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大滝詠一『EACH TIME』〜360 Reality Audioメイキングラボ【Vol.1】

大滝詠一『EACH TIME』〜360 Reality Audioメイキングラボ【Vol.1】

360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)は、ソニーの360立体音響技術を活用した音楽体験。この“360 Reality Audioメイキングラボ”では、制作を手掛けるエンジニアやクリエイターのノウハウを深掘りする。今回取り上げるのは、大滝詠一『EACH TIME』。40周年記念盤の『EACH TIME 40th Anniversary Edition』リリースに合わせ、収録曲が360 Reality Audioで登場した。ここでは、マスタリングならびに360 Reality Audio制作を手掛けたソニー・ミュージックスタジオのエンジニア、内藤哲也に話を伺う。

Photo:小原啓樹(エンジニア内藤哲也)

作品情報:大滝詠一『EACH TIME』

大滝詠一『EACH TIME』

大滝詠一『EACH TIME』
(ソニー・ミュージックレーベルズ)

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エンジニア内藤哲也が語る360 Reality Audio

フィル・スペクターの“壁”のような音は、360 Reality Audioなら“包まれる”表現

内藤哲也

内藤哲也

【Profile】レコーディング&マスタリングエンジニア。ソニー・ミュージック信濃町スタジオからソニー・ミュージックスタジオへ。現在はクラシックのホール録音や落語の収録などのレコーディングからマスタリングまでマルチに行う。

大滝さんの1人多重コーラスをあちこちに配置

 内藤は『EACH TIME』の20周年、30周年記念盤でもマスタリングを担当。「1990年代からアシスタントとして入り、20周年シリーズが始まる頃にマスタリングエンジニアとして参加しはじめました。レコーディングやミックスも参加し、エンジニアとしての成長過程と共に大滝さんと関わらせていただいています」と話す。続けて『EACH TIME 40th Anniversary Edition』におけるマスタリングの手法を尋ねた。

 「大滝さんがこだわっていた部分や注意していた部分は外さないようにしつつ、再生に使うテープレコーダーをSTUDER A80からA820に変えることで、全体的に少し低めだった音色傾向が、華やかでアッパーになりました。それをdCSのA/Dコンバーター904で24ビット/96kHzのリニアPCMにしてから、各フォーマットに合わせて処理しています」

 360 Reality Audio制作は、ソニー・ミュージックスタジオでのスピーカー作業を中心に行われた。

 「先に行った5.1chミックスでは、360 Reality Audioでの再現性を考え、なるべくアウトボードを使わずAvid Pro Tools内で作業しました。その際、アーカイブ用にデジタル化したマルチデータを使いながら、吉田保さんがアナログで行ったステレオミックスとの違和感がないように音作りをしています。『EACH TIME』 は 『LONG VACATION』 のヒット後で予算があり、ぜいたくにマルチテープを使っていました。「ペパーミント・ブルー」の大滝さんの1人多重コーラスも、ピンポン前のデータが残っていてあちこちに配置できたんです」

 さらに、リバーブによる空間作りにも工夫が施されている。

 「大滝さんのサウンドとしてよく言う“フィル・スペクターサウンド”の壁のような音というのは、360 Reality Audioにするなら“包まれる”表現かなと思ったんです。吉田保さんのミックスで作り上げられた音像を想像し、深い構造で包まれる状態にするために、リバーブ成分のオブジェクトも追加しました。意識したのは、リバーブ込みの音を生音のように聴かせることです。特にロー成分にリバーブ音が乗ると後付けのリバーブ感が出てしまうので、低域はかなり削りました」

対になる音や旋律を前後に分けて立体感を出す

 内藤は360 Reality Audioの空間を「ステレオのイメージを真横まで広げ、後ろにアディショナルな空間がある」と捉え、立体感を出すために前後、上下の使い分けを重視する。

 「前にメインボーカル、後ろにカウンターメロディを置いたり、ストリングスは前方上、コントラバスは後方下で鳴らすなど、対になる音や旋律を前後に分けて立体感を出しています。また楽器が大きく聴こえるように上下にも振っていて、ドラムはキックを正面のやや下、スネア&ハイハットは正面のやや上に置きました。伴奏のアコースティックギターとピアノも、それぞれ上下に振って厚みを出しています」

 『EACH TIME』の収録曲には、ギミックが含まれる曲も多く、それらは360 Reality Audioにも生かされている。

 「例えば「恋のナックルボール」は歌詞に合わせてSEが動いています。これはオブジェクト自体を動かすのではなく、5.1chからの派生でL、C、R、LS、RS、バックにオブジェクトを用意し、鳴らしたい場所のオブジェクトに音を振りました」

 360 Reality Audioは2ミックスとの距離感が大事という。

 「2ミックスと離れすぎてもダメだし、近寄りすぎたら2ミックスでいいと思われてしまう。ポイントは“面白い”と思ってもらえること。聴く人に新発見があったらうれしいです」

『EACH TIME』360 Reality Audio制作テクニック

ミックスのテーマ:深い構造で“全部に包まれる”表現

「ペパーミント・ブルー」 360 WalkMix Creator全景

「ペパーミント・ブルー」 360 WalkMix Creator™全景

Point:リバーブ込みで生音のように聴かせる

 上画面で着色しているのは360 Reality Audio用に追加したリバーブで、4chリバーブが3層構築されている。北半球のみに配置しているのは、上から降ってくる感じを狙ったため。リバーブプラグインはすべてAUDIO EASE Altiverb XLを使用。上段(水色)ではDome Chapel、中段(黄色)はEMT 140、赤道上に位置する下段(青)のリバーブはMCO 5と、それぞれ異なるIRを選択している。

「ペパーミント・ブルー」で使用されたAUDIO EASE Altiverb XLのIR。内藤は、シミュレーション精度の高さから、各楽曲でAltiverb XLを愛用している。それぞれ4chリバーブとして使用可能なIRを採用。リバーブタイムはいずれも長めの設定で使用されていることが多く、中層で使用したEMT 140では7.07Secに設定。「恋のナックルボール」のバッティング音のSEでは、10秒もの長さで深くかけているという

「ペパーミント・ブルー」で使用されたAUDIO EASE Altiverb XLのIR。内藤は、シミュレーション精度の高さから、各楽曲でAltiverb XLを愛用している。それぞれ4chリバーブとして使用可能なIRを採用。リバーブタイムはいずれも長めの設定で使用されていることが多く、中層で使用したEMT 140では7.07Secに設定。「恋のナックルボール」のバッティング音のSEでは、10秒もの長さで深くかけているという

上層のリバーブには教会の響きを再現するDome Chapelを採用

上層のリバーブには教会の響きを再現するDome Chapelを採用

下層のリバーブはオランダ放送音楽センターのMCO 5のシミュレーション

下層のリバーブはオランダ放送音楽センターのMCO 5のシミュレーション

 また、“リバーブ込みの音を生音のように聴かせることを目指した”という内藤。深い構造で“包まれる状態”にするため、リバーブタイムは長めに設定。低域成分にリバーブ音が乗ると後付けのリバーブ感が強く出てしまうので、低域のカットなどEQで細かく調整しているという。

360 Reality Audio 公式Webサイト

ソニー製品情報

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