『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』〜オペレーションシステムの構築【第41回】realize〜細井美裕の思考と創発の記録

24.2chのスピーカーからホワイトノイズを出力 それぞれの出音をApple iPadで制御

 ヌトミック+細井美裕 マルチチャンネルスピーカーと身体のための演劇作品『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』は、3日間で全10回公演、俳優の声を除くすべての回で音のオペレーションをApple iPad Pro(M2)で行いました。開発は伊藤隆之さん。今回もユーザーインターフェースを私が作り、それを強化して実装していただきました。初期はAbleton Push 2も併用していて、Pushならボタンのアサインや色の変更、ステータス、ツマミの表示など、Cycling '74 MaxのMIDIコントローラーとしてうまく落とし込めるのでは??と思ったのですが、あくまでLive専用なので使用は断念。伊藤さんによると、Pushの画面にMaxの内容を表示させるオブジェクトもあるみたいですが、公式サポートがなく、Rosettaしか動かないとのこと。それができたら便利だな〜。

 今回は24.2chで、グループは組まず、各スピーカーの出音を一つずつ制御しました。と言っても全部ホワイトノイズですが。すごく長いフェードや、ボリュームの動きにLFOをかけていたりするので、すべてのチャンネルのステータス(ゲイン、周期)が分かる必要がある。そして台本も追わねばならない。となると結果的にiPadのサイズがベストなので、Apple MacBook ProにiPadを接続して、MaxのインターフェースをMiraというアプリで操作しました(MacとiPadは必ず有線接続を! かなり安定する)。iPadにMagic Keyboardを付けた状態で上下ひっくり返したらディスプレイの光が客席にいかなくなって、地味だけどタスクが減りました。

 今回のシステムの主な機能を本番中の使用頻度順に挙げると下記です。

  • マスターボリュームの操作
  • 目的のボリュームまで変化するタイムの設定
  • 26ch分のホワイトノイズのON/OFF
  • ボリュームの動きにLFOをかけてダイナミクスを付ける操作のON/OFF
  • 遠隔参加の俳優の出音のチャンネル制御 など

 特に試行錯誤を繰り返したのはユーザーインターフェースのボタンサイズ/位置、文字サイズ、文言(言い回し)です。公演中、いかに自分のミスリードとミスタッチを予防できるかをずっと考えていました。例えば、機能的には音を止めるだけなのでPLAY/STOPですが、台本や音の存在を考えるとGO/STAYだなとか、ON/OFFじゃなくてON/MUTEとか。iPadは便利だけど意図しないところを触ってしまったらアウトというハラハラがつきまといますね。マルチタッチ対応だし、Macの⌘キーみたいにある場所をタッチしながら押したときだけ機能する、とかできたら安全度が上がるなあ。

オペ卓。本番中、実際に操作していたのはコンソール左のApple iPadのみ。箱馬に乗せたMacBook Proは遠隔参加の俳優のため、舞台全体が映る場所に設置(Webカメラを使えばよかったが、稽古時に顔を合わせて話すこともあってこうなった)

オペ卓。本番中、実際に操作していたのはコンソール左のApple iPadのみ。箱馬に乗せたMacBook Proは遠隔参加の俳優のため、舞台全体が映る場所に設置(Webカメラを使えばよかったが、稽古時に顔を合わせて話すこともあってこうなった)

本番中は24.2chのホワイトノイズをiPadで制御。画面左に並んだボタンを押すだけでノイズのON/OFFを切り替えられるようにした。ミスタッチを防ぐため、本番中に操作が不要なパラメーターは裏のレイヤーで管理。客席後方のオペ卓からの操作となり、客席と同じ音が聴けないため、稽古中に客席中央でスピーカーの鳴り方を体に覚えさせた

本番中は24.2chのホワイトノイズをiPadで制御。画面左に並んだボタンを押すだけでノイズのON/OFFを切り替えられるようにした。ミスタッチを防ぐため、本番中に操作が不要なパラメーターは裏のレイヤーで管理。客席後方のオペ卓からの操作となり、客席と同じ音が聴けないため、稽古中に客席中央でスピーカーの鳴り方を体に覚えさせた

稽古初期のオペ卓の様子。左は前作『波のような人』でもサポートしてもらった山口剛さん、右は伊藤隆之さん

稽古初期のオペ卓の様子。左は前作『波のような人』でもサポートしてもらった山口剛さん、右は伊藤隆之さん

メインのアクティングエリアからの視点。アクティングエリアが左側になるように客席を設置。音に集中できる環境を作るため、本番中は客席側をほぼ暗転し、紗幕により俳優はぼんやりとしか見えないようにした

メインのアクティングエリアからの視点。アクティングエリアが左側になるように客席を設置。音に集中できる環境を作るため、本番中は客席側をほぼ暗転し、紗幕により俳優はぼんやりとしか見えないようにした

遠隔参加している俳優の音が聴こえなくなった場合のバックアップとして、稽古中に収録した音声をポン出しできるよう、額田君が筆者の左側で待機していた

遠隔参加している俳優の音が聴こえなくなった場合のバックアップとして、稽古中に収録した音声をポン出しできるよう、額田君が筆者の左側で待機していた

左から、ヌトミックの額田大志君、伊藤隆之さん、俳優の深澤しほさん、原田つむぎさん(iPad画面内)、長沼航さん、細井美裕

左から、ヌトミックの額田大志君、伊藤隆之さん、俳優の深澤しほさん、原田つむぎさん(iPad画面内)、長沼航さん、細井美裕

作品の狙いの一つになっていた“クリエーションのためのクリエーション”

 この作品で音以外に狙っていた、演劇の“クリエーションのためのクリエーション”という点においても、最低限の目標は達成できたかと思います。初期、システムを入れる前の俳優のみの稽古にも伊藤さんと何度も参加したことや、俳優/劇場の理解も後押しとなり、システムを踏まえた台本を額田大志君が書いてくれた時点で事実としては達成できたのですが、身体が確信したのは劇場に入って2回目か3回目の通しのときでした。確信に変わったポイントは3点。①俳優がノイズだけの中で空間の輪郭を描いていく様子を実感できたこと。②私が少しオペをミスったときに全体が揺らいでしまったこと(つまり環境として機能している)。③私には分からない解像度の演出の修正を額田君が始めたことです。

 私はまた劇場という場所に戻ることはあるのかな。この公演が終わったら、もう2度と劇場には戻らないか、次作はどうしたいかを考えるの二択だろうなと思ったけど、どうやら後者のようです。

 YouTubeではメイキングムービーを公開! 

システムの解説を含むメイキング動画

 

今月のひとこと:古舘健さんによるDJ部が始動しました(部員細井1名)。1月末京都で発表会の予定が組まれている……

 

 CREDIT 

マルチチャンネルスピーカーと身体のための演劇作品
『辿り着いたうねりと、遠回りの巡礼』

ヌトミック+細井美裕
テキスト・演出:額田大志(ヌトミック)
サウンド・演出:細井美裕
テクニカルディレクター、サウンド/ライティングシステム:伊藤隆之
出演:長沼航(ヌトミック)、深澤しほ(ヌトミック)、原田つむぎ(ヌトミック)

舞台監督:世古口善徳(愛知県芸術劇場)、さかいまお
照明:鷹見茜里(愛知県芸術劇場)
テクニカルスーパーバイザー:山口剛(合同会社ネクストステージ)
配信テクニカルアドバイザー:イトウユウヤ
宣伝美術:田中せり
制作:村松里実
プロデューサー:山本麦子(愛知県芸術劇場) 

 

細井美裕

細井美裕
【Profile】1993年生まれ、慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響を用いた空間そのものを意識させるサウンド・インスタレーションや、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTT ICC無響室、YCAM、札幌SCARTS、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表してきた。

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