mu:sta|音響設備ファイル【Vol.79】

mu:sta|音響設備ファイル【Vol.79】

今回、訪問させていただいたのは、横浜市を拠点とする建築音響会社mu:sta(ムスタ)のモデルルーム。イマーシブ対応のコントロールルームとオーディオルームとしても利用可能なレコーディングルーム、そして主にクラシック系の楽器演奏を目的としたピアノルームの3部屋を構えている。ここを訪れた人は、これらの部屋で遮音性能や響きなどを体感してイメージを膨らませることができ、mu:staのコンセプトや特長も把握できるわけだ。では、mu:staが目指す音響空間とはどのようなものなのだろうか。代表取締役の岩元公生氏に加え、機材コーディネートを手掛けたPleasureCreationの谷正太氏、ワイヤリングやイマーシブ環境の電気音響調整を担当したONZUの井上聡氏にもご同席いただきお話を伺った。

Photo:Takashi Yashima

奇麗な響きを作るには部屋の形が大事

 岩元氏は、建築音響の世界で20年以上にわたる設計/施工のキャリアを持つが、そのきっかけは、吹奏楽でトロンボーンを演奏していた小学生の頃、 “コンサートホールを作りたい”という夢を抱いたからだそう。

 「コンクールでの審査員席が、ホールで一番良い聴こえ方なんだろうなという認識は小学生ながらあったんです。“だったら、全席同じに聴こえるように造ればいいじゃん。偉そうにして”と思って(笑)。そこから建築音響に興味を持ちました」

 そんなエピソードを伺いながら、最初に足を踏み入れたのはピアノルーム。「ここはピアノのほかに弦楽器や管楽器などの練習室も想定しています」と岩元氏。

 「クラシック系の楽器は、ヨーロッパの石造りなどの響く部屋で生まれていますし、海外では広くて響きのある空間で、その響きを生かすような演奏を行うのが当たり前です。そうした留学経験を持つ方も納得するしてもらえるように、奇麗な響きで、くっきりとした演奏ができることを目指しました」

 日本国内で広さを求めるのは難しいが、それでも質の良い響きを実現することは可能だという。

 「重要なのは部屋の形、つまり間口/奥行/天高の比率です。加えて室容積で鳴らせる帯域と響きの豊かさが決まります。例えば、トロンボーンとチューバでは1オクターブ違いますが、それは楽器の容積の違いからくるもので、部屋もそれと同じなんです。部屋では定在波が必ず生じますが、それらが顕在化しない部屋の形状で設計すればクセのない非常にスッキリとした響きが得られます。響きの長さをコントロールすることは容易なので、まずは基本となるクセのない奇麗で豊かな響きをいかに確保するかが大切なんです」

響きの質にこだわったという約8畳のピアノルーム

響きの質にこだわったという約8畳のピアノルーム。弦楽器や管楽器の練習にも使うことを想定して設計されている。ピアノはSTEINWAY & SONS M-170。響きの質を考慮して床は無垢フローリング、壁と天井はしっくい塗りで仕上げられている。また響きの拡散性を目的として壁面の一部にはランダムな断面形状のヒノキ無垢材が配列された拡散体が施されている。天井のチャコールグレーの枠の部分のみが吸音面とのこと。岩元氏いわく「ピアノは低音から高音まで出る楽器ですが、その部屋での鳴り方の基本性格は、部屋のボリュームと形状で決定されます。まず、その部屋で鳴らすことができる低域の下限値と響きの豊かさはボリュームで決まるんです。また、定在波は必ず生じてしまうものですが、それが気にならないバランスの響きになる室形状で設計することが非常に重要です。そうした響きの基本性格を整えた上で求める響きの質にあった仕上げ材を選定していきます」とのこと。なお、コントロールルームとは回線がつながっており、この部屋でも録音可能だ

 次に案内していただいた約6畳のコントロールルームは、ピアノルームよりもデッドだが、「ここでもクセのない響きを得られる部屋の形を確保した上で、モニター環境として必要な吸音を施しました」とのこと。7.1.4chのDolby Atmos再生およびミックス作業環境が用意され、サラウンドやトップのスピーカーが壁や天井にビルトインされている点が特徴だ。

 「プライベートスタジオのような小容積空間でもこのレベルのものが造れることを提案する目的で設計しました。サラウンドやトップはFOCALのホームシアター用スピーカーですが、こうした民生用機材で、どこまで追い込めるかもチャレンジしてみたかったことの一つです。ただ機材に関しては素人なので、谷さんと井上さんにご協力いただきました」

コントロールルームのデスク周り

コントロールルームのデスク周り。デスクやスピーカースタンドはもちろんmu:staのオリジナル。左右スピーカーの外側がFOCAL Shape Twin、内側はmusikelectronic geithain RL906。センタースピーカーはFocal Cl 300 IW6。正面の壁裏にはサブウーファーのFocal Cl 100 IWSUB8が収納されている。左手のラックには奥からクロックジェネレーターのBLACK LION AUDIO Audio Micro Clock MKIII XB、AD&DAコンバーターのFERROFISH Pulse16 MX、キューシステムのBEHRINGER POWERPLAY P16-I、そして手前にAvid PRO TOOLS|MTRX STUDIOを設置。その手前はコントロールサーフェスのPreSonus FADERPORT 8。右手のラックには奥から8chマイクプリのHeritage Audio Súper 8、2chEQのHA-73 EQX2、コンプレッサーのWESAUDIO BETA76をセットしている

デスク下にはアンプ類を設置

デスク下にはアンプ類を設置。一番下はマルチチャンネル対応のAVアンプ、DENON AVC-X6700H。その上は8chのパワーアンプ、crown CT875。右に見えるのはSONY PlayStation 5

 谷氏は、角松敏生や三宅純、林ゆうきなど名だたるアーティストや作曲家の方を中心とした機材コーディネートを手掛けており、作編曲家/マニピュレーターとしての顔も持つ。井上氏はシステムインテグレーターとしてスタジオはもちろん、プラネタリウムなどの大規模な音響ネットワークの設計も手掛ける電気音響の専門家。岩元氏のリクエストに対して谷氏は「Dolby Atmosに詳しくない個人の方でも運用できる機材環境を意識しました」と語る。

 「スピーカーをスタンドに立てる方法もありますが、うっかり触ってしまって位置がズレてしまう懸念があります。ですから埋め込みのほうが取り扱いは圧倒的に簡単です。FOCALのスピーカーを選んだのは、部屋の大きさとコストやサイズなどのバランスを考えてのことです。より高いグレードの製品という選択肢もありましたが、結果的に部屋の大きさに合ったベストな鳴りになっていると思います」

コントロールルームのサラウンドとトップのスピーカー(グリルを外した状態)

コントロールルームのサラウンドとトップのスピーカー(グリルを外した状態)。サラウンドはFocal Cl 300 IW6、トップは300 ICW4。サラウンドスピーカーはレコーディングルームとの間に窓を設けた関係上、少し高めの位置でツィーターを下にして、やや下向きに取り付けられている

 その音を最終的に調整した井上氏によれば、「前提として、スピーカーにEQをしても周波数ごとの残響時間は制御できないので、建築音響あっての電気音響、つまりお部屋の設計が大切です」とのこと。

 「一般的にこのスタジオの広さでは400Hz以下の制御が難しいのですが、残響時間の測定結果はどの周波数も満遍なく300ms未満でほぼ消えています。これはかなり優秀で、岩元さんの建築音響への造詣の深さ、設計能力の高さを実感しました。その上でEQ調整したところ、ターゲットカーブに対して±1dBという周波数特性を得ることができました。これはDolby Atmos Musicを作る上での基準を完全に満たしています。具体的にはインパルス応答を複数箇所取り、それを基にフィルターカーブをデザインしてAvid PRO TOOLS | MTRX STUDIO内蔵SPQのEQに反映させました。ディレイを用いてスピーカー間のタイムアライメントも行っています」

レコーディングルームはホームシアターとしても機能する仕様

 隣接するレコーディングルームにはドラムやギター、ベース、アンプなどが常設され、レコーディングに必要な基本的なマイクもそろっている。好みのマイクを持ち込んで録音することも可能だ。また、7.1.4ch環境も用意されており、ピュアオーディオ系の音響機材の姿も見える。これらはオーディオルームやホームシアターとしての利用を想定しているそう。「アンプやスピーカーなどの選定は、mu:staのスタッフが楽しみながら行っています」と岩元氏。

レコーディングルーム兼オーディオルーム

レコーディングルーム兼オーディオルーム。約12畳で、天井高は3m以上もある広々とした空間。谷氏いわく「カルテットも録れる広さ」とのこと。SONORのドラムセットSQ1(写真右手)、ギターアンプのTwo-Rock Bloomfield Drive 100W Head+2×12 Extension Cabineto Vertical Black Bronco(写真左手前)、ベースアンプのtc electronic RH450+RS115(写真左奥)、エレキベースのFender Traditional 70s JazzBass(写真左上)などが見える(写真にはないが、エレキギターのFender Stratocasterも用意)。ピュアオーディオ用としてメインスピーカーはBowers & Wilkins 803 D4をチョイス。左右のスピーカーの中央に置かれているのはパワーアンプのAccuphase P-4500。またイマーシブのシアター環境として、サラウンドスピーカーにBowers & Wilkins CWM652、ハイトスピーカーにCCM382、サブウーファーにELAC SUB2030を採用。写真正面の壁側には上からスクリーンが降りてきて、プロジェクターを投影することもできる

レコーディングルームの一角には、コントロールルームのAvid Pro Toolsを表示するディスプレイをセット

レコーディングルームの一角には、コントロールルームのAvid Pro Toolsを表示するディスプレイをセット。奥のラックには上からユニバーサルプレーヤーのREAVON UBR-X200、CD/SACDプレーヤーのDP-570、プリアンプのAccuphase C-2150、AVアンプのMARANTZ CINEMA 50を収納。左のラックではミキサーのMACKIE. ProFX12のほかパワーアンプのBEHRINGER A800を用意している

用意されているマイク類の一部

用意されているマイク類の一部。上段左からLEWITT LCT 441 FLEX×2、Electro-Voice ND46×2、SHURE SM57×2、SM58、SENNHEISER MD 421-II×2、下段左からNEUMANN U 87 Ai、United Studio Technologies UT Twin87×2、AKG C 451 B×3、D112 MkII×2、Audio-Technica ATM25。谷氏はマイク選定について「ドラム用のマイクをメインに、ブラスや弦なども録ることを考慮し、汎用性の高いマイクを中心に設定しました。コストとのバランスも考えて、クオリティの高いオマージュ系モデルなどもセレクトしています」と語る

 ここまで見てきたように、mu:staでは建築音響の設計/施工に加え、谷氏や井上氏のような機材や電気音響のプロのサポートも得られる体制が整えられている。今後について岩元氏は「かゆいところに手が届くフットワークの軽さを生かして、社会に貢献していきたい」と語る。

 「総合病院ではなく町医者的な感じで、身近に音楽を楽しめる場を世の中に提供できればと考えています。そのために自社で職人を抱えて設計と施工の一体化を図り、コストを抑える工夫も行っているんです。お客様にも共感していただける自由な発想の空間を造り続けたいですね」

 近年は配信系の需要も増えているそうで、mu:staはそうした要望にも応えてくれる。スタジオ造りを検討されている方は、ぜひmu:staのモデルルームを訪れてみてほしい。

取材に応じていただいた皆さん。中央がmu:staの代表取締役、岩元公生氏。20年以上にわたり建築音響の設計/施工を手掛け、2020年にmu:staを創業。モデルルームは2023年に完成した。左は音響機材の選定を担当したPleasureCreationの代表取締役社長で作編曲家としても活動している谷正太氏。右は音響システムの設計とコントロールルームの音響調整を行ったONZUの井上聡氏。東京工科大学で電気音響と制作技術の講師も務めている。

取材に応じていただいた皆さん。中央がmu:staの代表取締役、岩元公生氏。20年以上にわたり建築音響の設計/施工を手掛け、2020年にmu:staを創業。モデルルームは2023年に完成した。左は音響機材の選定を担当したPleasureCreationの代表取締役社長で作編曲家としても活動している谷正太氏。右は音響システムの設計とコントロールルームの音響調整を行ったONZUの井上聡氏。東京工科大学で電気音響と制作技術の講師も務めている。mu:staの問い合わせ先は下記の通り

mu:sta Webサイト/お問い合わせ

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