東京の恵比寿で2024年1月にオープンしたSTUDIO KiKi(スタジオキキ)。最大4本のマイクで同時に録音できるブースを備え、アフレコやナレーション録りのほか、歌や楽器のレコーディングにも対応。写真のコントロールルームでは7.2.4chのマルチスピーカーを使い、Dolby Atmosコンテンツの制作が行える。営業協力を手掛けるのは東京の老舗レコーディングスタジオ、サウンド・シティだ。本稿では、STUDIO KiKiの成り立ちや音響設備の詳細についてレポートしていく。
Photo:Takashi Yashima
住宅だった建物をスタジオ化 元の間取りを生かしながら設計
恵比寿駅から徒歩十数分の閑静な住宅街にあるSTUDIO KiKi。玄関は建物の2階で、入ってすぐの控室とロビーを挟み、コントロールルームと録音ブースを備える。それぞれ1部屋ずつなので、ワンクライアント・ワンフロア。つまり1組のクライアントが貸し切りのような状態で使える。白を基調とした内装は明るく、どの部屋も居心地が良い。「この建物は、もともと私の実家だったんです」と語るのはSTUDIO KiKiのオーナー、永野トーマス氏だ。
「それをどう使おうか?と考えたときに、賃貸マンションにするよりは、自分の好きなことをやったほうが面白いのではないかと思いました。私は学生時代にミュージシャンになりたかったほど音楽が好きで、15年くらい前に音響設計会社のアコースティックエンジニアリングさんにお願いして、自宅の地下に音楽スタジオを造ってもらったんです。だから今回も、スタジオを造るならアコースティックエンジニアリングさんと決めていました」
永野氏はアニメ関係者や映画監督と交流を持っており、それがSTUDIO KiKiのコンセプトに影響を与えている。
「MAやアフレコができるスタジオにすれば使ってもらいやすいのでは?と、アコースティックエンジニアリングの入交(研一郎)さんから提案していただいて、その業界であれば面白いと思ったので話を進めました。入交さんはスタジオ造りのための座組も提案してくださいました。音響機器に関しては、私にドイツ人の血が流れていることから、ドイツに親会社を持つゼンハイザージャパンさんにお願いしてマイクやスピーカーを導入してもらっています。そして私にはスタジオ運営の経験がありませんので、サウンド・シティさんに営業協力を依頼することにしました」
「トーマスさんから相談を受ける中で、各分野のプロを集めて具現化していく方法を一緒に考えました」とは、アコースティックエンジニアリング代表の入交氏の弁だ。
「MAやアフレコといったキーワードから、今後ますます求められるものとして、イマーシブオーディオ用のシステムを盛り込むのがよいのではと考えました。その設計をお任せできるのは、オンズのエンジニア井上(聡)さんということで、お声がけさせてもらったんです」
スタジオの建物は、入交氏が参画したときには、既にスケルトンになっていたという。鉄筋コンクリートの壁構造で、解体できない耐力壁があるため、もともとの間取りを生かしながら造っていくこととなった。
「奥の部屋は広いので、複数人で立ち収録できるアフレコブースによいと考えていました。だから、壁天井は基本的に吸音しています。床に関しては、タイルカーペットにするか反射面にするか最後まで悩みました。ただ、サウンド・シティの中澤(智)さんから“音楽スタジオの要素も入れてみては?”というアイディアをいただき、ニーズも見込めることから、楽器を録るときは反射面のまま、アフレコのときはカーペットを敷くという着地になったんです」
NEUMANNのスピーカーを採用 納品レベルのDolby Atmos制作が可能
コントロールルームの音響設計は、スピーカー配置ありきで進められた。「部屋ができてからでは“これだとスピーカーのレイアウトができません”となり得るので、建築音響と電気音響の設計は同時に進める必要がある」とオンズ井上氏。
「Dolby Atmos用のスピーカー配置には基準が設けられていて、それと実際の条件を照らし合わせます。理想は、すべてのスピーカーが聴取位置に対して等距離であることですが、部屋の形状や動線の確保によっては、しかるべき場所に置けなくなってしまう。そういう場合には、スピーカーの角度を守りつつ、実際の距離が生み出す差異をEQやディレイで補正します。今回はAvid Pro Tools|MTRX Studioのスピーカープロセッシング機能を使いました」
スピーカー配置だけでなく、何のスピーカーを使うかも事前に決まっていた。採用されたのは、NEUMANNのKH 150 EU/KR(L/C/Rとサラウンド)、KH 120 II EU/KR(トップ)、KH 750 DSP D G(サブウーファー)だ。
「スピーカー1台あたりの再生能力も決められているので、例えばトップのスピーカーだからと言って基準に満たないサイズの機種を使うようでは、コンテンツの再現性が下がってしまいます。スタジオ造りにあたっては、そのまま世に出せるDolby Atmosコンテンツを作れる場というのがテーマの1つでしたし、それが実現できるだけの仕様にしているんです」
NEUMANNのスピーカーは、どのような音を聴かせてくれるのだろう? サウンド・シティのエンジニア中澤氏が語る。
「部屋のサイズ以上の広さを感じるというか、ナチュラルでありつつもスケール感のある音です。もちろん、入交さんや井上さんの設計手腕とスピーカーの性能がかけ合わさった結果だと思います。NEUMANNと言えば、ここに導入されているV 402マイクプリもナチュラルな音で、すごく素直。アフレコやナレ録りに最適だと思いますし、歌やストリングス、アコーディオンも奇麗に録れました。そして音に芯がある。中域が張っているような感じではなく、音そのものに一本の筋が通っている印象で、薄っぺらくないんです」
MAやアフレコなど、映像にまつわるサウンドの制作を主眼としながら、音楽にも対応するSTUDIO KiKi。このスタジオならではの特徴について、入交氏が総括する。
「この規模感でアフレコやDolby Atmosミックスができるスタジオは、あまりありません。その種のプロダクションをやろうとすると、どうしても大きなスタジオを使うことになり、相応のバジェットが必要になるでしょう。ここを使えば、一定のコスト感の中でクオリティの高い作業ができると思います。その意味でも貴重な存在と言えますよね」