西川文章+日野浩志郞のプライベートスタジオ|Private Studio 2024

西川文章+日野浩志郞のプライベートスタジオ|Private Studio 2024

大阪から世界へコンテンポラリーミュージックの発信拠点

PA/レコーディング・エンジニアであり、かきつばたやブラジルなどのプロジェクトではギタリストとしても活動する西川文章氏と、実験音楽とクラブミュージックを融合した音楽性で世界的な評価の高いバンド、goatを主宰する音楽家の日野浩志郞。大阪を拠点とする彼らが共同で構えているプライベートスタジオが、ICECREAM MUSICだ。

PM1800をかたくなに使い続ける

 元は会社だった建物の、30畳はあろうかという広々とした一室に構えるICECREAM MUSIC。この場所をスタジオにしたきっかけは日野からの誘いがあったからと西川氏は語る。

 「この辺りの建物をクリエイターに安く貸し出してアートビレッジ化しようという地域構想があって、その流れで日野君に声がかかり、日野君が僕にも声をかけてくれました。自分でも作業場を持ってはいたんですが、そこが狭かったこともあったので、2017年にここへ移ってきたんです」

 それぞれの作業スペースだけでなくバンドが演奏できる空間もあり、今夏にgoatが発表したアルバム『Joy In Fear』のリハーサル、録音からミックスまでの大半が行われたそうだ。それでは、まず西川氏のデスク周りから見ていこう。アナログコンソールがひときわ異彩を放っている。

 「24chのYAMAHA PM1800です。昔ホテル音響の仕事をしていて、機材の置き場がないから預かってほしいと言われて譲り受けました。それからかたくなに使っています。扱い慣れていて音も好きだし、メインテナンスは大変ですけど頑張って使っていますよ。『Joy In Fear』は基本的に“せーの”で一発録りだったので、チャンネル数的にも十分だし、ヘッドアンプの音もgoatには合っている。1曲だけapi 3124Vも使いましたが、あとはすべてPM1800ですね」

 10年ほど前までミックスもPM1800で行っていたそうだが、現在はDAWとしてsteinberg NUENDOを使用する。

 「何チャンネルかはサミング用に卓にも通していますが、さすがに今はNUENDOを使っています。アウトボードももっといっぱいあったんですが、名残で何台かあるくらいでほぼ使わなくなりました。性格があまのじゃくなので、みんなが持っているものはいいかなという感じです(笑)」

西川氏の作業スペース

西川氏の作業スペース。中央に鎮座する24chのコンソールは、1980年代後半~1990年代にかけて流通したYAMAHA PM1800。西川氏いわく「あまりパキッとしすぎていない音が好み」とのこと。モニタースピーカーのJBL 4305Hは学生の頃から使い続けているそうで、「ほかのスピーカーだと、バランスが分からなくなってミックスができないんです。横置きを縦置きにしただけでもバランスが変わるので、変えたくても変えられない。だからひたすら使い続けているという感じです」と語る。奥には吸音カーテンが掛けられており、スタジオ内の吸音ボードもDIYで取り付けている。これらの施工を行っておかないと、低音の解像度がぼやけてしまうそうだ

PM1800の左にはApple MacBook Proとディスプレイ、DAWコントローラーのPreSonus FADERPORTを配置

PM1800の左にはApple MacBook Proとディスプレイ、DAWコントローラーのPreSonus FADERPORTを配置。DAWはsteinberg NUENDOを使用。プラグインはディストーションのquadrafuzz v2、サチュレーションのMagneto IIなどのNUENDO付属プラグインのほか、WAVESのRenaissance Vox、SSL G-MASTER BUSS COMPRESSORといったプラグインもよく用いているとのこと

PM1800の右には、4305Hに使用するパワーアンプのYAMAHA P2080と、PM1800のパワーサプライPW1800を配置

PM1800の右には、4305Hに使用するパワーアンプのYAMAHA P2080と、PM1800のパワーサプライPW1800を配置。西川氏は、「P2080も4305H同様、ほかのものに変えてみたこともあったんですが、やっぱりダメだなと思って戻しました。マスターピース的なものです(笑)」と語る

アウトボード類は上から、TL Audio C-2021 VALVE COMPRESSOR、DUAL VALVE MIC PRE-AMP/DI、Focusrite OctoPre MkII DYNAMIC、SOUNDCRAFT Series 1のプリアンプ/EQをモディファイしたモジュール、レコーダーのALESIS adat HD24

アウトボード類は上から、TL Audio C-2021 VALVE COMPRESSOR、DUAL VALVE MIC PRE-AMP/DI、Focusrite OctoPre MkII DYNAMIC、SOUNDCRAFT Series 1のプリアンプ/EQをモディファイしたモジュール、レコーダーのALESIS adat HD24。10年ほど前まではadat HD24でレコーディングし、PM1800でミックスを行っていたとのこと。現在はADコンバーターとして用いている

マイク各種。左上から時計回りに、SHURE SM87、Electro-Voice RE510、西川氏が「これさえあれば」と評するAKG C 414 XL II×2本とNEUMANN KM 184×2本、SHUREのリボンマイクKSM313/NE、RØDE NT-SF1、日野が最近購入しタムなどで使用しているというJOSEPHSON e22S、SHURE SM7B、ボーカル録りでよく用いるSEIDE PC-Me、『Joy In Fear』ではエレキギターの録音に使用したbeyerdynamic M88 TG、SENNHEISER e902、e609、SLATE DIGITAL ML-2

マイク各種。左上から時計回りに、SHURE SM87、Electro-Voice RE510、西川氏が「これさえあれば」と評するAKG C 414 XL II×2本とNEUMANN KM 184×2本、SHUREのリボンマイクKSM313/NE、RØDE NT-SF1、日野が最近購入しタムなどで使用しているというJOSEPHSON e22S、SHURE SM7B、ボーカル録りでよく用いるSEIDE PC-Me、『Joy In Fear』ではエレキギターの録音に使用したbeyerdynamic M88 TG、SENNHEISER e902、e609、SLATE DIGITAL ML-2

オーディオインターフェースのRME Digiface USB

オーディオインターフェースのRME Digiface USB

goatの良さを伝えるためのマイキング

 続いて日野のデスク周り。楽曲制作のほか、ソロや他アーティスト作品ではミックスも行っているそう。機材については近年購入したものも多いと語る。

 「まだスタートアップという感じですね。かけ録りに使うことが多いですが、ミックスももっとやりたいと思っています。文章さんから情報をいただきつつ自分でもリサーチしながら機材を導入していて、文章さんに試してみてほしいみたいな意図で買っているところも半分あります(笑)」

 もちろんミックスだけでなく、今後の制作を見据えた機材選びも行われているとのこと。

 「コンプのCHANDLER LIMITED RS660は、ペラペラな電子楽器でも通してみたらすごく良い音になりましたね。初めはマスタリングにも使えるようにステレオのコンプも考えたんですが、今後goatでツインベースをやってみたいという考えもあって、モノラルのRS660を2台にしています」

日野のデスク周り

日野のデスク周り。Windowsのコンピューターを使用し、DAWはいろいろ使用した結果、PreSonus Studio Oneに落ち着いたとのこと。モニタースピーカーのFOCAL TRIO6 Beを日野は、「低音がめちゃくちゃ出て最高です。ソロではクラブで演奏することも多いんですが、ここで想定した通りの音がクラブでも出せるという意味で重宝しています」と評価する。西川氏のシステムから出すサウンドと傾向は異なるが、さまざまな環境で聴けるのがミックスを行う上でもよいそうだ。デスク手前左にはELEKTRON Syntakt(左)とDigitakt(右)、中央にはHAMMOND SK PROを設置し、それらをディスプレイ下にあるマイクプリのapi 3124Vを通して録音しているとのこと。SK PROはMIDIキーボードとしては使用していないそうだ

日野所有のアウトボード。上から各2台ずつで、MORG MORG-81、api 3124V(以上マイクプリ)、CHANDLER LIMITED RS660(コンプ)、そしてapi 500シリーズ用ボックスのIGS PANZER 500内にapi 560(EQ)×2が格納されている

日野所有のアウトボード。上から各2台ずつで、MORG MORG-81、api 3124V(以上マイクプリ)、CHANDLER LIMITED RS660(コンプ)、そしてapi 500シリーズ用ボックスのIGS PANZER 500内にapi 560(EQ)×2が格納されている。MORG-81導入にはエンジニアの葛西敏彦氏の評価などを参考にしたとのこと

アウトボードラックには上から、RME FIREFACE UFX II(オーディオインターフェース)×2、TASCAM AV-P250、FURMAN PL PLUS(各電源モジュール)、西川も使用するALESIS adat HD24を収め、その下にはレコーダーのZOOM F6も見える

アウトボードラックには上から、RME FIREFACE UFX II(オーディオインターフェース)×2、TASCAM AV-P250、FURMAN PL PLUS(各電源モジュール)、西川も使用するALESIS adat HD24を収め、その下にはレコーダーのZOOM F6も見える。FIREFACE UFX IIは、取材日に自宅作業用のものを持ってきていたため2台あるが、基本的には自宅とスタジオそれぞれで使っている。F6はアンビソニックマイクのRØDE NT-SF1と組み合わせてフィールドレコーディングを行う際などに活用

デスク脇には、ミキサーのSolid State Logic SiX、ヘッドホンのbeyerdynamic DT 770 PROを、その下にはコンプのHeritage Audio HA-609Aを用意

デスク脇には、ミキサーのSolid State Logic SiX、ヘッドホンのbeyerdynamic DT 770 PROを、その下にはコンプのHeritage Audio HA-609Aを用意。アウトボード類はかけ録りで使用することが多いが、HA-609Aはミックスでも用いており、かなり好印象だそう

デスク右にはドイツに拠点を置くRANDOM*SOURCEが、往年のシンセブランドSERGEとオフィシャルで共同開発しているモジュラーシンセを配置。左上から、INORI、MANTRA、CROCODILE

デスク右にはドイツに拠点を置くRANDOM*SOURCEが、往年のシンセブランドSERGEとオフィシャルで共同開発しているモジュラーシンセを配置。左上から、INORI、MANTRA、CROCODILE。日野は、「ウチの一押しです。この前ジム・オルークさんに企画に出てもらったら、ジムさんも“SERGEが一番良い”と言っていました。今度ジムさんが持っているSERGEを3台分買い取る予定です」と語る

日野が所有する機材各種。上の2台は日野のソロプロジェクト、YPYで使用することが多い機材で、上段左がリズムボックスとスプリングリバーブを内蔵するミキサーのYAMAHA EM-90A、その右がリズムマシンのRoland TR-808。下段は舞台作品の音楽制作で使っている機材。左から、シンセのJMT SYNTH NVO-1とROB HORDIJK BLIPPOO BOX、オシレーターのNATIONAL MODEL VP-722A、低周波発信機のTRIO AG-202 A。これらはほんの一例で、ほかにも多数の機材を所有している

日野が所有する機材各種。上の2台は日野のソロプロジェクト、YPYで使用することが多い機材で、上段左がリズムボックスとスプリングリバーブを内蔵するミキサーのYAMAHA EM-90A、その右がリズムマシンのRoland TR-808。下段は舞台作品の音楽制作で使っている機材。左から、シンセのJMT SYNTH NVO-1とROB HORDIJK BLIPPOO BOX、オシレーターのNATIONAL MODEL VP-722A、低周波発信機のTRIO AG-202 A。これらはほんの一例で、ほかにも多数の機材を所有している

 ICECREAM MUSIC設立後にgoatがリリースしたアルバムとしては、『Joy In Fear』が初となる。そのエンジニアリングについて西川氏は、「goatの音楽は、点の連続で線がない。ダイナミックレンジもかなり広くとっておかないとカタルシスがなくなってしまいます。しかも日野君は、オーディオデータをms単位で前後に動かしてタイミングを調整するんです」と語り、さらに続ける。

 「だから、10ms以下のサステインやアタック、トランジェントの部分……音の立ち上がりから消えるまでをどう作るかすごく注意しました。エアーを足したり、普通にリバーブをかけたりした方が一聴して耳に入ってきやすいのですが、それだとキレがなくなってgoatの良さが伝わらない。マイキングをどうするかは、日野君とかなり詰めましたね」

 西川氏が語る「一番ビックリしたのは、音間にうっすら乗っているギターとかのノイズを、基本的にはそのまま残しているんですが、そのノイズが違うと言い出して(笑)。音のない部分をひたすら音色調節していました」というエピソードが、日野のこだわりを物語っているようだ。日野に聞く。

 「実はメロディを作るのも好きなんですけどね。goatを始めた頃、ギターやベース、サックスとかで面白い音を出す方法は何か、その音をどう組み立てるかを考えたらリズムだなと。あとはクラブミュージックのミニマルさ……段階的に興奮していくような構造に魅力を感じていた時期でもあって。『Joy In Fear』では「Cold Heat」という曲でメロディックな要素も入れるなど、goatにとっての新たな試みも行っています。今後はミックスやマスタリングもやっていきたいし、ほかの人の作品の録音やプロデュースもしてみたいです」

 最後に、西川氏にもこの先の展望を伺った。

 「日野君もそうなんですけど、周りには世の中的にメジャーな人よりもインディペンデントな人が多いんです。大阪ってそういう土地柄でもあるんですよね。個人的にも、ほかにはないような音楽……斬新なものや実験的なものが好きなんです。作業場を作ったのは、これからもそういう音楽に携わっていけたらという思いもありました。その気持ちはこれからも大事にしていきたいですね」

 

仕事の息抜き、何してます?

西川:妻の実家が奈良の吉野郡の辺りにあって、今年の夏は1週間行ってきました。家の前にすごく奇麗な川があって、キャンプできたり鮎が釣れたりして、最高です。

日野:『BIOHAZARD』ですかね。あと温泉とかサウナ。本当はYPYで好きなものを作るのが結構息抜きになっているけど、それだとちょっとかっこつけすぎですかね(笑)。


 Profile 

西川文章(左)、日野浩志郞(右)

西川文章(左):大阪を拠点に活動するPA/レコーディングエンジニア。大小さまざまな会場を回り、豊富な経験を持つ。ギタリストとしても活動している

日野浩志郞(右):音楽家。goatやbonanzasといったバンド、電子音楽ソロプロジェクトのYPY、舞台作品の音楽制作など、活動は多岐にわたる

 Recent Work 

『Joy In Fear』
goat
(NAKID)

特集|Private Studio 2024