LEWITT(ルーイット)は、オーストリアのウィーンに本拠地を置くマイクメーカー。本企画では、幅広いラインナップを誇るLEWITTの魅力的な製品群を、エンジニアやアーティストによるレビューも交えながら紹介していく。ここでは、音楽プロデューサー/エンジニアの加納洋一郎による、真空管マイクPURE TUBEのレビューをお届けしよう。
プロのエンジニアたちに聴いてほしい
LEWITTは、AKGを前身とする技術者が設立したメーカーです。オーストリアはウィーンに本社を置き、日々、新たなマイクを開発しています。既存のビンテージマイクに範を取るメーカーも多い中、独自の発想/デザイン/開発を行い、これからの新たなスタンダードを作るという目線でマイクを市場へと送り出しています。プロからコンシュマー向けまで多くをライナップし、レコーディング、ライブ現場などでも目にするようになっていたので、筆者も気になっていたところ。
今回はそんなLEWITTのボーカル専用マイク、PURE TUBEをレビューしたいと思います。手元に届いたのは、PURE TUBEマイク本体以外の周辺機器も含めたPURE TUBE Studio set。持ち運びに便利そうなコンパクトなフライトケースにマイク本体、専用電源、ショックマウント、磁気ポップフィルター、7ピンケーブルが上手に収納されています。また、それぞれのパーツはPURE TUBE専用に作られ、見た目にこだわりを感じます。
なお、チェックにあたってはシンガーソングライターの小林楓 - KAEDE.KBYSさんにご協力いただきました。SoundCloudに試聴音源をアップしたので、ぜひお聴きください。
SOUND SAMPLE
PURE TUBEで収録した小林楓 ‐ KAEDE.KBYSさんのボーカル音源を、SoundCloudに2種類アップロードしています。①はドライのボーカルのみ、②はオケを含めたミックス済み音源で、楽曲はKAEDE.KBYSさんの「Mirror Ball Lounge」です。
②LEWITT PURE TUBE 2mix「Mirror Ball Lounge」
協力アーティスト
小林楓 – KAEDE.KBYS
シンガーソングライター。新潟県新潟市秋葉区出身。蟹座。カナダ・トロントでのバンド活動の後、東京へ拠点を移し、2014年にミニアルバムを発売。以降、楽曲制作/ライブ活動/イベント出演など、元気に音楽をつくり、歌っている。好きなもの/ことはビール、歩くこと、本を読むこと、手紙を書くこと。
Webサイト:https://kaedekobayashi.com/
YouTube:https://www.youtube.com/@kaedekbys
低ノイズレベルとこだわりのプロダクトデザイン
資料を見てみると、周波数レンジは20〜20,000Hz、指向性はカーディオイドのみ、最大耐音圧132dB SPL、セルフノイズ(等価ノイズレベル)は7dB(A)となっています。大きさ、重さなどもマイクとしては比較的スタンダードですが、突出しているのは、セルフノイズが非常に低いこと。ボーカル専用マイクとしての開発段階で、半導体やコンデンサーを一切使わない真空管からのピュアな信号経路にこだわったため、チューブマイクなのにも関わらず、セルフノイズが一般的なコンデンサーマイクの半分くらいになっています(他社チューブマイクと比べるとさらに低い)。これは歌い手の声量が低い、もしくはウィスパーで歌唱するときにはマイクゲインを上げることになり、必然的にノイズフロアも多くなってしまいます。そのため、セルフノイズが小さいことはボーカル録音時の大きなアドバンテージとなるでしょう。
マイク本体の色はシックなブラック。本体正面から見るとスケルトンになっており、内部に収納されている厳選された12AU7/ECC82真空管が見え、電源をオンにするとオレンジ色に光るようになっています。個人的にはルックスグッド! そんなメカニック要素に今回歌唱をお願いしたKAEDE.KBYSさんも“テンションが上がる!”と言っていたので、デザインがポジティブな意識効果を生み出しているようでした。付属の磁気ポップフィルターは、マグネットでカチッとショックマウントに吸い付くように装着できるので、マイクやダイアフラムに毎回同じ距離でアクセスできます。エンジニア目線で見ると、こういう細かいところはありがたいです。
ビンテージマイクとの比較
さて、PURE TUBEは真空管を使ったマイクということで、スタジオではボーカルレコーディングの多くの場面でファーストチョイスとなることが多く、同じく真空管を使用したビンテージマイクを並べて比較してみることにしました。比較に用いたマイクは1960〜70年代に多く使用され、今でも人気が高く市場価格は120万円を超えます。
セッティングは、マイクプリにRUPERT NEVE DESIGNS 5025 DUAL SHELFORD MIC PREをつないで、Urei 1176の針が振れるか振れないかくらいで、うっすらコンプレッサーをかけて録音してみました。比較対象としては、実際のボーカルレコーディングと同じ環境なので、リアルなレビューになると思います。
第一印象としては、高域から低域まで非常にスムーズなつながりでバランスが良く、突出する周波数は感じられません。筆者は雑誌やWebなどのレビューでマイクをはじめ、さまざまな機材を試すことがありますが、その中には特徴的に高域が伸びていたり、ミックス時に後処理が必要な製品に出くわすこともあります。しかし、PURE TUBEの音は本当に素直な質感を感じます。発音を捉えたときのトランジェント感も心地良く、チューブのよくある中低域の温かみを強調しすぎて高域が物足りないということもありません。
ビンテージマイクとの比較では、正直“どんぐりの背比べ”感がありスピーカーで聴く分には驚くほどネガティブな要素がありませんでした。マイク自体が持っているゲインもビンテージマイクと同じくらいで扱いやすい印象です。Aメロの少しウィスパーな歌唱をうまくキャプチャーできていますし、サビで無理して張って歌ってもらっても最大耐音圧132dB SPLの余裕があるのでひずみません。ほかのポピュラーなマイクに比べて8dBほどマージンがあり、これは大きなメリットと言えるでしょう。声量がある、もしくはロック系の歌い方のためチューブマイクではひずんでしまい、これまではマイクを変更せざる得なかった方も、PURE TUBEではマイク入力の時点でひずまないので、変更する必要がありません。これはありがたいのではないでしょうか。
子音の出方は、ビンテージマイクに比べて聴感上、同じか若干聴きやすいかな?と思えました。だからと言って高域が足りなく輪郭がボヤけるわけではありません。2〜5kHz辺りの中高域の刺々しい耳障りさや張り出しもないので、先述した“素直”という表現がしっくりきます。マイクのネーミング通りの音質に少し驚きを覚えるくらいです。
録音の音質も大事ですが、レコーディングする上でとても大事なのがモニター。パフォーマンスにおいてヘッドホンに返ってくる音はとても重要です。KAEDEさんも“歌いやすく、はっきり聴こえる”とのこと。実際に僕もブース側に行き自分でヘッドホンをかぶり聴いたところ、PURE TUBEはスピーカーで聴くよりもヘッドホンでの音像を近くに感じました。細かい表現が聴こえ、不思議なことにビンテージマイクより落ち着いて聴こえるので安心感があります。
ボーカルのパフォーマンスを存分に引き出してくれる
比較対象で立てたビンテージマイクが市場価格的に120万円以上、一方のPURE TUBEはStudio setで198,000円です。そして、PURE TUBEがクリアさを保ちつつも、前に押し出された聴こえ方がすると考えると、そのクオリティは一目瞭然と言えるでしょう。あくまでも、スタジオでビンテージのマイクが必要ないということではなく、同じ土俵で比べても、ボーカルのパフォーマンスを存分に引き出してくれる、PURE TUBEはそんなマイクです。配信用や宅録に使うなということではもちろん全くありませんが、この製品はプロのレコーディングスタジオ向けの品質です。ぜひ、冗談抜きで一度プロのエンジニアたちに聴いてほしい(笑)。
初出:https://www.lewitt.jp/blog/jiana-yangyilang-pure-tube-rehi-yu
加納洋一郎
サウンド・シティ イマーシブdiv.部長。ミュージックプロデューサー、ミキシング/レコーディングエンジニア。Mixer’s Labのチーフエンジニアを歴任後、独立。フリーランスを経て、2024年からサウンド・シティ イマーシブdiv.新設に伴い就任、エンジニア業と並行して活動中。バンドサウンド、ボーカル作品を得意としており、生きた声、楽器の音色は数多くのライブレコーディング、劇伴、大編成録音からの経験も生かされている。近年はドラマ、映画、アニメの劇伴制作が増え、映像に寄り添った音作りに定評がある。本誌にて3年間にわたるサラウンド記事連載を執筆するなど、専門誌などへの寄稿をこなす一方、専門学校HALで特別講師も務め、現場で培った知識や経験を学生に伝えている。ワイルドオレンジアーティスツにて音楽プロデューサーや作家マネージメントとしても活動中。