種類以外のプロファイル作成を検討してもらえる。

 360VMEソフトウェアは、360 WalkMix Creator™のようなホストの後段でマルチスピーカー・アウトを受け、プロファイルを介してヘッドホンに出力するためのもの。スタンドアローンで動作し、ホストとの接続には専用のバーチャル・オーディオ・ドライバーが使われる。現在はMac版のみだが、2023年の秋頃にはWindows版も登場する予定。また、360VMEソフトウェアやバーチャル・オーディオ・ドライバーは、プロファイルとともに測定後に提供される。

360 Virtual Mixing Environment(360VMEソフトウェア)

360 WalkMix Creator™のようなホストのマルチスピーカー・アウトを受け、プロファイルを介してヘッドホンに出力するソフト、360 Virtual Mixing Environment(360VMEソフトウェア)。画面は、そのオーディオ設定欄だ。上部のInput欄にある“360VME Audio Driver 16ch”は、ホストと360VMEソフトウェアを接続する専用のバーチャル・オーディオ・ドライバー。Output欄にあるのは、ヘッドホンをつないだオーディオI/Oである

 測定に使用するヘッドホンは持参の必要があるのだが、下記の4つは360VMEの効果を最も発揮させることのできる機種として、ソニーが推奨しているもの。特に、新製品の背面開放型モデルMDR-MV1は360VMEでの使用を前提に設計されているので、最も高い再現性を実現できる

  1. MDR-MV1
  2. MDR-M1ST
  3. MDR-Z1R
  4. MDR-Z7M2

※すべてソニー製のヘッドホン

 これら4種類以外のヘッドホンでの測定を希望する場合は、事前にメディア・インテグレーションに相談しよう。

ソニー MDR-MV1

360VMEの効果を最も発揮できるヘッドホンとして、特に推奨されているソニー MDR-MV1。背面開放型で、内部共鳴を低減した作りにより、色付けを抑えている。本稿冒頭の写真にあるのも、このMDR-MV1だ

納得がいくまで測定できる

 申し込みが受領され、測定の日時が決まったらMIL Studioを訪れる。測定の流れとしては、まずスピーカーのスウィート・スポットに着座し、360VMEのために設計された測定用マイクを耳に差し込む

360VMEの測定に使われる専用設計のマイク

360VMEの測定に使われる専用設計のマイク。耳に差し込む形で装着し、頭部伝達関数やスタジオのルーム・アコースティック、スピーカーやヘッドホンの特性などを測る

 ピンク・ノイズによるマイクの感度チェックが終わったら、マルチスピーカーの一台一台から順番にスウィープ音が再生される。各スピーカーが、ユーザーの耳にどう聴こえるのかを測定するのだ。次に、マイクを付けたままヘッドホンを装着

測定用マイクの上からヘッドホン(MDR-MV1)を装着したところ

測定用マイクの上からヘッドホン(MDR-MV1)を装着したところ。測定はスウィート・スポットに着座し、センター・スピーカーを見つめながら行う

 ヘッドホンからスウィープ音が鳴り、そのヘッドホンの特性が測定される。そしてプロファイルのカリキュレートが行われ、最後にヘッドホンからバーチャルのセンター・スピーカーが再生される。実際のセンター・スピーカーから聴こえるように感じれば、さしあたり成功だ。以上のプロセスは、スムーズに進行すれば5~10分程度で完了する。

 続いては、測定用マイクを外し、音楽を聴きながらマルチスピーカーとヘッドホンの差異を確かめる段階。スピーカーとヘッドホンのスイッチングは、MIL Studioのスタッフがユーザーの動きを見ながら行う。差異が大きいと感じれば再び測定し、問題なければ終了だ。

 ちなみに音楽の再生方法は、360 Reality Audio用プロファイルのユーザーに対しては、マルチトラックをAVID Pro Toolsで再生し、360 WalkMix Creator™から360VMEソフトウェアに送出。Dolby Atmos用プロファイルの場合は、Dolby Atmosのマスター・ファイルをDolby Atmos Rendererから360VMEソフトウェアに送出する形だ。

360VMEソフトウェアには、MIL Studioで作成したプロファイルと併用するための音場補正プリセットが読み込める。画面は、そのプリセットのEQカーブを映したところ

360VMEソフトウェアには、MIL Studioで作成したプロファイルと併用するための音場補正プリセットが読み込める。画面は、そのプリセットのEQカーブを映したところ。プロファイルだけでもマルチスピーカー音場を再現できるが、MIL Studioでの聴こえ方へより近づけるために、このプリセットが提供される。もちろん、ユーザーが自分好みに設定を変えることも可能だ。プリセットにはEQのほか、IRデータを適用する長さを調整できるデリバーブも付いている

 測定と確認が完了したら、プロファイルや360VMEソフトウェアのインストーラー、マニュアルなどが、オリジナルのUSBメモリーに入った状態で提供される。気になる価格は、プロファイルを1つだけ作成/購入する場合、68,000円(税抜)。同時に2つ以上のプロファイルを作りたければ、1つあたり20,000円(税抜)がプラスされる。先述の通りMIL Studioの環境を持ち帰れるようなサービスなので、マルチスピーカーのスタジオを何度も借りたり、自らスタジオを造ることを考えるとリーズナブルだろう。また国内ではMIL Studioのみがサービスに対応しているため、東京に住んでいない方にとってはなおさらかもしれない。プロファイルは測定日から3年間だけ使用できるが、以降のサポートについてはプラン中とのことなので、期待が膨らむところだ。

MIL Studioが選ばれた理由

 既にお気づきの方もいるだろうが、360VMEのプロファイルはスタジオのルーム・アコースティックの情報を含むため、仮にMIL Studioではないところで作成すれば違う結果となる。では、なぜMIL Studioが測定の場に選ばれたのか? その理由の一つとして、最大62.2chのマルチスピーカー環境を誇り、さまざまな立体音響のフォーマットに対応できることが挙げられる。

 360VMEのプロファイルは16chまでのスピーカー・アウトに対応するのだが、例えば360 Reality Audioの推奨スピーカー・レイアウトは13chなので、3ch分の余剰が生じることとなる。そこで、ボトムのLs/Rsとセンター・トップを足して、16chとしたのが“360 Reality Audio用の5.5.5ch+1センター・トップ”のプロファイルである。MIL Studioのポテンシャルを生かしたものと言えるし、ユーザーのクリエイティビティがより触発されることだろう。

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