昨今のトラップ・ミュージックは
世界中からコンペした音源で作られている
今年5月、茨城を拠点とするビート・メイカーのTRILL DYNASTYが手掛けるリル・ダーク「The Voice」が、全米ビルボード・チャート1位を獲得したというニュースが飛び込んできた。これについてPulp Kは、近年のトラップ制作において必要不可欠な“ループ・メイカー”という存在が関係していると話す。TRILL DYNASTYは日本に居ながら、一体どのようにしてアメリカのトラップ・アーティストの楽曲に携わることができたのか? 自身もループ・メイカーとして活動するPulp Kに、詳しい話を聞いてみよう。
最初のステップは
ビート・メイカーに気に入ってもらうこと
ーまず“ループ・メイカー”とは、どのような人のことを指すのでしょうか。
Pulp K 楽曲の“上モノだけ”を制作する人のことです。現在トラップ・シーンではコライトが盛んで、ビートを作る人をビート・メイカー/ドラム・プロデューサー、上モノを作る人をループ・メイカー/メロディ・メイカーと呼ぶんです。
ーこの“ループ・メイカー”の起源となる人は居ますか?
Pulp K プロデューサー・デュオのキュービーツです。ドイツ在住ながらも、彼らはアメリカのヒット・ソングにたくさんクレジットを残しています。キュービーツは“本格的な上モノ”を作ることができたので、ヒップホップやトラップ系のプロデューサーから重宝されたのでしょう。
ー“本格的な上モノ”とは?
Pulp K 彼らの作る上モノは、フルートやギターなどの生演奏が多いです。レコードなどから上モノをサンプリングした場合、使用許諾を権利者に申請しなければなりませんが、キュービーツが作った上モノを使えばそういった問題などが楽になるのでしょう。以来、ほかのビート・メイカーたちがキュービーツの成功例をまねし始め、2019年の終わりには“ループ・メイカー”という言葉がInstagramを中心に爆発的に広がったのだと思います。
ーキュービーツに続いたループ・メイカーは、ほかにどのような人たちが居ますか?
Pulp K ループ・メイカーとして確立しているのは、トリー・レーンズなどを手掛けるCoop The Truthが代表的です。またフランク・デュークスも同時期にループ・メイカーと同じような動きをして、テイラー・スウィフトやポスト・マローン、ドレイクなどの作品にクレジットを残しています。ただ、ループ・メイカーが話題になる前後では大きな違いがあって、もともとは楽器の演奏がうまかったり、良いメロディが書けるなど、単純に上モノを作るのが得意な人たちがループ・メイカーをやっていました。しかし現在ではメインストリームの作品クレジットに載るために、その手段としてまずはループ・メイカーになる人たちが増えてきたという印象ですね。
ーTRILL DYNASTYさんはループ・メイカーとして活動していたのでしょうか?
Pulp K そうです。アメリカではない国に住みながら、全米ビルボード1位を獲る曲の制作に携われたのは、まさにループ・メイカーをやっていたからです。
ーループ・メイカーは主にInstagramを中心に広まったとのことですが、そこでは具体的にどのようなやり取りが行われているのですか?
Pulp K 例えば、上モノを作ってそれをスマホで動画撮影し、Instagramのストーリーに上げたり、ビート・メイカーやドラム・プロデューサーにDMを送信するのです。上モノが“良い手応え”だった場合、返事が来ます。彼らのE-Mailアドレスを教えてもらえるケースもありますね。あるいは彼らのプロフィール欄に“ループはここへ送って”といった感じで、専用メール・アドレスが書いてあるパターンもあります。
ーということは、まずはビート・メイカーやドラム・プロデューサーに採用されるのが大事だと。
Pulp K そうです。彼らに気に入ってもらい、それを使って曲を完成させるのが最初のステップです。なぜなら、彼らは現地のアーティストやプロダクションと直接コネクションがある人たちだから。要するに、ラッパー本人や制作の関係者にダイレクトに曲を提案できる存在なんですよ。
作り手は自分の得意分野に集中できるため
より良い作品が生まれやすい
ーでは、次のステップは?
Pulp K アーティストやプロダクションに、ビート・メイカーと共作した曲を気に入ってもらうこと。そこで初めてレコーディングとなり、リリースへ向けての話が進むんです。ここでしっかり契約のやりとりをしていれば、最終的に作品クレジットに共作者として自分の名前が載るという感じですね。これがループ・メイカーとしては、最終的なゴールになります。
ーこれを繰り返して、ループ・メイカーとしての実績を積んでいくわけですね。
Pulp K はい。現地のビート・メイカーと仲良くなると、週1回のペースで自分が作ったサンプル集をパッケージにまとめて“今週分”として送れたりします。それを繰り返しているとだんだん信頼も厚くなり、自分の上モノが採用される確率も上がってくるかもしれません。
ー競争率は年々増加していますよね。
Pulp K はい。なので選ばれたらラッキー、まずは第一関門突破という感じです。次はその曲がアーティストに採用されるかどうか、という関門がありますから。このように、昨今のトラップは世界中からコンペした音源で作られていると言っても過言ではありません。この方が、作り手側は自分の得意分野に集中できるので作業効率も上がるし、結果としてより良い作品が生まれやすいし、悪いことはないんじゃないでしょうか。
ー採用されやすい上モノを作るコツはありますか?
Pulp K もちろんアーティストやプロデューサーの好みもあるとは思いますが、トレンド的にはやっぱりエレクトロニックなサウンドの“ハイパー・ポップ”が人気。またギターやフルートは長年需要が有り、エスニックな感じのメロディが好まれる傾向にあります。後はビンテージ・シンセっぽい音や、叙情的なピアノも評判が良いです。全体的なポイントは、音数をシンプルにすること。つまり、アーティストが自由に歌えるような“スペース”を設けることが大切です。かつドラムが入ることも考え、両者がうまく映えつつもキャッチーなメロディ・ラインの上モノが一番良いと思います。
求められているのは
SNSで“自分を売り込む”技術
ーご自身は、どのような音源を使われていますか?
Pulp K ビンテージ・シンセの音色が欲しいときはARTURIA Analog Lab Vで、ストリングスやピアノはNATIVE INSTRUMENTS Kompleteのソフト音源を用います。アコギとフルートに関しては、生音を収録して使っていますね。ちなみにドラムの音源はサンプルで、サブベースはXFER RECORDS Serumです。
ープラグイン・エフェクトは何を?
Pulp K 基本的にはIMAGE-LINE FL Studioに付属するプラグイン・エフェクトを使用しているのですが、ビンテージ感を上モノに演出したいときはAUDIOTHING Reels、上モノを“良い意味”で気持ち悪くしたいときはOUTPUT Portalを使います。この2つは、上モノに独特のグルーブ感を与えられるのでお気に入りです。すべてのループ・メイカーに薦めたいですね。
ーアコギなどの録音はどのようにしているのですか?
Pulp K APPLE iPhoneに付属するマイクを使い、ボイスメモやフリーのアプリで録音しています。データはそのままコンピューターに送って、FL Studio内で編集するという感じです。ちなみに、ボーカル・サンプルが必要なときも同じようにiPhoneのマイクを使用しています。
ー音質は問題無いのでしょうか。
Pulp K 音質が良過ぎないというのが“逆に良い”というか。どちらにせよプラグイン処理で音を汚したりするので、最初からローファイな質感で録れて一石二鳥なんです。もし問題が有れば、ちゃんとしたマイクを既に購入していると思うのですが、今のところ満足しているので必要無いですね。むしろ、環境音なども入るので味が出て良いです。
ーループ・メイキングを始めてからアメリカのビート・メイカーやドラム・プロデューサーと最初のコネクションが作れるまで、どのくらいの期間を要しましたか?
Pulp K 半年以上はかかりました。それまでは、毎日のようにいろいろなビート・メイカーたちに送り続けていたのですが、なかなか返信が来なくて……。半年以上続けて、やっと一人から返事が来たような感じです(笑)。
ーこれからループ・メイカーを目指す人たちへ、何かアドバイスをいただけますか?
Pulp K まず、格好良い上モノを作れることが大前提です。そして、向こうのビート・メイカーやプロデューサーとのつながりをどのように作れるのかもポイント。つまり、SNSで“うまく自分を売り込む技術”が求められていると感じています。あと、ビート・メイカーやドラム・プロデューサーは世界中のループ・メイカーから毎日DMやメールが来ると思うんです。そもそも、自分のメールを開いてもらえるかどうかは“運次第”なところがあるので、そういった意味でも続けることが大事ですね。自分は国内で活動しつつ、アメリカのシーンで活躍したいと考えています。今年中に全米ビルボード・チャート1位の楽曲にクレジットされるのが目標です。