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YOASOBI『THE BOOK 3』〜今月の360 Reality Audio【Vol.16】

YOASOBI『THE BOOK 3』〜今月の360 Reality Audio【Vol.16】

360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を使用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。ここでは、エンジニアの奥田裕亮氏が360 Reality Audio制作を手掛けたYOASOBI『THE BOOK 3』をピックアップ。連載の第1回で前作『THE BOOK 2』の360 Reality Audio制作について尋ねた奥田氏にあらためてインタビューを敢行し、360 Reality Audio制作や作品に対する意識の変化、緻密な音作りのテクニックについて、ソニー・ミュージックスタジオで話を伺った。

Photo:小原啓樹 取材協力:ソニー

今月の360 Reality Audio:YOASOBI『THE BOOK 3』

YOASOBI『THE BOOK 3』(ソニー・ミュージックエンタテインメント) 

YOASOBI『THE BOOK 3』(ソニー・ミュージックエンタテインメント) 

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Amazon Music Unlimited

Engineer|奥田裕亮

Engineer|奥田裕亮

【Profile】バーディハウス(Bunkamura Studio)を経てソニー・ミュージックスタジオへ。これまでに、YOASOBIのほか、いきものがかり、鈴木雅之、TM NETWORK、遥海、PENGUIN RESEARCH、Try Sailなどの作品を手掛ける

オブジェクトを正面に縦置きしてセンター・スピーカーを意識的に使う

2ミックスの迫力に負けない低域を目指した

 前作『THE BOOK 2』から約1年。奥田氏の360 Reality Audioの制作手法に変化はあったのだろうか?

 「大きく変わったのは低域の処理です。ヘッドホンに落とし込んだときに2ミックスより控えめに聴こえることが多かったので、オブジェクトとして配置したトラックにトータルでEQをかけたり、キックなどのオブジェクトを増やして、2ミックスの迫力に負けない低域を目指しました。キックはステレオのステムを左右に配置するほかに、下にはハイカットしたキックのオブジェクト、上にローカットしたキックのオブジェクトを左右で配置して、正面にも縦向きで2個配置しました」

 “正面にオブジェクトを縦置き”する意図はこうだ。

 「なぜ縦に置くかというと、YOASOBIでは、2ミックスのステムをお預かりして360 Reality Audioを作るのですが、ステレオのステムを普通に左右へ配置すると、センター・スピーカーを使うことが少なくなるんです。でも全体の音圧を稼ぎ楽曲の迫力を出すためには、13個のスピーカーをある程度均一に鳴らした方がよいので、上、中、下段のセンター・スピーカーを鳴らすために、センターから流れる楽器のオブジェクトを正面に縦置きしています。ただ、単純に縦に配置すると左右に広げて置いたオブジェクトと位相感がずれるので、違和感がある帯域はEQなどで処理をして狙った音色を目指しました。スネアやベースも同じく縦にも置きました」

オブジェクトを上下に動かすことで空間を埋める

 先述の通り、360 Reality Audio版の『THE BOOK 3』は、2ミックス制作時のステムを元に構築されているが、「アイドル」に関してはリバーブのオブジェクトを追加したという。

 「360 Reality Audioを制作することは事前に伝わっているので、リバーブ成分は別でもらっていて、基本的には実音とリバーブ成分を分けて配置して空間を調整しています。ただ、「アイドル」のリバーブが深くなるパートだけは、派手に聴かせるには実音だけでは足りず、AVID ReVibeの5chのプレート・リバーブを上段、中段、下段に配置しました」

 加えて、オブジェクトを動かすことも空間を意識させるための一つの手段になっているという奥田氏。

 「360 Reality Audioの音像を球体で包み込まれるように作ろうと思っても、1つのオブジェクトだけで賄い切れる場所は決まってくるので、例えば「祝福」では、ピアノのオブジェクトを上下に動かすことで、空間を埋める働きを持たせました。動きを付けるときは、オブジェクトが動かない状況でスタートさせたり、複数のオブジェクトを使って“面”を作ったりして、まずは楽器がそこにいると認識させてから、ほかの楽器が動かなくなったり消えた瞬間に動かすと、より動きを感じさせられます。ただ、ヘッドホンで聴くときには、オブジェクトの配置場所によってそれぞれの音色のニュアンスが若干変わるので、そこも考慮して動かす必要があります」

“動いて楽しい”だけでなく違和感がないよう調整

 オブジェクトを動かす際、奥田氏は配慮と調整を重ねる。

 「ただ“動いて楽しい”だけじゃなく、耳につく変な違和感がないように調整しました。動いている瞬間に位相感が気になり、オーバーEQのような音色で聴こえることもあるので、それを防ぐためにある音色が移動してから別の音を動かしたり、動いている間も場所に合わせてEQを変えたりします」

 特に、オブジェクトを縦方向に回転させるためには工夫が必要だという。「アイドル」のシンセを題材に説明してくれた。

 「Elevation(高さ)とWidth(2個のオブジェクト間の幅)が同時に変化するように、AVID Pro Toolsでオートメーションを設定しています。耳の高さ・正面→球体上方・真横→耳の高さ・後ろ→球体下方・真横となるように、ElevationとWidthのオートメーションを書きます(下のPoint 1参照)。オブジェクトが奇麗な動きで回るように、このカーブを最初は手動で書きました。この応用で、「ミスター」ではAzimuth(方位角)の値も同時に動かして、両サイドで面が回転する動きを作っています。ちなみに「アイドル」のオブジェクトの動きは個人的に裏テーマがあって、“オタ芸”を少し意識しています。2サビではファンのかけ声が入ったオブジェクトが球の後ろで上下に動いていて、シンセを縦回転させると干渉してしまうので、先述の縦回転は1サビだけで使いました」

360 Reality Audioミックス・テクニック

Point 1:ElevationとWidthの組み合わせで縦方向の回転を付ける

360 Reality Audio版「アイドル」で左右に配置されたキーボードのオブジェクトをピックアップ

360 Reality Audio版「アイドル」で左右に配置されたキーボードのオブジェクトをピックアップ。Elevation(高度)とWidth(2個のオブジェクト間の幅)の値を連続的に変化させることで、縦方向の回転を作っている。❶耳の高さ・正面→❷球体上方・真横→❸耳の高さ・後ろ→❹球体下方・真横と動き、❶の位置に戻っていく

AVID Pro Toolsで書いたElevationとWidthの値のオートメーション。❶〜❹は上画面で表示した時点の状態を表している

AVID Pro Toolsで書いたElevationとWidthの値のオートメーション。❶〜❹は上画面で表示した時点の状態を表している

 ここでは、奥田氏が「アイドル」の1サビのシンセ・オブジェクト“Key2”で行った“縦方向の回転”を付ける方法を紹介する。事前準備として、“2個のオブジェクトが背後まで広がった状態”がWidth:100%となるよう設定を行う。デフォルトでは左右30°ずつ広がった状態=Width:100%なので、ステレオ・ペアのグループを解除→モノラルでそれぞれ左右180°(背後)の位置へ移動→再グループ化という手順により、背後に広がった状態=Width:100%となる。ここから、

❶耳の高さ(Elevation:0.0)で正面(Width:25%)
❷球体上方(Elevation:50.0)で真横(Width:50%)
❸耳の高さ(Elevation:0.0)で後方(Width:75%)
❹球体下方(Elevation:−50.0)で真横(Width:50%)

というポイントを通るようにElevationとWidthのオートメーションを書くことで、縦方向の回転を作ることができる。


Point 2:低域を担うオブジェクトを複製して多数配置する

低域を担うオブジェクトを複製して多数配置する

 低域に迫力を持たせるため、奥田氏はキック(紫)やスネア(緑)、ベース(赤)などのオブジェクトを複数にわたって配置。キックを例に挙げると、耳の高さよりやや下には、提供時の音色のまま左右にオブジェクトを配置。これを基準に、球体下方にはハイカットしたキック、球体上方にはローカットしたキックのオブジェクトをそれぞれ左右に広げて配置している。さらに、正面の補助線に注目すると、ここにも上下に2つのキックが配置されている。これらは上段、中段、下段のセンター・スピーカーから鳴らすために配置され、左右に配置したキックとの位相ずれをなくすためのEQ処理を施している。

ボーカルは複数オブジェクトで分散して鳴らす

 YOASOBIの楽曲の魅力の一つであるikuraのボーカルは、360 Reality Audioでどのように配置されたのだろうか。

 「ボーカルのオブジェクトは4個で、左右2個に加え、キックやベースと同じく、縦方向にも上下2個配置しました。オケの迫力がある場合、ボーカルを正面の1点だけから出すと、そのオブジェクトだけ相当レベルを上げないと整合性が取れなくなります。そうするとセンター・スピーカーだけレベルが出すぎてしまうことになるので、配信されるときに全体的な音量を下げられてしまいます。それを避けるために、複数個のオブジェクトを用意して、複数のスピーカーから分散して音を流してファンタム・センターで聴かせるようにしています。曲中のオケ全体の配置によってボーカルの音量感が多少変わって聴こえるかもしれませんが、基本的にボーカル・オブジェクトの配置場所や左右の幅は曲ごとで大きく変えてはいません。ただ、ikuraさんのボーカルの存在感を担保できる範囲で、ボーカル・オブジェクトの高度を3〜4°高くして配置した曲もあります」

 最後に奥田氏は360 Reality Audio版の『THE BOOK 3』について、「2ミックスとはまた違った表現ができたと思うので、2ミックスは2ミックス、360 Reality Audioは360 Reality Audioで楽しんでもらえればと思います」と話した。

360 Reality Audio 公式Webサイト

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