ソニーの360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、360立体音響技術を使用した新しい音楽体験。上下左右の全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす360 Reality Audio楽曲は、一体どのように作られているのだろうか? 今回は、YOASOBI『THE BOOK 2』をピックアップし、ソニー・ミュージックスタジオの奥田裕亮氏による360 Reality Audioミックスの手法をひもといていく。
Photo:Hiroki Obara
今月の360 Reality Audio:YOASOBI『THE BOOK 2』
『THE BOOK 2』YOASOBI(ソニー・ミュージックエンタテインメント)
1.ツバメ 2.三原色 3.大正浪漫 4.もう少しだけ 5.優しい彗星 6.怪物 7.もしも命が描けたら 8.ラブレター
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ゆっくり動かしておいて聴かせたいタイミングで加速
日本での360 Reality Audioの提供開始後、「群青」を皮切りに、YOASOBIの360 Reality Audioミックスを手掛ける奥田氏。まずは制作を手掛けた経緯を尋ねた。
「YOASOBIは音がソリッドに聴こえる楽曲が多いので、球体の中に広げて配置できたらより明確にいろいろな音が聴こえると思い、360 Reality Audio化を提案しました」
その360 Reality Audioミックスの実作業は、どのように進行していくのだろうか?
「楽器やエフェクト音のステムをAVID Pro Tools上に並べて、360 WalkMix Creator™を使って球体に配置していきます。僕はヘッドホンで違和感がないようにバランスを取ってから、スピーカーで微調整を行うことが多いです」
各音色が“オブジェクト”となり全天球上を動く360 Reality Audio。「大正浪漫」を例に、オブジェクトの動かし方のポイントを語ってもらった。
「アコーディオンの音色は、実物の楽器が開いたり閉じたりするような往復する動作を付けました。ピアノは速く動かしていますが、多くの音の中で動きを聴かせたいときはその音を急に動かすのではなく、ゆっくり動かしておいて聴かせたいタイミングで加速させます。動いた先で音量がほかの音色に負けたり抜けが悪かったりしたら音量やEQで調整しますね。例えば、クラップは左に来た瞬間だけ音量を3dB下げました。アレンジを崩壊せずに動きを出すには、フレーズっぽい上モノやパーカッション、シェイカーなどが効果的だと思います。ただ、スピーカーがある13個のポジションでピークを検知するので、やみくもには回せません。前の9台で表現していたものを後ろの4台に移動させるときは音量を下げるなど、音圧を稼ぎつつ動かす方法を考えています」
複数のスピーカーに分散してピークを防ぐ
先述の通り、360 Reality Audioでは、実音のほかリバーブ成分などのエフェクトもオブジェクトとして扱う。
「例えば「三原色」では、シンセの実音とリバーブ成分が別で配置されているのですが、同時に動かしてみたところピークに達してしまったため、時間をずらして追従する形にしました。実音同士がずれるとタイミングが合っていないように感じますが、リバーブならこういう使い方もありですね」
動きを認識させるための工夫とピーク防止策として音量を分散させる手法は、「怪物」でも行われている。
「1:38〜の展開では誰でも動きを認識できるように、前方で歌とシンセ、ベース、ビート・ループを固めて同時に動かしています。コーラスは基本的に後ろに配置していますが、この瞬間だけ前に寄せて全体が動く感じを出しました。平歌のキックには前後の動きを付けて、アタックの瞬間は上段と中段のスピーカーで鳴らし、胴鳴りがする瞬間に下にずらすことで、分散させてピークを防いでいます。1台で鳴らすより圧倒的にピークが減って全体的な音量を稼げました」
最後に、奥田氏は360 Reality Audioの今後の展望についてこのように語ってくれた。
「Ayase君が“アレンジの仕方が変わるかも”と言っていましたが、そうやって360 Reality Audioに興味を持つアーティストや制作会社の方が増えると良いなと思います」
奥田裕亮
【Profile】バーディハウス(Bunkamura Studio)を経てソニー・ミュージックスタジオへ。いきものががり、ポルノグラフィティ、CHEMISTRY、SCANDAL、坂本真綾、TrySail、コアラモード.などを手掛ける。