ノサッジ・シングのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

ノサッジ・シングのプライベート・スタジオ|Private Studio 2023

世にも美しいアトモスフェリックなサウンドを生み出すプロデューサー、ノサッジ・シング。アンビエントやベース・ミュージックを類いまれなる感性で昇華させた最新アルバム『Continua』は、このホーム・スタジオを拠点に生み出された。ノサッジ本人のコメントを交えつつレポートしていこう。

可能性を感じるロシア製のリズム・マシン

 ノサッジがスタジオを構えるのは、ダウンタウンLAのアーツ・ディストリクトというエリア。「ここには3年前に引っ越してきた。新しくて変化の目まぐるしいエリアなんだ。いろいろなショップができていて、今の僕にとっては良い刺激が受けられる」と語る。日々の曲作りは朝9時から夕方5時までがルーティンだそうで、耳を休ませる意味でも、制作の時間とオフのバランスは大切だと話す。

 「前はビンテージ・シンセを熱心に集めていたけど、あるとき手放すことにした。機材というのは、手に入れてみないと、本当に自分の音楽に合っているのかどうか分からないものなんだ。そして機材を変えることで、自らのサウンドも変化することに気づいた。例えばROLAND TR-909は歴史のある機材だけど、僕は結局、サンプリングして使っていた。家にアート作品を展示している気分だった。今はXLN AUDIOのXO(ビート・メイキング・ソフト)がとても気に入っている。本物のTR-909を所有しているのとXOを使うのとでは、どっちからインスピレーションを受けられるか?という話だ。人の好みによって、その決断は変わる。TR-909を手放してからは、SOMA LABORATORY Pulsar-23やPOLYEND Polyend Playもよく使っている。Pulsar-23はロシア製のリズム・マシンで、ものすごく可能性があるんだ。実験的なトラックを作るときに活用している。Polyend Playは、非常に高度なシーケンスが組めるサンプル・ベースのグルーブ・マシン。これがあれば、3分くらいでエイフェックス・ツインみたいなトラックが作れる(笑)」

 Pulsar-23で一から作った音色が、トラック・メイクの端緒になることもあるという。

 「あとはSEQUENTIAL Prophet-5 Rev4の音から作りはじめたり、ソフト・シンセのプリセットをいじるところから始めたり……僕は音色、コード、曲の世界観を先に作ることが多いんだ。コード進行が気に入らなくても、全体のサウンドが好きだったら、とりあえずセーブしておくこともある。DAWはABLETON Liveで、複数の音源やエフェクトを組み合わせて保存できる“インストゥルメントラック”という機能を多用している。お気に入りの音色を作るのには時間がかかるから、微調整しつつ繰り返し使うことが多いんだ。『Continua』では、NATIVE INSTRUMENTS Massiveの同一のパッチで、ベース音色の大半を賄った。ものすごく個性的な音というわけではないけど、重低音が豊かで気に入っている」

DAWはABLETON Live。アレンジメントビューを映したディスプレイの足元には、Live用コントローラーPush 2(右)とNATIVE INSTRUMENTS Maschine MK3のコントローラー(左)を置く。上方のディスプレイにはAPPLE Apple TVが接続され、楽曲制作中に映像を流すそう。「映像を見ながら制作することで、サントラを作るような感覚になれる。「Blue Hour」という曲は、僕のガール・フレンドが犬と遊ぶ映像を流しながら、そのサントラとして作りはじめた」とノサッジ

DAWはABLETON Live。アレンジメントビューを映したディスプレイの足元には、Live用コントローラーPush 2(右)とNATIVE INSTRUMENTS Maschine MK3のコントローラー(左)を置く。上方のディスプレイにはAPPLE Apple TVが接続され、楽曲制作中に映像を流すそう。「映像を見ながら制作することで、サントラを作るような感覚になれる。「Blue Hour」という曲は、僕のガール・フレンドが犬と遊ぶ映像を流しながら、そのサントラとして作りはじめた」とノサッジ

白い機材はロシア製のリズム・マシンSOMA LABORATORY Pulsar-23で、その下にはグルーブ・マシンのPOLYEND Polyend Playが見える

白い機材はロシア製のリズム・マシンSOMA LABORATORY Pulsar-23で、その下にはグルーブ・マシンのPOLYEND Polyend Playが見える

写真上の2台のMOOGシンセ=Mother-32とDfamは、ダンス・ミュージック・アルバムになるという次作で活用予定。Dfamの下には、オープンソースのコントローラーMONOME Arc、シンセのTEENAGE ENGINEERING OP-1 Field、ライブ用のコントローラーFADERFOX EC4などが見える。ノサッジはOP-1 Fieldのドラム・プリセット開発に携わったそうだ

写真上の2台のMOOGシンセ=Mother-32とDfamは、ダンス・ミュージック・アルバムになるという次作で活用予定。Dfamの下には、オープンソースのコントローラーMONOME Arc、シンセのTEENAGE ENGINEERING OP-1 Field、ライブ用のコントローラーFADERFOX EC4などが見える。ノサッジはOP-1 Fieldのドラム・プリセット開発に携わったそうだ

歌録りにベストな機材ルーティング

 『Continua』に収録された「Blue Hour」という曲が出色だ。シンガーのジュリアナ・バーウィックをフィーチャーしたアンビエント・ソングで、ボーカルはもちろん、シンセ・パッドのレイヤー感やピッチの揺らぎが心地よい。

 「Prophet-5 Rev4、 NATIVE INSTRUMENTS Kontaktのパッド、Massiveのベースを重ねている。Prophet-5 Rev4は、これまでに最も気に入ったシンセなんだ。前はビンテージのProphet-5 Rev3を使っていたけど、現行品のRev4の方が、音が良いと思う。ビンテージとは違いチューニングが安定していて、ベロシティに対応している。好きなシンセと言えば、YAMAHAのCS-50は手放さないと思う。4音ポリフォニックという制限付きだが、とてもユニークな音がするから」

最新アルバム『Continua』の傑作「Blue Hour」のプロジェクト。画面左には、収録曲のベースの大半に用いたというNATIVE INSTRUMENTS Massiveが立ち上がり、その上にはUNIVERSAL AUDIO UADのEmpirical Labs EL8 Distressor、右にはSSL 4000 G Bus Compressor Collectionの姿が。SSL 4000 Gは、よく使うプラグインだそう。画面右上に見えるのは最近お気に入りのビート・メイキング・ソフトXLN AUDIO XO

最新アルバム『Continua』の傑作「Blue Hour」のプロジェクト。画面左には、収録曲のベースの大半に用いたというNATIVE INSTRUMENTS Massiveが立ち上がり、その上にはUNIVERSAL AUDIO UADのEmpirical Labs EL8 Distressor、右にはSSL 4000 G Bus Compressor Collectionの姿が。SSL 4000 Gは、よく使うプラグインだそう。画面右上に見えるのは最近お気に入りのビート・メイキング・ソフトXLN AUDIO XO

Prophet-6(写真上)とProphet-5 Rev4(同下)。後者はノサッジの一番のフェイバリット・シンセだ。Prophet-6については「エフェクトを備えているから使い道が広い。録音セッションのためにここへ来るミュージシャンたちには、Prophet-6の方が使いやすいようだ」と語る

Prophet-6(写真上)とProphet-5 Rev4(同下)。後者はノサッジの一番のフェイバリット・シンセだ。Prophet-6については「エフェクトを備えているから使い道が広い。録音セッションのためにここへ来るミュージシャンたちには、Prophet-6の方が使いやすいようだ」と語る

MOOG The Rogueは「90’sジャングルのベース・サウンドが得意」というアナログ・モノシンセ。その下のYAMAHA CS-50はノサッジの手放せない一品で、映画音楽の作曲家マイク・アンドリューズから教えてもらって使いはじめたそう

MOOG The Rogueは「90’sジャングルのベース・サウンドが得意」というアナログ・モノシンセ。その下のYAMAHA CS-50はノサッジの手放せない一品で、映画音楽の作曲家マイク・アンドリューズから教えてもらって使いはじめたそう

 モニタリングにはパワード・スピーカーGENELEC 8351Aを使用。「これによりトラックの作り方が変わった」と言う。

 「音場補正の機能が付いていて、天井が高いこの部屋の問題点を改善してくれた。それにローエンドまで十分に確認できるから、サブウーファーは使っていない。別の家に住んでいたころはサブウーファーを併用していたけど、慣れていなかったからか、ミックスの中で低音を大きくしすぎていた。あと、長いこと聴いていたら耳が疲れてしまう。とはいえ、クラブにいるような感覚になれるから楽しいとは思うよ」

 このスタジオでは歌の録音も可能だ。「Blue Hour」のボーカル・セッションについて聞いてみよう。

 「ジュリアナをこの部屋に呼んで、SHURE SM7B(ダイナミック・マイク)、CLOUD MICROPHONES Cloudlifter CL-1(インライン・マイクプリ)、SPECK ELECTRONICS X.Sum(サミング・ミキサー)、BAE AUDIO 1073MP Dual (マイクプリ)、UNIVERSAL AUDIO Apollo Quad(オーディオI/O)というルーティングで録音した。以前はもっとシンプルな方法で録っていたんだけど、この組み合わせがベストなんだ。所有しているアウトボードの中で、一番大事なのは1073MP Dualかな。NEVE 1073に最も近いクローンと知って入手し、歌やシンセなど、あらゆるソースに使っている。X.Sumもすべてのシンセに使っていて、とてもクリーンな音が得られる」

歌録り用のSHURE SM7Bは、マイク・スタンドに取り付けた青いインライン・マイクプリのCLOUD MICROPHONES Cloudlifter CL-1で増幅。マイクの背後にはSE ELECTRONICS RF-Xを置く

歌録り用のSHURE SM7Bは、マイク・スタンドに取り付けた青いインライン・マイクプリのCLOUD MICROPHONES Cloudlifter CL-1で増幅。マイクの背後にはSE ELECTRONICS RF-Xを置く

ラックの上から4番目には、ノサッジの最重要アウトボードBAE AUDIO 1073MP Dualがスタンバイ。その下には、サミング・ミキサーのSPECK ELECTRONICS X.SumとオーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo Quadがマウントされている。ラックの左側には、APIのマイクプリ512C×2台とPETE’S PLACEのコンプBAC500などが見える

ラックの上から4番目には、ノサッジの最重要アウトボードBAE AUDIO 1073MP Dualがスタンバイ。その下には、サミング・ミキサーのSPECK ELECTRONICS X.SumとオーディオI/OのUNIVERSAL AUDIO Apollo Quadがマウントされている。ラックの左側には、APIのマイクプリ512C×2台とPETE’S PLACEのコンプBAC500などが見える

写真左からFENDERのJaguarとMustang Bass。後ろにあるのはMOOGのテルミンEtherwave Plus

写真左からFENDERのJaguarとMustang Bass。後ろにあるのはMOOGのテルミンEtherwave Plus

黒い機材はVERMONAのスプリング・リバーブ/アナログ・フィルターRetroverb Lancet。「ブロードキャストという大好きなバンドがいて、彼らを思わせるリバーブだ。ギターだけでなく、ハードウェア・シンセやソフト・シンセを通すこともある。この音はプラグインでは再現しづらいんだ」とノサッジ

黒い機材はVERMONAのスプリング・リバーブ/アナログ・フィルターRetroverb Lancet。「ブロードキャストという大好きなバンドがいて、彼らを思わせるリバーブだ。ギターだけでなく、ハードウェア・シンセやソフト・シンセを通すこともある。この音はプラグインでは再現しづらいんだ」とノサッジ

 厳選されたハードウェアが印象的なノサッジのスタジオ。将来的には、カスタムの家具を作りたいという。

 「そのとき使っていないコントローラーを隠せるデスクとかね。あとはケーブルが見えなくて、整理整頓されているとインスピレーションを受けやすい。効率的なスタジオ環境、ミニマルであることが僕にとって大切なんだ」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE MacBook Pro
DAW:ABLETON Live
Audio I/O:UNIVERSAL AUDIO Apollo Quad
MIDI Interface:MOTU MIDI Express 128
Controller:ABLETON Push 2、FADERFOX EC4、MONOME Arc

 Outboard & Effects 
Mic Preamp:API 512C×2台、BAE AUDIO 1073MP
Compressor:PETE’S PLACE BAC500

Reverb / Filter:VERMONA Retroverb Lancet
Summing Mixer:SPECK ELECTRONICS X.Sum
Pedal Effects:CHASE BLISS AUDIO Mood、MERIS Hedra、Mercury7、Polymoon、RETROACTIVE PEDALS Dot Chaser
Plugin Effects:OUTPUT Thermal、UNIVERSAL AUDIO UAD SSL 4000 G Bus Compressor Collection、Empirical Labs EL8 Distressor、他

 Recording & Monitoring 
Monitor Speaker:GENELEC 8351A
Microphone:SHURE SM7B

 Instruments 
Synthesizer:MOOG Dfam、Mother-32、The Rogue、SEQUENTIAL Prophet-5 Rev4、Prophet-6、SOMA LABORATORY Lyra-8、TEENAGE ENGINEERING OP-1、OP-1 Field、YAMAHA CS-50
Rhythm Machine:SOMA LABORATORY Pulsar-23
Groove Machine:NATIVE INSTRUMENTS Maschine MK3、POLYEND Polyend Play
Guitar:FENDER Jaguar
Bass:FENDER Mustang Bass
Software Instruments:ARTURIA Pigments 3、NATIVE INSTRUMENTS Massive、XLN AUDIO XO、他

 

ノサッジ・シング

ノサッジ・シング
LA拠点の音楽プロデューサー。本名ジェイソン・チャング。ケンドリック・ラマーやチャンス・ザ・ラッパーらをプロデュースしてきたほか、Innovative LeisureやTimetableといったレーベルから自作を発表。最新アルバムはLuckyMeからのリリースとなる。

 Recent Work 

『Continua』
ノサッジ・シング
(LuckyMe)
※10月にデジタル・リリース済み。12月9日にビートインクから国内盤CD、2023年1月27日に輸入盤CD/LPが発売予定

次に欲しい機材は…?

 最近、いろいろな新しいリズム・マシンがリリースされていて、欲しいものが幾つかある。次に欲しいと思っているのは、ラトビアのブランドERICA SYNTHSのPērkons HD-01。ある意味、Pulsar-23とPolyend Playが合体したようなリズム・マシンなんだ。シンセではOBERHEIMのOB-X8に興味がある。ただし、とても高価だから、ニュー・アルバム『Continua』の売り上げが良ければ買うかもしれないよ(笑)。

関連記事

【特集】Private Studio 2023