スキマスイッチ『Anniversary EP』〜今月の360 Reality Audio【Vol.20】

スキマスイッチ『Anniversary EP』〜今月の360 Reality Audio【Vol.20】

360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を使用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。ここでは、スキマスイッチが作り上げた、イマーシブに特化したEP『Anniversary EP』を紹介。常田真太郎(写真左、k)、大橋卓弥(同右、vo)へのインタビューに加え、ロンドンのアサイラム・チャペル(Asylum Chapel)にて行われた「藍 Live at Asylum Chapel (South London)」「奏(かなで) Live at Asylum Chapel (South London)」の制作の様子をメトロポリス・スタジオのポール・ノリスとマイク・ヒリアーが解説する。

Photo:小原啓樹(メイン画像)、渡辺忠敏(レコーディング風景) 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:スキマスイッチ『Anniversary EP』

『Anniversary EP』スキマスイッチ(オーガスタ)

スキマスイッチ『Anniversary EP』
(オーガスタ)

  1. 藍 Live at Asylum Chapel (South London)
  2. 奏(かなで)Live at Asylum Chapel (South London)
  3. 未来花 for Anniversary
  4. ボクノート ~for 20th Anniversary with Orchestra~

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 Movie 
「藍」 Live at Asylum Chapel (South London)〜360 Reality Audioバージョン

レコーディングが行われたアサイラム・チャペルでのパフォーマンス映像は、スキマスイッチのオフィシャルYouTubeチャンネルにて公開中。廃教会ならではの響きと幻想的な雰囲気が収録されたミュージックビデオとなっている。ステレオミックスと360 Reality Audioバージョンが同時公開されているので、ぜひその違いも確かめてみてほしい。

スキマスイッチ インタビュー 〜教会で歌っている中にいるような臨場感を出す方向で進めました

スキマスイッチ

最新のことをオールドスタイルでやるのが面白かった

 『Anniversary EP』には、2018年に15周年記念でレコーディングした「未来花 for Anniversary」、20周年記念でレコーディングした「ボクノート ~for 20th Anniversary with Orchestra~」、ロンドンのアサイラム・チャペルで収録された「藍」「奏(かなで)」を収録。ここでは「藍」「奏」の制作を中心に紹介しよう。レコーディングの様子を大橋はこう振り返る。

 「教会で歌っている中に自分もいるような臨場感を出す方向で進めました。歌とピアノを別で録った方が素材として調整しやすいので、ピアノの録音後に歌を録りました。シンタ君(常田)のピアノの音で教会の完全な響きを聴いたときに、すごく幻想的な音だったんです。だから歌とピアノが離れすぎず、普段歌うような距離感になるといいなと思いました」

 常田の演奏用に搬入されたピアノは、偶然にも数日前に行われたイギリス国王チャールズの戴冠式の儀式で使われたものだったという。

 「こんなに由緒正しいピアノ、弾いていいのかなって。教会は幾つか候補があったんですけど、アサイラム・チャペルは廃教会なので壁も床もコンクリートのままで、通常の教会より響きがありました。360 Reality Audioで天井の高さを生かして残響音まで録りたいというのが共通認識で。オフマイクをたくさん立てて、歌はなるべく残響を拾い、ピアノの響きは教会の天然リバーブだけで鳴らしました。19年前に作った「奏」をアカペラで歌うのを聴いていると、いろいろなことがよみがえって不思議な感覚でした。聴いていただいて“ロンドンに行った感覚になりました”という方もいて、一つの“リアリティオーディオ”の正解を出せたかなと思います」

面白い発見と音楽的にこうあるべきというものの両立

 歌っているときのことを大橋は「レコーディングスタジオともライブとも違う感覚」と表現。さらに次のように続けた。

 「天然のリバーブが気持ち良くて、広いお風呂で鼻歌を歌っている感覚に近かったかもしれません。後から直せないので一発録りの良いテイクを出そうとする緊張感もありました。今の時代もっと楽にできるだろうに、最新のことをオールドスタイルでやるのが面白かったです。「藍」は高音が奇麗に伸びて歌いやすかったですね。特にサビの高音部は天井に響かせるような感覚で歌いました。奇麗な映像も撮ってもらっていい記念になりましたし、教会の雰囲気が伝わって神秘的な感覚になってもらえたらいいですね」

 「360 Reality Audioの制作はトライ&エラーの繰り返しですが、少しずつ分かってきた気がします」と話す大橋。

 「洋楽と邦楽でも違う気がして、洋楽のアーティストは胸が鳴るような発声方法ですが、僕の発声方法で温かい方向に作ると360 Reality Audioでは距離が離れる気がするので、結構シャキッとさせて作っています」と制作の工夫を語る。

 ロンドンのエンジニア陣も多数参加した本作。「藍」「奏」のレコーディングはメトロポリス・スタジオのポール・ノリス、360 Reality Audio制作は、同スタジオのマイク・ヒリアーが手掛けた。また、2018年に同じくロンドンでレコーディングされた「未来花」は、当時アビイロード・スタジオに所属していたマット・ミスコが2ミックスを制作し、今回マイク・ヒリアーがそのステムを元に360 Reality Audio制作を行った。続いては、メトロポリス・スタジオの2人のエンジニアへのインタビューを通してよりその制作を深掘りしていこう。

Recording Engineer|ポール・ノリス インタビュー

【Profile】レコーディング業界で15年以上の経験を持つメトロポリス・スタジオ所属のレコーディング/ミックスエンジニア。リアーナ、エド・シーラン、リトル・ミックス、ルイス・カパルディ、エラ・ヘンダーソン、キッド・クーディ、ウィル・アイ・アムなどのアーティスティックなビジョンを実現してきた。

パフォーマンスと空間の両方をうまく捉える

 レコーディングを手掛けたポール・ノリスはこう話す。

 「どのプロジェクトでも、私には楽曲をベストな状態でレコーディングする役割があるので、アーティストのパフォーマンスと空間の両方をうまく捉えることに集中しました。ボーカルとピアノの聴きやすさを保ちながら、空間の中のリアルなサウンドをキャプチャーすることにこだわりました。また、ミックスでの選択肢を多く残しておきたいとも考えていました」

 このレコーディングにおける大きな特徴の一つが、アンビエンスマイクを教会内で立方体状に組んだことだという。

 「奥行きも高さも捉えたくて、8本のNEUMANN U 87 Aiで奏者を囲むように立方体を作りました。ミュージシャンの位置が決まったら下段の正方形を作り、それから上段の正方形が正しい高さになるようにセットしたんです。U 87 Aiはすべて双指向に設定し、上のマイクは床と平行に向けて上下方向に収音することで空間の高さを、下のマイクは床と垂直に向けて立方体の内外を収音して奥行きを捉えました」

教会全景

教会全景。本番ではピアノとボーカルを分けて収録した。空間の四隅には、アンビエンスマイクとして2人を囲むようにNEUMANN U 87 Aiを8本使って立方体状に設置。1辺が約6mのキューブが構築された

U 87 Aiをマイキングするポール・ノリス(写真左)

U 87 Aiをマイキングするポール・ノリス(写真左)。双指向に設定し、上段のマイクは床と平行に向けることで空間の上方と下方を収音。下のマイクは床に対して垂直に立てることで立方体の内側と外側を収音できるようにセッティングした

 ほかにもアンビエンスマイクを豊富に用意。「レコーディングのチャンスは一度きりだったので、必要なものをすべて確実に録音するために多くのオプションを用意した」と話す。

 「ワイドにセットしたステレオペアのソニーECM-100Uはディテールに優れていて、空間のステレオイメージを奇麗に捉えられました。360 Reality Audio用にSENNHEISERのAmbisonicsマイクもミュージシャンの前に立てました」

ボーカルの前後にマイキングして細部まで収音

 大橋のボーカルマイクには、ソニーのC-100を2本使用。

 「C-100は非常にディテールが細かく、大橋さんの声のニュアンスを余すところなく収音できました。レコーディングの全体的な雰囲気をとても自然なものにしたかったので、良い選択でしたね。1本は通常通りボーカル正面の近距離に立て、もう1本をその1mほど後方に立てました。これは空間中での声のディテールをキャプチャーするためです」

ボーカルマイクはソニーC-100(写真手前)。その約1m後ろにもC-100を立て、空間の中で響く歌のディテールを捉えた。そのさらに後方にはAmbisonicsマイクが立てられている

ボーカルマイクはソニーC-100(写真手前)。その約1m後ろにもC-100を立て、空間の中で響く歌のディテールを捉えた。そのさらに後方にはAmbisonicsマイクが立てられている

 ピアノは内側と外側に異なるマイクをセットした。

 「ピアノのディテールをより忠実に録音するために、ハンマーの25cmほど上にDPA 4006を立てました。ピアノの外側には無指向のソニーECM-100Nを立て、空間内のピアノ全体の鳴りを収音しました。外側のマイクでは、アンビエンスも含む少しソフトな音が録れています。ECM-100Nはほかのソニー製マイクと同じく繊細で、ディテールを失うことなくピアノ全体を収音できました」

ピアノは内側(写真左)と外側(同右)にそれぞれステレオマイクを設置した

ピアノは内側(写真左)と外側(同右)にそれぞれステレオマイクを設置した

 「レコーディング中はヘッドホンを使ってステレオで作業していたため、どのように録れているかは自分で判断する必要がありました」とポール。しかしその苦労を乗り越え、最終的には「結果にとても満足しています!」と話してくれた。

Mixing Engineer|マイク・ヒリアー インタビュー

【Profile】国内外のアーティストを手掛けるメトロポリス・スタジオ所属のマスタリングエンジニア。最近は360 Reality AudioやDolby Atmosのミックスとマスタリングを多く手掛ける。これまで、バスティルやジョージ・エズラ、サム・スミス、ボノボ、カサビアンなどの作品に携わってきた。

複数のアンビエンスマイクで教会の反射音を表現

 最後に、360 Reality Audioを制作したマイク・ヒリアーに話を聞こう。受け取った録音データについて「録音された環境がそのまま現れていると思いました。アンビエンスもあり、360 Reality Audioにしやすい音という印象でした」と話す。

 イギリスには、エア・スタジオやチャーチ・スタジオなど、教会の響きを生かしたスタジオも多く、マイク自身も教会でのレコーディング経験を持つ。今回目指したのは「リスナーが教会の中に実際に立っているかのような音」だという。

 「オブジェクト配置はすごくシンプルです。ピアノとボーカルは目の前に立っているような配置にして、アンビエンスマイクでピアノや壁の反射音をうまく捉えられるようにしました。キューブ型に設置された8本のU 87 Aiが外や上に向けて立てられていたのが今回の大きなポイントでした」

 アンビエンスマイクのオブジェクトは、ステムとしてまとめられた状態で受け取ったという。先述の立方体でのマイキングのほか、キーになったのがAmbisonicsマイクだという。

 「Ambisonicsマイクで7.1.2chのサウンドフィールドを作っています。これはRØDEのSoundField by RØDEというプラグインでデコーディングして配置しました。このマイクには壁からの反響などが含まれていて、ボーカルやピアノの実音を良くする役割を担っています」

 球体の両端にはECM-100Uで収音されたステレオのアンビエンスオブジェクトを配置。これは先述の立方体のアンビエンスマイクを補う役割を担っている。

 「立方体のアンビエンスマイクがキャプチャーしていないエリアを、ステレオのアンビエンスでカバーしてギャップを埋めました。音圧はステレオのオブジェクトだけでも十分ですが、立方体で立てたマイクやAmbisonicsマイクを足すと、より両者が引き立つのです」

教会で後ろからエコーが聴こえる様子を再現

 ピアノとボーカルのオブジェクトはどう扱ったのだろうか?

 「ピアノのマイクは、外側と内側に立てられていたので、その両方を前面に配置することで、聴いている人の目の前でピアノを弾いているような感覚を再現しました。ボーカルのオブジェクトはモノラルで配置しています。目の前のど真ん中に位置しているのが一番良いと思って位置を設定しました。加えて、背面の一番遠い場所にもマイクを設置し、ボーカル用のアンビエンスを録りました。教会に立って一生懸命前の音に集中していると後ろの方からも同じエコーが聴こえてくることがありますよね。その効果を狙ったんです」

 アーティスト、レコーディング/ミックスエンジニアの観点で紹介してきた制作手法。これらを踏まえて『Anniversary EP』を聴くと、また新たな発見や感動が生まれるだろう。

360 Reality Audioミックス・テクニック

360 Reality Audioミックス・テクニック

「藍 Live at Asylum Chapel (South London)」の360 WalkMix Creator™画面。“Hamazaki Cube”は立方体状に立てたNEUMANN U 87 Aiで、耳の高さの下段マイクが水色、上段のマイクが黄色のオブジェクトで配置されている。小豆色の“Soundfield”は7.1.2chにデコーディングされたAmbisonicsマイクのオブジェクト。左右の端にあるステレオアンビエンス(紫)と合わせて教会内の音の広がりを表現した。ピアノは内側(緑)と外側(橙)に立てた両方のマイクを前方に配置し、目の前で演奏しているようなサウンドを狙っている。ボーカルのオブジェクトは正面中央に配置。その対面となる背後に“Vox Far”マイクのオブジェクトを置くことで、エコーが後ろから返ってくる様子を再現した。

360 Reality Audio 公式Webサイト

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