音響設備ファイル Vol.62 北上市文化交流センター さくらホール

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岩手県・北上市文化交流センター さくらホールの大ホールが8月末に音響改修工事を終え、リニューアル・オープンを果たした。フランスのメーカーL-ACOUSTICSのスピーカー・システムを導入し、スピーチや楽器演奏などをクリアかつ現代的な音で届けられるようになったという。スタッフの方の言葉を交えつつレポートしよう。

Text:辻太一 Photo:渡部光一

 

“明りょう度の向上”がスピーカー更新の肝

 普段から人が集まり、毎日何かが行われている……そうした場を目指し2003年11月にオープンした北上市文化交流センター さくらホール(以下、さくらホール)。大中小の3つのホールに加え、音楽スタジオやアトリエ、多目的室などの21のアートファクトリーを擁する会館だ。コンセプトの通り、取材に訪れた日も平日の昼間ながら人々が往来し、活気に満ちた様子。「基本的に休館日は無く、毎日9時から22時まで営業しています」と利用サービス課の佐藤辰也氏が語る。

 

 「いわゆる“建物だけの会館”にはしたくないという思いで作られました。世の中には、コンサートがあるときにはお客さんが集うけれど、それ以外は閑散としてしまっている施設もあります。さくらホールは、いつでもどなたでも利用でき、例えばフリー・スペースで自習していたら向こうのスタジオにバンド練習の様子が見えて、自分も音楽を始めてみようかなといった刺激を受ける……そういう機会にも巡り会える場です。もちろん音楽だけでなく、書道や空手、英会話、学習塾などの習い事、または打ち合わせなどにも使われています」

 

 今回のトピックである大ホールは、1〜3階席を合わせて最大1,503名を収容する空間。改修の一番の動機は、既存の音響設備に不具合が見られたことだったという。

 

 「コンサートや落語、お芝居の公演など、さまざまな催し物があるので、本番中に機器が正しく動作しなければ問題です。状況を市に報告/説明した結果、改修の必要性をご理解いただき、実行に移すことができました」

 

 改修に際しての施工はヤマハサウンドシステムが担当。機材面の目玉はL-ACOUSTICSのスピーカー・システムだ。メインは2ウェイ・アクティブ・ライン・ソース・モデルのKaraで、補助的に2ウェイ・パッシブのKiva IIなども使われている。「更新のテーマは明りょう度のアップでした」と佐藤氏。

 

 「以前は、ポイント・ソースのスピーカーを何台も設置して会場全体をカバーするような形でしたが、位相差があったりして、どこか遠くで鳴っているような印象でした。また、落語などには小さな声で話す場面もあり、収音したものをお客さんへきちんと届けるのに結構苦労します。なので、明りょう度が高くてフィードバックに強く、1階席から3階席までほとんど変わらないクオリティの音を届けられるスピーカーが必要でした。私は長年、PAの現場で仕事をしてきたこともあり、音のカラーを決定付けるスピーカーというものに大変な関心を抱いています。Inter BEEのラインアレイ試聴会などに足を運んでは“更新できるならラインアレイにしたい”と思い、情報収集してきました。改修後は、明りょう度の高さと芯の強さを兼ね備えた音になったと思います。定位などもあいまいにならず、もう本当に、すぐそばから聴こえてくるような感じです。だから、あまり音量を上げなくても聴き取りやすいんですよ」

 

 各社のラインアレイを試聴した結果、L-ACOUSTICSのものを選ぶことにしたという。

 

 「L-ACOUSTICSはラインアレイの老舗ですから、信頼性抜群です。メインのKaraについては、バイアンプ駆動やホール形状にマッチした水平指向角も魅力でした(編注:110°)。指向角がホールに対して小さいとアレイを2列にしなければなりませんが、今回はL/C/Rのそれぞれに1列ずつという構成に収められたわけです。音色も良いですね。高域まで奇麗に伸びていてナチュラルな印象です」

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舞台の両脇にはメイン・スピーカーなどを格納するためのスペースがあり、金網越しにスピーカーの姿が認められる

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スピーカーはL-ACOUSTICSのもので統一。写真はメインL/Rとして使用中のKara(片側あたり7台)。2ウェイ・アクティブのライン・ソース・アレイで、110°という水平指向性がホールにマッチ

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メインL/Rの上部に設置されたKara。片側あたり3台で3階席をカバーする

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メインL/RのKaraの隣には、18インチ径のサブウーファーSB18を2台ずつ設置。再生周波数を32Hzまで拡張する

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取材に協力してくれた、さくらホール 利用サービス課の佐藤辰也氏。PAオペレートなども行う

 新たな音響測定ツールM1 Suiteを活用

 佐藤氏の言うL/C/Rとは、メインのL/Rに中央のプロセニアム用スピーカーを加えた構成のこと。これ以外にも会場の左右や後方、天井などさまざまな場所にL-ACOUSTICSのスピーカーが設置されており、音が満遍なく行き渡るようになっている。例えば左右/後方のウォール・スピーカーとしては、X12やX8といったコンパクトな同軸モデルを使用。「メイン以外のスピーカーもグレード・アップしています。あらゆるポイントをカバーできるので、仮設のPAシステムが持ち込まれる場合に補助用スピーカーとして役立ててもらえることもあるんです」と佐藤氏は語る。

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メインL/Rの付近に設置されたX12はインフィルとして使用。12インチの低域トランスデューサーを備えた同軸スピーカーだ

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ステージの上方。黒い網の中には、プロセニアム用のKaraが7台入っている。その下の白いふたは、ステージ前方補助用のKiva II(2ウェイ・パッシブのライン・ソース・モデル)を2台収めたスペースのもの

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ステージ両脇やや前方に片側1台ずつ設置されたX12はモニター用のスピーカー

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写真手前から2つ目の黒いシーリングの中に、3階席補助用のKiva IIを片側あたり2台設置している

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ステージ手前をフォローする小型同軸スピーカー5XT。計4台使われており、写真は撮影のためにカバーを取ってもらったところ

 “どこに何の機種を使うか”に関しては、L-ACOUSTICSの代理店ベステックオーディオが専用の音響シミュレーション・ソフトSoundvisionを使いながら提案したそう。このソフトは、建物の形状やスピーカーの配置に関する情報を入力すると、3Dグラフィックで音圧分布をシミュレートできるのが特徴。また、スピーカー設置後の周波数特性まで算出されるため、チューニングのスターティング・ポイントにもなる。

 

 そのチューニングには、L-ACOUSTICSの新たな音響測定ツールM1 Suiteが使用された。一つのシステムに対して8カ所ほどにマイクを立て、スウィープを複数回測定することで、誤差を取り除いた結果が得られるというものだ。測定結果にEQを施せば、どの位置で聴いても大差の無い状態を生み出せる。こうしたテクノロジーを駆使して発音点(スピーカーの台数)をなるべく絞り、少ないポイントから全体をカバーすることに成功したそう。

 

 「ベステックオーディオの方々は、あたかもホールの一員であるかのように親身になってくださいました。アドバイスからシミュレーション、リギングを含むデモンストレーションまで、我々と同じ気持ちで対応してくださったことに感謝しています。また、導入後に何かあれば相談もできるので、スピーカーのクオリティと同じくらいか、それ以上の安心感がありますね。そして何より、市からのご理解をいただけたのが大きかったです。コンサルタントが居ない中で、我々が業者の方々と一緒に考えたものを認めてくださったわけですから、責任を強く感じるとともに、ありがたいと思っています」

 

 これだけの改修を実現できたのは“会館としての稼働率を高める”というコンセプトが具現化されているからかもしれない。日々、多くの人でにぎわうさくらホールに、新たな音響を体験しに出掛けてはいかがだろう。

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1階席後方の様子。天井に見られる白いふたは、X8などのウォール用スピーカーを収めるスペースのものだ

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会場後方をカバーする後部アウトフィルのA15 Wide。2ウェイ・パッシブ・スピーカーで、片側あたり1台ずつ設置されている

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移動型メイン・スピーカー。片側あたりA15 Focus(2ウェイ・パッシブのコンスタント・カーバチャー)を3台とKS21(21インチ径サブウーファー)を2台使用

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アンプ・ラックの一部。L-ACOUSTICSのアンプリファイド・コントローラーLA12Xが全10台、LA4Xが全8台スタンバイし、パラメトリックEQやFIRフィルターによるシステム・チューニングを施している

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調整室には、デジタル卓のYAMAHA RIVAGE PM7やモニター・スピーカーNEUMANN KH 310を用意

www.sakurahall.jp

www.bestecaudio.com

 

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