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きくおのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

きくおのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

独特で不思議な世界観の音楽で国内外から注目を集めるボカロP、きくお。彼が制作の拠点とする自宅兼プライベート・スタジオは、神奈川県の山あいに位置する。そこは、“曲を作りたくなる部屋”をどこまでも追求した、個性あふれる空間であった。

“ごちゃごちゃさせること”が内装のテーマ

 まずは、便利な都心から離れた場所に制作の拠点を構えるに至った経緯を尋ねた。

 「この場所を選んだのは、人がいないからです。外に出たときにコンクリートがいっぱいあって、人がたくさんいるような状態だと、自分の中にあまり入っていけなくて。“制作に煮詰まったときにふらっと外を散歩しても自然しかない”という状態が、すごく集中できて良いんです」

 スタジオの壁にはさまざまな模様の布が張り巡らされており、神秘的な雰囲気だ。内装のテーマは“ごちゃごちゃさせること”だという。

 「ハードの機材はそこまで多くないので、シンプルにしようと思えば幾らでもシンプルにできちゃうんです。でもそれだとそわそわしてしまって。視界に入るものをごちゃごちゃと散らかしていた方が、落ち着いてアイディアもいっぱい出てくるんですよ。あえて目が忙しくなるようにしていて、見ているだけで目が回りそうなぐるぐる巻きの模様などを好んで使っていたりしますね。モロッコ風のインテリアや、ビデオ・ゲームの『ゆめにっき』、『LSD』などのビジュアルを参考にしました。モニュメントをいろいろ置くと音が反響してしまうのでそれは避けて、部屋全体に吸音材を張り、その上からさらに布を重ねています。これで音響的にもデッドニングされているんですよ。一時期、自分が好きなものが分からなくなってしまったことがあって、その際に部屋を真っ白にしてみたのですが、全然集中できなくて。そこから作り変えていく過程で、自分が好きなものや、どんなものにこだわりを持っているのかが明確に見えるようになったので、より濃い空間になっていったのかもしれません」

 内装にこだわったのは、音質だけを追求するのではなく、曲を作りたくなるような部屋にするためだったという。

 「音質だけを追求するなら、きっと無菌室みたいな部屋になると思うんです。でも、“曲を作りたくなる部屋”っていうのがすごく大事で。例えば、空気がこもっちゃうと制作に集中できなくなってくるので、二酸化炭素濃度計を置いて、濃度が上がってきたら換気をするようにしています。また、楽曲制作中には、作る曲のジャンルなどに合わせてお香をたいているんです。宗教っぽい感じの曲を作るときは“冥世の水琴”という、お仏壇であの世と交信するためのものを使ったり、ノリの良い曲を作るときはラベンダーなどをたくと気持ちが上がりますね」

デスク周り。DAWはPRESONUS Studio Oneを使用。フリーズしたときのリカバリーが手厚いところを気に入っているという。モニター画面の上部には二酸化炭素濃度計を設置。デスクの右奥にはさまざまなお香が入った瓶が置かれている。制作は立った状態で、ステッパーで足踏みをしながら行うスタイルとのこと。マウスが置かれている木の板は、自宅付近にある材木屋で仕入れたもの

デスク周り。DAWはPRESONUS Studio Oneを使用。フリーズしたときのリカバリーが手厚いところを気に入っているという。モニター画面の上部には二酸化炭素濃度計を設置。デスクの右奥にはさまざまなお香が入った瓶が置かれている。制作は立った状態で、ステッパーで足踏みをしながら行うスタイルとのこと。マウスが置かれている木の板は、自宅付近にある材木屋で仕入れたもの

4年ほど愛用しているというステッパー。「パソコンの前に向かっているだけで、どんどん筋肉が付くんですよ」とのこと

4年ほど愛用しているというステッパー。「パソコンの前に向かっているだけで、どんどん筋肉が付くんですよ」とのこと

MIDIキーボードはKORG MicroKey2-37。リアルタイムでの打ち込みはせず、音色を確認するために使用するそう。キーボードの左手前にあるスイッチは、きくお自身により小型に改造されたサステイン・ペダル

MIDIキーボードはKORG MicroKey2-37。リアルタイムでの打ち込みはせず、音色を確認するために使用するそう。キーボードの左手前にあるスイッチは、きくお自身により小型に改造されたサステイン・ペダル

モニター・スピーカーはADAM AUDIO A7X。「これを導入する前は、いろいろなスピーカーを並べて聴き比べながら制作をしていたのですが、今はこの1台しか使っていません。結局この1台だけで完璧になってしまうんです。小さい音でも低域から高域まで正確に音が出てくれるので気に入っています」とのこと

モニター・スピーカーはADAM AUDIO A7X。「これを導入する前は、いろいろなスピーカーを並べて聴き比べながら制作をしていたのですが、今はこの1台しか使っていません。結局この1台だけで完璧になってしまうんです。小さい音でも低域から高域まで正確に音が出てくれるので気に入っています」とのこと

補正ツールSONARWORKS Reference 4。モニター・スピーカーのADAM AUDIO A7Xは配置の仕方で音がかなり変わる印象があるため、このソフトで調整しているという

補正ツールSONARWORKS Reference 4。モニター・スピーカーA7Xは配置の仕方で音がかなり変わる印象があるため、このソフトで調整しているという

ヘッドフォンはFOCAL Clear MG Pro。「これは最高のヘッドフォンです。解像度が高いとしか言いようがないですね。トラック数が多くてもリバーブの質感まで全部聴こえるんです」とのこと

ヘッドフォンはFOCAL Clear MG Pro。「これは最高のヘッドフォンです。解像度が高いとしか言いようがないですね。トラック数が多くてもリバーブの質感まで全部聴こえるんです」とのこと

機材はミニマルなものを選ぶ

 “ごちゃごちゃさせること”をテーマに内装をデザインした一方で、機材については、大きくて豪勢なものよりも、小さくて扱いやすいものの方が良く、ミニマルなものを選ぶことが多いそうだ。

 「機材の音質についてはいろいろ試してきましたが、ある程度きちんとしたものを使っていれば、そこから先の違いは自分にとって微々たるものなんです。それよりも、曲作りや創造性を大事にしたいと思っています。あとは、個人的な好みとして、完璧にミックスされた音源があまり好きではなかったりして。元々インディーズのネット音楽で育ってきたので、すごく耳が痛くなるような荒いミックスとかが好きなんですよ。なので、完璧な音源を仕上げることにあまり興味が無いという気持ちの表れもあります」

オーディオ・インターフェース、NATIVE INSTRUMENTS Komplete Audio 1。今までは録音をしないのでDACを使用していたが、歌の練習を始めたため導入したという。コンパクトで機能性についても申し分ないとのこと

オーディオ・インターフェース、NATIVE INSTRUMENTS Komplete Audio 1。今までは録音をしないのでDACを使用していたが、歌の練習を始めたため導入したという。コンパクトで機能性についても申し分ないとのこと

歌の練習の際に使用するSHURE SM7B。知り合いのボーカリストの方の紹介で購入。低域から高域までしっかりと拾ってくれるそうだ

歌の練習の際に使用するSHURE SM7B。知り合いのボーカリストの方の紹介で購入。低域から高域までしっかりと拾ってくれるそうだ

 曲作りはサンプル音源やプラグインを大量に使って行うスタイルとのこと。音源やプラグインは1曲作るごとに、新しいものに買い換えてしまうそうだ。一方で、音数が多すぎるのが悩みでもあるという。

 「音楽を始めた頃からなのですが、音数が多すぎるのが悩みなんです。減らしたくてしょうがなくてずっと苦悩していたのですが、これは多分人間性の問題ですね。パリッとしたシンプルでさわやかな曲がとにかく作れないんですよ。始めたての頃はよく“音数が多すぎるからだめだ”と言われてきたんですけど、今では“足し算で突き抜けてやるぜ”っていう気持ちでいます。音数が多いので、曲の統一感にはものすごく気を付けて作っていますね。でも、個人的には音数が少ない曲にもそろそろ限界が来て、その反動で音数が多めのごちゃっとした音楽が注目されるようになるんじゃないかと思っています」

プラグインやソフト音源などは、1曲作るごとに買い換えているという。写真は、お気に入りのものを数点立ち上げた状態の画面。左上はモジュレーション・マルチエフェクトのUNFILTERED AUDIO Byome、左下はスプリング・リバーブのEVENTIDE Spring、右はビート・メイキング・ツールXLNAUDIO XO

プラグインやソフト音源などは、1曲作るごとに買い換えているという。写真は、お気に入りのものを数点立ち上げた状態の画面。左上はモジュレーション・マルチエフェクトのUNFILTERED AUDIO Byome、左下はスプリング・リバーブのEVENTIDE Spring、右はビート・メイキング・ツールXLNAUDIO XO

石田琵琶店で購入したという薩摩琵琶。「DAW上での表現が多分一番難しい楽器で、だからこそ引かれているんじゃないかと思います。この、“謎のまがまがしさ”みたいな不思議さを、いつか楽曲にも生かせたらなと思っています」と、実際に演奏しながら話してくれた

石田琵琶店で購入したという薩摩琵琶。「DAW上での表現が多分一番難しい楽器で、だからこそ引かれているんじゃないかと思います。この、“謎のまがまがしさ”みたいな不思議さを、いつか楽曲にも生かせたらなと思っています」と、実際に演奏しながら話してくれた

 このスタジオは何よりも曲作りのために構築されていることがよく分かる。きくおは今の制作環境について、「コミュ症ぼっち音楽家が手に入れた幸せみたいな感じですね」と話してくれた。

 「“だめ人間最後の砦”みたいな感じで音楽をやっているんです。何も人並みにできない人間が幸せになろうとしたら、一芸を突き詰めるしかない。でもその一芸を突き詰めるために音楽をやっていたら、なぜかそこでも社会性を求められることがあって。それをすっぱり諦めて幸せを手に入れようとしたらこうなりました。自分は“こうすれば受けるぞ”と思ったことをやり続けてうまくいかなくて、自分の好きなものを1回自由にやってみたらすごくうまくいったんです」

Equipment

 DAW System 
Computer:Windows 10 Pro
DAW:PRESONUS Studio One

Audio I/O:NATIVE INSTRUMENTS Komplete Audio 1

 Outboard & Effects 
Plugin Effects:EVENTIDE AUDIO Spring、FABFILTER(全製品)、GLITCH MACHINES(全製品)、IZOTOPE Ozone、NATIVE INSTRUMENTS Komplete、WAVES Signature Series、UNFILTERED AUDIO Byome、XLN AUDIO XO、他

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:ADAM AUDIO A7X
Headphone:FOCAL Clear MG Pro
Microphone:SHURE SM7B

 Instruments 
Keyboard:KORG MicroKey2-37
Software Instruments:MODARTT Pianoteq、NATIVE INSTRUMENTS Kontakt、Massive、XLN AUDIO Addictive Drums、SPECTRASONICS Omnisphere、他
Others:薩摩琵琶

 

きくお

きくお
2003年に音楽制作を開始。ゲーム音楽や東方アレンジなどを手掛ける。2010年よりボーカロイド楽曲を投稿し始め、2016年にニコニコ超パーティー2016に出演。2022年には、「愛して愛して愛して」がSpotifyにおいて、VOCALOID楽曲再生数世界1位を達成した。

 Recent Work 

『きくおミク6』
きくお
(KARENT)

次に欲しい機材は…?

 LETIMIX GainMatchが欲しいです。プラグインをインサートした際の音量の変化を自動的に調整してくれるソフトで、これはもう買う寸前ですね。ハードだと、欲しいのは今使っているモニター・スピーカーADAM AUDIO A7Xの上位モデル、A7Vかな。A7Xが壊れたら、次は間違いなくそれを買うことになりますね。このシリーズはもう5年ぐらい使っていて、何の不満もありません。本当に気に入っているんです。

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