ラビア・ビアイニのプライベート・スタジオ|Private Studio 2022

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1部屋でレコーディングからマスタリングまでが完結する

 ベルリンを拠点とするレコード・レーベル=Morphine Recordsを運営するレバノン人アーティスト、ラビア・ビアイニ。そんな彼のスタジオがベルリンのクロイツベルク地区にオープンした。

Interview/Photo:Yuko Asanuma

2部屋を3つのエリアに分割。ラックや窓もすべてDIYで製作

 スタジオが入っている建物は、大家が定めた条件によりクリエイティブ系のテナントが大部分を占めている。一方で音楽スタジオはここだけだという。

 

 「スタジオを構えられるスペースをずっと探していましたが、なかなか希望に合うところが見つかりませんでした。ここは自分で調べて見つけたのではなく、人に紹介してもらったんです。前のテナントの都合で、内見をした次の日までに借りるかどうかを決めなければならなかったのですが、見てすぐに“ここだ”と思い、契約しました。自宅からも150mくらいの距離なので、理想的な立地です。上の階のオフィスに音が響いてしまうため昼間に大音量を出すことは難しいですが、夜はひとけが無いので気にせずに音を出せます」

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1970年代後半に作られた24chミキサーNEVE V Series 5104。アウトボードがほぼ必要無いほど内蔵のEQやコンプレッサーの音が素晴らしいとビアイニは絶賛する

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写真左上部の黒いモニター・スピーカーはMUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL933K。精密な音でミックスにもマスタリングにも適しているという。下部のテープ・レコーダーはTELEFUNKEN M15

 2020年2月末に物件を契約し、その後すぐに新型コロナが流行してしまう。予定していた日本ツアーも無くなり、逆にスタジオを集中的に作り上げる時間ができて不幸中の幸いだったと語るビアイニ。物件全体の面積は170㎡で、そのうちスタジオとして使用しているのが95㎡になるそうだ。部屋の使い分けに関しても聞いてみた。

 

 「もともとの造りとしては2部屋なのですが、3つのエリアに分けています。メインのスタジオと、レーベルの制作事務所、ガラスの壁で区切られた楽器製作スペースです。楽器製作スペースは今の時点まではほとんどスタジオ構築のための作業スペースになっていましたね。スタジオ内のラックなども、すべて自分たちで手作りしましたから」

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窓枠のようなもので仕切られたスペース。向かって右側がレーベルの制作事務所スペースで、左側は楽器製作をするスペースになる予定

 メイン・デスクの上に拡散板パネルを設置したり、防音のための二重窓も製作。まだ部分的ではあるが、レコーディングとマスタリングができる最低限のトリートメントはしてあるという。

 

 「2021年9月からレコーディングやイベントを開始しており、今のところスタジオ内の音響は非常に良いです。問題も不満もあまり無いので、この部屋の鳴りをそのまま生かしたいと思っていますが、防音施工はもう少し必要ですね」

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スタジオ向けモニター・ヘッドフォンBEYERDYNAMIC DT 770 Pro。レコーディング・セッション中の確認で使うそう。コントロール・ルームが無いので必須のアイテム

ライブ・イベントも開催できるプロジェクト・スペース

 このスタジオを、音楽や楽器、インスタレーションなど、アーティストがプロジェクトを制作できる多角的な場所“プロジェクト・スペース”と考えていたというビアイニ。友人のエンジニアであるエマヌエル・バラット氏に、マスタリング・スタジオも兼ねないかと提案され、彼とスタジオのパートナーになったという。

 

 「レーベルを運営する者としては、マスタリングもここでできると非常に都合が良いんですよ。今ではカッティング・マシンも導入しようか検討中です。また、最初はマスタリングの部屋を個別で造るつもりでいたのですが、レコーディング、ミキシング、マスタリングがすべて同じ部屋でできるようにするというアイディアを思い付きました。作品にかかわるものと工程が1つの部屋で完結し、共有できるスペースにしたいと思ったのです」

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コンピューターの横に設置されたラック。マスタリング用のアウトボードが積まれている。ラック内3段目には、TELEFUNKEN W695とNEUMANN W492というEQが2つずつ埋め込まれている。ドイツ製を好む友人のエンジニア、エマヌエル・バラット氏のこだわりだという

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真空管内蔵ミキサーのTL AUDIO M1 Tubetracker。ビアイニ個人のライブで使用するそう

 音響面においてもそのアイディアが実現可能であると判断し、レコーディング、ミキシング、マスタリングが1部屋に収まるという珍しいスタジオが完成した。また、観客を入れてライブ録音することも可能だという。

 

 「やはりオーディエンスが居るとエネルギーが違うので、演奏も変わります。私はエンジニアではありませんし、完ぺきにクリーンで完成度の高い音を目指すことよりも、音楽が鳴るライブな感覚を生かしたいという気持ちの方が強いです。その考え方は、スタジオの造りそのものにも表れているのではないかと思います」

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ベルリンのオーディオ技術者MO-STERNカスタムのスピーカー。基本的にリスニングや、イベントの際に使用しており、モニターとして使用する際はデスクから6mの三角形を描くように配置して使うとのこと。下のドライバーが2つ搭載されたサブウーファーはフェーズ・キャンセラレーションとして機能する

 プロが綿密に設計して施工したわけではなく、自分たちでDIYでスタジオを作り上げたというビアイニ。スタジオに加えて創作楽器を作るスペースも設けられていて、“INSTRUMENTS”というイベント・シリーズを行うなど、楽器製作者とミュージシャンの交流の場としても自身のスタジオを活用している。

 

 「このスタジオは、コロナでロック・ダウン中に、窓枠から家具、床まで自分たちで作り上げています。完ぺきな音ではなく、自然な音を目指しました。完ぺきな音の完ぺきな部屋が良いわけではなく、自分が聴いて心地の良い音、気分が良くなる部屋であることの方が重要だと思います。音楽を聴く人も、完ぺきな環境で聴けるわけではありません。プロの方なら、音を殺さないために吸音材よりも拡散板を使うのがお勧めです。そこで長い時間を過ごすことになるわけですから、生き生きとした音を楽しみましょう。その点で言うと、私はこのスタジオで過ごす時間が大好きです」

Equipment

 DAW System 
Computer:APPLE Mac Pro
DAW:AVID Pro Tools|HDX
Audio I/O & AD/DA:ANTELOPE AUDIO Orion 32、MYTEK DIGITAL 8X192 ADDA

 Outboard & Effects 
Channel Strip:DRAWMER 1960
Compressor:TUBE-TECH SMC 2BM
EQ:TELEFUNKEN W695、NEUMANN W492、ANALOG FIX Barry Porter NetEQ
Others:AVALON DESIGN VT-747SP(EQ/Compressor) 、PALMER Pan 16(DI)

 Recording & Monitoring 
Mixer:NEVE V Series 5104、TL AUDIO M1 Tubetracker
Monitor Speaker:MUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL933K、MO-STERN Custom
Microphone:AKG K404、SHURE SM58、SM57、MO-STERN Custom
Headphone:BEYERDYNAMIC DT 770 Pro

 

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ラビア・ビアイニ

レバノン出身で、現在はベルリンを拠点に活動するアーティスト。Morphosis、Ra.H名義、またはUpperground Orchestraなどのユニットで活躍する。実験的で刺激的な才能を発掘してきたレーベルMorphine Recordsのオーナー。

 Recent Work 

『Euganea』
Upperground Orchestra
(Morphine Records)

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