360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を使用し、全方位から音に包み込まれるようなリスニング体験をもたらす。今回は、昨年行われた大貫妙子のライブ作品『Taeko Onuki Concert 2022』をピックアップ。前半は、大貫本人からのE-Mailインタビューによるコメントを掲載。後半は、360 Reality Audio制作が行われた音響ハウスのStudio No.7を訪問し、エンジニアの櫻井繁郎氏と、長年にわたり大貫の制作を支えるソニー・ミュージックレーベルズの滝瀬茂氏へ行ったインタビューの様子を紹介する。
Photo:南 賢太郎(メイン)、小原啓樹(スタジオ)
今月の360 Reality Audio:大貫妙子『Taeko Onuki Concert 2022』
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※360 Reality Audio版はスマートフォンで試聴可能です
Musician|大貫妙子
思っていたより広がりを感じることに驚きました
バンドの生演奏に加え、マルチテープからのトラックも駆使した『Taeko Onuki Concert 2022』。大貫はこう振り返る。
「バンドのメンバーは、私のライブでずっとサポートをしてくれている、気心の知れた皆さんです。ここ10年くらいは生演奏で気持ち良いグルーブを作り出すことを目標にライブをしてきましたが、生演奏だけでは再現できないタイプの楽曲も多々あり、どうしても(演奏する)楽曲に偏りが出てきてしまいます。そこでマルチテープからの音源や新たに制作したトラックと一緒に演奏することによって、楽曲本来のアレンジの良さと、生演奏の良さの両方を生かせたコンサートになったのではないかと思います」
近作でアレンジを手掛ける網守将平を含むバンド・メンバーとは、どのような音作りを目指したのだろうか?
「網守君が加入して、だいぶ幅広い年齢層のバンドになりました(笑)。私のリクエストに対してメンバーの誰かひとりが音頭をとって進めていくということではなく、皆で意見を出し合って良い形を探っていくというスタイルですね」
ライブを音源作品としてパッケージ化するにあたり、大事にした部分やこだわった部分についてはこうコメントする。
「音のバランス、プロポーションはとても大事です。もちろんこれはライブ音源に限らず、ですが。また音源はいろいろなシチュエーションで聴いてもらうことになりますから、コンサートの臨場感を大切にしました」
360 Reality Audioに先駆けて本作はステレオでも配信。両者の表現の違いを尋ねると「ステレオ版は聴き慣れたせいか安心感があり、音圧も感じます。360 Reality Audioは目の前に演奏家がいて、そこから発せられる音を立体的に感じられるというところでしょうか」と回答を寄せた。
360 Reality Audioは「この作品で初めて体験しました。思っていたより広がりを感じることに驚きました」という大貫。360 Reality Audio制作が行われた音響ハウスでは、リバーブの表現について、こうディレクションをしたという。
「ステレオ版と同じデータを使っているのに、音場が広がったことでリバーブの質、量、音色が違って聴こえたんです。だからまずステレオ版に近づけるようお願いしました」
そして、360 Reality Audioの『Taeko Onuki Concert 2022』を聴いた感想についてはこのようにつづった。
「コンサートホールで生演奏を聴くという体験とは少し違う、新しいライブ音源の楽しみ方だと思いました。自分のライブを客席で聴いたことはないので、比べることはできないんですが(笑)」
大貫は、今後の360 Reality Audioの発展によって、表現の可能性がどのように広がると感じているのだろうか?
「映像との効果的な使い方が考えられますね。音だけの場合でも現実空間を追求するのではなく、空間オーディオならではの、音楽的に気持ちの良いバランスというものを作っていったら面白いのではないかと思います」
大貫にとって360 Reality Audioの魅力を尋ねると、「一人で多くのトラックを使ってコーラスを重ねたりするのですが、それらを360度広げて定位させたら面白い音になるのかと思います」と答えてくれた。
大貫からは、最後に、360 Reality Audio版『Taeko Onuki Concert 2022』の聴きどころを教えていただこう。
「立体的になったことで、ステレオ・ミックスと別の形でより鮮明なバンド・アンサンブルを楽しめると思います。メンバーひとりひとりの表情もしっかりと堪能くださいませ」
Engineer|櫻井繁郎
音色がステレオからかけ離れないようにしました
今回のライブが実現した背景を話すのは、長年、大貫の制作に携わるソニー・ミュージックレーベルズの滝瀬茂氏だ。
「近年のライブは、生演奏ならではの心地良さを追求してきました。そんな中『SUNSHOWER』や『MIGNONNE』のアナログ盤が再評価されて、当時の楽曲を求める声が大きくなったんです。しかし生演奏だけでは表現できない曲もあるので、シーケンサーを使って同期させてやってみようかと。そこで、マルチテープを引っ張り出してアーカイブしてもらったり、サンプリングしたり、大貫さんのマネージャーであり制作の松井さんが当時の音に近づけて作ったりした音も使ってライブをすることになりました」
360 Reality Audioの録音から制作は、音響ハウスの櫻井繁郎氏が手掛けた。マイキングについて「基本はPAエンジニアの近藤健一郎さんがマイキングをして、僕はオーディエンス・マイクを立てました。ステージ上の花道とPAブースの後ろに2本ずつと、2階席の下向きに設置できて回線が近いところに4本、ホールの吊りマイクも借りました」と櫻井氏。
360 Reality Audio制作においては、先駆けて制作されたステレオ版の存在が大きかったようだ。
「ほかのエンジニアの方によるステレオ版が先にできていたので、音色がステレオからかけ離れないようにしました。使用するプラグインもすり合わせしていただいたのですが、楽器によっては別のプラグインを使って音色を合わせたりもしています。ステレオ版のマルチトラックを楽器ごとにステム化したセッションをいただいたので、それを元に各楽器のL/Rをオブジェクトに割り当て、ステージ上の配置で各楽器が聴こえるようにオブジェクトの間隔を調整しました。当日流した同期音源も、会場で収音してオブジェクトにしています」
Studio|音響ハウスStudio No.7
ONKIO Acousticsでラインと生音の距離感を調整
大貫のボーカルは「歌が全部聴き取れるような状態を目指しました」と話す櫻井氏。具体的な配置については「ほかの楽器とのバランスを考え、ステレオのオブジェクトをセンターから左右35度の位置に置きました」と話す。
エフェクト用オブジェクトにも工夫が施されている。
「トップとボトムにはサチュレーションを足し、オーディエンス・マイク同士の音がつながるようにしました。リバーブは、ホールの響きを補強するために、ボーカル用にLIQUIDSONICS Seventh Heaven、楽器用に同社のCinematic Roomsを7.0.2chの配置で全体に使っています。ほかには、ステレオ版で使われたリバーブと同じものを空間の後方にも足して、包み込まれるようにしました。ライン機材と生楽器の空気感を合わせるためには、音響ハウスの響きを再現したプラグインのONKIO Acousticsで距離感を調整しています」
最後に櫻井氏は「ホールの感じを再現できるように作ったので、ライブに行かれた方にも今度は360 Reality Audioという空間オーディオの特等席で楽しんでもらいたいです。行けなかった方もぜひお聴きください」と思いを語った。
360 Reality Audioミックス・テクニック
『Taeko Onuki Concert 2022』の360 WalkMix Creator™画面。各オブジェクトはステレオ・ミックスのステム・データを元に作成され、楽器は基本的にステージ上の奏者の位置を基準に配置している。リバーブは、ボーカル用と楽器用を分けて7.0.2chの配置でオブジェクトを用意。加えて、2ミックスで使われていたリバーブと同様のものをリアにも配置することで、包み込まれる感じを出している。オーディエンス・マイクのつなぎ用にサチュレーションのオブジェクトも配置されている。
映画『音響ハウス Melody-Go-Round』主題歌
『Melody-Go-Round』
HANA with 銀音堂
(ソニー・ミュージックレーベルズ)
*大貫妙子は作詞/コーラスで参加
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