グレゴリ・ジェルメンがWONK「Rollin'」のミックスを解説

グレゴリ・ジェルメンがWONK「Rollin'」のミックスを解説

WONKの「Rollin'」を題材曲にしたミックス・ダウン・ツアー特集、ここではエンジニアが作成した自身のミックスについて解説していただく。最初に登場するのはフランス出身のエンジニア、グレゴリ・ジェルメン氏。バンドものからR&Bまで幅広い音楽ジャンルを得意とし、これまでにMrs. GREEN APPLEやAAAMYYYなどの楽曲を手掛けてきた彼は、今回「Rollin'」をどのようにミックスしたのだろうか。

Text:Susumu Nakagawa Photo:Hiroki Obara

今回のミックスについて

 まず原曲である「Rollin'」を聴いて思ったのは、全体的にナロー・レンジでハイミッドにフォーカスしたサウンドになっているということです。アレンジ自体はスペーシーでファンキーなのですが、あえてそういったサウンドにしているのだろうと推測。ここから、近年人気の“フューチャー・レトロ”な雰囲気を演出したかったんだろうなと考えました。ドラムはコンプやひずみが強めにかかっていてタイトなサウンドになっていましたが、シンセやコーラス周りはステレオに大きく広がっていて現代的なんです。なので、自分はそういった原曲の意図やコンセプトは保ちつつ、自分なりのテイストを混ぜてミックスしようと思いました。

 具体的にやったことの一つとして、レンジを広げたことが挙げられます。というのも最近のフューチャー・レトロな楽曲にはレトロな音色が使われているんですが、レンジは結構広い傾向があるからです。「Rollin'」はローミッド辺りが少なかったので、その帯域とローエンドを足しました。ローミッドに重心を置くのは、自分の持ち味でもあります。

 あとは、たびたび原曲と自分のミックスを交互に聴いて、方向性が大きく変わりすぎていないかを確認しました。原曲のイメージは壊さずに、いかに自分なりのプラスアルファなミックスをするかが今回のテーマだからです。ほかにはドラムを激しくしたり、ボーカルをより前面に出したりしました。“本当はもっとこんなサウンドにしたかったのかもしれない”と想像しながらミックスを進めていったんです

グレゴリ・ジェルメン氏が拠点とするstudio MSR

ジェルメン氏が拠点とするstudio MSR。モニターは、ラージにKRK 15A-5、ニアフィールドにAMPHION Two18(外側)とYAMAHA NS-10M Studio(内側)を用意する。オーディオI/OはAVID Pro Tools|MTRXを使用。デスクに備え付けられたラックには、UNIVERSAL AUDIO 1176LNやUREI 1176LN、TUBE-TECH CL 1Bのほか、AMEK System 9098 EQ、NEVE 1081などが格納されている

Point 1:A/B比較しつつ原曲のバランスに近づける

 まずは、ざっくりとミックス・バランスを整えるところから始めました。先ほども言ったように、今回は原曲のコンセプトを崩さずに自分らしさを足すことがテーマ。なので、原曲をリファレンスにしながら、ある程度似たようなミックス・バランスを構築していきます

 ここで用いるのが、リファレンス曲と現在制作している楽曲をDAW上でルーティングすることなく、簡単にA/B比較することができるプラグイン、ADPTR AUDIO Metric ABです。これに原曲の2ミックスを登録し、自分のミックスと交互に切り替えながら何が違うのかを確認して、音量や定位感などのバランスを近づけていきます。このとき、リファレンスにした曲と現在制作している曲のタイミングをまったく同じにするとかなり比較しやすくなるのでお勧めです

ADPTR AUDIO Metric ABはDAW上でリファレンス音源の試聴や分析ができるほか、制作している曲との周波数や位相、左右の広がり、音量、ラウドネスなどをA/B比較することができるプラグイン。最大で16曲のリファレンス音源を登録することができる

ADPTR AUDIO Metric ABはDAW上でリファレンス音源の試聴や分析ができるほか、制作している曲との周波数や位相、左右の広がり、音量、ラウドネスなどをA/B比較することができるプラグイン。最大で16曲のリファレンス音源を登録することができる

 ミックス・バランスが原曲にある程度近くなったら、ここで一度頭と耳をリセット。ここからは、自分らしいプラスαのミックス作業に入りました。

Point 2:カブリはゲートやハイカットEQで処理

 最初に手を付けたのは生ドラムのキック。スネアやハイハットの音が結構カブっていたため、インテリジェント・ゲート・プラグインのSONNOX Oxford Drum Gateでカブリを奇麗に除去しました。一方のスネアにはゲートをかけていません。これは、カブリで入っていたハイハットの音が良かったので、そのまま生かそうと思ったからです。また、スネアはインパクトのあるサウンドにしたかったので、SOUNDTOYS Decapitatorでひずみをかなり足しています。

 タムにも、ハイハットやシンバルなどのカブリが多く入っており、音量を上げればこれらも一緒に目立ってしまいます。ドラムのフィルインは派手に演出したかったので、ここではトム・ロード=アルジから教わったテクニックを使いました。それは“強調したいタムの部分を切り出し、余韻部分(赤枠)はEQで800Hz以上をハイカットする”というもの。こうすることによってカブリの金物が目立たなくなるため、タムの音量を幾らでも上げることができるようになるのです。

派手に演出するためにタムの音量を上げると、ほかのドラム・パーツのカブリも目立ってしまうので、タムの余韻部分(赤枠)は800Hz以上をハイカットしたという

派手に演出するためにタムの音量を上げると、ほかのドラム・パーツのカブリも目立ってしまうので、タムの余韻部分(赤枠)は800Hz以上をハイカットしたという

Point 3:一度除去して新たに付加するローエンド成分

 シンセ・ベースの処理ですが、キックとカブっている64Hz付近をFABFILTER Pro-Q3でカットし、PLUGIN ALLIANCE Dangerous Music Bax EQで24Hzをカット。さらにWAVES API 560で63Hzをカットし、UADプラグインのUNIVERSAL AUDIO Little Labs VOGでローエンドを補強しました。具体的にここでは何をやっているのかというと、キックと干渉する帯域と、元から少しだけ入っている不要なローエンドをEQで取り除いた上で、奇麗なローエンドをLittle Labs VOGで足したということです。こうすることで、自分が狙ったとおりのローエンドが鳴るシンセ・ベースを作ることができます

UADプラグインのUNIVERSAL AUDIO Little Labs VOG。シンセ・ベースのローエンドを補強するのに用いられた

UADプラグインのUNIVERSAL AUDIO Little Labs VOG。シンセ・ベースのローエンドを補強するのに用いられた

 またベース・ラインの輪郭を強調するために、UADプラグインのPultec EQP-1Aで2〜4kHzをブースト。もともとこのシンセ・ベースを聴いたときにサンダーキャットの荒々しいサウンドがイメージとして浮かんだので、Decapitatorで全体的にサチュレートした後、さらにFABFILTER Saturn 2で340Hz付近から上の帯域を軽くひずませました。これでシンセ・ベースの“ベチベチっ”としたアタック感も強調できたかと思います。

サチュレーター・プラグインのSOUNDTOYS Decapitator。「音源全体の飽和感を増幅させるのに向いている」とジェルメン氏は語る

サチュレーター・プラグインのSOUNDTOYS Decapitator。「音源全体の飽和感を増幅させるのに向いている」とジェルメン氏は語る

Decapitatorの後段にインサートされたマルチバンド・ディストーション/サチュレーター・プラグインのFABFILTER Saturn 2。最大6バンドを備え、28種類のサチュレーション・タイプを搭載している

Decapitatorの後段にインサートされたマルチバンド・ディストーション/サチュレーター・プラグインのFABFILTER Saturn 2。最大6バンドを備え、28種類のサチュレーション・タイプを搭載している

 ここでのポイントは、EQとサチュレーションをうまく使い分けるということ。EQは主に特定の帯域を調整するような使い方をしていますが、サチュレーションはピークを整えたり、音圧を稼げたりといろいろ便利なので、目的によって正しく使い分けるのが大切です

Point 4:サイド・チェイン・コンプで作る帯域のすみ分け

 ピアノには、Pro-Q3で190Hz辺りにローカットを入れ、WAVES CLA-3Aで音をまとめた後にFABFILTER Pro-MBをインサート。Pro-MBでは、キックをトリガーとしたサイド・チェイン・コンプを200Hz付近にかけているので、キックが鳴るたびにこの帯域がリダクションされるようになっています。理由としては、200Hz付近が濁っているとキックの芯の部分が聴こえにくくなるからです。

最大6バンド処理が可能なマルチバンド・コンプ/エキスパンダー・プラグイン、FABFILTER Pro-MB。サイド・チェイン・コンプ機能も搭載

最大6バンド処理が可能なマルチバンド・コンプ/エキスパンダー・プラグイン、FABFILTER Pro-MB。サイド・チェイン・コンプ機能も搭載

 後段では、SOUNDTHEORY GullfossでEQしています。Gullfossは音の明瞭度をリアルタイムで整えてくれるという便利なプラグイン。マスターに挿す人が多いのですが、自分はピアノなどの生楽器にもよく使っています。レンジの広いパートに使うのがお勧め。最後にWAVES API 550Bで1kHzと8kHzをブーストし、微調整したら完成です。

リアルタイムにサウンドの明瞭度やバランスをコントロールすることができるEQプラグイン、SOUNDTHEORY Gullfoss

リアルタイムにサウンドの明瞭度やバランスをコントロールすることができるEQプラグイン、SOUNDTHEORY Gullfoss

 シンセ周りは、マルチバンド・コンプのXFER RECORDS OTTとSLATE DIGITAL MO-TTが活躍しました。OTTの方がコンプの効きが強く、MO-TTの方がマイルドな傾向があるので、一度MO-TTで全体の雰囲気を整えてからOTTで微調整するという2段掛けの手法をよく用います

マルチバンド・コンプ・プラグインのSLATE DIGITAL MO-TT。ABLETON Live付属のプラグインMultiband DynamicsのプリセットOTTをモデルに、SLATE DIGITALが独自にブラッシュアップしたもの

マルチバンド・コンプ・プラグインのSLATE DIGITAL MO-TT。ABLETON Live付属のプラグインMultiband DynamicsのプリセットOTTをモデルに、SLATE DIGITALが独自にブラッシュアップしたもの

 アルペジオ・シンセについては、ここからさらにサチュレーターのTONE PROJECTS Kelvinで800Hzのおいしい帯域をブーストし、ステレオ・イメージを広げつつひずませているのがポイントです。

ひずみ系プラグインTONE PROJECTS Kelvin。今回のミックスでは、画面右側にあるSHAPINGセクションで800Hzをブーストし、同左側にあるSPREADでステレオ・イメージを広げている

ひずみ系プラグインTONE PROJECTS Kelvin。今回のミックスでは、画面右側にあるSHAPINGセクションで800Hzをブーストし、同左側にあるSPREADでステレオ・イメージを広げている

Point 5:ボーカルを軸にミックス・バランスを再構築

 ドラム、シンセ・ベース、ピアノ、シンセ、ギター、ボーカル、コーラスという順番で音作りが終わったら、一度頭と耳をリセット。今度はボーカルを軸にミックス・バランスを整えていきます。具体的には、ボーカルとドラムをソロで聴いてバランスを整えたら、次はボーカルとシンセ・ベースをソロで聴いてバランスを調整。その次はボーカルとピアノ、そしてボーカルとギター……最後に全体で聴くという流れです。

 なぜこうするのかというと、やはりオケから先に音作りを進めると、どうしてもオケがボーカルに勝ってしまうから。なので全体の音作りが一度終わったら、最後はボーカルを中心にオケのミックス・バランスを再構築するのが重要になってくるのです。これならボーカルとオケがうまくマッチする音像を作ることができるでしょう。もちろん、音楽ジャンルやアーティストの意向によってボーカルとオケのバランスは変わってくるので、毎回これが正しいわけではありませんが、自分の場合は、歌モノの楽曲には上記の手法を用いることが多いです。

 マスターの最終段ではアウトボードを用いました。まずはAPI 500互換モジュールのマイク・プリアンプ、SYM・PROCEED SP-MP500×2に通し、ADコンバーターのBURL AUDIO B2 Bomber ADCでアナログの質感を加えてAVID Pro Tools | MTRXに戻します。ADコンバーターは世の中にいろいろありますが、その中でもB2 Bomber ADCを選んだのは独自トランスを内蔵しているからです。

マスターの最終段ではアウトボードを使用。上からオーディオI/OのAVID Pro Tools | MTRX、ADコンバーターのBURL AUDIO B2 Bomber ADC、サミング・ミキサーのROLL MUSIC SYSTEMS RMS216 Folcrom、API 500モジュール互換ラックFREDENSTEIN Bento 2にマウントされたマイクプリのSYM・PROCEED SP-MP500×2

マスターの最終段ではアウトボードを使用。上からオーディオI/OのAVID Pro Tools | MTRX、ADコンバーターのBURL AUDIO B2 Bomber ADC、サミング・ミキサーのROLL MUSIC SYSTEMS RMS216 Folcrom、API 500モジュール互換ラックFREDENSTEIN Bento 2にマウントされたマイクプリのSYM・PROCEED SP-MP500×2

 最後に一言、ミックスで大事なのは感覚です。しかし、機材やプラグインの使い方を覚えたり、アナライザーや数値を見て判断することも重要です。マニー・マロクインが“ミックス・エンジニアは右脳的な作業と左脳的な作業を使い分けなければいけない”と言っていましたが、確かに自分もそうだと思います。ですので、最終的にはミックスは感覚で判断するということを忘れず、左右の脳の役割をうまく使い分け、バランス良く作業することが大切だと言えるでしょう。

グレゴリ・ジェルメンのミックス・アドバイス

グレゴリ・ジェルメン

★楽曲のコンセプトや意図について考えよう

★不要な帯域やカブリはしっかり除去

★右脳的作業と左脳的作業のバランスを

【Profile】フランス生まれのエンジニア。20歳で来日&移住。スタジオグリーンバード、Digz Inc, Groupを経て2021年に独立し、Sonic Synergies Engineeringを設立。バンドものからR&Bまで幅広く対応する。過去にトニー・マセラティからミックス・テクニックを学んだ経験を持つ。

【特集】ミックス・ダウン・ツアー2022

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